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元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

おいでよ立可ちゃん・温泉編

2021-05-17 07:01:30 | 夢洪水(散文・詩・等)

おいでよ立可ちゃん・温泉編

 立可の視野には、よくひきしまった満月を頂点に置いた巨大な山が、のしかかるように、圧迫感を伴って、ずどんと存在していた。月は肉眼には捕らえられぬ程の猛スピードで、太陽の光を反射し、狂った様に瞬いていた。フィルムにすれば何億コマか?何兆コマか?気の遠くなるスピードだ。脳髄から快楽物質がきゅるきゅる全身に飛び出す。

 休日を利用して仲間たちと一泊二日の温泉旅行に出掛けた立可は旅館での濁水にとっぷりとつかりこんだような、けたたましいバカ共の宴会についに耐えきれなくなり、胸の片隅に突然にして、ひょっこりと吹き出してきた妙なセンチメンタルと元来の孤独癖に誘われて、こっそりと旅館を抜け出して電灯のたぐいの全くない狭い山道を歩いてみることにしたのだ。

 ピンとはりつめた月下の冷たい緊張は彼の全神経を、微動だにしない一本の心の琴線に 徹底的に集中させた。立可は、宴会の俗っぽい汚濁の波が静まり返り浄化されていくのを感じ、宴会場で卑しいカタルシスを演じる友人たちと、きっぱりと、画然と、隔てられた月下の自分を再発見した。この感覚は過去にも幾度と無く味わったものだ。


 月光は立可の影を、刻々と移りゆく硬質の時間に乗じて、ゴムひものように、つきたての餅のように細長い、木立の壁に両側をはさまれたうねうねした非舗装道路に伸ばした。様々な夜の自然の音声が、さめざめとした時雨のように月下の世界を包み込んでいた。それは単調な静かなリズムだった。月のまたたきというメロディーを支える、完全な規律を偶発性の中に得たリズムであった。

 立可は、逆光で真っ黒に染まった威容の山に向かい合い、静かにさくさく背を曲げて歩いていった。土を踏みしめる自分の音が静寂をさらに盛りたてていると思った。

 歩きながら、次第に立可は、未だかつて経験した事のない不思議な感覚にとらわれていった。身体が背筋の下方からアイスクリームのように溶け流れてゆくようだった。その感覚を物理現象化するならば、巨大化したもう一人の自分が、山々を淋しげにひたひた歩く自分自身を、ちょうど月の位置からジッと俯瞰している感じだ。夜闇はもう一人の自分の巨大な影なのだ。そう思うと立可は“ゾッ”として、しばらく足を止め、耳をすまして眼を見開き、本当の自己の存在を五感全開にして確認せねばいられなかった。


 月を薄い布きれのような雲が横切っていった。


 立ち止まった場所は朽ちて見捨てられた廃屋のような小広い野原であった。枯れ草どもが生え狂う月下のくさっぱらは、ゆっくりと動く雲の影を不気味な怪人のマントの様に映しだしていた。野原の隅に、雲の隙間からもれた月光がスポットライトのように丸い光の円を形ずくっていた。

 立可は自分自身の巨大化の幻想を頭の中から振り解き、あらためてこのあまりにも日常とかけ離れた異様な状況に驚いた。彼は一瞬、眼を大きく見開き身体を硬直させ、“あっ”と一言もらした。

 その円形の光の中央に揺れる枯れた雑草の間から、青白く薄い光を滲ませて輝く何物かの存在に気づいたのだ。

 それは燈籠だった。しかも、その中で煌々とゆらめく微かな炎の存在をも感じたのだ。

 “鬼火じゃないか?”

 立可は最初、そう思った。昔、祖父の墓で見た青白い魂の輝きを思い出した。しかし、それは違った。確かにろうそくの、ゆらゆらとしたあの妙に心細い儚げな光だった。盆の落とし物?と考えるとり先に、意表をつく何かその演出的で非現実的な出現状況に立可は恐怖した。氷水を浴びせられたように顔から中心に全身の筋肉がひきつった。

 しばらくジッとその燈籠を見ているうちに、立可は突然、背後に得体の知れない巨大な恐怖を感じ、弾かれたように振りむいた。鋭い風が鼻の下をスーッと通り過ぎた様に感じた。しかし、そこには、ただ虚ろな野原がブルーのセロハンを透して見たように彼の視野の底に静かに横たわっていた。彼は洋服の庇護から露出し行き場無く彷徨う自分のか弱い手の不安定な存在がたまらなく気になりはじめ、すばやく外気からポケットの中の暖かい空間にしまい込んだ。しばし頭を空白化させた感情がポケットの中で庇護され暖まっていく手と共に穏やかになっていくと、今度はやけに、はっきりと思考が活動を開始した。

 “夏、誰かが捨て置いたのだろう。この情景は見事な偶然の神秘的産物に違いない。ろうそくの火は錯覚だろう”

 立可は再びゆっくりと振り向き雲のカーテンにすっかり月の照明を消されて、ただの暗闇の中にひっそりと姿をのぞかせている朽ちた燈籠を見た。灯りの痕跡は全くなく、それは古びた髑髏のように破れて開いた上方の穴から立可を見返していた。やはり錯覚だった。

 風が出て枯れ草を、死んだ子供がうめくように騒がせ始めた。

 立可は、もう、すっかり平静を取り戻し、じっくりともう一度あたりの荒涼とした風景を観察し始めた。見れば見るほど、この冷たい青闇の情景は立可に、どこか奥底で人間の心を惑わすような不可解な印象を与えた。

 狐狸の奸計か?の類いを考えに入れないわけにはいられなかった。かといって特に、この燈籠を中心に渦巻く眼前の月野原の世界には具体的な奇異は何一つ見つからないのだ。しかし、やはり、そこには何か立可の潜在的な意識野を波立たせる不可解なものが在るように思われた。肉眼では決して捕らえることの出来ぬ、その何か霊的ともいえる奇妙な信号を立可は魂の律動に変調をきたそうとする何らかの害意のように感じていた。

 何者かが異形の不安という有害物を、何かの「終わり」の予告として立可の中へ注ぎ込んでいるように思われた。

 “今、終わりは始まったよぅ”

 そんな声を内奥のどこかで、立可は聞いたような気がした。

 立可は深呼吸をし、ポケット中のハイライトを取り出しマッチで点火した。マッチの赤い小さな灯りは立可の次の行動に一つの示唆を与えた。それは立可がおよそ考えもしなかった事だった。マッチの小さな灯りは立可に、こう示唆していた。

 “燈籠の内部に点火せよ・・・”

 それは立可にとって強烈な誘惑と化して、次の瞬間、ぐわぁっと襲いかかってきた。抗う事も出来ず、立可は、紙のような枯れ草を踏みつけながら、そろそろと操られるように小さな竹製の物体に近づいていった。月は、すっかり姿を隠していた。延々と続く大蛇の胴体のような雲の群れが当分の間、地上を漆黒に染め続けるはずだった。


 立可は焚き火にあたるように燈籠に向かってかがみ込みマッチをすった。彼の思考回路の片隅には、その弄火のような行為を月の位置から嘲笑する巨大な客観的意識があり、それが、ちくちくと理性を針のように刺していた。立可は苦笑しながらも自分の行為を中断する事が出来なかった。

 火は微かなシュという音と共に立可の足元に転がる燈籠を白く浮きたたせた。

 立可は速やかに小さく燃え上がる炎を破れた紙の内側へ投じた。わずかな火は籠の内部に達すると同時に、ぱっと破裂したかのように、一瞬にして全体に燃え広まった。立可は目を剥いた。それは、彼の心に強大な空白と不安を生じせしめた。彼は事態を明確に把握できず、ただこの思いがけぬ火勢の発露に驚愕していた。何故か、この炎は全ての生命を焼き尽くす深遠なる神々の劫火のように思えた。

 立可は、いきなり後方にはじき飛び、今や回りの枯れ草まで浸食し始めた燈籠の炎の舌を不動のまま見つめていた。熱い空気が立可を包み、ますます彼の感情を熱く高ぶらせた。火の手は、瞬く間に大きくなり、見事に風景を鮮やかな輝きに満たしていった。

 それを見つめていると今度は立可の顔に不思議な安堵と充実の表情が宿ってきた。燃えてる。燃えてる。とても綺麗。頭の中が快感でジンと痺れ、自然にグッグッグッと笑い声がもれだし、うれし涙までこぼしていた。


 気づいた時、立可は車で温泉郷を脱出するところだった。後ろでは物凄い勢いで炎が神竜のように輝き月下の世界を聖なる光が満たしていた。

「みんな、焼け死んじまえ」と彼はうれしそうにポツンとつぶやき猛スピードで国道に飛び出し、安全圏に去って行った。



 山火事は一ヶ月間続き、温泉街を含め全焼した。

 そして、これが立可の聖なる放火の始まりだった・・・・・




kipple

復讐 参

2021-05-16 07:22:50 | 夢洪水(散文・詩・等)



 5秒間程、私は失神していた。

 私の眼前には、懐かしい右手と右足が浮いていた。字義どおり、浮いていた。やはりこの事態は超常現象だった。異様な静寂が支配するこの全てがアンバランスに崩れている色調世界。

 焦燥感を覚えさせる程、落ち着いた、しかもデタラメな世界。

 私の生首はこの宇宙的規模の巨大な無限空間のただ中にふらりふらりと、右手と右足を従えて浮遊していた。私は気違いじみた様々な原色の光線を浴びながら、何か、いや誰かの説明を期待していた。

 不思議な事に元の世界に残してきた胴体や左手足の感覚は、ちゃんとあった。いや以前の世界にまだ首から上が存在していた時、消えた右手足の感覚があったのだから、それは当然と言えるだろう。

