元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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【亡実ポコ】kipple

2012-11-10 23:47:34 | kipple小説

【亡実ポコ】



ポコポココポコポ

連日訪れる斜陽により、うつつに浮かぶ幻の泡の様な橙色の空気に、私の部屋は満たされた。
部屋一杯にぼんやりとした感じで溢れる、その泡の様な橙色の空気の中に得体の知れぬ薄気味悪い極小の点の様な何かが無数に乱雑に漂う様に浮いていた。

私はかれこれ四十年近くこの公団に住んでいる。今や廃墟同然だが嘗てはピカピカだった。五十で身体を壊し退職して以来十五年ずっと一人で暮らしてきた。

この公団に入居した時は女房と一緒だったが、彼女は私が身体を壊し退職する一年程前に病死した。
私と女房は二人子供を授かったが二人とも幼くして亡くしてしまい、結局この遠日の幻影の様な公団のガランとした一室に私一人が残った。

何度か都の条例で取り壊されると云う話もあったが結局ここの公団は取り残され朽ち果て腐り異臭を放つまま放置された。

しかしまだ私の他にも少なからず住人はおり、其々一人でひっそりと暮らしている。

私は掃除も洗濯も出来ないので十五年間汚しっ放しで汚れっ放しだが元々家財道具一切は退職した十五年前に処分してしまったので汚れる物とて其れほど無い。

汚れるのは畳に万年床の布団と年じゅう着ている衣類くらいだ。十五年間掃除も洗濯もせず何着かの似た様な衣類で済ませているが慣れてしまえば汚れと云う事に頓着しなくなる。

食事は幸い近くにコンビニがあるので夜中に弁当を買いにゆき十五年間そうして済ませている。だいたい喰う事に興味が無いのでその方が幸いだ。

後は十五年間だいたい布団で寝てる。家具は無いがエアコンだけはあるので寒暑は困らない。

だらだら寝てるとひたすら何もかも面倒になり、面倒だと云う事がますます眠気を誘い際限無く気持ち良く眠り続けてしまうものだ。私は六十五才になり、斯くして大変幸福な気分で暮らしてる。

ポコポココポコポ

日暮れになると私の部屋を其の不思議な橙色のぼんやりした空気がふわふわした泡の煙の様に立ち込めだしたのは夏に入った頃からだと思う。
だが乱雑に無数に浮く極小粒子の様な点は三日前だと思う。あるいは気づいたのが三日前か。

今朝珍しく隣の棟からやはり一人でひっそりと暮らす老婆がやってきた。

微かに見覚えがある気がし、老婆去りし後から、遠く遥かな記憶を探ると、ああそうか何度かゴミ捨て場で見かけた気がしてきた。恐らく其の時幾度か挨拶でもし、お互い一人ですね、とでも言葉を交わしたのであろう。

朝から、
「いる?いるの?」

と力無くドアを叩き外から声をかけてくるので、

「開いてるよ。鍵」
と布団の中から言うと老婆は震える身体を苦しそうに歪めながら入ってきた。

私が布団の中から、
「どうしました?」

と聞くと、
「テレビ見ました?」と老婆が布団の中の私に顔を近づけ言う。

「いや、私、テレビ無いので」と布団の中から答えると、興奮して老婆は続けた。

「中国人が狂ったよ。なんだい、中国人のくせに、日本人殺せと十何億人で暴れてんだよ」
私は何と答えたら良いか分からず、うとうとしてたせいもあって、

「ほう、中国人が。そうなのですか」
と言うと老婆はますます興奮し激高し歪んだ身体をますます震わせながら素っ頓狂な怒声で続けた。

「狂った中国人が十何億人で車やビルを壊したり燃やしたりしてんだよ!日本の車や日本のビルだよ!中国人のくせに、なんだい!この間まで貧乏だったのに金持ちになった途端に日本に攻めてきたんだよ!」

老婆はそうして暫く私に向かって、野蛮な十何億人もの中国人が暴れて日本を壊しまくっているという事を怒り狂って叫び続けて帰っていった。

そうか。狂った中国人が十何億人、日本を破壊しているのか。老婆の言っていた事を布団の中で思い描き頭の中で野蛮な狂った十何億人の中国人が日本を壊しているイメージを膨らませていると眠ってしまった。

