元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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「映画に気をつけろ!」:kipple

2005-07-02 03:18:00 | kipple小説


     「映画に気をつけろ!」


 「右側に気をつけろ」と僕はしょっちゅう自分に言い聞かせている。それは別に思想的な事でもゴダールの映画に関係した事でも無く、ただ、僕の右耳が難聴だからだ。
 ちょっと気を許すと平衡感覚を絶望的に失うからだ。

 僕の右耳のちょうど耳たぶの裏側ら辺には、直径1ミリ位の小さなアナが開いてる。
 ポートだ。絶え間なくWiredの大海に揺られるためだ。自分がいつもオンラインでないと気が済まないからだ。

 思春期にポートを開けるか開けないか、という事は、誰にとっても、とても重要な選択だ。この地球上ではいつでもどこでも電波があふれかえっている。まあ、ある程度はデータの流入にセキュリティをかけることはできるものの、基本的に一度ポートを開いてしまったらデータ選択の自由は無い。

 一応、未成年者のポート開けは法律で禁じられてはいる。しかし、現実には秋葉原で堂々とポート開けキットが売られている。そして15才くらいになれば3人に一人はポートを身体のどこかしこに開けて、孤独解除の、いつも女の生殖器にベタリと身体中を埋め込んでいるような悦楽を楽しんでいる。

 頭ん中では、いつも無数のゼロ・ワン・データが混じり合って展開している。
 風であり、さざ波であり、森林であり、まるごと大自然だ。強力な癒しだ。開いたポートから入ってくる無数のデータは混濁しあい、交感神経と副交感神経の最高のバランスを提供してくれ、脳内快楽物質を絶え間なく引き出して最高の気分にしてくれる。
 純粋エンドルフィンの大量流出は不老の効果をもたらすとも言われている。

 問題は、任意のデータをデコードしたときに生じる。Wiredで、混濁データの波にゆらゆら揺れて、気持ち良さによがっているだけなら、それほど危険な事はないんだよ。ウイルスだって全部、分解されて混濁データの一つになっちまう。

 じゃ、任意のデータをデコードしなきゃいいじゃないかって?ええ?でも考えてみなよ。無限とも思える混濁データの中を、ちょっと覗いてみたいとは思わないかい?たわいない会話だろうか?何かのビジョン?衛星放送?何だろう?一回くらいはいいやと、誰しも思う。
 そしてポートにランダム再生のチップを差込んで、無限の中からたった一つのファイルを判別させてデコードする。たいてい頭の中で展開するのはくだらない音声画像データだ。民間企業のデータベースとリンクしたプレゼンつきの見積書だったりする。「今日、どこどこ行って何があったのー」系のたわいない通話データだったりね。
 しかしね、やばいのがあるんだよ。

 デコードは、くせになる。中毒性があるんだ、たぶん。ポートを開けっ放しにしているだけで、最高に気持ちが良い。それだけじゃ人間は我慢ができないんだよ。毎日、出来る限りのデータをデコードするようになる。
 もちろん何が飛び出すかわからないので安全なものだけって選択は不可能だ。毎日毎日デコードする癖がついてしまえば、当たり前だが確率的に危険度は高まっていく。

 やばいデータってのは、過剰高密度刺激データってたぐいだ。俗に現実仮想追体験モノ。これのやっかいなところは、人によって危険度がまるで違うってとこだ。
 同じ一つの再生ファイルが圧倒的多数の人間にとって全く無害な場合でも、たった数人の人間にとって絶望的にヤバい場合があるのだ。

 どうヤバいかって言うと、デコードして頭の中で展開し終わったあと、A10神経が大脳新皮質を突き抜けてしまう。わかるかい?気が狂っちまうんだよ!

 これは思春期に限るそうだ。20才位になると大脳新皮質の成長は著しく低下し、停止してしまうんだ。かたまっちまうんだ。そうなると、いくら刺激の強い情報でもほとんど影響が無くなるって話だ。
 まあ、法律で未成年者のポート開けが禁じられてるのは、そういう訳だ。でも成人だって、たまにやられちまうんだよ。

 心理学者が、よく言うよ。
「感受性の強い思春期には脳内デコードによる強度の現実仮想追体験は、多くの場合、分裂症を引き起こす。また、そうでなくとも強大な悪性トラウマを植え付けられる。」
 ってね。