 「お~い。」

 私は大声を出した。それは私を囲む四方八方の色鮮やかな空間にどこまでも、吸い込まれて行った。


 突然、背後に人の気配を感じた。私は、おそるおそる、そこに怪物のいないことを祈りながら、振り向いた。元の世界に残された胴体が驚いて飛び上がり、椅子に尻をぶつけて、その痛さに、片足でぴょんぴょん跳ね回った。


 そこには奇大天介が浮いていた。彼は顔に、苦痛の入り混じったアンニュイな笑みを浮かべて、私を見つめていた。

 天介が、喋りだした。

「何をポカンと口を開けてるんだ。君に、これから、君にとって、この不可解な出来事を説明してやる。
 そう私は死人だ。癲癇で舌を噛み切って数年前他界した事になっている。すなわち、ここは死の国という事になる。
 さて、何故、ここに君の手足と頭を出現させたのか。そう私が出現させたのだ。
 まず、その前に暴力とは、どのような罪であるか、それについて説明しよう。ここで暴力について述べるのは他でもないこの私が暴力をふるったために地獄巡り六道A級コースに出発せねばならんからなのだ。
 さて暴力とは個人の人格を完全に無視し、人間相互の信頼、尊厳、友情、、を、こっぱみじんにしてしまう破滅型破壊行為である。小さな暴力も大きな暴力も、物質的破壊程度こそ異なるが、精神的破壊程度は大同小異だというのが死後の世界の刑法だ。
 そこで思い出してもらいたい。私は生前、君をあの血色に染まった夕暮れの時間の中で、数回、否、数十回、殴ったのだ。そのために私は今、罰を受けようとしている。
 目には目を。さあ、君、その右手右足で思う存分私に暴行したまえ。それにより私の罪は、ご破算になるのだ。免責されるのだ!君はすでに私に殴られているから大丈夫だ!さあ殴れ!蹴れ!


 私の目には止めどもなく涙が、溢れてきた。私は狂喜して叫んだ。

「わっはっは、君が、こんな事を・・・。私は人間だ!やはり私は立派に人間なんだ!おお、天介。私は今は恥じている。君を、いや人間の行為はすべて虚飾だと思っていた自分が自分が恥ずかしい。
 世間の奴らは、人情を欠いた、木偶人形、メディアの傀儡(かいらい)のような奴らばかりだが、私は違うぞ。もう今までとは違うのだ。
 私は人間として社会に復活してやる!それが社会をどう変えようと私は、人間の私として生きてやる。
 よし!お前を助けてやるぞ。・・・・・ギャーーーーーーーーーーー!


「おい!A!どうした。釈迦との約束は、あと60分もない。天界も時間に追われているのだ。おい!」


 天介の胸元をつかみながらAの顔は、苦痛に歪んでいた。しまいにAは自分の唇を噛み切って血を垂らし、顔中を真っ赤にして、髪の毛をブルブル、ユッサユッサと振り乱し狂躁していた。

「ググェーーーーー、ぎゃぁあああああ、クェッ、おわ~っ。か・神様・・・・ うえー 仏様・・・・ぁああああああににににんげぇんだぁぁぁぞう!うぉおーーー、たたたたすけてぇくれーーー!熱いーーーー!あつつついいいいいい・・・・・・・」


 狂った様に叫喚していたAの首は、突然、白目になると、ガクッと傾いた。口からはぶくぶくと泡を吹き、耳から血を流し、鼻からは白く澱んだ体液をどろどろと空間に流し続けていた。

 天介は目を剥いてこの修羅様を見ていた。そしてある静かな深い森で、朝、突如として原爆が爆発した時のように天介は、臨場的原爆的大笑いを、この静閑な色彩空間に轟かせた。


「いっひひひひひひひひひひ。ぎゃははははははははは、オホハハハハ。
 今、やっとグフフ、お前の笑いを理解したゾ。うわっははっは。あの時の笑いを、ガバババババッ!
 ええっ?お前!くっちのおかしさ、くふふ、狂燥のおかしさよ!他人が苦しめば苦しむ程、ギャハハ。それは、可笑しいのよねぇえへへへ、うわはははーーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そして天介は、60分笑い続け、バカ笑いしたまま地獄巡り六道A級コースへ旅立っていった。

 この色鮮やかな空間から精神が、消失した。と同時に空間は超次元的な暗黒の世界と化した。

 Aの精神は天界の裁判所で判決を待っていた。裁かれる罪状は笑いだった。



 さてこの空間、この無限に広がる空間。その中核部あたりに有機物が漂っていた。淋しそうに、ポツンと3つの有機物が誰にも知られず漂っていた。邪魔するものは何もなかった。

 何億何兆何京と時が過ぎて行き、有機物は大きな固まりとなってゆき、そして表面に原生生物を付着させて回転していた。





宇宙が始まった。

 



えぴろうぐ



 Aの住んでいたアパートは、跡形もなく焼失した。

 アパートと隣接していた商店街にも火は広がり、30年来の都市圏における大火事として警視庁、総括情報記録室、第7審、関東地区カタストロフィ・データパネルG18647にサイバーベースメント第6班の白衣をまとったアンドロイドたちによって神経サーキットを通して記録された。



 死者163名。重傷者88名。軽傷者230名。焼落軒数124軒。半焼189軒。軽焼1023軒。


 出火原因:

 重傷を負ったGアパートの家主Pの話では、彼がテレビを見ていると3階のG6号室から大量のどす黒い煙が、もくもくと青空に上って行ったそうである。

 彼はテレビ番組に夢中になっており、危ないと思った時には、猛烈な炎と供に天井が落ちてきたそうである。

 奇跡的に助かった彼は、おそらく原因はG6号室住人のA氏の煙草の不始末によるものだろうと述べている。A氏は一日200本以上のヘビースモーカーだったと言っている。もちろんA氏は、跡形もなく焼死した。

 現場検証においても確認済み。99.99%の確率で家主の証言と適合。出火原因は煙草の不始末と認定。



おしまい。




kipple

復讐 弐

2021-05-15 07:29:16 | 夢洪水(散文・詩・等)



 その日、Aは一日中、家に閉じこもって、自分の半生のうちの人間らしくない振る舞いを、思い起こしていた。

 まやかしの悲しみ、まやかしの笑い、突然の理由無き笑い、まやかしの怒り。
 そのうちAは、あの時の笑いもまやかしだったのではあるまいかと、思わずにはいられなくなった。

 まやかしの苦しみくらい、Aにも経験がある。ひょっとすると、あの時の笑いは、やはりまやかしでは無く、真の苦痛を、いつもの自分の偽の苦痛と二重写しにして、天介を自分に置き換えて、自分のまやかしを、あざ笑った真の笑いなのかも知れない。

 パソコンが鳴った。

 Aは、習慣的反射で、リモコンに飛びつき、右手でもって受信モードに切り替えようと試みた。握れなかったのは、もちろんの事。しかし、その時、予期せぬ出来事が、又、一つ発生した。

 Aの身体は、重心を失い、倒れようとしていた。身体を支えようと、冷蔵庫の取っ手に伸ばした右手は、もちろん効を得なかった。



 電波狂騒時代だ。あらゆる情報が豊饒状態である現在、あらゆる通信機関が、精一杯の電波を飛ばし、空間を埋めている。この日も発狂したように地球のあらゆる空間を目まぐるしく絡み合い、成層圏を突き抜け、電離層に弾かれたり、ケーブルを怒濤に様に突き進んだりしながら、電波共は、相手のあらゆる受信装置に飛び込んでいく。

 Aの部屋のパソコンが大きな呼び出し音を鳴らしていた。

===ピーーーーーーーー!ピピピピピピピピピピピ、ピ!===

===ホワ~ン。ジリジリ。ぷるるるるるるるるるるるる!===


 Aが這うようにパソコンにたどり着くと、ディスプレイに半魚人のアバターが映しだされた。Aは、何とか左手でリモコン操作し、受信モードに切り替え、モニターに向かい合った。

【おはよう、何をしてる?私は証券代行業務8課の平田だ。早く君もアバターを選択しなさい】

 Aは画面下に並ぶアバター素材の中から適当にSDエヴァンゲリオン初号機を選択し叫んだ!

