goo blog サービス終了のお知らせ 

元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

男がカメになる時

2021-03-30 08:12:50 | 夢洪水(散文・詩・等)
男がカメになる時


「それでねぇ・・・・」

 男は、カメに向かって一人、話していた。

「僕は、もううんざりなんだ。」

「いくら色鮮やかに華やかにやっていても全て灰色なんだ。」

「何がって?全てがそうなんだ。」

「物質的にも精神的にも・・・」



 彼はあくびをした。

 顔は自然に上向きになり青い空が目に入ってきた。

 雲一つ無かった。

 太陽さえ、どこにあるのか分からなかった。


「もうイヤになっちゃってね。」

「人と人との間には期待していた何ものもありゃしないんだ。」

「人ってのは唯、他人を利用したいがために人を求めているだけであって、ただ、それだけさ。」

「利用し合ってエゴを満足させて・・・。」

「それが平和だ、愛だってさ、反吐が出そうだ。」

「君はどう思う?」

「利用され合うのが本当だと思わないか?」

「そりゃぁさ、誰でもエゴは必要だしな。」

「それを捨てたら、誰だって死ぬしかないさ。」

「でもエゴが突っ走るままに任せて体中からエゴの臭いを発散させている奴程イヤらしいものはないぜ。」

「それにさえ気づいてさえいないと本当にたちが悪い。」

「僕はね時々それを自分に感じちゃってイヤになっちまうんだ。」

「そんな時には、いつもとてもイヤな奴でも素敵に見えたりしてね。」


 カメは、そろりそろりと乾いた砂の上を進み始めた。

 その男は奇妙な形の岩が、いくつも屹立する海岸で、それらの岩々に囲まれた小さな砂場にしゃがみ込んでいた。

 彼は、暫くカメのするままに、まかせていた。

 カメは黒い岩に突き当たり、それ以上進めなかった。

 カメは岩々に閉ざされた小さな砂場に、満ち潮で運ばれて、そのまま取り残されてしまったらしい。

 太陽は容赦なく照り続け、海水を吸い取り、カメを焼き殺そうとしていた。

 再度、脱出に挑戦するカメに、男は、とても優しく、また悲しそうな目をして話しかけた。


「どうもがいたって、この小さな砂場からは出られやしないんだ。」

「こうやって奇跡でも訪れない限りね、僕は、その奇跡さ!」


 男はカメをつかんで、30メートル向こうの海の中へ運んで行った。


「一度、はまり込んだら誰だって奇跡を望むんだ!ほら!」

 

 彼はカメを海に放り込んだ!


「僕だって、その、例外じゃないんだ!」


 その男は、それから自分をカメと呼ぶようになった。

 



 


kipple

むかしの旅①

2021-03-29 07:34:28 | 夢洪水(散文・詩・等)
むかしの旅①



 タバコの煙は、半分ほど開かれた窓に向かって、空中をゆっくりと彷徨っていた。

 僕の顔を熱い陽光が駅の屋根と電車の合間から照らしつけた。

 空気の中には金色のチリが浮いていた。

「プシューッ」と蒸気の音がした。

 活字に再び僕は目を戻して、それを理解する事に集中した。

 電車はガタンと揺れ、続いて、ゆっくり、その5分間、時間調整のために停止していた無人駅を出発した。

 再び窓外の景色は、青と緑と白に混じり合い、流れ始めた。

 僕は、そのガイドブックの中から今夜泊まる場所を探していた。

 タバコは、灰皿の中で燃え果てていた。

 僕は考えをまとめる事ができず、何度も目をしかめた。

 再びタバコが吸いたくなり、マイルドセブンに火をつけた。

 窓を、ちらっと見た。

 山が後ろに消えて行き、次に白い浜と海が現れた。

 海には白い線が何本も、しわのように描かれていて、僕はそれが何なのか分からずに再び目をしかめた。

 波である。

 僕は果たして自分は正気だろうかと、ここ一週間、何度も繰り返した疑問を又繰り返せざるを得なかった。

 もし君が今、僕に対してこんな質問をしたとする。



「君は、何故、こんな旅行をしているんだ?

 君は、何故、こんな本を読むんだ?

 君は、何故、こんな音楽を聴くんだ?

 君は、何故、こんな勉強をするんだ?

 君は、何故、立ってるんだ?

 君は、何故、座ってるんだ?

 君は、何故、歩くんだ?

 君は、何故、生きてるんだ?」

 

 僕は、ひとつも解らない。

 僕は、ここ一週間この「解らない病」が急速に進行している事を知っている。

 僕は何故、今、僕がタバコを吸ってるのかも全然、解らないんだ。

 とにかく僕は、その亡霊のような疑問を全部忘れるために、何も考えずにボゥッとタバコをふかす事に熱中した。

 そして何も考えないために波という知識までが、頭の奥の方へ引っ込んでしまったらしい。

 もう本当に僕は何が何だか、さっぱり解らなかった。

 頭の中身は、そう、神田川に流れ込む下水の作り出す、あの黄色い泡のような感じだった。



 光る風が窓から光の匂いを運んできた。

 その清涼感にハッとして頭を上げ、海に向かって広く続く麦畑と線路の近くのみかんの木々を見た。

 そして、その総合的な美しい迫力が僕の頭の中に何か一つの方向を与えてくれたような気がした。

 ナチュラル・マインド・コントロールさ!