 でも、僕に言わせりゃ、感受性の強い時期だからこそ、圧倒的な刺激を味わえるわけじゃん?年くってからじゃ、遅いのよ。実際、成人がたまにやられちゃうって事は、年くっても感受性の強い奴だっているって事だろ?
 僕に、言わせりゃ、未成年だからって良い子ちゃんになってるのは、人生の楽しみのほとんどを見逃しちまっている大バカで、単なる臆病者に過ぎないよ。
 実はね、ここだけの話なんだけど、僕は毎日やってる。スッ転ばないように右側に気をつけながら、歩きながら、座りながら、寝っころがって・・・

 僕は10才の時に、ママの穴開けキットを拝借して耳の後ろにポートを開いた。それ以来、一日も欠かさず毎日毎日再生チップをポートに差し込んで、6年間、デコードしまくっている。
 しかし、6年間もの間続けていて、展開されるのは全部、屑ばかり。大脳新皮質を突き抜けるような刺激モノには一度も当たった事はない。
 仮想体験モノには幾度も当たった事はある。しかし、どれも、おそらく衛星波で、前世紀の映画のニュープリント仮想体験版ばっかりだ。映画なんてウンザリだ。しょせんは作り物だろ?こんなもの人生の何かの足しになるんだろうか?思うに人生をそれなりに心地よく生きるためには、1本も見る必要なんて無いだろう。

 僕は今、焦りさえ感じているんだ。あと4年で成人してしまうのに、現実の超ヤバいヤツの仮想追体験モノには一度も当たってない。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4年後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 結局、僕は前世紀の映画を何百作も頭の中に展開し続けただけで、いわゆる超ヤバい現実仮想追体験モノには一度も当たらなかった。
 ちぇっ、何て退屈な思春期だったんだ!僕と同じようにポートを開けた友人は5人、発狂したってのに!ああ、運が悪い。そうとしか言いようがない。ちくしょー!

 でも考えてみりゃ、成人してからだってヤバいの喰らって発狂したり死んだりするヤツはいるんだから確率さえ減るものの、僕に強い感受性が残されている限り可能性はあると言うことだ。

 気持ちの問題よ!感性を研ぎ澄ませていれば、いつかきっと!夢を持つんだ!希望を捨てちゃぁいけない!いつか必ず、大脳新皮質をフッ飛ばすくらいの現実の超ヤバいヤツの仮想追体験モノにブチ当たってやる!

 じゃ、感性を研ぎ澄ませて思春期並とはいかずとも、強い感受性を維持し続けるためには、どうしたらいい?
 「映画でも見ればあ?」
 と頭の中で大きな声がした。

 え?そうさ、僕はポートを開けて以来、約10年もの間、大量の仮想体験ムービーを頭の中に展開させ圧縮し書庫に詰め込んでチップにストックしてきた。
 ほら、みやがれ、やはりポートは出来る限り若い頃に開けた方がいいんだ。だいたいポートを開けたおかげで、僕はオフな奴らよりもずいぶんと気持ちの良い青春を過ごしてきた訳だし、こうしてため込んだ大量のデータも実際、こーして役に立つ。
 それにこれからだって、どんどんポートからランダムに映画は入ってくるだろう。いや、ランダムにポートから入ってくる映画を待つ必要もなく、僕はもう成人なんだから合法的に市販のチップをポートに挿入して、体験したい映画をGETできるわけだ。

 ちょっと気になることがあった。そして少し青ざめた。

 今の声はなんだ?僕は今、何も再生していない。ポートはもちろん開いているが、頭の中では何も展開していないはずだ。オフ界には誰もいない。静かな自分の白い個室だ。

  「だ、だれ?」
 と僕は口に出して言った。
 すると頭の中で、まだデコードされていない何らかのコードがビジョンになって猛スピードで展開し始めた。そして、それは巨大な顔となって僕の頭の中いっぱいに広がった。そしてその巨大な顔は目玉をぎょろつかせながら退屈したような顔つきで喋り始めた。