《こんなことって!ううっ!今度は・・・》

【おいおい、君!Aだろ!エヴァのアバターは青少年の情緒障害問題で使用禁止になったはず。おい、電波免許、3ポイントは減点だぞ!】

《う・うわーーーー!右足がぁぁあああ・・・右足が・・・ない・・ぐぅうう》

 AのアバターたるSDエヴァンゲリオンは凄まじい形相で仰け反って吠えた。

【おい!何を言ってるんだ?右足が、どうした?音量を絞れ!ノイズとハウリングで、よく聞こえないぞ!】

《あ・足が・・・。何だ?アバターが・・・そうか無意識に私は受信モニタを・・・はい、Aですが・・・》

【オイ!俺だよ!このアマゾンの半魚人のアバターは!俺だ!8課の平田だ!お前、何をしているんだ?無断欠勤しおって。右足を骨折でもしたのか?】

《ハア、課長でしたか・・。課長、実は・・・イヤ、こんな事言っても信じては・・》

【ああ、わかった。今、非常に忙しいんだ、君も承知のはずだ。この重大な決算期に無断で休まれては困るのだよ。いいね。どの程度の骨折なのだい?え?どうせ軽いんだろ、そうだろ、それなら、2~3日休んで治してから出て来いよ。こっちは人手が足りなくてバイトでも募集せにゃならんよ。とにかく早く出て来いよ。】

 Aのエヴァは身をくねらせてうめいた。

《課長、あ・・あお実は、大変不可思議な、いや、私の人間的存在を根本から逆転させてしまうような出来事が・・》

【何を言ってるんだ?ま、君が来れなくともバイトで足りるだろうがな。とにかく俺は忙しい。それじゃ!】

======ブチッ!======

 半魚人のアバターたる課長は消え、画面は白くフラッシュし、ダイアル式電話機が中央に黒く大きく現れ送受信待機モードに変わり、静かになった。
 このような不確かな電気的コミュニケーションが今日も至る所で行われている。

 今や殆ど動けなくなり、右手の識別コードでドアを開けて外に出られなくなったAにとって外部との接触手段は、この小さな黒い、大きなカブトムシ型のパソコンしか残されていないのである。

 会社の人間は今の時間には、10分以上はかかってしまうAの話を、(しかも、とても信じてもらえそうもない話だ)聞くような頭の空き地を持っていなかった。持っているわけがない。

 Aの指、(もちろん左手の指だが)は、リモコンの小さなボタンをいじって、モニター上の電話機をクリックし、ダイアルの穴のついた円盤を回し始めた。



 アバター選択。くまのプーさん。接続終了。応答あり。交信承諾。音声送信可。


もしもーし!あっ・・・目玉のアバター。大家さんですよね!あ、あのう、こちらG6号室のAなんですが。今、この世の出来事とは思えない奇怪な現象が私の身体を犯しているんですよ。と、とにかく、こちらへ来てドアの識別コードのロック解除をお願いしたいのですが・・それから・・

何を言ってんだ!あんた、そんな事ァ部屋代払ってから言ってもらいてぇな。えっ、もう3ヶ月分未払いなんだぜ。それに、あんたがどうなろうと、そんなこたぁ、どうでもいい。こっちは今、忙しいんだ!ワイドショーで死刑実況中継ってぇのをやっててな、又リポーターのギャグが面白いのだ。あんたも見りゃわかる。それじゃ早く部屋代を払えよ!

 

================ぶちっ!============


 彼の左手の指は何度もリモコンをいじくり回し、ダイヤルする。


 アバター選択。バカボンのパパ。接続終了。応答あり。交信承諾。音声送信可。


《もしもし、G4号室の隣田さんですね・・・》

 巨大な鬼のアバターがわめいた。

【なんだ!バカヤロー!番号をよく見てアクセスしろ!俺は太田だ!】

《あっ、ちょっと待って!太田さん、あなたでも良いんです・・・実は・・》

================ぶちっ!============

 相手側から受信拒否。フレア・ウォールにより回線シャットアウト。

 



 アバター選択。耳のないゴッホ。接続終了。応答あり。交信承諾。音声送信可。


《あ・あの・・・》

【はい。こちら城南署。どうしました?】

 さすがに警察、アバターは、こち亀の両さんだ。

《私の名前はAと申します。事件というのは、何と言うか、私の外的社会からの受動的事件というものではなく、あくまでも私の内的社会、いや内宇宙と言った方が正解かな。
 とにかく、それでありまして、別に犯罪に繋がるという確固とした保障も無ければ、その見込みもきわめて希薄なのでありますが、つまり、あなた方を私にひきつければ、あなた方が私にとって利となる何らかの対策を練ってくれて善処してくれるのではないかと、我田引水的考察の上に成り立っているので・・・・・》

【ハイ。ハイ。それで、そのあなたに我田引水的考察を引き起こさせた原因は何なのですか?・・・ピピピ。明瞭簡潔に残り時間10秒以内に答えよ!スタート!カッチ、カッチ!】

《??このアバターはAI応答か?まあいい、えっ?10秒以内?ハイ!現状を一切漏らさず、エゴイズムを捨て去り、カリスマ的尊師境地に立ち、いっさいの煩悩を冷徹でストイックな本来の私の精神から、撤去せしめ報告します!

 1.私の右手が消失した。

 2.私の右足が消失した。

 3.他、一切無事。

 4.痛み、一切感じない。

 5.出血無し。

 6.加害者、力学的物理的天文学的肉体的超人的PK的に考えて一切の存在を認めず。

 7.・・・・・・・・                             》

【バカ。それなら119番が先だろ!】

================ぶちっ!============

 相手側から受信拒否。メガフレア・ウォールにより回線シャットアウト。

 



   アバター選択。ミイラ男。接続終了。応答あり。交信承諾。音声送信可。


【はい!こちら119番!手っ取り早く用件を!】

 こんどの相手のアバターは・・・同じだった。ミイラ男。

《はい。その、何と言うか超時空間的三文SF的バカゲタ的、え~何というか、その解明不能的、傷を負ったのです。ハイ。うっ!》

【えっ!どうしましたか。傷が痛むのですか?】

《ドタッ!いいえ、あのニコチンが、きれまして苦しいぃぃぃぃい。バタッ、シュワ!ボウゥ!

 スー、ハー。いやぁ、申し訳ない。左手だけで煙草を吸うのですから、いやぁ七転八倒の点火でしたよ。ハッハッハ・・・・・・ ボタッ!・・・ ・・・ ・・・ ・・ 》

【あれ!又ですか?今度は何を?あれ?おかしいなぁ。オレッ?バーロー!いたずらだな!チンカス野郎!】

================ぶちっ!============

 相手側から受信拒否。ギガフレア・ウォールにより回線シャットアウト。

 



 その時、Aの首から上が胴体を台所のパソコンの前に残して、空中からカッ消えたのだった。

 台所では、Aの左手足のついた胴体と、火のついた煙草が、ドテッ、コロコロと音をたてて転がった。胴体は2~3回転し、机に当たってドテッと止まり、煙草は和式六畳間の方へコロコロ・・・・・・と。

 





kipple


復讐 壱

2021-05-14 07:25:08 | 夢洪水(散文・詩・等)



 カーテンの隙間から澱んだ部屋の空気を引き裂いて、光がAの寝ているソファー兼用ベッドまで辿り着いた。Aは自分を照らす朝の光に反応し、まぶたを開けた。
意識が眠りの彼方から次第に現実に戻るにつれ、Aは、いつもと違う何かを感じた。

 Aは、すぐに自分の右手が消えているのに気づいた。不思議な感覚だった。
 見えない右手にはちゃんと、まだ神経を感ずるのであった。右手が存在していた時の感覚と何ら変わりないのだった。Aが右手を動かせば、目には映らないが、ちゃんと動くのである。Aは考えた。

{僕が寝ている間に何らかの異変が起こり、僕の右手の色素を奪ってしまったのではないだろうか。目には見えぬが、ちゃんと右手は、こうして存在して・・・}

 Aは、そう考えて右手を左手でもって触れようとしたのである。ところが、色素だけ無くなってはいるが、しっかりと透明なまま存在しているはずの右手が本当に何も無いのである。

{・・・、うわっ、これはどうしたことだ?僕の予想は完全に外れてしまった。色だけではなく、皮も肉も骨も毛も何もない。だのに血は何もない薄汚れた空気の中へ、中断された血管から噴き出して何もない空間へ消えて行く。また、青黒い静脈は右手のあった空間から、心臓へ戻ろうとする血液を受け止めて、僕が生まれてからずっとそうだったように、血を流している。これは考えられない事だ。これは、どうした事なのか?}

 時間は容赦なく流れて行った。彼は流れる時間の中で、あれこれとこの事態の起こりうる原因の解明と解決法について検討していた。その検討時間も出社時間まで、あと30分余りしか残されていなかった。

 その間、Aは洗面、朝食、便所とめまぐるしい朝の日常的労働の中で充分に考察し、ある結論を導き出したのである。それは恐ろしい結論だった。三段論法で成り立ってゆく。


   大前提。

 すべての人間の体内には血管が張り巡らされている。その血管を切断した場合、当然、血は体外及び体内に噴出する。また、神経も張り巡らされていて、体の一部に損傷を受けたりした場合、当然、痛みを感ずる。

 と、大前提を置くとするとAの場合は小前提を通常のものから、覆さねばならない。となると、どんな風に覆すかが問題になる。もう結論は、(この三段論法としての)出てしまっているので、Aの求める結論は小前提に他ならない訳だ。

 さて、それでは、

   結論。

 Aの場合。血は体外に噴出せず、空間に向かって流れていて・・・そして消えている。痛みも、まったく感じない。

 そして小前提だ。Aを人間とすると、この論法は成り立たなくなる。


   小前提。(イコール結論)

 Aは人間ではない。

 だが、これはもちろん正しい三段論法ではない。大・小前提という事実を基盤にして結論を導かねばならないのだが。

 Aは、もちろん人間であるはずだ。普通の人間と同じように眠り食べ排泄する。しかしAが人間だという、ほぼ確実な小前提においては、まったく結論は成り立たないが、ちょっと変えて、人間ではないとすれば簡単に成り立ってしまうのだ。もっとも肉体的に不可解な現象を体験した人々が、すべて人間では無いと言うのではなく、中には、そんな事実もあるのではないかとの危惧なのである。 その不安がAの考察方向を一つに固執させてしまい、Aは自分が人間ではないという結論を、完全なものとして導出してしまったのである。

 彼の精神状態は、簡単な間違えに気が付く余地を、残していなかった。いつもAは、すぐに結論を出してしまうと他人がどう言おうと耳を貸さず、それが絶対のものとして信じ込む癖があった。

 この時点でも、Aは今までに体験したことのない異様な出来事が普段の癖に拍車をかけ、一足飛びに、この結論にすがりつき、それを何によっても変えられぬ決定的なモノと信じ込んでしまったのである。


