旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

香料の話

2016年11月26日 18時26分33秒 | エッセイ
香料の話   

 香料の話し、といっても胡椒にナツメグや丁子、大航海時代という展開ではない。胡椒なら香辛料の話と書く。クレオパトラが迫りくるローマ軍に捕まる前に、コブラに我が身を噛ませて死んだ都アレキサンドリア。アレキサンダー大王が紀元前332年に築いた100万人都市、そこは「世界の結び目」と呼ばれ70万冊の蔵書を持つ図書館があった。その旧市街は地震によって海底に沈んだ。浅海の底に累々と横たわる石造遺物を引き上げた展覧会が、以前パシフィコ横浜で開かれた。入場料金が確か2,500円で、うーん元を取ったかどうか微妙な内容の展覧会であった。
 その展覧会の出口近くに、プラスチックの小箱を開けて匂いを嗅ぐ展示物があった。小箱は2つで、1つは乳香、もう1つは没薬だったかよく覚えていない。乳香は、あれっ遠い昔にこれと同じ匂いを嗅いだことがあるような無いような。お母さんのおっぱいの匂い?明らかに違うもう一つの方も、こんなもんかといった匂いだった。ようするによく分からない。例えばドクダミや白檀の扇子のように、これかといった強烈な記憶にはならなかった。多数の来館者が立て続けに開け閉めするので、匂いが薄れたのかもしれない。
 没薬といえば、イエス誕生の時ベツレヘムの馬小屋を東方の三博士が訪ねて祝福する逸話があるね。極めてオリエンタルなシーンだ。三博士が持参して母マリアに手渡したのが、黄金・没薬そして乳香だ。貧乏なマリアに没薬や乳香なんぞ渡してどうするんだろう。何回分の量か知らないが、火にくべて香りを楽しむのかな。何かしら象徴的な意味でもあるんだろうか。乳香は古代では黄金に匹敵する高価な香料だという。乳香と聞くと、ソロモン王に会う為に華麗な隊商を連ねて沙漠を渡るシバの女王を思い浮かべる。そして何故かせつなくなる。別に悲しい物語ではないのに。

*東方の三博士:新世紀エヴァンゲリオンのファンなら知っているはず。東方から来た三博士とは以下の三人。ゾロアスター教と関係があるとも云う。
・メルキオール:黄金持参、王権の象徴、青年の姿の賢者。
・バルタザール:乳香持参、神性の象徴、壮年の姿の賢者。
・カスパール : 没薬持参、将来の受難である死の象徴、老人の姿の賢者。
 この三博士は実に不思議な存在だ。例えて言うなら、キリスト教的でない。
カトリックではこの名前になっているが、アルメニア教会やシリア教会では別の名前だ。ちょっと記しておこう。
シリアでは、ラルヴァンダード・ホルミスダス・グシュナサフ。アルメニアでは、カグファ・バダダハリダ・バダディルマ。エチオピア正教会では、
ホル・カルスダン・バサナテルとなる。益々不思議な感じだ。ちょっと掘り下げようか。

 現代のトレジャーハンター、『秘境アジア骨董仕入れ旅、上下(講談社+α文庫)』の著者(島津法樹氏)は乳香を仕入れにイエメンに向かう。迷路のようなサヌアの市場で、香料を扱う一角に行き、身振り手振りで乳香を買おうとするがうまく行かない。ここで分かったのだが、乳香の木が人工栽培されていて値崩れし、品質もマチマチなのだ。骨董屋の彼も香料の良し悪しは分からない。そこで彼は香料屋の壁一面の棚を、ハシゴを使って片端から開け、その一つに懐かしい香りを見つける。伽羅の匂いだ。
 香料市場で彼は大奮闘し、全ての店の伽羅を集めて買いたたく。市場の商人はアラビア数字が読めない。米ドル札を数字ではなく絵がらで覚えているのだ。ムスリム商人との丁丁発止の値段交渉の末、大小様々な伽羅を大量に買い、伽羅の匂いがプンプンするトランクで通関を通って帰国する。この人は骨董以外に隕石とかも買ったりする。
 話しがそれた。乳香と没薬について調べてみよう。