 再びガイドブックに目を落とした僕は、今の風景を食べ、消化し、残された栄養分が有効的に働くのに驚いた。

 それが、どかんと一涼、ナチュラル・マインド・コントロールさ!

 相変わらず何も僕には解らなかったが、とにかく宿泊ガイドの内容に集中し決断を下す事が可能だという自信を抱く事ができたのだ。


 そう!ここだ!ここに泊まろう!

 次の次の駅、太地と言う駅。

 国民宿舎が、ある。時間的にもちょうど良い。

 明後日には東京に帰らねばならないので、距離としてもちょうど良いだろう。

 明日、名古屋あたりに出れば良いのだ。

 決めた!僕の方向性が決まった!ああ、何て爽やかなんだ!

 頭の中がパーッと晴れ渡り、とってもハイな気分だ!

 

そう?でもねナチャラル・マインド・コントロールは決まったあとがヤバイのさ!


 そう、そして僕はガイドブックを閉じ、今夜の宿泊先と明日までの予定をバッチリ決め、タバコを吸い終えた。

 そして、その瞬間から再び、黄色く汚れた泡が、僕の頭を浸食し始めた。

 うううううううう。重い。

 

そうさ!ナチュラル・マインド・コントロールは長続きしないのさ!

先の事なんかバッチリ決めなくても、いいじゃん!な!





 


kipple

金玉袋で、つかまえて

2021-03-28 07:43:01 | 夢洪水(散文・詩・等)
金玉袋で、つかまえて

 

●●

 


 真っ白な地べたに、およそ想像できる極限の濃度、質感、淫猥度、斥力を誇示した僕の影が潮風に揺れていて、とっても焦っていた僕は、その異界を結ぶ穴のような影を、コンタクトレンズを引き剥がすように人差し指と親指で“ペリペリペリ”とつまみあげたら、僕の背後に大っきな複雑な突起が阿呆みたいにひしめいた城が迫ってきたんで“ヤバイ”と思って奪われないいちに、×肌触りのいいその影をムシャムシャ喰ってしまうと、城の門が静かに開いてピカピカ光る だんびら を持った兵士が一億人程現れて、口々に

「どんずまりだ」

 と囁きながら超新星並の殺意を僕に向かってRUNさせた時

「ドォゥン!」

 というドデカイ音がした。
 

 

 目が覚めた。ブラインドから黄色い光粒子が拡がってきたので、もう昼なのだろう。

 隣で色の白い、髪の短い女が薄目を開けて、本を読んで(あるいは見て)いた。

「今、爆発音が聞こえなかった?」

 僕は言った。

「きっと夢の中で聞いたのよ。」

 女は言った。顔を上げずに。

「本当に何も?」

 僕は再び言った。

「ええ。」

 女は、ちらっと、こっちを見て再び本に向かった。

「こんな暗くて読めるのかい?」

「見えるわ。」

 僕はブラインドを上げた。

 部屋がピカピカ輝きだし、女は顔を上げ、僕を見た。


 錯覚かと思ったが、やはり女の瞳は黒から薄緑に確実に変わっていた。

「おや、ヘイゼルアイとは珍しい。」

 僕は段階的に笑い顔を作った。

 女は黙って、パタンと本を閉じた。

 

●●

 

 ホテルを出ると僕たちは人や車の無い“がらん”とした通りをぐるぐる彷徨い、殆ど口を交わす事無く、駅に出て別れた。

「さよなら。」

 女は口を歪ませ、本を振った。

「じゃな。」

 僕は手を振った。

 一人になると、再びいつもの震えに見舞われた。

 いつの頃か僕は晴れた日に群衆の中に一人で残されると、ぶるぶる震えるようになっていた。


 今日は何故だか、とてもひどかった。全てに対して僕が逆立的に思えて、とても恐ろしかった。

 汗が出てきた。

 空で金ピカの太陽がドクンドクンと鼓動していた。

 僕は、ふらふらとCOFFEE&TEAに入って、隅の暗がりに座り、目を閉じて休んだ。

 バナナジュースを注文し、汚れた朝刊を広げ、映画欄を見た。

 


 
 気狂いピエロ           有楽シネマ

 
 
 戦場のメリークリスマス    松竹セントラル

 



 店の中は寒かった。凍えそうだ。

 でも、ふるえが感覚的になったせいで気分は良くなった。頭にポッと灯りがともった気がした。

 僕は少し考えてみる気になった。

 しかし何も考える気がせず、それでも考えないことによって麻痺した何かが僕の中の灯りを維持していたようだ。

 その時、後ろの席から誰かが僕の肩を軽くポンポンと叩いた。

 僕は不思議と柔らかい気分になった。普段なら地獄へ堕ちるような暗い気分に満たされるところだ。

 何故だろう?

