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旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

また中国人に間違えられた

2015年08月17日 20時56分54秒 | エッセイ
また中国人に間違えられた

 以前旅先でよく中国人に間違えられた。それだけなら多くの日本人が海外で経験していることだろう。よくチーノとかジャッキー・チェンとか呼びかけられる、あれだ。だが自分は中国人から中国語で話しかけられる。台北行きの中華航空の機内ではCAから中国語で話しかけられ(別に逆ナンパされた訳ではなく、飯の注文とかそんなのだ。)我是日本人、と言うとハッとして「すみません。申し訳ありませんでした。」って日本語出来るんだ。別にそんなにあやまってもらうこともないけど。また中国人に化けられたってちょっとうれしかったし。
 中国人の仕事仲間からは、全くどう見ても中国人にしか見えない、という意見と、いや目がちょっと違う、という意見があった。だいたい日本人の顔は振幅が大き過ぎるんだ。はるばる来たぜエジプト、カイロの博物館の片隅に友人のマxオカさんが立っていた。「あれ、何でマxオカさんがここにいるの?頭に変な布巻いて腰巻一丁で、しかもヤリを持ってるじゃん。にしても日に焼けたねー。」ヌビア人衛兵の立像でした。
 南米で中華料理屋に入ると、無愛想な小娘が水の入ったコップをテーブルにドンと置き、△♉×α□と捲くし立てる。漢字を追ってメニューを指差すと、またx○z※∃♋。えっ今ファンって言ったから飯だよな。ご飯をつけるかって聞いたんだな、と見当をつけトュイyesと答える。小娘はちょっと首をかしげ、この田舎者には北京語(?)は良く通じないのね、まあいいわとテーブルを後にする。さてさて似たような経験はあちこちでしてきたが、悲しいかな、当方片言しかしゃべれない。中国人に中国語で、街で道を聞かれたって分かるはずはない。
 小説家の阿部譲二が若い頃、中国人に化けていたら、連れの女が朝急に悲鳴をあげたそうだ。顔を洗っていた安部譲二は何が起きたか???顔を洗う時日本人は手を動かすが、中国人は手に水を溜め顔の方を動かすそうだ。日本人だとばれてたたき出されたそうだ。何故中国人に化けたかは忘れた。確かに遠くから見ていても、頭をコックリコクコク日本人はやたらに相づちを打つ。レストランで中国人は大声でしゃべり、テーブルクロスも床もぐしょぐしょに汚す。香港辺りでは酒を注いでもらったり、料理を取ってもらったりした時、テーブルの上に手を置き中指だけを上げ、テーブルをトントンたたく。指で頭を下げているのを表現するそうだ。あまり上品とは言えないな。
 あと歩き方なんかでも違うな。日本人はガニ股が多い。遠くから後姿を見ただけで見つけられる。顔だけではなくて、体の動かし方やしぐさは子供の時から身についているものだから、なかなか抜けるものではない。まあスパイになる訳ではないのだから、真似する必要はないのだが。