ポコポココポコポ

ぼんやりと目覚め、薄っすらと目を半分位開けて見ると、私の部屋が、うつつに浮かぶ幻の泡の様な橙色の空気に満たされていたので、もう夕方かと思った。

何だか室内の橙色の空気が膨張して外にはみ出している様な気がし、目を凝らしてみると、やはり薄気味の悪い無数の微粒子の様な点が浮かんでいて、その針の先の様な点が黄色くて白ばんで光っている事に気づいた。

これは十五年間私の部屋に溜まった塵埃が、こうして斜陽によって齎された、ふわふわした橙色の泡の様な空気の中に現わされているのだろうか?

これは無という粒子なのではないか?

何だか、その僅かに光る影の全く無い無数の黄色い極小の微粒子たちは、無であり、その無数の無たちが、やはり一個の無である私を責め立てている気がして、とても腹が立ってきた。

「喰ってやる」

そう言うと、私は布団から立ち上がり、ぜぇぜぇ言いながら、身体中の空気をゆっくり、シュゥゥゥゥゥと吐き出し、そして一挙に思いっきり空気を吸い込んだ。

少々咳き込んだが、部屋のあちこちを歩き回り橙色の空気に浮かぶ無数の薄気味の悪い黄色い点を吸い込みまくってやった。
それを橙色の空気が薄れて暗い煙のようになり夜が滲み込んで来るまで続け、おそらく私は全部、吸い込んだ。

全部、喰った。

久しぶりに運動したせいか、随分と私は疲れ切り、全部吸い込んだと言う満足感もあり、すぐにバッタリ倒れて眠ってしまった。

ポコポココポコポ

付けっ放しになっていたエアコンのせいか?涼しい風が頬を横切り気持ちが良いな、と思って目覚めると夕暮れだった。
どうやら一日眠っていた様で暫くぼんやりしてると、部屋の中には、いつもの橙色の泡の様な空気は満ちていず、ただごく普通の斜陽に照らされた風景があるだけだった。

夜になり、コンビニに弁当を買いに行った。絵の具で描いた様な真っ黄色の満月が廃墟の公団の上で私をじっと見つめる様に浮かんでいた。

Tシャツと半ズボンを汗で濡らしコンビニのドアを抜け、その涼しさに暫くジッとしてると、どうやら世の中大変な騒ぎになっている様だった。

全てのスポーツ新聞の一面に巨大な真赤な見出しで、

【中国人、消える!】【13億人の中国人、一瞬にして消失!】【無人の中国、在中外国人も消失!】【中国に何が起きた?前代未聞、未知なる現象】【異次元に飲まれた?13億人の中国人】【旧日本軍の秘密兵器か?中国人浄化か?】【一夜にして消えた13億の中国人!全世界が唖然!】【消えた13億の中国人!地球に何が起きている?】【13億人の中国人はワームホールに呑まれた?】・・・

等々、書かれていた。どうやら昨日だか、老婆が言っていた野蛮で狂って日本を攻撃してる中国人が一斉に十三億人、この世から消え失せたらしい。

コンビニ内でラジオを流しており、けたたましく、その十三億人の中国人が一斉に消えた話題で大騒ぎをしていた。
そうなのか?十三億人の中国人がこの世から一夜にして消えてしまったのか。まあ、そんな事もあるのか。

私は異臭を漂わせながら、鮭弁を買い、店を出た。
そう言えば夜中なのに何となく人気のない暗い辺りが賑やかな気もしたが、中国人十三億が消えてしまおうと、別にどうでもよく、夜闇の向こうに見える廃墟になった公団の上からジッと私を見つめる真っ黄色の満月を、睨み返しながら、帰った。

そして、汚れた部屋の汚れた裸電球の下で幾重もの影を作りながら、私は鮭弁を食べ、食べ終わると裸電球のスウィッチを切り、その古い太いとぐろを巻いたコードをほぐし、首を括った。


ポコポココポコポ



This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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