 僕は自分の精神神経に生じたこの不思議な異変の元を確かめようと、ゆっくりと後ろを振り向き、肩を叩いてきた本人を確認した。

 それは水野晴郎だった。やけにニコニコしてちょび髭が、余りにも怪しい。

 そして、やはり、彼は僕の見ていた新聞の映画欄を指差して、こう言ったのだ。

 

「いやぁ~、映画って本当に、いいですねぇ~!」

 


 僕は寒さを通り越して、素晴らしい救済の聖なる光明をさえ感じてしまい、思わず、いやらしく微笑んでしまった。

 僕は思った。救われた。水野さんに救われた。ホールデン・コールフィールドも水野さんに会えば良かったのにな、なんて思った。

 僕にはニコニコ笑い続ける、ホモの噂が数知れない、この人物に助けられたのだ。危うく砂漠に閉じこもるところだった。

 次第に僕の目には水野さんの顔が金玉袋に見えてきた。そうだ、この金玉袋顔こそが、何だか、すぐに暗くなって他人を避けたがる僕のような人々に致福をもたらすに違いない。

 僕は密かに決意していた。ホモでもいい。女なんか、もういらない。そうか、こういうこともあるんだな。水野さんに全て捧げよう。

 

 題名を間違えた→金玉袋で、つかまえて

 そう、これだ!金玉袋に、救われて


●●



 


kipple

きちがいのペピット

2021-03-27 07:29:30 | 夢洪水(散文・詩・等)
きちがいのペピット


 ペピットは白くて古くて大きなお城に住んでいました。

 僕は小さい頃、よく遊びに行ったものです。

 ペピットは僕が、我が儘を言うと、いつもニッコリ笑ってこう言いました。

“さあ?!”

 白くて細い首を太陽の金色の光の中に傾けて、ペピットは可愛らしい顔で笑っていました。

 たとえば、僕はこんな事を言った事がありました。

“ペピット。ねぇ、そのペピットの白くてフワフワした帽子、僕にちょうだいよ”

 ペピットは、ほっそりとした体を少し傾けて大きな目を、くりっとさせて、

“さあ?!”

 とニッコリして、その帽子を僕の頭にかぶせてくれました。

 背の高いペピットは、しゃがんで僕の帽子をかぶった顔を、幸福そうに首をかしげてニッコリとしたまんま僕が逃げ出してしまうまで、ずっと同じ姿勢で見つめていましたっけ。

 僕はペピットを、お城の外で見た事は一度もありませんでした。小さい頃は、それがとても不思議でした。

 僕はペピットの事を、お城に住んでいる、とても綺麗で優しい妖精のように感じていました。

 ああ、どう言ったらいいんだろう。

 とにかく僕にとって、あの頃ペピットは神様みたいな存在だったのでした。

 ペピットは僕のどんなくだらないグチでも自慢話でも何でもかんでも一生懸命楽しそうに聞いてくれました。

 ペピットは僕のどんな醜い部分も許してくれて、いつも変わらずに優しく僕を迎えてくれました。

 ペピットの事を考えると、僕は道に唾を吐いたり、乞食の前を何もせずして通り過ぎる事さえも、とても平気には出来ませんでした。

 そうです。ペピットの事を考えると、いつも僕は、とても優しくなれたのでした。


 あれは僕が8才の頃でした。だからペピットは28才だったのです。

 その頃、学校が終わると僕は毎日必ずペピットのお城へ遊びに行っていました。

 僕は、その頃、言ってみればペピットを精神ベクトルのよりどころとしていたのでした。

 ペピットだけが真実に思えました。

 僕はペピットのためなら死んでもよいと思っていました。

 さて、その日も僕は終業のベルが鳴り始めると、もういそいそはじめていました。

 教室を飛び出し、一目散にペピットの、お城に向かって走って行きました。その日もいっぱい話したい事があったのでした。

 僕は息を切らせてペピットのお城の門の前にたどり着くと、何だかいつもと様子が違っていました。

 門から見えるお庭の中で何だか真っ赤に染まったペピットが、お花畑にしゃがみ込んで泣いていました。

 よく見ると、お城をぐるっと取り囲んだ大きな壁いっぱいに赤いスプレーか何かで落書きがしてありました。

 汚い文字が無数に綺麗だった壁に刻み込まれていました。真っ赤な文字で塗りたくられていました。ペピットも真っ赤なスプレーを体に噴きつけられたようでした。

 たくさん並んだ赤い文字と泣き続けるピペットに僕は衝撃を受けました。

-この檻の中には、きちがいペピットがいるぞ!-

 天使のようなペピットのことを、この世界の人達は「きちがい」と呼んでいじめているんだと、その時、初めて知りました。

 僕は、その時、決意しました。

 僕とペピット以外はみんな殺してやる!

 




 しかし、その後、大人になっていくにつれ僕はすっかりペピットの事も忘れ、あの落書きをした奴らと同じような感覚をみにつけてしまいました。

 何故、僕が今になってペピットの事を思いだしたのかは分かりません。たぶん僕は今、生きていて辛いからでしょう。

 誰も、僕に優しくしてくれないし自慢話も聞いてくれない。自分の醜い部分を話す相手なんか世界中に誰もいやしません。

 とうとう、どうしてもペピットの事が気になってしかたがなくなったのです。

 僕は、ペピットに会いたくて会いたくて仕方がなくなりました。また色んな話を聞いて欲しいんです。優しくして欲しいんです。


 僕は、あの頃と同じ場所、あの白いお城を目指してペピットに会いに行く事を決意しました。

 しかし昔の白いお城は、どこにもありませんでした。あるのは小綺麗なアパートばかりでした。

 しかし、その一角に風雨にさらされて崩れかけた小さな小屋が、、今にも消えてゆきそうに存在していました。

 そして、小さなたくさんの板を張り付けた、その小屋じゅうに、また例の落書きがしてあったのです。

-きちがいバアさん、きちがいのペピットばあさん、ゴミクズばあさん-


 僕は“わっ”と泣き始めてしまいました。いたのです。いたのです。

 小屋の中に、年老いて皮膚病だらけになって、じっと座っているペピットを僕は見つけたんです。

 突っ立ったまま大声で泣いている僕に向かって年老いたペピットはニッコリと笑って首をかしげて、言いました。

 

“さあ?!”