台湾の女性

2015年08月17日 20時53分43秒 | エッセイ
台湾の女性

 2016年早々の台湾総統選の候補は、与党国民党が洪秀柱、野党である民進党が蔡英文、共に女性党首が立候補している。どちらが勝っても女性が国のトップになることは間違いない。いかにもこの国らしい。今まで40数カ国を旅してその内過半は仕事で訪れたが、台湾ほど女性が社会で活躍している国は他に見たことがない。ごく限られた範囲ではあるが、欧米の会社でも台湾ほどに女性社長、役員の多いところはちょっと無いね。中国でも日本よりは女性の担当者、役職者はずっと多いが、とてもじゃないが台湾にはかなわない。中国では男性優位だ。中国共産党の幹部を見ても、女性はお飾りだという印象があるでしょう。
 台湾では女性が責任をもってバリバリ働いているので、他の国よりも1.5倍元気な気がする。台湾の男が軟弱なわけではなく、女がでしゃばりだという印象は全くない。強いて言えばこの国は恐妻家が多いが、これは台湾に限らず中華圏では共通している。中国人の太々(タイタイ、大奥様)は強いのだ。
 だいたい男は女の上司がきらいではない。女に叱られる方が、オッサンからよりずっとストレスが少ない。男の子は小さい時からお母さんに怒られている。母親がガミガミ言っても大丈夫。何があっても母は味方だ。親父から説教されたら気が重い。また女性に褒められおだてられた男は、時として実力以上の力を発揮する。もう一度褒められようとシャカリキに働く。ブタもおだてりゃ木に登る。本気になった男がいかにすごいかは、スポーツの世界を見ればよく分かる。もっとも女もすごいが。ただあくまでも、うまく叱り上手に褒めることが肝要。よく家庭に入った奥さんがやっちまうように、1から10まで過去の事を持ち出してグチグチ責めたら、逆効果もいいところだ。良い女性リーダーは賢く上手に叱り、うまくおだてる。男の操縦法を心得て慎重に振舞うから、部下が嬉々としてついて来る。但しそのすぐれた女性リーダーが自分の旦那さんや子供に対しては、その能力を発揮しないでダメ女房、イカン母親だったりするのは、世の中ではよくあることだが。
 以前、羽田空港で窓拭きのチームを見ていたことがある。清掃といっても窓拭きは若い連中が中心で、4~5人がチームとしてテキパキとした仕事をする。ジジババの床清掃とは違う。短い時間で作業を済ませないと、次の飛行機の乗客がどっと出てくる。あるチームのリーダーは若い女性だった。リーダー以外は体格のよい若い男たちだ。このリーダーの女性はどうも中国人らしく、日本語のアクセントが少々おかしい。小柄な彼女は、一人赤いつなぎを着て、周りのグレーのつなぎを着た大男たちにポンポンと指示を出す。遠くから見ていて男たちが嬉々として働き、彼女を盛りたてているのが動きで分かる。こりゃ仕事が楽しいだろうな。実に気持ちのよい仕事をするチームだった。
 近代、現代の日本の社会はちょっとひど過ぎるよね。江戸時代以前は女性の城主もいたし、平安時代は母系社会で、古代には邪馬台国の卑弥呼、沖縄の女性族長、女天皇もいたのにね。日本も普通の会社で、もっと女性に責任のある仕事を任せれば、今よりずっと元気な社会になるんじゃないかな。台湾を見ていてそう思う。


