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「首切り詩人と、めくら」:kipple

2005-06-26 00:55:00 | kipple小説


     「首切り詩人と、めくら」



 首切り役人は毎日、嘆願者の首をはねる。お役所仕事と揶揄される事も多い。毎日、毎日、首切り役人は、自分の役目を果たす。法律で定められた事を、毎日毎日、続ける。それが役人というものだ。自分の考えは、いっさい無いことにしてる。考えない。ただ、嘆願者の首をはねる。

 1人首を切り落とす。又、1人首を切り落とす。首切り役人の人生は、そうして延々と続く。

 そんな首切り役人の中にも、少々変わり者がいる。1人首をはねる。そして彼はその生首をつくづくと見つめて、その生首が送った人生を詠う。生首は嘆願者の人生の最後の想いを彼の頭の中に伝えてくるのだ。1人につき、1作品。最後の詩は自分の人生にしたいのだが自分の生首を見て詩を歌いあげるのは難しい。

 今日も野原に嘆願者がやってくる。今日はまず、端正で繊細そうな顔をした青年がやってきた。野原のグネグネ曲がりくねった道から彼は役所前の白い円形の広場に入ってきた。彼は首切り役人が座っている広場の中央の台座のところまでやってきて四つん這いになって首を差し出した。

 首切り役人は自分の足元にひれ伏し頭を垂れているその青年の首をためらわずに、巨大なサーベルで切り落とした。血が吹き出し辺りを赤く染めた。首から上を失った胴体は、ゴロンと血飛沫を上げながら横倒しになった。

 すぐに黒子のような清掃員たちがゾロゾロと現れて、胴体をかたずけ赤く汚れた辺りを綺麗に洗い流した。胴体は清掃員達の大事な食料だ。台座の周辺が元通りにピカピカに白く磨き上げられると、清掃員達は目にもとまらぬ速さで消えた。

 首切り役人は生首を拾い上げ、その断面に強力な血止めのテープを貼りつけ、自分にかかった血飛沫を洗い落としてもらうと、それを台座の上の円形テーブルに乗せて、まじまじと見つめ詩を歌い始める。

               

 「実にもろい夢だった。過ぎてみれば一時の激情。僕は唯、平凡と美しく無いものが嫌いだったにすぎない。しかし僕は自分の中の両極性に気づかなかった。もっとも残虐な殺戮者こそ、もっとも優しい愛を求めていることを忘れていた。僕は、もっとも平凡で醜いものをも欲していたんだ。」

 詩は短かった。最近、こんな生首が増えているように思う。非凡と美に憧れる人々。しかし首切り役人には、どうでもよいことだ。淡々と仕事をこなしていればよいのだ。首切り役人は歌い終えると、青年の生首をアングリと大きな口を開けて飲み込んだ。なかなか、美味しい。自分の中に又、コレクションが増えたのを嬉しく思い、老後の楽しみを夢想した。定年を迎えて隠居したら、縁側で御茶でも飲みながら自分の中のたくさんの生首の詩歌を聞いて過ごすのだ。なかなか乙なものだと思う。

 午後に野原の遥か向こうに遠距離列車が停車するのが見えた。それはなかなか珍しいことだ。わざわざ他の国から遠距離列車でやって来る嘆願者は少ない。からっと晴れた空に薄い雲が漂っていた。のどかな午後だ。

 首切り役人は台座の上に座って、遠距離列車の停車駅から、遠く遥々と野原のグネグネ道をよたよた歩いてくる嘆願者を、のんびりと葉巻を吹かしながらサーベルをピカピカに磨きながら、見つめていた。姿形がハッキリしてくると、次の嘆願者は若い女だということが分かった。何だかフラフラしていて様子がおかしいと思ったが近づいてくるにつれ、その若い女は盲目であることに気づいた。よく1人で、ちゃんとここを目指して歩いてくるなぁと感心してしまった。思わず手を差し伸べてあげたくなったが、それは首切り役人のすることでは無い。そんな前例は無い。そんな前例を作ってもいけない。

 女が白い広場に入って来た頃には、もう陽が翳ってきた。地味な格好をした女で、やはり目が見えないようだった。首切り役人は定時の5時ちょうどに仕事を終えて愛する妻と子供の待つ暖かい家庭に帰らなければならないので、早く済ませてしまおうと思った。この仕事を始めてから、ずぅっとそうしてきた。例外は無い。