 


kipple

素晴らしき逃げ方

2021-03-26 07:44:31 | 夢洪水(散文・詩・等)
素晴らしき逃げ方

 

 僕と友人Xと友人Yは、あらゆるものからの逃避を願望している。切望している。嘆望している。

 


①-友人Xの告白
 

 :僕は、ある日、駅から吐き出されてくる、人の群れを見ていた。

 :突然!僕は、この人ごみに耐えられなくなってしまった。

 :この窮屈な世界に、僕は耐えられない!

 :僕は田舎へ行こうと決心した。

 :そして今、僕は、田舎に来ています。

 :でも、この無人状態にも、そろそろ耐えられなくなっています。
 


 
友人Xは帰ってきた。

 そして、しばらくして、また田舎へ行き、また帰ってきた。

 僕は彼のような、軟弱な精神ではない!

 


②-友人Yの告白
 

 :僕は、倫理道徳というやつが気にくわない。

 :道徳なんて言葉にするだけでもイヤだ。

 :僕自身も、ある程度その道徳に縛られている!

 :何てこったい!どうすりゃ、この息苦しさから逃げれるのだ!
 



 今日、僕は、友人Yの家に向かって自転車をこいでいる。

 路地に入った。もうすぐだ。

 やや、あそこにいるのは、友人Yじゃぁないか。

 彼の手には、ベットリと血のついたサバイバルナイフが握られていた。

 そして、彼の足元には、腹を割かれ喉を刺されて辺り一面に内蔵を飛び散らしている友人Xが倒れていた。

 僕は言う。

「どうしたんだい?」

 友人Yは{超ニッコリさっぱりスッキリ笑顔}で答えた。

「人殺しさ!友人を殺すなんて、なかなかの背徳だろう!」

 僕は彼を、祝福する気持ちでいっぱいになった。

 彼は、立派に人徳-倫理・道徳-のたぐいから突き抜けたのだ。

 友人Yはルンバを踊りながらスキップを踏んで神の祝福を一身に受けて去っていった。

 

 でも、僕は、どうなるんだ。

 僕は逃げてないぜ!脱出できないじゃないか!僕だけ!

 友人Xは都会も田舎もダメで結局、友人Yの友情により、ココから逃がしてもらえたし、それによって友人Yは自己開放を遂げたわけだ!

 僕は、どうしたらいいんだい?まだ生きているもの。

 僕は、もちろん最大の逃避は、生きないこと、死ぬことだと思ってる。

 んで、やっとのこと僕は決意したんだ。


 そして線路に横たわり、電車が近づく音を聞きながら満足げに笑った。

 電車は僕の上を、バカみたいに、即物的に、通り過ぎていった。

 僕こそ、最後の僕の友人。

 すなわち友人Z。

 さようなら、よかったね。友人Z。

 

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

 お幸せに・・・

  

 


kipple

電波な道

2021-03-25 08:27:25 | 夢洪水(散文・詩・等)
電波な道

 

 僕は、ある日、《タバコを吸え》という、何かの指令を受けた。

 それは何か分からない。ただ、吸わなければならないのだ・・・

 そして、僕はタバコを買って、吸った。

 そして、その指令は何だか、何処から来るのか、だんだん分かってきた。

 僕の回りの人々は、皆、タバコを吸っているのだ。

 その圧迫感が、僕に喫煙を指令したのだ。

 そして今、僕は日に百本は吸うようになってしまった。

 そして悪夢ははじまった。

 僕は、いつものようにタバコをふかして、学校へ行った。

 友人Aにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Bにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Cにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Dにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Eにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Fにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Gにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Hにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Iにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Jにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Kにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Lにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Mにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Nにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Oにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Pにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Qにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Rにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Sにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Tにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Uにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Vにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Wにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Xにあう。彼はタバコを吸っていない。

 友人Yにあう。彼はタバコを吸っていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 友人Zである僕は再び指令を受けてしまった。

《タバコを吸うな》

 その時、僕は初めて気がついた。

 僕の人生は・・・・僕の人生は・・・・・・

 僕は生まれてから、ずっと人々の圧迫感に負けて服従してきたのだ。

 大学だって、そうだ。

 僕は何の目的も持たず皆入るから入った。

 ただ皆が行くから。

 僕は、生まれて以来、ずっと友人Zだったんだ!


 そこで僕は考えた。

 よし、ひとつ、ここで逆らってやろう!

 独自の道を進んでやろう!

 これから新しい人生をはじめよう!

 新しいガニメデの神様のもとに!?


 それから僕は、タバコを一日二百本も三百本も吸った。

 吸って吸って吸いまくった!

 そして、僕は癌になって今、死ぬところです。

 まだ、24才なんだよなぁ。

 でも独自の道を生きたんだから、まあ、いいか。

 さよならスパスパ。

 

スパッッパパスッパ!スッパッパ!スパパパパッ!

スパッッパパスッパ!スッパッパ!スパパパパッ!