骨つぼプカプカ

2015年08月17日 20時43分27秒 | エッセイ
骨つぼプカプカ

 子供の頃、墓参りがきらいだった。今でも好きではない。墓参りの後に外食しようね、と言われても差し引き行きたくはなかった。まあ歯医者ほど絶対に拒否していた訳ではないが。全然面白くないし、日本の墓地って陰気じゃん。あれは墓石の形状が良くないんかな。公園のように芝生に点々と並ぶ英領墓地や山手の外人墓地の方が明るい透明感がある。じめじめしていない。でもあの土の下にお棺に入った遺体がそれぞれ入っているのは、ちょっと不気味。
 印度北西部、パキスタンと国境を接するカシミール地方で、イスラムの葬式に参列した。えっ、ここって墓地だったの。土茶けた空き地に、そう言えば土がいくつも盛り上がっている。古いものはほとんど平らになっている。この時亡くなった人はおばあさんで、棺は無く布にくるまれすでに掘ってあった深い穴に横たえられ、土を盛られた。埋葬に立ち会ったのは男たちだけで、儀式は丁重だが簡素なものだった。
 バンコクのような都会ではどうしているのか知らないが、タイの田舎では庭に墓がある。最初は分からなかったのだが、言われてみるとあるある。どの家の庭にも片隅に石と立てたお墓が。中には写真を飾っていて、それが雨に濡れて崩れ、顔が半分溶けかかっていたりして相当に怖い。
 ならいっそ墓などなくしちゃえ。チベットのラマ教徒や、インドのムンバイにいるゾロアスター教徒の子孫、パルシー達が今でも遺体を砕いてハゲワシ、ハゲタカに食わす鳥葬を行っている。これはいいな。死んで鳥になるヤマトタケルの白鳥伝説みたいだ。印度では川辺で焼き、その遺灰を又は焼かずに布で包んでそのまま、聖なるガンガ(ガンジス川)に流すから墓はない。遠くからでも盛んに遺体を運んでくる。ガンガでは遺体は浮いているわ、洗濯はするわ、汚物は流すわ、その下流で人々は水浴をして口をすすぐ。大丈夫かいな、と思うよね。
 以前TVで見たのだが、ガンガの水は強烈に濁っているが、極めて強力な殺菌能力を持っているらしい。この国を1877年から1947年の独立まで支配した大英帝国の艦船は、遠洋航海にガンガの水を汲み飲料水として用いたという。さて話しがアジアを中心に地球儀をぐるぐる回ったけれど、日本のお墓の中には火葬された骨しか入っていないからドライだ。墓石はウェット、中はドライ。
 仏教は輪廻転生、本来抜け殻の遺体、遺骨に重きをおかない。まあ釈迦の骨は別だが。イスラム教・キリスト教・ユダヤ教のような復活の日とかは無いのだ。東北の即身仏は別だが、変な聖遺物信仰とかには陥らない。ただ我々日本人が本当に仏教を信仰しているとは、とても思えない。ビルマ(ミャンマー)は、大変熱心な上座部仏教徒が主流で、遺体はそこら辺の空き地を掘って埋めている。抜け殻の骨と肉に魂は宿っていない。日本人が大戦中の日本兵の遺骨収集に執念を燃やすのを、とても不思議に思っている。ビルマ人なら密林に分け入るより、パゴタへ行って静かにお釈迦様に手を合わせるだろう。おっとまた地球儀を回してしまった。
 我が家のお墓も陰気な墓石に囲まれた陰気な墓だが、高台にあるので、娘が働くみなとみらい地区のビルを見下ろしている。自分は死んだ後がどうなろうが、どうでも構わないが、ここに納まるよりは太平洋に散骨してもらった方が良いな。
 墓の穴がどうなっているのか、覗いた人はそう多くは無いだろう。1.5mほどの深さの穴にバラバラの骨の残骸が撒いてある。板で棚が渡され、そこに骨つぼが置かれている。その板の上には大きい骨つぼは3つほどしか置けない。自分の父はそんな事を気にしていたのか、古い骨つぼを整理してスペースを作っておいたと言っていた。だけどそう言っていた本人と母親の骨つぼを置いたら、また一杯になっちゃった。次は俺か?その時になってつぼを置くスペースが無くて困るのは気の毒だから、自分が整理することにした。墓地清掃を委託しているお茶や(石材店)に頼むのが普通なのだろうが、人の手を煩わせてしかも数万円を払うこともない。
 思い立って休日の或る日、早朝に墓に行った。小雨の降る寒い朝だったが、炎天下よりは良い。墓石前部の線香の石台を除け石板に手をかけたが、ムっ重い。こんなに重いとは、手で押すだけではびくともしない。こりゃーいかんぜよ。何かバールのような物がないと動かないな。車にシャベルが積んであった(骨つぼを埋めるかもしれないので)のを思い出し、往復20分ちょっとかかるが、駐車場から取ってきた。小型のシャベルを強引に押し込み、重い石板を少しずつずらした。また日を改めて来る気にはならないから、思い切り力を入れ、雨に濡れた地面で腕やひざが汚れるのも気にしない。
ポッカリ穴が開き、開いた穴に雨が降り注ぐ。ちょっとした遺跡の発掘だな。そういえば考古学の先輩が言っていた。江戸時代(土葬だった。時代劇に出てくる大きな樽に座って入れる。)の墓の発掘に行くといつも雨が降る、と。何で江戸時代の墓を掘るのかは忘れたが。
 穴は底が暗く思ったよりもずっと深い。オー、オー確かに骨が見える。匂いはしない。思わず鼻をクンクンしてしまった。骨はそんなに多くはないように思える。そして棚になった所に大きな骨つぼが二つ、小さいのは三つほど見える。あと一つは置くスペースがあるな。穴に半身を突っ込むようにして、大きなつぼを取り出しフタを開けて中身を穴の底にバラまいた。小さな骨つぼは邪魔にならないから、そのままでいいや。そういや親父もそう言っていたな。そう言っていた本人ともう一つのつぼを空にし、用意した袋に入れ石板を元に戻した。時間にして十五分位の作業だったが、フー大仕事だ。よしよしこれで三つ分のスペース確保。
 冬の朝の墓地では誰にも会わなかったが、もし出会っていたら墓荒らしかと思われちゃう。シャベルに大きな袋。さてこのつぼ、色々考えたが海に捨てることにした。山の中に埋めて万が一誰かが掘り返したら面倒だ。海はいいよー。タコでも入ってマイホームにしたらいい。横浜近郊では海岸に人が多いので、何時間も車を走らせ人気のない海岸を探した。まあ冬の海にそう人はいないが、太平洋に面した突堤を選んだ。立ち入り禁止の表札を横目で見て、その先端まで行った。小雨が降っている。海は適度に波があってザップンザップンきている。海面近くまで降りたいが、水に濡れたテトラポットがいかに滑りやすいかを良く知っているので、ちょっと遠くの足場が確保出来る所から、つぼの口が下になるように思い切り放り投げた。母親の方のつぼはうまく海に落ち沈んでいった。次に父親の方を投げたがこれが何と海に浮かんでしまった。あらら波に乗ってドンブラコ、沖に沖にと流されていく。しばらく見ている内に、ずいぶんと沖の方へ進んでいった。
 海は見渡す限りどこにも釣り船等は出ていない。あの調子では相当沖まで沈まずに航海していきそうだ。だちらかと言うと、旅行とかに積極的ではなかった父親の方がドンブラコとは面白い。しばらく見ていたが、つぼは波に乗って沖へ沖へ太平洋の彼方へ旅して、小さくなってついには見えなくなった。