○没薬(もつやく)
 ムクロジ目カンラン科コンミフォラ属(ミルラノキ属)の各種樹木から分泌される、赤褐色の植物性ゴム樹脂。外国語の転写からミルラとも呼ばれる。没薬樹はスーダン、ソマリア、南アフリカ、紅海沿岸の乾燥した高地に自生する。起源はアフリカである。古くから香として焚いて使用された。殺菌作用を持つ。鎮静薬、鎮痛薬としても使用された。またミイラ作りに遺体の防腐処理のために使われた。ミイラの語源はミルラから来ているという説もある。聖書にも没薬の記載が多く見られる。出エジプト記には聖所を清める香の調合に出てくる。没薬は医師が薬として使用していたことから、救世主を象徴するとも云う。イエス・キリストの埋葬の場面でも遺体とともに没薬を含む香料が埋葬された。

○乳香(にゅうこう)
 ムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌される樹脂。ボスウェリア属の樹木はオマーン、イエメンなどのアラビア半島南部、ソマリア、エチオピア、ケニア、エジプトなどの東アフリカ、インドに自生する。これらの樹皮に傷つけると樹脂が分泌され、空気に触れて固化する。1-2週間かけて乳白色~橙色の涙滴状の塊となったものを採集する。乳香の名は、その乳白色の色に由来する。古くからこの樹脂の塊を焚いて香とし、または香水などに使用する。
樹脂の性質は樹木の種類や産地によって大きく異なる。樹木は栽培して増やすことが困難で、これらの自生地の特産品となり、かつては同じ重さの金と取引されたこともある。現在良質とされるものの生産は主にオマーンで行われている。しかし乱獲、乱開発、火災、虫害、農地の拡張などで収穫は急速に減少している。今後は50年で90%減少するという研究もあり、絶滅が危惧されている。
漢方薬としては鎮痛・止血・筋肉の攣縮攣急の緩和などの効用がある。乳香は数千年に渡り宗教に利用されてきた。リラクセーションや瞑想に効果があるようだ。また乳香は紀元前40世紀(6千年前)にはエジプトの墳墓から埋葬品として発掘されている。古代エジプトでは神に捧げるための神聖な香として用いられていた。古代のユダヤ人も同様で、聖書に記述がみられる。キリスト教正教会では、古代から現代に至るまで香炉で乳香を頻繁に焚いて用いる。振り香炉にも乳香が使われる。そうか、ロシア正教会のミサで大坊主の前を若い奴が香炉を左右に振って盛んに煙を出しているが、あれは乳香だったのか。あんなにふんだんに焚いたら、相当な量が必要になるな。あの匂いを嗅ぐと、信者は陶酔して敬虔な気持ちになる訳だ。嗚呼どんな匂いなんだろう。ニコライ堂に行けば嗅げるかな。
ではもう一つ二つ植物性の香料を紹介し、次に動物性のものを見てみよう。まずは伽羅(きゃら)だな。サヌアの話しで出てきたし。
 あのね、伽羅といえばずっと疑問を持ったままで放っておいたことがある。島根県伯耆大山(だいせん)に生えるダイセンキャラボク。これが伽羅と関係があるのか無いのか。結論から言うと香料の伽羅とは何の関係も無かった。キャラボクの材が香木の伽羅に似ているから名がついたのだが、キャラボクが伽羅に成る訳ではない。全くの別種でした。
 次に間違える人は少ないと思うが、沈香(伽羅)がラテン語でaloeと呼ばれることからアロエが香木であるという誤解が生まれたが、これも全くの別物である。