 8時だ。いつも通りに出社時間がやって来た。Aを取り残して、社会は、いつもどおり回転し始めた。Aは、あの恐ろしい結論から来る絶望感と虚無感と、身体的な震えを、従えて、ラッシュアワーの駅に向かってアパートを出た。  実際、彼の足は一歩一歩、反復運動を繰り返していたが、頭の中では、時間が朝の突発的異変に停止していた。

 Aの住まいは都心の中でも結構、静穏な場所で、人通りも、まばらなのである。しかし駅に近づくにつれ、まるでテレポーテーションでもしたように、突然、雰囲気は変わってしまい、騒音の渦に巻き込まれてゆく。

 当然、Aは歩いて行くにつれ、渦の奥地へ入って行く。騒音と人混みは次第にAを包み込んで行った。そしてAの脳には、この異変の原因と解決法を推測する思考を押しのけて、自意識が、突如、飛び込んで来た。

 いつもは無性格な画一化されたデモノイド同然だと思っていた雑踏が、今朝はとっくに忘れてしまったような感情を付随させているのである。しかも、それは、堂々とAに向けられているのだ。

{こんなバイオ・クローンの一部のような奴らにも、まだ興味とか好奇心なんていう高等な感情が残っていたのか}

 すでにAには、そんな感情は、ひとかけらも残っていなかった。すると、思いも寄らぬ屈辱感という感情がAの心の底から、グングン沸き上がって来た。それは周囲に渦巻いている好奇心の嵐によって、ますます大きくなっていった。

{何故だ!他人への興味なんてものは、俺には一欠片もないぞ。自分以外の人間に関心を示しやがって、こいつらめ!}

 そして、逃避願望が始まった。

 実際、その時、人混みの目は、いつもと何ら変わるところは無かった。彼らは、いつものように虚空や地べたを見つめ、昨夜のナイターの結果や上役の機嫌を直す方法や取引先の接待の事・等を考えていたのである。当然、彼らの目はAの事を見つめてなど、いなかった。

 ただ、Aが、自分の潜在意識の奥に潜む自意識に、この事件が起きるまで、まったく気が付かなかっただけの事なのである。無意識のうちに、それに気づいたAは、人々の目が自分に注がれていると錯覚するに至ったという事である。

 Aは急に気圧が高くなったように感じた。もう雑踏には耐えられなくなっていた。羞恥心は彼に、家に帰れ、自分だけのカラの中に閉じこもれ、そこが安全地帯だ、早く帰るのだ、とうながしていた。

 人々の目は彼の頭から、なかなか離れはしなかった。前記の如く、駅から離れてしまえば、この町は本当に森閑としているのだ。静寂は次第に、彼の思考能力を回復させていった。

 そう、彼は家に向かって走り続けていたのである。走り続ける中で彼は会社の事を考えていた。約束されたはずの未来の事を考えた。
 突然、彼は、すべてがバカらしくなった。それらいっさいの現実的な事を押しのけて、記憶の沃野から突如、極彩色の色鮮やかな懐かしい思い出が飛び出してきた。



   情景1

 幼少のAは友人の奇大天介(きおおてんすけ)と家の近くの雑木林に蝉とりに出掛けた。昭和50年8月の、酒の匂りが空気の中で匂い立つような、暑い暑い日だった。

 この頃Aは、父の実家で両親と供に暮らしていた。畦道を歩きながら、天介は、

「暑いぞ!」

 と叫んで、汗とホコリとで薄汚れたシャツを掻きむしりだした。

 Aは、そのあまりにも異様な光景に思考能力を奪われて、ただそのまま、そこに立ちつくしていた。天介は昨日の夕立でまだ、ぬかるんでいる道に寝ころんで七転八倒し、狂騒していたのだ。

 ぜいぜいと息をし、泥に顔を突っ込み、手は頭を掻きむしっていた。Aに、ようやく現状認識が戻って来て、天介を抱き起こした。Aは、その時、天介の目を見てしまった。

 天介の目は真っ白だった。空白だった。黒目がなかったのである。

 Aは思わず噴き出して、しまいには天介の横に座り込んで腹を抱えて笑い出した。この今まで体験した事もない様な、おかしさは何だろうとAは笑い転げながら考えていた。

 笑い過ぎて涙が出て、涙も枯れた頃、横の天介の方を見ると天介は、すでに静かになっていた。口からは泡を吹き、白目を剥き出し、口からは血を噴出させていた。

 笑いがフィルムを逆回転させた波紋のようにサーッと、ひいていった。Aは急に、まわりの風景が何千年も何万年も前のもののように感じた。天介の手足は、ひくひくと痙攣していた。太陽がギラギラと真上から、2人の他に誰もいない広い草原を照らしていた。

 Aは天介を、じっと見つめていた。風が吹いて時間を運んで行った。太陽が雲を赤く染めて、コウモリが血色の空の一部を、まだらに埋め尽くしても、Aは天介を凝視していた。次第に、天介は回復してきた。

 ハアハア、肩で息をして、泡を吹きながら天介は、突然、起き上がった。天介は、目をぐいっと、ひきつらせて恥じ入るように言った。

「くっちじゃ。」

 Aは又、笑いが、こみ上げて来るのを感じた。爆発したような笑い声が、Aの喉を突き上げて、夕暮れの空気の中に響き渡った。しかし、その笑い声は、夜、乞食が廃墟にポツンと置かれたドラム缶の中で、一人、くすくすと笑い出すそれに似ていた。

 実際、この空間はドラム缶の中で、この風景の外は、全く退廃した、荒廃した世界でしかなかった。


   情景2

 Aと天介は中学3年生で高校入試を控えていた。Aの両親は数ヶ月前、彼に財産をかなり残して他界した。奇怪なことに2人とも、ほぼ同時期に食中毒にかかったのが原因だった。Aは、学校にいる時、父の死を知らされた。母の時もそうだった。その時も、葬式の時もAは涙ひとつも流さなかった。親戚の人々から、気丈な子だ、強い子だ、と言われた。

 さて、Aは東京の高校を受験し、合格したら、上京して一人で暮らそうと考えていた。天介は違った。彼は両親たちの重圧によって、この土地にしばりつけられているので、Aに対し、羨望を感じていた。

 受験日も間近い日、Aは気晴らしにと、夕暮れの畑道を散歩していた。すると偶然に道の向こう側から天介が歩いて来た。

「よお、お前も散歩か!調子は、どうだ?東京の高校はレベルが高いからなぁ、お前も大変だろう。」

 天介は、Aを見つけると、すぐに話しかけて来た。Aは天介の気持ちを察し、何と答えても天介を傷つけそうで、言葉に窮していた。しかし、Aのそんな思惑を天介も、やはり感じたのであろう。彼は早々に、話題を転換した。

「いつだったか、憶えているだろう。」

 突然、天介は遠い記憶を引っぱり出して来た。

「なぁ、ちょうど、この場所。ほら!お前が笑い出した・・・」

「ああ、あれか・・・」

 Aは、ぐっと、何かが喉に詰まった様で苦しかった。笑った理由が、今のAには、全く明瞭に理解できるのだ。

 しばらく沈黙が続いた。天介には、この沈黙の意味は理解出来なかった。天介は、あの笑いは、心配の後の安堵感から来たものだろうと信じていたのだ。

 さて、この沈黙は天介を残して一人、上京するAに重圧感となってのしかかって来た。Aは、ここで天介にあの笑いの真の理由を話さねば、友人として心置き無く去る事が出来ない。そこで、告白しようと決意したのであった。

「天介・・・お前が 癲癇を起こして倒れた時、俺は、未だかつて無かったような大笑いをしたんだ。いや、お前が回復した後じゃなくて、その前にも腹を抱えて笑ったんだ。お前は、その笑いを、どのように解釈しているのか知らないが、その笑いたるもの、大馬鹿野郎の笑いなのだ。人間として実に恥ずべき笑いなのだ。俺は、お前が、もがき苦しんでいるのを見て、何て下手くそな役者だ、何て下手な演技だ、そう思ったのだ。
 そう、お前が苦しむのを見ても心配も同情もしなかった。ただ、その苦しみは偽物で、お前が、突然、だだっ広い、この草原の中で淋しくなって、俺に甘えるつもりで、そんな事をしたのだと思って、笑いが喉を突き破って出て来た。
 そう、何か俺の中の純粋で灰色の物が、何か不正を嘲笑うような気持ちで間違えて笑ってしまったのだ。君の苦しみは本当だったんだね。俺は、あの時、あれが本当だとは夢にも思わなかった。俺は・・・・・」

「もう、いい!」

 天介はAの話を遮った。又、沈黙が続いた。そして夕陽が、あの時と同じように、下の方から空を血色に染めていた。彼らの間には、殺伐とした気配が漂っていた。

 天介は突然、Aを殴り始めた。Aは抵抗する気も起こらず、ただ、Aが殴るのにまかせていた。倒れたAの横腹を執拗に蹴りながら、天介は言った。

「お前は人間か!」

------オレは--人間か?------

 Aは、赤い田舎道に一人、いつまでも倒れていた。

 4年後、天介は持病の癲癇で、舌を噛み切って死んでしまった。



 Aは、自分は人間であろうか、という疑問を、そんな幼少の頃の記憶から引っぱり出して来て、いよいよ、自分は人間ではないという結論を信じ込んでしまった。しかし、そうした行為こそ、立派な人間の証ではないか。

 






kipple

罪悪感のゆうれい 其の弐

2021-05-13 07:45:25 | 夢洪水(散文・詩・等)
罪悪感のゆうれい
其の弐


3.“変身”