「いいか?ポートを開けたってことは、出力もされているって事だよ。わかっていると思うけど。」
 その通りだ。ポートを開けば、ひっきりなしにデータは入出力を繰り返す。入ってきたデータは僕の中で混濁データとなり、デコードしてストックでもしないかぎり再び出ていって、地球上の無限ともいえる電波の中にバラバラになって混じり合う。
 しかし、それは無数のデータの一部になるだけで僕自身には何の影響も及ぼさないはずだ。巨大な顔はしゃべり続けた。
「へぇ、出力されたデータが君自身に影響する事は無いって思うの?いい?君の求めていた現実の超ヤバいヤツの仮想追体験モノって何だと思う?とことん運の悪かった自殺者の追体験?物凄い残虐な拷問にでもあって死んでいった人間の追体験?どれも違うんだよ。」

 「じゃ、なんなの?どういうこと?」と、僕は声にして言った。

「思春期のポート開けの危険性は入ってくる方ではなく出ていく方なんだ。思春期の強い感受性は出力データに反映するんだよ。強い感受性は濃度の濃い輪郭のはっきりした出力データを作り出す。君がポートを開けてから、現在まで、ずっと君が経験し感じてきた事は全て一つのファイルの中にストックされてWiredを彷徨っている。そして私のようにポートから入ってきた君の人生のデータをデコードしてしまう者がいるわけだ。わかるだろう?私が今、脳内展開しているのは、君自身の人生のデータなんだよ。」

 わからない。僕は、まったく納得がいかない。じゃぁ僕がポートを開いてから今の今までの僕の人生の全てが例の現実の超ヤバいヤツの仮想追体験モノになっている訳で、それを今、僕の頭の中で喋っているコイツが脳内体験してるって言うのか?おかしいじゃないか?いたい、お前は誰なんだ?

「君が今、考えている事も私にはすべてわかるんだよ。」と頭の中のヤツは続ける。

「私は君の最後を知っている。すでに君は現実には存在していないんだよ。君が、かつて生きていた頃のデータはすでにファイリングされ無数に漂う一つの現実の仮想追体験モノとして、ずっと以前から完結されているんだよ。わかるかい?君自信がすでに仮想なんだよ。君が現実に感じたり体験したりしていると思っていた事は、全て分子レベルまで正確にコピーされ電気信号で再構築された現実の仮想追体験ソフトなんだよ。」

 僕は震えた。じゃぁ、僕がこうして呼吸して、ほら、こうやって両手を叩けばピシャンと音がし、両手に叩いた感触がある。これも現実じゃないってのか?嘘をつけ。僕は、すでにずっと仮想生命だったって言うのか?じゃぁ、あなたは、いったい誰?どうして僕の頭の中に介入するんだ?ポートから侵入してるのか?しかし僕自身のポートにデコード用のチップをはめなければ不可能なはずだ。

「ははは、だから映画を見るんだよ。」声は続けた。
「答えよう。私は人工生命だよ。君は何百もの映画を仮想体験してきた。私は、その中の登場人物の一人だよ。見覚えはないかい?君も知っている通り、今世紀に入ってから過去の2次元スクリーン媒体の映画は全て仮想現実ソフトにプログラミングされ、作り替えられた。何から何まで分子レベルまで正確にね。空気の流れや登場人物の服の汚れやDNAの塩基配列から思考ルーチンまで。完璧といってよい。ははは、今、君は頭にポートを開けた登場人物がでてくる映画を連想してるね。「JM」のキアヌ・リーブス?ジョニー?「マトリックス」のネオ?これまた、キアヌ・リーブス?残念、はずれだよ。」

 その通りだ、確かコイツはさっき僕の出力データを脳内再生してるって言った。ならば映画の中で登場人物はポートを開けていなくてはならないだろう。
 違うのか?いや人間とは限らないぞ。そうだ、例えば「2001年宇宙の旅」のハル・シリーズのような人工知能なら可能かもしれない。

「おっと、残念。はずれ。私はコンピュータではないよ。ほら、私は何度も何度も映画の中で再生され、自分が誰かが作り出した人工生命だときずいたんだよ。重要なヒントだよ。まったく恐怖の連続だ。死んだと思ったら次作で又、甦り、又、死んだと思ったら・・・・・・・・」

 僕は悲鳴を上げた。脳の中のヤツの顔が崩壊し・・・・・・マスクが・・・

「いいか?オレのホッケーマスクの穴は伊達じゃねぇんだよ!」

 僕は脳の中から出刃包丁や斧や電動ノコギリで、ズタズタに切り裂かれた。ジェイソン・・・。そこで僕の人生は完結し、リセットされて再びジェイソンのホッケーマスクのポートに吸い込まれて再生され始めるのか?

               

                    


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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