○沈香:代表的な香木の一つ。高品質なものは伽羅と呼ばれる。
 東南アジアに生息するジンチョウゲ科ジンコウ属の植物である沈香木などが、風雨や病気、害虫などによって自分の木部を侵されたとき、防御策としてダメージ部の樹脂を分泌、蓄積する。それを乾燥させ、木部を削り取ったものが沈香である。原木は比重0.4と非常に軽いが、樹脂の沈着によって比重が増し水に沈むようになる。
 幹、花、葉ともに無香だが、熱すると独特の芳香を放つ。同じ木から採取したものであっても微妙に香りが違う。沈香は香りの種類、産地などを手掛かりにしていくつかの種類に分類される。その中で特に質の良いものを伽羅と呼ぶ。
 シャム沈香はインドシナ半島産で、香りの甘みが特徴。タニ沈香はインドネシア産で香りの苦みが特徴。「タニ」は「パタニ王国」のことで、マレー半島にあった王朝。強壮、鎮静などの効果ある生薬でもある。
 日本では推古天皇3年(595年)に淡路島に香木が漂着したという記録が残っている。瀬戸内海にまで東南アジアの香木がはるばる流れ着いたのか?
この漂着木片を火にくべたら良い香りがしたため、朝廷に献上したという。(日本書記)
 東大寺正倉院に収蔵されている香木は、蘭奢待(らんじゃたい)という。長さ156cm、最大径43cm、重さ11.6kgで天下第一の名香と謳われる。その香は「古めきしずか」と言われ、紅沈香と並び時の権力者に重宝された。しかし正倉院宝物目録での名は黄熟香(おうじゅくこう)で、「蘭奢待」はその文字の中に〝東・大・寺〟の名を隠した雅名なのだそうだ。樹脂化しておらず香としての質に劣る中心部は、ノミで削られ中空になっている。これは自然に朽ちた洞ではない。
 織田信長が朝廷に無理を言って蘭奢待を2度に渡って削り取らせた逸話がある。自分の好きなエピソードだ。これまで切り取った権力者は、足利義満・義教・義政、土岐頼武、織田信長と明治天皇だ。しかし2006年の調査では、合わせて38ヶ所の切り取り痕があることが判明した。切り口の濃淡から時代に幅があり、同じ場所から切り取られることもあるので、今までに50回以上は切り取られたと推定される。最初に採取した人、移送時に手にした人、管理していた東大寺の坊主などが切り取ったらしい。坊主、いい金になっただろうな。

○ 白檀(ビャクダン) : 英名 Sandalwood
 ビャクダン科の半寄生の熱帯性常緑樹。爽やかな甘い芳香が特徴。原産地はインド。紀元前5世紀頃には高貴な香木として使われていた。産出国はインドの他にインドネシア、オーストラリアなど。他にも太平洋諸島に広く分布する。インドのマイソール地方で産する白檀は最も高品質とされ、老山白檀という別称で呼ばれる。
 初めは独立して生育するが、後に吸盤で寄主の根に寄生する半寄生植物。宿主となる植物は140種以上。雌雄異株で周りに植物がないと生育しないことから、栽培は大変困難で年々入手が難しくなっている。芳香は樹脂分ではなく、精油分に由来する。白檀は燃やすのではなく香木としてそのまま用いられる。熱を加えなくても芳香を放つため仏像、仏具、扇子などに利用される。また蒸留して採られる白檀オイルの主成分サンタロールは薬用にも広く利用される。
こうしてみると、植物性の香りの良いものは樹木の膿だったり、寄生植物だったりとどこか不具的で無気味だ。ところが次に紹介する動物性香料はその奇形度がさらに増す。
 動物性の香料は主として以下の4つである。
①龍涎香(アンバーグリス:Ambergris) ② 麝香(ムスク:musk)③ 霊猫香(シベット:civet) ④ 海狸香(カストリウム:castoreum)

○ 龍涎香(りゅうぜんこう、アンバーグリス)
 マッコウクジラの腸内に発生する結石。灰色、琥珀色、黒色などの様々な色をした大理石状の模様を持つ蝋状の固体で芳香がある。龍涎香にはマッコウクジラ(「龍涎香」が抹香に似た香りを持っているためについた生物名)の主な食料であるタコやイカの硬い嘴(いわゆるカラストンビ)が含まれていることが多い。そのため消化出来なかったエサを、分泌物によって結石化させて排泄したものではないかと考えられるが、不明な点が多い。排泄された龍涎香は、水よりも比重が軽いため海面に浮き、海岸に流れ着く。商業捕鯨が行われる以前は、このような偶然によってしか入手できず、非常に高価な天然香料であった。捕鯨が禁止された現在、昔と同じく偶然によってしか入手出来なくなった。
 龍涎香が始めて香料として使用されたのは7世紀ごろのアラビアであった。龍涎香という名は、良い香りと他の自然物には無い色と形から『龍のよだれが固まったもの』と中国で考えられたから。日本では室町時代の文書にこの語が残っている。漢方薬としても使われた。なおメルヴィルの『白鯨』に、マッコウクジラを解体して龍涎香を入手する様子が描写されているそうだ。また『無人島に生きる十六人』(新潮文庫)は実に面白いノンフクションで、古本屋には必ず置いてある本だが、この中にも龍涎香のことが書かれているそうだ。覚えていないな。海亀をたくさん捕獲して、ひっくり返して捕まえておくのは楽しかったが。