スパッッパパスッパ!スッパッパ!スパパパパッ!

スパッッパパ!スッパパ!スッパッパ!

 


 

分かっておくれよ。友人Z!

友人Zはみ~んながするのを確かめて一番最後にやり始める僕や君たちの事だよ!

 


kipple

ゴリウエスの思い出

2021-03-24 08:10:22 | 夢洪水(散文・詩・等)
ゴリウエスの思い出


 僕は街に出る時は、いつもゴリウエスを連れて行った。

 そうしないと気が、しぼんじゃって死にそうな気分になるんだ。

 身体がバラバラになって灰になって消えてしまうんじゃないかと。

 一人で笑ってみろ。笑って見ろと自分に言い聞かせる。

 一人じゃ笑えない。明るくなれねぇんだ。走れねぇんだ。

 でも、僕はゴリウエスを連れてると、彼と肩を組んで歩く時、とてもすがすがしい気分になれるんだ。

 ゴリウエスは何も喋らないし、何も気にしない、いっつも何だか単純で楽しそうで真っ直ぐだ。

 ゴリウエスは喋らないけど、うなるんだ。こんな具合に。

“ごぉぅりぃぅぅうぇぇぇっすぅぅぅぅ・・・ぐぅうう”

 何故、ゴリウエスと一緒だと爽やかかって?

 それはね、本当は彼は、僕の意のまま、奴隷のような奴なんだ。

 それでも僕は彼に対して、彼を奴隷のようにあつかうって事に負い目を感じてたね。

 実のところ、僕も善人なんだろうねぇ。

 それでも、表面は奴に対して、いかにも主人然と、ふるまっていたんだ。

 彼に対して発した言葉のうち、約半分は命令調だったもんね。

 彼は、その言葉の内にどんな虚栄が、見栄が、過剰なる自意識が、優越感が、どんな悪意が、どんなにみにくい欺瞞が潜んでいるのか、そんな事、全然気にもかけないのだ。

 おそらく分からないのだろう。それでも僕は、その彼の無垢さに嫉妬したね。

 ゴリウエスは喋らずにギゴギゴと身体を揺らして唸るんだ。

“ごぉぅ・・ごぉう・りぃぅぅぅすぅぅ・・ぐぅげぇげぇ”


 ゴリウエスと僕は二卵性の双子で、彼の方が兄だった。

 僕らは昨年、20才の誕生日を迎えるまで、2人が兄弟だなんてぇ事は、まったく知らなかったし、砂つぶ一つ程の可能性を考えた事もなかった。

 違いすぎるからだ。いや、だからこそ一対でまっとうな人間という事なのかも知れない。

 僕は、あらゆる暗黒なる人間性破綻を引き受け、ゴリウエスは、あくまで純粋、真っ直ぐ明るい神聖ささえ漂う人間性を引き受けているのかもしれぬと思う。

 僕らは500mくらい離れた灰色で、ところどころ壁に亀裂の入った同じようなアパートに住んでいた。

 性格やIQは違っても生活趣向は、けっこう似ていたりするものだ。


 僕と彼は2人とも(もちろんの事だが)私生児で幼い時、援助交際パンパンだった母親に孤児院に入れられて、そのまま育った。

 僕は、ある日、父だという人に引き取られる事になった。

 その頃、僕はゴリウエスの事を非常に嫌っていた。

 まさか血がつながっているなんて思いもよらなかった。

 彼の白痴みたいな動作の遅さに、腹が立って仕方がなかった

 こうして大人になって彼によって僕の暗黒精神が少しでも癒される事になるなんて思いもしなかった。

 孤児院の中で他の仲間みんなにブランコにくくりつけられたゴリウエスは、石ころを投げつけられながらもニコニコして唸っていたっけ。

“ごぉぅ・・ごぉう・りぃぅぅぅすぅぅ・・ぐぅげぇげぇ”


 今は大事なパートナーだぜ!親愛なるのろまのゴリウエスよ!けけけ!

 ありがとう、ありがとう、君のおかげでなんとか僕は前を見て歩いていけそうだよ。

 ありがとう、ありがとう!

 ああ、またイライラしてきたカタルシスのため殴らせろ!

 

***** バゴン! *****

 

 ありがとう!ありがとう!今度は優越感に浸りたいから、僕の尻の穴を舐めろ!

 

@@@@@ぺろん、ぺろ~ん!@@@@@

 

 ああ~!少しは、すっきりしてきた。ありがとう!ありがとう!これで少しは皆が僕のことを変だと思ってるんじゃねいかとか、僕のことを影で笑ってるんじゃないかとか、色んなことを少しの間、気にしなくてすむよ!


 あああ!今、僕のドッペルゲンガーを3人もいっぺんに見てしまった。何て事だ。頼むよ、ああ、頭が苦しい・・・過去の罪業が僕を締めつける。


“ごぉぅりぃぅぅうぇぇぇっすぅぅぅ・・・ぐぅううぇげぇ”


 ちきしょう!心配してくれてるのか!ゴリウエスの糞たれアニキよぅ。

 ありがとうよぅ!ありがとぉよぅ!今度は気が狂いそうだから、殺させろ!


