旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

満天の星 

2016年08月16日 19時18分58秒 | エッセイ
満天の星   

 亜細亜の旅は大河に沿って、朝日夕日を見ることが多い。メコン河が夕焼けで真紅に染まり、しだいに暮れて行く川面を、一日の漁を終えた小舟が家路に向かう。静かで息を飲むほどに美しい。しかし夜空はなかなかどうして、降るような星、プラネタリウム状態とはならない。ラオスやミャンマーの夜空は相当な星空だが、どうしても民家や自分の泊っているホテルの放つ灯りが残り、天の川までは見せてくれない。本当に凄い夜空は2回だけ、その時は頭上に天の川が流れていた。
 一度は茨城県の鹿島沖で、夜釣りをした時だ。出港は16時半だから、夏の夕方はまだ暑さが残っている。1時間半ほど沖に出て、まだ明るさが残っている時分からイカを釣り始めた。最初はなかなか釣れない。22時ごろまで釣ったが、船は強烈な集魚灯を海面に向けて照射し、船上は釣れ続くイカの吐き出す水や墨が飛び交い、仕掛けの上げ下げに忙しくて空など見上げる余裕はない。
 その日は100杯近いイカを釣りあげた。集魚灯に惹かれてトビウオが海面を飛び、中には船に飛び込んでくるものもいた。小型のサメや海亀が寄って来て船の廻りを泳ぎ、イカの仕掛けに食い付いてきた大サバが海中を走り廻る。大騒ぎ、大忙しの釣りも終わり、仕掛けを片づけて一段落。船長が集魚灯を消すと、途端に辺りは真っ暗になった。その時、陸の影すらない太平洋の真っただ中にポツンと浮かんでいることに気がついた。
 他にもイカ釣り船は何艘かいたのだが、自分達の乗った船は速力が遅くて、廻りの船に次々に抜かれてたちまち太平洋一人ぼっちとなった。釣り場から港までは行きと同じく1時間半ほどかかったが、退屈はしなかった。船に寝っ転がって夜空を見上げると、凄い星空だったんだ。ひえー、天の川が見える。船乗りは外洋でこんな夜を過ごすのか。天測をしながら航海をしてきたダウ船やジャンク船の船乗りは、思索的で哲学的な思いになったんじゃあないかな。あのように圧倒的な星空を毎晩眺めていたら、謙虚になるのか、刹那的になるのか、どっちだろう。神の存在も身近に思えることだろう。何か芯になるものを持たなくては、あまりに孤独で無力だ。
 さてもう一つのプラネタリウム夜空は、印度のデカン高原の夜だった。標高が高いと星に近づくのかと錯覚するが、要は空気が澄んでいるんだろう。高原の夜空は星がギラギラと光っていて、まがまがしく怖いほどに思えた。星の輝きに強弱があるので、夜行虫のように生命があるかのようだ。こんな凄い夜空を毎日見ていたら疲れて昼間は起き上がれない。メゲちゃうよ。人間のチッポケさ、無力さを思い知らされるような夜空だった。きれいよりは怖い。

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