○ 麝香(じゃこう、ムスク)
 麝香は、雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料で、生薬の一種。主な用途は香料と薬の原料。麝香の産地であるインドや中国では有史以前から薫香や香油、薬などに用いられてきた。アラビアではコーランに記載があり、ヨーロッパへは12世紀にはアラビアから実物が伝わっている。甘く粉っぽい香り(どんなのだ?)がし、香水の香りを長く持続させる効果を持つ。
 また興奮作用や強心作用、男性ホルモン様作用を持ち、宇津救命丸、求心といった家庭薬にも使用されている。以前は雄のジャコウジカを殺して香嚢(睾丸ではない。包皮腺の変化したもの。)を切り取って乾燥して得ていた。一つの香嚢から30グラム程度の麝香が採れる。ロシア、チベット、ネパール、インド、中国などが主要な産地だが、年間1万~5万頭を殺し続けたため、絶滅に瀕しワシントン条約で商取引を禁止された。現在中国では、ジャコウジカを飼育して麻酔で眠らせて採取しているが、量は少なく宇津救命丸は条約発効前のストックを使っているそうだ。
 良い香りを持つものに麝香又はムスクの名を冠することがある。タチジャコウソウ(立ち麝香草、タイムのこと)は分かるが、マスクメロンがそうだったとは。

○霊猫香(れいびょうこう、シベット)
 シベットとも呼ばれるジャコウネコの分泌物。ジャコウネコは東南アジアと北東アフリカに分布しているが、霊猫香の採取が行われているのはエチオピアのみ。ジャコウネコを飼育して9日ごとに尾の近くにある香嚢(会陰腺)にヘラを差しこんで、ペースト状の分泌物を掻き出す。一度の採取で10グラム程度の霊猫香が得られる。
 ジャコウネコは凶暴な性格で人になつかないというが、こんな事をしょっちゅうされていたら怒って当然だ。霊猫香はつけた香水を長持ちさせる保留効果があり。また花の香りをより花らしくさせる。漢方薬としても使われる。また古代、媚薬として使われクレオパトラが体に塗っていたそうだ。霊猫香はスカトールを含有しているので糞様臭を持つが、薄めるとジャスミンを思わせる花様の香りに変わる。悪臭と妙なる香りは紙一重。


○霊猫香(れいびょうこう、シベット)
 シベットとも呼ばれるジャコウネコの分泌物。ジャコウネコは東南アジアと北東アフリカに分布しているが、霊猫香の採取が行われているのはエチオピアのみ。ジャコウネコを飼育して9日ごとに尾の近くにある香嚢(会陰腺)にヘラを差しこんで、ペースト状の分泌物を掻き出す。一度の採取で10グラム程度の霊猫香が得られる。
 ジャコウネコは凶暴な性格で人になつかないというが、こんな事をしょっちゅうされていたら怒って当然だ。霊猫香はつけた香水を長持ちさせる保留効果があり。また花の香りをより花らしくさせる。漢方薬としても使われる。また古代、媚薬として使われクレオパトラが体に塗っていたそうだ。霊猫香はスカトールを含有しているので糞様臭を持つが、薄めるとジャスミンを思わせる花様の香りに変わる。悪臭と妙なる香りは紙一重。

○海狸香(かいりこう、カストリウム)
 ビーバーの持つ香嚢から得られる香料。これは知らなかった。ビーバーはオス・メスともに肛門の近くに一対の香嚢を持っていて、内部には黄褐色の強い臭気を持つクリーム状の分泌物が含まれている。これを乾燥させて粉末状にしたものが海狸香。これはビーバーが毛皮を獲るために盛んに捕獲されたアメリカで、捕獲罠に塗る誘引剤として使われていたものを、香水用素材として見出されたのだ。
 19世紀以降の新しい香料である。レザーノートと呼ばれる皮革様の香りを出すために、香水に使用された。そう言えばゴムフェチ、レザーフェチとかは匂いに興奮するんだよね。現在はワシントン条約により取引は禁止されている。

 じゃあジャコウ牛、ジャコウネズミ、ジャコウアゲハはどうよ。ネズミや蝶はともかく、牛なら大量に麝香が収穫出来そうだ。ジャコウ牛は雄が発情の一時期だけ匂いを発するそうだ。ジャコウ牛から麝香を採ることはない。
 これで香料の話を終わるが、食に対する人類の飽くなき追求だけではなく、香りにも貪欲なことが分かってもらえたかな。

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