 ヤクザ風は、しゃがんでいる私の襟を、ひっつかみ、私を立ち上がらせ、
私をドアまで引っ張って行き、プラットフォウムに突き落とした。私は全身の力が抜けてしまい、ちっちゃな勇気もどこかへ吹き飛んでしまっていた。
 外は寒かった。寒さと恐ろしさで私の体は、痙攣していた。

「い・いったい、あなたは何故・・・・・・・私を・・・・・・・」

 顔の筋肉がひきつって、うまくしゃべれなかった。拳銃は、いつの間にか無くなっていた。

「くっくっく。いいから駅を出ろ。」

 卑屈な笑い方だ。私とそのヤクザ風は改札口を抜け、駅前の大通りに出た。物凄い奇抜な格好をした土地の学生たちが、群がって雑談していた。その時、私は、そのヤクザ風の内ポケットから顔を出している銀色の丸い輪を見た。
 全身の震えと供に今度は汗が噴き出した。刑事だ!この男は刑事だったのか。私の感じた恐怖感、恐怖予知は適中してしまった。もう劣等感だ、どうのこうの言っている場合ではない。逃げなければならない。手錠をはめられたらオシマイなのだ。

「くっく、お前は手配中の身だろ。女にみとれてそれを忘れていたとはバカな奴だ。くく。おとなしくしてれば手錠をかけずにおいてやる。そして、おとなし~く、素直に、俺に全てを話せばな。」

 元ヤクザ風刑事が手を上げると、タクシーが横にすべり込んできた。月が雲に隠れて、回りは真っ暗だった。2人で乗り込むと車は道路を、闇に向かって走り出した。

「全て話せとは、どういう事だ。」

「しっ!」

 刑事は運転手に聞かれると、まずい様なしぐさをした。月が雲から半分現れて、前方を照らした。海が広がっていた。この男は、さっき海浜へ行けと運転手に耳打ちしたみたいだ。沈黙が長く続いた。
 着くと、すぐに我々は海浜へ降りた。車はポッと全体を光らせながら去って行った。風のせいで異様に寒かった。暗すぎて海は見えなかったが波の音は、凄まじかった。

 私は刑事よりも、この荒々しい波の音が、どろどろした冷たい闇が、絶えずざわめいている都会から余りにも逸脱したこの空間が、恐ろしかった。刑事の言葉が私の索漠とした気持ちを少し和らげた。

「なぁ、おい。金はどこにあるんだ。全部とろうとは言わん。2/3よこせ。そしたら逃がしてやる。」

 私は驚いた事に非常に冷静になっていた。今までは、この様な状況に置かれれば、手足は震え、思考力は殆どなくなり相手の思うままに気持ちを揺すぶられてしまうのが常だった。
 しかし何故?━━━━━このおどろおどろしい最果ての雰囲気が、刑事からの圧迫感を薄めているのに違いない━━━━━と私は密かに思った。そして冷静な上にも私は、だいぶしたたかになっていて、私の体全体が刑事を欺こうと懸命に芝居を打っているのだ。
 背中を丸くし、唇を震わせ、おどおどと私は答えた。

「げ・現職の刑事が、そんな事を・・・・・・・」

 刑事は私の胸ぐらに拳銃を押しつけ、言った。

「いいか、俺はどうしても大金が必要なんだ。言わなけりゃ、ここで貴様を撃ち殺してやってもいいんだぜ」

 銃を向けられても私は何も感じなかった。胸の中で小さな鈴の音が響いていた。私はその音に神経を集中させていた。暗闇と、海の音と静寂が、私の脳の活動を最高状態にする役目を果たしたのだろうか?とにかく、その最高状態が、私の心の中で鈴の音を響かせているのだ。

「わ・わかりました。言いますよ・・・・・・」

 私は、ヘナヘナと砂地にしゃがみ込んだ。にっちもさっちもいかなくなった犯人がこの様な状態に陥った時は、刑事にとって犯人の供述は、かなり信頼できるものになるだろう。私は、それに付け加えて体を小刻みに震わせて、こわごわと彼の顔を見上げた。

「き・北野辺地駅・・・、(ぐっと唾を飲む)の前に畑があります。そ・その真ん中に電柱が立ってます。そこです、、、、その下に埋めました・・・。」

 案の定、彼は信用したらしい。私の事を、さっきの電車内の出来事からよっぽど小心な男だと見くびっているのだろう。彼の顔からは放心したように、張りが消えていき、だらしなく笑いを浮かべだした。
 私の行動は敏速だった。一瞬にして私は彼の力の抜けた手から銃を奪い取り、安全装置を、はずしてゲキテツを起こし、砂の上を一回転して立ち上がり、刑事の左足に向けて発弾した。

 弾丸は足からそれて、砂煙を起こした。海浜が一瞬、パッと赤い光明に照らし出された。
 刑事は砂の上に仰向けにひっくり返っていた。遠くに民家の灯りが見えた。車道はひっそりとしていた。

「さて、刑事さん、俺はどうしよう。こういう場合、ピストルは絶対だね。王様が乞食にひざまづくのは乞食がピストルを手にした時だ。今、俺は感激に浸ってるよ。こんな素晴らしいプレゼントをいただいて。そして、あんたの命と俺のこの指を動かす筋力とが等しくなったって訳だ。

 へへっ。」

 驚いた事だ。私の中から確実に何かが消え失せてしまった。この空間。この空間のおかげだ。静寂。青い闇。波のざわめき。砂の感触。潮風。月。冷たい空気。広い二人きりの海浜。そして北の果てという、寂しげな叙情感。すべてが混じり合った、この世界が私の劣等感やら小心さを、綺麗にぬぐい払ってくれたらしい。
 私は、心の底からこみ上げてくる幸福感に狂喜し、思わず歌を口ずさんだ。


“笑ってよ~ 君のために~♪

  笑ってよ~ 僕のために~♪”


 銃が火を吹いた。赤い閃光に一瞬、照らされた刑事の顔は、昆虫のように無表情だった。弾丸は彼の鼻を突き抜けて、顎の下から出て、又、胸に突き刺さり、心臓あたりで止まったようだった。
 ゴフ、ゴフ、と刑事はしばらく血の泡を吹き出していたが、私がその血だらけの顔を、思い切り蹴り上げてやると、すぐにおとなしくなった。

 私は何だかとても幸福な気分に満たされて、夜空に残りの弾を全部撃ち込んで、けらけら笑い転げた。私は変身したのだ。私の中から全ての面倒くさい感情が、すぅっと抜けて行ったのだ。人間なんか怖くない!常識なんて通用しないぞ!平気で人を殺せるぞ!

 How Happy I am !

 それから私は証拠隠滅のために死体の顔と指を、こなごなにして、衣服と所持品を燃やし、“バンザーイ”と叫び、死体を海の中に蹴っ飛ばして犯罪とそれの作り出す快感にうちふるえた。

 私は立派な人間になった。やっと、まっとうな人間になった。自我が出来た!

 そして手錠とピストルを持って、その海浜を立ち去った。駅に向かって歩きながら、自分が物凄く冷酷になってゆくのを感じた。快かった。しらずにニヤニヤ笑っていた。こんな気持ちは初めてだ。恐怖感なんてモノは、どのようなモノだったか思い出せなかった。恐怖感なんてモノは弱さの作り出す心理的な化け物に過ぎないんだ。もはや私には存在し得ない。

 神に勝ったような気分だ。

 さて、私と刑事が一緒にいるのを目撃した人間を始末してしまおう。それからあの金の使い道を考える事にしよう。もう北の果てに住み着いて人間の恐怖から逃げる必要はないのだ。私は、ここに土地を買いに来たのだった。人里離れた恐山の近くの岩だらけの土地。もうそこに住まなくても良いのだ。
 欲望を、とことん追求してやるぞ。夜中にこそこそ金庫を破る事はないぞ、白昼堂々と銀行でも襲ってやる。もう人間恐怖は越えた。人間相手に犯罪が出来るのだ。やっと落ち着いて人間の中で暮らせるのだ。
 私は、再び狂気乱舞した。

 駅に着いた。実に清々しかった。

 朝焼けの壮大な北の空の下にきらきらと駅の白壁が輝いていた。そして思わず、おおらかに笑いながら、つぶやいた。

“よっし!タクシーの運ちゃんから殺そう!”




4.“楽しい散歩”


 緊張という感覚が思い出せなくなった。恐怖という感覚も同様。恐山のふもとに土地を買う必要もなくなったので、東京に帰ってきた。北野辺地の畑の電柱の下に金なんかありゃしない。
 金はちゃんと銀行に入れてある。最も殆ど使っちまったが。何に使ったって?少しでも人類の平和に役立てばと思ってな。
 インチキ臭いとは思っていながらも、秋葉原で汚いカッコして難民面してる少女の赤いマジックで“どうか私たち難民に愛の手を”と書かれたダンボール箱に募金したわけだ。

 私は立派な、まっとうな人間だからな。さあ、それはいいとして、殺しの話だ。タクシーの運転手も、電車のちっちゃなおばあちゃんも、人が好いので簡単に殺せた。

 運ちゃんは、その夜かなり深酒していた。暗闇に潜んでいた私は誰も来ないのを確認して、彼を呼んだ。

「やぁ、一杯やらんかぁね」

 と彼にワンカップの酒をすすめると彼は快く承認してくれ、私も快く殺すことができた。殺虫剤を何十本分も充分に鍋で煮詰めて毒性を圧縮した特性のお薬入りの酒を一気に飲み干した運ちゃんを、賛仰せずにはいられなかった。私は喜んでパチパチと手を叩いて、大いに笑った。彼も大笑いしていたが、すぐに「ガブッ」と喉を鳴らして目を白くさせた。
 私は、ますます喜んだ。スキップ踏んじゃいたくなった。
 彼は背中を丸めて、うつぶせに倒れると、“シューッ”と面白い爽やかな音をたてて静かになった。
 まるでスローモーションのように血が、彼のうつぶせた頭の下から「たらーっ」と拡がっていった。

 おばあちゃんは捜すのに骨が折れたが、殺すのは、すでに蜘蛛の巣にかかっているハエや蚊なんかと、たいした差はなかった。こういった田舎には、似たような小っちゃなおばあちゃんがゴロゴロしているので、私は、あのイヤな目つきを頼りに毎日あの時刻のあの電車の中を捜し続けた。

 殺すのは、一瞬だった。首を殴った。

 ただ、それだけで枯れ枝のようにポキンと骨が折れて、白い泡を「ぶわぶわっ」と吹き出し、濁ったよだれを「たら~たら~」と流して、誰もいない畦道にしゃがみ込んで息絶えたのだ。

 ああ、絶好調!き・気持ちいい~!!