 僕は手にした大きなダンビラでゴリウエスの腹を引き裂き、腸を引きずり出し、もう一度、ダンビラでゴリウエスの頭蓋をまっぷたつに叩き裂いた。

 

∑∑∑ ズザッ!ザクッ!ザクッ!ザズズズッ! ∑∑∑

 


 ありがとう!にいちゃん!ありがとう!これで少しの間は僕もまっとうな人間でいられそうな気がするよ。

 最後にグロテスクな肉片となりながらも善良な笑顔を絶やさずに彼はうめいた。

 

“ごぉぅ・・ごぉう・りぃぅぅぅすぅぅ・・”

“ぐぅげぇげぇげぇげぇええ・・”

 

 ありがとう!本当にありがとう!ゴリウエス!

 君のことは忘れないよ!しっかりと僕の思い出の中に生きて行くんだからね!

 大丈夫、また、頭が重く暗く苦しくなったら、他のゴリウエスを探してカタルシスするから。心配すんなよぉ。


 もう死んじゃったね!じゃぁ!本当に有り難う!

 あれ?おかしいなぁ、僕の体までバラバラになって消えてしまうみたいな気が・・・



kipple

人間の行方

2021-03-23 08:17:50 | 夢洪水(散文・詩・等)
人間の行方


 世界がまだ自動改札口などという戯けたものに切り替わる前の、ある日の事。

 原と、森木と、砂野は、3人して横浜駅プラットフォームに降り立った。

 原と砂野は横浜市にすんでいる。

 森木は2人に横浜の遊び場を案内してもらうつもりなのだ。

 3人は、大学生である。

 当然の如く、原と砂野は定期乗車券を持っている。

 森木の自宅は、正反対の日暮里で、当然定期は持っていない。

「日暮里←→新宿間」の定期で彼は横浜駅で乗り越し料金を払うつもりでいたのだ。

 話は、ここから始まる。



 3人は、並んで、駅の改札口へのドームを歩いていた。

 そこで、ふと珍案を思いついたのが(少なくとも彼は妙案だと思った)、原であった。

「おい、森木!乗り越し料金払わんで済むぞ!まず、オレと砂野が定期で出るから、森木は、ここで待っていてくれ。俺たちが外へ出たら今度はオレが、もう一度、砂野の定期を持って入ってくる。そしてオマエに渡す。そしたら、オマエは砂野の定期を使ってオレと一緒に改札を出よう!」


「素晴らしい!」

 森木は一円たりともの吝嗇家(ケチ)なので、小踊りして喜んだ。


 さて、実行となると、さすがに緊張したが見つかる訳はない。

 2人は外へ出ると売店の影に隠れて、砂野は原に定期を渡した。

 原は、又、改札を抜けて駅内に入り、トイレに潜んでいた森木に砂野の定期を渡した。

 そして、悠々と、傲然と、2人は駅内から改札口を抜けた。外に出たぁ!

 成功である。森木はニタニタ笑いながら言った。

「うまいぞ。これからも続けよう!毎日ここへ来てもいいぞ!」


 しかし砂野は、正義感の強い男だったので、少し自責の念にとらわれて困惑した表情で歩いていた。

 一仕事が終わった安堵感が、訪れている。しかも違反行為だけに、なおさら大きい。


 その安堵感を破ったのが、灰色の背広に赤いネクタイをしめた会社員風の若い男だった。


「待てよ、お前ら」


 彼は3人の後ろから、セキセイインコが断末魔に出すような、ハイトーンの、耳に轟く声で言った。


 原たちは、一瞬、ドキリとしたが、見つかるはずのない不正行為に、気を取り直して腹をすえた。

「なんだよぅ!」

 と腹は、邪険に答えた。


「なぁにぃぃぃ、なぁんだぁよぅ、だとぅ?ほぉう、俺にそんな口を聞くのかい。ええ?犯罪人たちよぅ!」

 彼は、ネズミのような、丸い目を細めて、凄みを効かせていた。キラリと金バッチが光った。やべぇ。

 原は冷や汗を流した。その男は土地のヤクザなのだ。

“こりゃ、めんどうだなぁ”と原は考えながら

「すみません!友人だと思ったものでぇ。へへ、何の用でしょうか」

 と言い、腰を低くかまえた。


 その時、したでに出た効果があったみたいだ。男はフッと髪をかき上げ、そこに隙が出来た。

 原は森木と砂野の背中を押して「逃げるぞ!思い切りだ!」と言い、脱兎のように走り出した。

 3人は、走った!階段を怒濤のように下り、又上り、エスカレータを逆行し、駅ビルの中を猛スピードで走り抜け、振り返り、振り返り、走り続けた。

 追ってくる。奴は追ってくる。執拗に追ってくる。実にクールに追ってくる。

だっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだっだぁ!