「ここですよ」
 と、首切り役人は嘆願者の女に声をかけ、少し、急がせた。女は、すぐに敏感に反応して台座の方へ歩いてきた。目を見開いていたが、その瞳は死んでいるのがわかった。

 女が少し不器用に首切り役人の足元に四つん這いになって頭を垂れると、何故だか風景がいつもと違う気がした。夕陽がやけに激しいようだった。しかし、首切り役人はためらわず、いつも通りに巨大なよく磨かれたサーベルで女の首を切断した。生首がゴロリと首切り役人の足元に転がり、首から下の胴体は血飛沫を夕焼けの空に激しく吹き出し横向きに倒れた。

 再び黒子のような清掃員たちがゾロゾロと現れて、胴体を持ち運び周囲を洗い流しピカピカに磨き上げると突風のように去っていった。首切り役人は盲目の女の生首を拾い上げ断面に強力な血止めのテープを張ると、台座の円形テーブルの上に乗せて、めしいた女の顔を見つめた。首切り役人は少し、ギョッとした。女の生首は目を見開いたままだったからだ。たいていの生首は目を閉じているものだ。何だか夕陽が異常にギラギラし始め激しさを増しているような気がしたが首切り役人は定時が迫っていたので、かまわず詩を彼女の人生の想いを歌い出した。

 「静かな、曇り空の国なの。それが、わたしの行きたかったところ、わたしの理想だったの。くもり空の国だわ。その曇り空の国には、ブ男やオヘチャは一人もいないのよ。わたしは目が見えないけど、人間って外見の美醜で判断して嫉妬したり争ったりするから、そうなの。わたしも美しい女だったはずだわ。そうでなきゃ、そこには行けないもの。そして全員長身で美男美女で1人1人が孤独の極みにいるために、その立ち居振舞いの一つ一つが、表情の全てが緊張を貼り付けていて少しの油断もないの。そこの人々は全てに慎重で全ての感情を抑圧し、全てを無機質にみたてるの。そして人々は、いつも空想の中を行ったり来たりして他人とはいっさい交渉しないの。静かに音一つたてずに歩き寝るわ。もちろん蔑みや憎悪も、いっさいないわ。各人が完全に孤立してるから、そんな感情は湧き上がらないの。人々は毎日静かに俯いて生産するの。全ての生産は出来あがった図式通りに淡々と着実にこなしてゆくのよ。役割も全て機械によって決められるの。人々は静かに、ひっそりとして組み立てられた偶然のシステムによって人生を歩んでゆくのよ。仕事が終わると人々は美や死について空想するの。寝るまで、じっと机に向かい、あるいは外のベンチで、あるいはベッドの中で静止画のように微動だもせず白昼夢に浸るの。人々は皆、孤独な芸術家なのよ。全ての人々は閉ざされた広大な自己だけの精神の宇宙に生きる・・・・・・・・・」

 詩は延々と続いた。首切り役人は少し焦ってきた。定時が近づいていることもあったが、何だか、この女の想いが気味悪い。それに空全体がが女の詩歌と供にどんどんドロドロじゅるじゅると沸騰したようになり、地を真っ赤に染め、限り無く赤に近いオレンジになって地平線に沈みかけた異様に真っ赤な太陽がバチバチと燃えながらこっちに向かって溶けて流れ出してくるようで恐ろしくなった。

 首切り役人は歌の途中で女の生首を、大きく口を開いて飲み込んだ。こんな変な味は初めてだ。こんな事は初めてだ。すると、空はいつもの普通の静かな夕暮れに戻った。もうすぐ5時だ。

 首切り役人はクルッと向きを変えて早足で台座を回り込んで、役所の中へ入って5時ジャストでタイムカードを押すと、ロッカールームに作業服とサーベルをしまい込み、裏の通用門から警備員に「お疲れさま、お先に」と言って出てゆき、駐車場の自分の自転車に乗って楽しい暖かい我が家へ帰って行った。さっきのメクラの女の生首のことは、もうすっかり忘れていた。

 でも、何だか喉に変なものがつまっているような気がした。



           


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)
 (これはミニ・web小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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