 問題は彼女だった。彼女は何をしにこの北の地までやってきたのだろう。旅行か?仕事?誰か男を追って?ま・まさか、自殺?自殺は、いけない。いけない。

 私は、これ以上、ここいらを捜しても無理なような気がして、ひとまず東京に帰る事にした。

 東京に彼女はいる。そんな確信もあった。

 そして、彼女の殺し方と、その後の死体遊びを何百通りも想像しながら、心を弾ませ、晴れやかな気分で、今、帰って来た!



5.“透明な都会”

 予感があった。

「彼女は、まだあそこにいる。」  私は、学生時代に彼女の住んでいたアパートに向かっていった。

 当時、私は幾度も彼女をつけ回して、アパートから、通いの喫茶店から、ゴミ出しの日・場所、契約しているカード会社から、何から何まで知っていた。

 やはり、少し小綺麗にはなったものの、ほぼ昔のまま、彼女のアパートは、ちゃんとあった。階段をかけ上り、学生時代の彼女の部屋の前に立った時、しびれるような喜びが私の身体中を走り抜けた。

 標札!あった!あった!

 彼女は、まだここにいたのだ!

 日が傾いて、そこいらじゅう赤い光に染まっていた。車がサーッと外の通りに流れていった。私のこめかみを流れる血液のように。

 都会の夕暮れ。

 カンカンカンとコンクリートに穴を開ける工事音が、薄い薄い騒音の中で近くなのに遠く、虚無的に無色透明に、くっきりと響いていた。ジェット機の音だ。とても遠く薄く、くっきりと彼方を通り過ぎてゆく。

「ハッ!」

 直感が私の背中を冷水のように走り抜けた。頭の芯が硬直した。手を握りしめた。顔の筋肉が後ろ側にひきつった。
 私は、ゆっくりと体全体を回して、カクカクとゼンマイ仕掛けのように振り向いた。

 そこにはオレンジゼリーのようなこの風景に溶け込むように、彼女がいた。まるでガラス細工の人形のように、まるでオレンジ色の空気の粒子と混じり合ったように。薄く、ぼんやりと、背後の都会の風景を透過して・・・。

 私は驚いた。何に驚いたかというと、初めから彼女も彼女との青春時代の恋愛も何もかも私自身が作り出した幻想に過ぎなかったということに気づいたのだ。

 彼女は全て私自身が作り出した偽りの記憶で、最初から存在していなかった。じゃあ、何だ?彼女は私自身から抜け出していったモノ・・・・・の具現化?

 私だ。私だ。私だ。私だ。私だ。

 崩れていく・・・崩れていく・・・。

 何かの記憶を再び、私は作り出そうとしている・・・・・・・。
 これは、これは、そう、都会の、すっかり私の中で透明になってしまった都会の幽霊なんだ。
 夕暮れ時に、かげろうの様にゆらゆらと輝く女の幽霊が都会の片隅に現れる。
 そんな話を私は聞いたことがあった。???
 本当?今、作ったんじゃないの???
 夕暮れの幽霊

 私は自作自演でガクガクと身体中を震わせて、コンクリートの上にべったりとしゃがみ込んでしまった。彼女が優しく話しかけてきたとき、私は崩壊し発狂し透明になり透明な都会に溶け込んでしまった。

 分割されたレーゾンデーテル、引き裂かれたエランヴィタール。

 罪悪感。実存。


ゆうれいが、プラットフォウムにたっていた。ゆうれいがいた。夕陽の中にたっていた。カンカンカン カンカンカン・・・」


カンカンカン

カンカンカンカン

カンカンカンカンカン

カンカンカンカンカンカン

カンカンカンカンカンカンカン

チリン


鈴の音が聞こえた。




ちくしょう!

 


kipple

罪悪感のゆうれい 其の壱

2021-05-12 07:56:37 | 夢洪水(散文・詩・等)
罪悪感のゆうれい
其の壱

1.“始まり”

 私は今、青森県下北半島、本州最北端の無人駅、「北野辺地」のプラットフォウムに立っている。ポッと電球の明かりが夕闇の駅を照らす。私はそれによって、回りの薄暗さを始めて何か怨念めいたものに感じて、背中が耳にくっつく様な得体の知れぬ恐怖を憶える。

 恐怖感!

 私は何に恐怖しているのだろう。誰も知人もいない最果ての駅の誰もいないプラットフォウム。

 私の恐怖!?

 今、ここで何が起きようと、体験するのは私一人であり、それを証明する何らの方法もないという事が私の身の毛をよだらせるのかもしれないし。唯、単に迫り来る暗闇への畏怖に過ぎないのだろうか。いや恐怖とは限らない、私は、そうだ!私は確かに何かを期待している。そうだなぁ恐怖というものは期待を生み出すのかぁ。いや、期待するから恐ろしくなるのだ、そうに違いない!

 私は頭をカラッポにしようとプラットフォウムの明灯のとどかぬ後部の暗闇を凝視する。私のいる場所が明るいので、ホームは暗闇にのびていき、どこで切れているのか分からない。私は闇の中に吸い込まれていくような気がする。目が慣れてくる・・・

「おや?」

 私は確かに、頭のてっぺんから足の先までふるえている。そう、誰かいるのだ・・・ あんな暗い所に、一人で、うつむき、じっと静かに立ち続けているのだ。
 意識が、スゥッと白くなりかけるので、私は、

「わっ」

 と小さく声を出してみた。
 その声は大きかったのか小さかったのか判明しないが、闇の中の人は、顔をひくっと持ち上げたようだ。私はもう30分程こうやって暗くなるのを眺めている。まだ明るいうちから私はこうして立っている。何故、私は気づかなかったのだろう。この人は、どうやって私を通り抜けて・・・・・・・
 そうか!確か、このホームの端には柵も何もなかった。そこから入って来たんだな。

 “チッチッチッチッチッチッチッチ・・・・・・”

 秋の虫が鳴いている。空には気色の悪いまだら雲が星たちを囲んでいる。ゆっくりと、ゆっくりと動いている。ゆっくりと、ゆっくりと・・・・・。月がゆっくりと現れる。
 月光はプラットフォウムを、ぼんやりと安っぽい自主映画のようにザラザラとしたブルーの円形劇場に変える。
 まさに劇的な出来事が起こるのであろうか・・・・

 そう、そういうことは突如として起こるのである。



2.“恐怖”


 月光は二人のぼんやりした姿の上を漂っていた。私は頭の芯に力を入れて、冷静さを保っていた。彼女は、そう私の永遠の女神、片想いで終わった涙の恋の記憶、青春の一条の光。

 触れてはならない大事な想い出なのだ。

 何故!なぜ!彼女が、こんな、さみしく、ひっそりとした場所に、暗く、悲しい、時間の中に・・・現れなければならないのだ。私が不動のまま彼女を見つめていると、列車の音が遠い闇の彼方から響いてきた。
 私は考える。

「運命なのだろうか。私の潜在的な予知能力の存在を暗示しているではないか。では、その恐怖は、これから起こるのだ。まだ私は期待していた恐怖感を味わっていない。その恐怖とは、なんぞや。私にとって、一人間としての私にとって絶望的な精神的破壊、色づけされた美しい青春慕情の破壊、計画している未来の消滅・・・・・・・何だろう。すべてのKEYを握っているのは彼女なのである。彼女は何を考えているのだ。私に気づかぬふりをしているのだろうか。早く、どうにかしてくれ。もう待っていられないぞ。」

 列車の響きが近くなって来た。からっ風が私の足もとの、ほこりを、かっさらって行く。

 “ハッ”、彼女が私に顔を向ける。音と光が、私と彼女に迫って来た。私は異様に、この一瞬を長く長く感じた。彼女は私を見て、無理に笑い顔を作ろうとしているのだ。頬と目の間の筋肉が、ピリピリと反意志的な無意識運動を行っているのだ。

 バックの電車の光で、彼女の顔が「サーッ」と暗くなった。

 しかし彼女の体の回りは真っ白な世界で、キリストの体から光の出ているあの・・・小さい頃、日曜日ごとに教会へ行って神父さんに貰った・・・あの奇妙な絵に似ていて、とても、とても、懐かしく清らかで・・・・・・。
 私は、彼女が私に向かって何かしゃべりかける事への期待から来る緊張感と焦燥を越えて、私の意識は、突如、白っぽい幻想へと突入していった。