 3人は、もっと必死に走った。ぐるぐるぐるぐる駅ビルを上下左右にメチャクチャに走り続けた。逃げ続けた。

 汗で豊島園の流れるプールの水を一斉に浴びたようになって、へろへろしてきたが、3人は、まだ走り続けた。駅ビルを抜け、ついに外の広い階段に出た。

 振り向くと、あのターミネーターのような男の姿はなかった。

 ほっとしたせいか、3人はその階段を下りきると同時に崩れるようにコンクリートの上に倒れ込んでしまった。

 3人は折り重なるようにして寝そべり、ゼイゼイと死にそうに息をきらして、もうピクリとも動けず、口も聞けなかった。森木は足がつってしまっていた。

 太陽が暑かった。3人の“ぜいぜい、はあはぁ”言う声だけがノートルダムの鐘の中で鳴るように響き渡っていた。

 その時、声がした。

「おい。」

 男が立っていた、3人の3段上くらいの位置に腕組みをして立っていた!3人には、その顔が悪魔に見えた。これこそが悪魔だ、そう皆思った。


「カッッカッカッカッカ!わはははははは!」

「勝った!」

 男は、そう言うと、慄然とする3人を残して、サッときびすをかえして、去って行った。


 3人は、いつまでも、目を点にしたままだった。


 


kipple

首切り詩人と、めくら(シリーズ:其の国)

2021-03-22 07:57:05 | 夢洪水(散文・詩・等)
首切り詩人と、めくら
(シリーズ:其の国)


首切り役人は毎日、嘆願者の首をはねる。お役所仕事と揶揄される事も多い。毎日、毎日、首切り役人は自分の役目を果たす。法律で定められた事を、毎日毎日、続ける。それが役人というものだ。自分の考えは無いことにしてる。考えない。ただ、嘆願者の首をはねる。

1人首を切り落とす。又、1人首を切り落とす。首切り役人の人生は、そうして延々と続く。

そんな首切り役人の中にも少々変わり者がいる。1人首をはねる。そして彼はその生首をつくづくと見つめて、その生首が送った人生を詠う。生首は嘆願者の人生の最後の想いを彼の頭の中に伝えてくるのだ。1人につき、1作品。最後の詩は自分の人生にしたいのだが自分の生首を見て詩を歌いあげるのは難しい。


今日も野原に嘆願者がやってくる。今日はまず、端正で繊細そうな顔をした青年がやってきた。野原のグネグネ曲がりくねった道から彼は役所前の白い円形の広場に入ってきた。彼は首切り役人が座っている広場の中央の台座のところまでやってきて四つん這いになって首を差し出した。

首切り役人は自分の足元にひれ伏し頭を垂れているその青年の首をためらわずに、巨大なサーベルで切り落とした。血が吹き出し辺りを赤く染めた。首から上を失った胴体は、ゴロンと血飛沫を上げながら横倒しになった。

すぐに黒子のような清掃員たちがゾロゾロと現れて、胴体をかたずけ赤く汚れた辺りを綺麗に洗い流した。胴体は清掃員達の大事な食料だ。台座の周辺が元通りにピカピカに白く磨き上げられると、清掃員達は目にもとまらぬ速さで消えた。

首切り役人は生首を拾い上げ、その断面に強力な血止めのテープを貼りつけ、自分にかかった血飛沫を洗い落としてもらうと、それを台座の上の円形テーブルに乗せて、まじまじと見つめ詩を歌い始める。


「実にもろい夢だった。過ぎてみれば一時の激情。僕は唯、平凡と美しく無いものが嫌いだったにすぎない。しかし僕は自分の中の両極性に気づかなかった。もっとも残虐な殺戮者こそ、もっとも優しい愛を求めていることを忘れていた。僕は、もっとも平凡で醜いものをも欲していたんだ。」


詩は短かった。最近、こんな生首が増えているように思う。非凡と美に憧れる人々。しかし首切り役人には、どうでもよいことだ。淡々と仕事をこなしていればよいのだ。首切り役人は歌い終えると、青年の生首をアングリと大きな口を開けて飲み込んだ。なかなか、美味しい。自分の中に又、コレクションが増えたのを嬉しく思い、老後の楽しみを夢想した。定年を迎えて隠居したら、縁側で御茶でも飲みながら自分の中のたくさんの生首の詩歌を聞いて過ごすのだ。なかなか乙なものだと思う。


午後に野原の遥か向こうに遠距離列車が停車するのが見えた。それはなかなか珍しいことだ。わざわざ他の国から遠距離列車でやって来る嘆願者は少ない。からっと晴れた空に薄い雲が漂っていた。のどかな午後だ。

首切り役人は台座の上に座って、遠距離列車の停車駅から、遠く遥々と野原のグネグネ道をよたよた歩いてくる嘆願者を、のんびりと葉巻を吹かしながらサーベルをピカピカに磨きながら、見つめていた。 姿形がハッキリしてくると、次の嘆願者は若い女だということが分かった。何だかフラフラしていて様子がおかしいと思ったが近づいてくるにつれ、その若い女は盲目であることに気づいた。よく1人で、ちゃんとここを目指して歩いてくるなぁと感心してしまった。思わず手を差し伸べてあげたくなったが、それは首切り役人のすることでは無い。そんな前例は無い。そんな前例を作ってもいけない。


女が白い広場に入って来た頃には、もう陽が翳ってきた。地味な格好をした女で、やはり目が見えないようだった。首切り役人は定時の5時ちょうどに仕事を終えて愛する妻と子供の待つ暖かい家庭に帰らなければならないので、早く済ませてしまおうと思った。この仕事を始めてから、ずぅっとそうしてきた。例外は無い。


「ここですよ」と首切り役人は嘆願者の女に声をかけ、少し、急がせた。女は、すぐに敏感に反応して台座の方へ歩いてきた。目を見開いていたが、その瞳は死んでいるのがわかった。