 ふるさと。

☆☆ ふるさとか。おふくろ、俺が帰って来るといつも皺をたくさん作って笑って・・・★
 そうだ!俺は草笛の名人なんだった。風に揺れる麦畑、赤い空、カラスの群れ、いつも毎日見ている平凡な景色、ピューピュー草笛の音。
 そして、俺は都会に行った。ビルの林に沈む陽、人々の群れ、大学時代の恋、恋、デタラメな恋。田舎へ逃げよう。田舎へ帰ろう。人が嫌い。嫌いな人が、ウジャウジャ狭い角に蠢く土地。理想を自分勝手に膨れ上がらせ、一方向に作り上げた完全な恋人。崩れてはいけない。田舎へ帰りたい。こわい。こわい。外が怖い。目が怖い。口が怖い。
 しゃべるな!母さん待っててくれ、俺は田舎へ逃げて行くぞ。
 ・・・・・・・母の死・・・・・・・・・・・       ☆☆


 ハッと気を持ち直して彼女を見た。彼女は電車に乗るところだった。電車から降りて来た駅員が切符を渡していた。彼女は逃げるように2両編成のサビ電車に飛び乗った。私は幻想の前と今の駅の情景が、全く変容してしまったのと、彼女の反応があやふやなのに気を取られながら、やはり、飛び乗った。
 車内は油のしみ込んだ床板のにおいが私の精神神経を柔らかく包み込んでくれた。薄暗い、その車両には、私の他に彼女と田舎特有のもんぺに、ほっかむりをした小っちゃなおばあちゃんと、黒サングラスをかけた一見ヤクザ風な男の合計4人が気怠そうに窓外の暗闇を見つめていた。乗客のこの少なさは異常だった。いつもならせいぜい10人前後は、乗るはずである。

 “ゴトッ”、ひとゆれすると、誰もいない小さな暗い駅を残して電車は動き始めた。北国の夜は窓の外で、ポツン、ポツンと人家の灯びを点在させて旅愁を誘っていた。私は、その小さな灯りを、一生懸命生きている孤独なホタルが、甘い水をどんどん吸い取られて苦い水ばかりになった池の上で悲しい最後の訴えを私に託して、弱々しく光っているような妙に心を震撼させるモノに感じた。

 それが私の2列前の席に座っている彼女の姿と重なって、彼女とホタルが、ごちゃまぜになって私の感情を刺激して来るのだった。彼女は孤独なのだ。彼女は私に悲しい最後の訴えを託しているのだ。

 私は、いつもの空想に浸っていた。年月は、すでに私の純情を拭い去っていた。私の空想は次々とエスカレートしていき、ついに彼女と結ばれるところまで到達していく。

 そうだなぁ、私はさっき恐怖への期待について考えていたが、やはり恐怖と期待は同一のモノだったのだろうか。私が感じた恐怖はもうさっきの駅に取り残されてしまったのだ。期待していたモノは、・・・・・やはり恐怖だ。
 いや、さっき期待が恐怖感を生み出すと結論したではないか、私の頭は混沌としてきた。
 その期待していた「何物か」は、すでに表れた。そうだ、彼女だ。未知のモノに対する期待は、やはり恐怖感を生み出すのだ。それが未知でなくなった。
 しかし今、私に予知能力がある事は確かだ。全く頼りない予知ではあるが、何かが起きる事を漠然と知る事ができるのだ。それも、このさみしい、最果ての荒れ果てた風土が、一人旅の孤独の中にいる私の精神を異常なまでに鋭敏にしているせいであろう。

 だって今まで、こんな事はなかったのだから。

 あああ、こうしてとりとめなく観察しているうちに性懲りもなく、また冷たい恐怖感が私の胸の中に頭をもたげてきた。北国という大きな箱の中で一個の乗り物が小さい音をたてて動いている。暗い箱の中、又その中の小さい電車箱の中に何か、私にとって驚くべき出来事が起きようとしているのだ。

 電車は、あと5分程で終点、野辺地に着くはずであった。その5分間に彼女は私を震撼させる何かの行為を演じるはずなのだ。

 月が又、雲の間から、その気味の悪いまだらな顔面をさらけ出した。月光が窓を通して車内を照らす、電灯の灯っていた車内は逆に暗くなったようだ。

 突然、彼女は立ち上がった。そして前方部へ歩き始めた。

 前部の席には、あのヤクザ風の男が、窓外の月をじっと見ていた。まるで狼男が変身する直前のような精悍な顔つきだった。彼女は明らかに私を避けていた。何故だ!私の理想の女性、天衣無縫で明るく眩しく陽気であった彼女が人を避けて、こそこそと行動するなんて!彼女は誰にでも愛想良く振る舞わねばならないのだ。彼女は女神だ!!万人に愛と希望の光を照射してやらねばならんのだぁ!

 私は我ながら自分の考えている事に思い切り嫌悪を覚えた。“いい年をして、何を馬鹿げた事を”と苦笑した。

 彼女は、そのヤクザ風の隣に座った。私は、ひとつの夢がガラガラと崩れ去った事に気づいた。実は、私は、私の空想の中では、これから彼女と一緒に温泉旅行へでも行って幸福な時を、青春の残滓の最後の最大の幸福を得るはずだったのだ。

 あのヤクザ風の奴は何者なのだ。彼女は、そのヤクザ風に何か耳打ちしていた。

「ハッ!」、ヤクザ風が振り返って私を見た。ヤクザ風はサングラスを額の上へ人差し指で押し上げ、凄みのある凶暴な目で私を睨みだした。小心者の私は当然ちぢみ上がった。指はぶるぶると震え、頭の中は逃避願望のため、もうろうとして来た。

 突然、ヤクザ風がわめいた。
「おい!」

 私はピクンと体をひきつらせた。恐ろしさのため思考能力は完全に麻痺していた。ただ、私は、この場所から逃げたかった。彼女に、ここにいて欲しくなかった。

「おい!お前!ちょっとこっちへ来い!来て、このネエさんに謝るんだ」

 田舎のおばあちゃんが、目を急に輝かせて私を見た。平凡な生活の中で、久しぶりに味わう事件なのだろう。
 私が、じっとしているとヤクザ風は又、どなった。

「早く来い!」

 私は、このような判断力と勇気を必要とされる状況に置かれると、前者が無くなって、かろうじてプライドを守ろうとする勇気だけが残るのである。そして腕力では、かなわぬという劣等感と、私の青春の女神の前で味わっているこの屈辱感が、私の体の平衡感覚を奪い、全身の力を吸い取ってしまったのである。
 残った、飾りの勇気だけで私は立とうとした。そして何か、相手と対等に口を聞いてやろうとエイコラ努力したのだ。しかし、ぶるぶる震える体はいっこうに動かず、口は、「う・・・・う・・・・ふっ・・・ふっ」と意味無く呻いているだけだった。

「このやろう!笑ってやがるなぁ!」

 私の呻き声をヤクザ風は笑い声と勘違いしているらしかった。彼の荒々しい息づかいが聞こえた。相当、刺激してしまったらしい。突然、ヤクザ風は怒鳴り声を上げて、ドタドタと私の席に近づいてきた。私は例の勇気によって無理矢理に立たせられてしまっていた。

 “あっ!”、私の心が急に平常帰して行った。

 “低い。低い。”、そのヤクザ風は、私より10cm以上も背が低く、それに細身で弱々しそうだったのだ。私は体型的体力的な優越感を、たっぷりと感じて、上から彼を見下ろして不敵にニヤリと笑った。今までの恐怖感や、劣等感や、屈辱感は一瞬にして拡散して行ってしまった。

 ヤクザ風は青のストライプの入った白いブレザーをポンポン叩いてゆっくり私を見上げると、

「貴様は単純な男だなぁ。俺の背が低くて体も細身で貧弱だと分かるや、たちまち自信を取り戻して得意になってやがる。へへへへへへっ。」
 と言いながら、いつの間にか右手で脇にピッタリとくっつけた拳銃を私の顔に向けていた。そして又、震えが私の全身を駆け回った。その時、電車は野辺地に着いた。
 震えが全身を満たした時、私はへなへなと通路にしゃがみ込んでしまった。もう勇気も湧いてこない。

 彼女がプラットフォウムを歩いて行くのが窓越しに見えた。

 青い闇の中に呑み込まれて行く彼女は、私をこのような状況に追い込んだ犯人であり、憎むべき女であるはずだが、私の固定されてしまった彼女への美しい概念は、そう簡単には崩れてはいかなかった。

 現に去って行く女の後ろ姿は、透明なガラス人形のような清楚で夢のような美しさを漂わせていた。

 


kipple

2021-05-11 07:45:31 | 夢洪水(散文・詩・等)


黄色いスポンジを にぎっている

お前は 黄色いスポンジを にぎっている

顔を たくさん うつした しゃぼん玉が

お前の指から どんどん 飛び出る

お前を だますのは 簡単さ

お前には故郷が あるよな

寒い寒い 故郷が

 

僕の顔と お前の顔が

くるくると 天井に昇っていく

僕の故郷はザラザラした石の上

僕の顔と お前の顔は

窓から 同じ空へ 昇っていく

お前の 笑い声が しゃぼん玉を追っかけて

空へ 空へ と 昇っていく

 

朝だ

この街にも あの街にも

しゃぼん玉が昇っていく

 

 


kipple

2021-05-10 08:11:56 | 夢洪水(散文・詩・等)


 午後8時。

 私は、いつものように雇われ美容師の仕事を終え、東西線に乗って三鷹のアパートへ帰るところでした。

 大手町から乗って、やっと中野駅を通過しました。三鷹近辺でも充分、美容師の仕事はあるのですが大手町の美容院には私の好みの男がいるんです。

 私は同性愛者です。今日は彼に昼間から求められ、ビルの地下倉庫で激しく愛し合いました。

 おかげで、身体中が空気に染み込むみたいに心地よく疲れています。眠気が泥濘質の渦潮のように襲ってきました。

 私は充実感に満たされて眠りに落ちていきました。黒い風景の夢を見ました。

 高層ビルの林立する切り絵のような都市の風景です。すぐに風景は端の方からめりめりとめくれていき、あっという間に白黒反転しました。都市はそっくり同じまま白と黒が逆になったのです。私は夢の中で自分が一度消滅して、すぐに復元されたような気がしました。

 ・・・と、突然、ゴトン!!と大きな揺れがあり、私は激しい勢いでシートから立ち上がり、電車から下りようと開かれたドアーに向かって突進しました。

 その時奇妙な雰囲気を車内に感じました。大勢の乗客が私をじぃ~っと凝視しているのです。

 一瞬、立ち止まりましたが、何だか恐ろしくなって急いでプラットホームに飛び出し、階段を下り、定期券を見せ、駅の外へ出ました。その間も人々は私の事をジロジロと不快そうな目つきで見つめていました。私の顔にホモとでも書いてあるんでしょうか。いつから、この世界は同性愛者を、そんなに嫌悪するようになってしまったんでしょう。そんな馬鹿な。何か別の理由があるに違いないと私は思いました。

 私は早足で、いつもと同じ路地を歩いてアパートを目指しました。そのうちに、ある事に気づきました。

 通り過ぎる男も女も妙に髪の毛が長いのです。私みたいに短く刈り上げた人間はひとりもいません。そういえば電車の中でも、そうだったような気がしました。髪の毛が短いと変なのでしょうか。

 そんな馬鹿な。私は混乱してきました。私は、どうかしている。私は二三度、頭を振り、停めてあるバイクのミラーを覗いてみました。

 どこも変なところはない。手が三本あるわけじゃない。肩からペニスが生えているわけでもない。さっぱり、わからない。何か不快な臭いでも発しているのかもしれない。ホモ探知機?ぐるぐると思考ループを繰り返しながら、やっとアパートに着きました。

 私は2DKに一人で暮らしています。シックにグレーで家具を統一しています。私は帰るとすぐにマインドコントロール音楽を流してもう一度、鏡を見ました。隅から隅まで、何の異常もありません。変な臭いも感じません。  “今夜は何だか嫌な気分だ、でも明日になれば再びいつもと変わらぬ一日が繰り返される事だろう”、私は、そう思って、今、恋している素敵な男の事を考えながら睡眠薬をいつもの三倍飲んで寝につきました。アップジョン1mgを6錠です。


 おそらく、二時を過ぎていたでしょう。ハッと目が覚めました。何か、たくさんの細かい声が聞こえてきます。まるでムンクの「叫び」の絵から例の恐ろしい表情の人間が次から次へと抜け出てきて、私のアパートの回りを取り囲み、低く唸っているようでした。

 何千人もの「叫び」たちがザワザワザワザワと気味の悪い虫の羽音のように何かの呪文をとなえているようなのです。私は震え上がりました。全身が凍てついたように身動きできませんでした。

 私は他の事を一生懸命、考えて眠ろう眠ろうと自分に言い聞かせました。彼の愛撫の事、彼の暖かい胸に顔をつけて彼の鼓動を聞いている。彼は私の頭を優しく両腕で抱き締めている。そんな事を考え続けているうちに恐怖が薄れていき、私は何とか断片的な夢が繰り返される眠りの沼底に落ちてゆきました。


 次の朝、私は巨大な隕石がドアにぶちあたるような音に叩き起こされました。眠気がつるんと葡萄の皮のようにひっぺがされ、震えながらドアを凝視しました。

 みるみる間にドアは、メリメリと音をたてて引き裂かれていきました。

 ドーン、ドーン、メリメリッ。

 ついにドアは、そのドアと名づけられた形態を失い、粗雑に破壊された穴と化しました。

 私は硬直状態を抜け出せません。ベッドに半腰になったまま次の展開を丘の上の馬鹿のように見つめていました。穴は化石化した内蔵のような朝の都市を切り抜かれた空間に映しだしていましたが、徐々に黒い覆面をした男たちが、蟻が砂糖に群がるように姿を現しました。

 


 そして、ぬるぬると排気孔から這い出すミミズのように彼らはドアに開けた穴から入ってきました。彼らは、ごくスムーズに私に群がり、激しく抵抗し始めた私を簡単に取り押さえて、無言のまま完璧な縄結びを仕掛けました。

 私は、そうされている中で奇妙な快感を感じている事に気づいてゾッとしました。もう駄目です。完全に私は彼らの物です。

 黒い覆面の男のうちの一人が言いました。

「あきらめろ。お前は犠牲になるんだ。存在してはいけないんだ」

 私は、もう考える事ができませんでした。痴呆です。痴呆。

 私はアパート前の駐車場に運ばれ完璧な縄結びのまま、錆びた鉄製の十字架にくくりつけられてしまいました。私は痴呆状態のまま、何とか彼らに質問をしてみました。

「訳を話してくれ。何で私は???」

 彼らから返ってきた答えはこうでした。全員が一斉に答えたようです。

「馬鹿め、決まっているじゃないか。以前、ヒトラーという奴が来た。そいつはユダヤ人を大量に殺戮した。」


 私は考えました。ヒトラーは地下室で自殺したとされているが、実際死体はなかったのです。たぶんヒトラーもこのような世界に来たのだろう。ヒトラーも同性愛者だったんだろうか?

 昨夜、帰宅途中の電車の中で眠りに落ちる以前の世界では、私は、すでに存在していないのだろう。私は多元並行宇宙の事を考えた。そこには無数の似たような地球があり、微妙な時間運動のずれによって、お互いを見えなくしている。始まりは一つであり、無数の物質運動により無数に枝分かれしていった世界。

 絶え間なく、この瞬間にも多元並行宇宙は増殖している。そこには無数の私がいるのだ。同性愛者じゃない私もいるだろうし、女に生まれた私もいるだろうし、片腕の私もデブの私も、癌にかかった私も、陽気な私も、偏執的殺人者の私も、そして私があらかじめ存在していない世界もあるだろう。さまざまなズレが、世界を微妙に変えている。たとえば法律、政治形態、風俗、宗教、缶ジュースの飲み口、キーボードの鍵盤配列、肉体の造形。


 私は瞬間的に、こう理解しました。私は、黄泉の国に、鏡の中に沈み込むようにして入り込んだオルフェのように、何らかのショックで無数の宇宙の別の地球に来てしまったのでしょう。

 私は絶望が黒いカーテンのように身体を覆うのを感じました。この地球では、私は何かが彼らと違い、それが彼らにとっては絶対的な嫌悪の対象なのでしょう。

 私は十字架にくくりつけられたまま、しげしげと彼らを観察してみました。彼らは、もう黒覆面を外し、素顔を見せていました。何も変わらない。特に私と違うところは見当たりませんでした。

 中の一人が、「見ろ!」と言って、鏡を私に向かって差し出しました。早朝の銀色の光によって、そこに映じたものは彼らとちっとも変わらない私自身でした。別に「私はホモです」なんて書いてあるわけでもないし。


 しばらくして連中は金色のつやつやした槍を、どこからか三本持ってきました。私の眼下にいる凶暴そうな顔つきをした若者三人がそれぞれ槍を持って、 「お前は地獄に堕ちる。」

 と声を揃えて言いました。槍は、するすると私の身体に侵入してきました。一本は鳩尾から、一本は右脇腹から、一本は性器の付け根から。

 するどい痛みが身体の内部から沸き起こりました。内部から苦痛はジンジンとインクの染みみたいに全体に広がり、私は意識が薄れていくのを感じました。苦痛の渦の中央にある黒い穴にぐんぐんと引き込まれて行きます。

 私は、いろんな事をいっぺんに考えていました。この世界の私はどこへ行ったんだろう。同じアパートに住んでいたはずだ。この世界の私の恋人もやはり彼だったのだろうか。電車だ、電車の中で妙な夢を見たとき。あの、世界が端から剥がれていく夢だ。この世界への通路はあの夢だったのだろうか。

 私はそうした思考の回転の中でどんどん意識野が収縮していくのを感じました。しまいに針で突き刺した点のように全てが遠ざかり、消えていこうとしていきました。

 最後に私は目を開きました。カッと見開きました。そして、見ました。私の鳩尾を槍で突き刺している奴の髪の毛の下に第三の目が、私と同じようにカッと見開かれているのを・・・・・・・



 +前日の朝日新聞に掲載された記事+

「正午近くに練馬区の重度精神障害者施設から患者たちが集団脱走した。看護夫が三人剃刀で静脈を切られ出血多量のため死亡。一人が唇と局所を切り取られ重傷。患者たちは自分たちは三つ目種だと信じ、顔にもう一つの目を細密に描いていた。なお患者たちは心眼と呼ぶ第三の目を隠すために全員長髪にしていた。患者たちは施設の白壁に看護夫たちの血で「いけにえをつかまえる」と記している。練馬近辺の住人は不審者を見かけるなり、すぐさま近くの警察に通報して下さい。彼らに理屈は通じません」



 +今日の東京スポーツ新聞に掲載された記事+

「昨日、午後九時近く、三鷹に怪物あらわる。付近の住民の多数が目撃した。怪物は全身を皮膚病におおわれており目玉が三つあった。身長は三メートル程で口から巨大なペニスを突き出し、額にホモと入れ墨がされており、鼻が陥没し、そこから絡み合った血管をぶらぶらと垂れ下げ、かさぶただらけで、ところどころ緑色の体液をしたたらせ、裸体で、路地を闊歩していた。何かを恐れているようだった。目撃者の全員が口を揃えて「ただちに殺して欲しい」と言っている。怪物のその後の行方は不明」



kipple