女が少し不器用に首切り役人の足元に四つん這いになって頭を垂れると、何故だか風景がいつもと違う気がした。夕陽がやけに激しいようだった。しかし、首切り役人はためらわず、いつも通りに巨大なよく磨かれたサーベルで女の首を切断した。生首がゴロリと首切り役人の足元に転がり、首から下の胴体は血飛沫を夕焼けの空に激しく吹き出し横向きに倒れた。

再び黒子のような清掃員たちがゾロゾロと現れて、胴体を持ち運び周囲を洗い流しピカピカに磨き上げると突風のように去っていった。首切り役人は盲目の女の生首を拾い上げ断面に強力な血止めのテープを張ると、台座の円形テーブルの上に乗せて、めしいた女の顔を見つめた。首切り役人は少し、ギョッとした。女の生首は目を見開いたままだったからだ。たいていの生首は目を閉じているものだ。何だか夕陽が異常にギラギラし始め激しさを増しているような気がしたが首切り役人は定時が迫っていたので、かまわず詩を彼女の人生の想いを歌い出した。


「静かな、曇り空の国なの。それが、わたしの行きたかったところ、わたしの理想だったの。くもり空の国だわ。その曇り空の国には、ブ男やオヘチャは一人もいないのよ。わたしは目が見えないけど、人間って外見の美醜で判断して嫉妬したり争ったりするから、そうなの。わたしも美しい女だったはずだわ。そうでなきゃ、そこには行けないもの。そして全員長身で美男美女で1人1人が孤独の極みにいるために、その立ち居振舞いの一つ一つが、表情の全てが緊張を貼り付けていて少しの油断もないの。そこの人々は全てに慎重で全ての感情を抑圧し、全てを無機質にみたてるの。そして人々は、いつも空想の中を行ったり来たりして他人とはいっさい交渉しないの。静かに音一つたてずに歩き寝るわ。もちろん蔑みや憎悪も、いっさいないわ。各人が完全に孤立してるから、そんな感情は湧き上がらないの。人々は毎日静かに俯いて生産するの。全ての生産は出来あがった図式通りに淡々と着実にこなしてゆくのよ。役割も全て機械によって決められるの。人々は静かに、ひっそりとして組み立てられた偶然のシステムによって人生を歩んでゆくのよ。仕事が終わると人々は美や死について空想するの。寝るまで、じっと机に向かい、あるいは外のベンチで、あるいはベッドの中で静止画のように微動だもせず白昼夢に浸るの。人々は皆、孤独な芸術家なのよ。全ての人々は閉ざされた広大な自己だけの精神の宇宙に生きる・・・・・・・・・」


詩は延々と続いた。首切り役人は少し焦ってきた。定時が近づいていることもあったが、何だか、この女の想いが気味悪い。それに空全体がが女の詩歌と供にどんどんドロドロじゅるじゅると沸騰したようになり、地を真っ赤に染め、限り無く赤に近いオレンジになって地平線に沈みかけた異様に真っ赤な太陽がバチバチと燃えながらこっちに向かって溶けて流れ出してくるようで恐ろしくなった。

首切り役人は歌の途中で女の生首を大きく口を開いて飲み込んだ。こんな変な味は初めてだ。こんな事は初めてだ。すると、空はいつもの普通の静かな夕暮れに戻った。もうすぐ5時だ。


首切り役人はクルッと向きを変えて早足で台座を回り込んで、役所の中へ入って5時ジャストでタイムカードを押すと、ロッカールームに作業服とサーベルをしまい込み、裏の通用門から警備員に「お疲れさま、お先に」と言って出てゆき、駐車場の自分の自転車に乗って楽しい暖かい我が家へ帰って行った。さっきのメクラの女の生首のことは、もうすっかり忘れていた。

でも、何だか喉に変なものがつまっているような気がした。



 


kipple

血目笛時計(シリーズ:其の国)

2021-03-21 08:08:18 | 夢洪水(散文・詩・等)
血目笛時計
(シリーズ:其の国)



僕のまわりには、もう、藍色のセロハンを今まで明るかったこの風景の上に貼りつけたように闇が、音をたてずにやって来ていた。

都会だというのに、夜空に月が、薄ぼけていず、くっきりとした輪郭をもって現れた。

僕は一日中、ここにいた。誰にも邪魔されなかった。長い間、月を見ていると、だんだん月は大きくなってくるようだった。僕は高層マンションの屋上にいるのだ。マンションの下、僕の足のずうっと下の方から喨々とフエの音が聞こえてきた。僕はこれを待っていたのだ。朝から、ずっと。

僕は階段を駆け降りた。音のする方へと、長い長い階段を、何故か電灯が全て切れていて、階段も真っ暗だった。僕はところどころに貼り付いた窓から差し込む月明かりだけを頼りに、どんどんどんどん階段を降りていった。幸い今宵の月は物凄く大きく光量も激しい。

息を切らせて延々と降りて行くと、僕はついに見つけた。201号室。この部屋にいるはずだ。部屋の中からは、さっきのフエの音がまだ聞こえてくる。

僕は知りたいのだ。何故、僕が腕時計の音を愛するのか、何故、僕がまるで犬のように、フエの音にひっぱりまわされていたのか。きっと、このフエを吹いている本人なら教えてくれるだろう。男だろうか、女だろうか、若者だろうか老人だろうか。

僕がフエの音を初めて聞いたのは、ちょうど半年前、帰りのショッピングモールのラッシュの中だった。高く明るく夕暮れの街に響くフエの音、そして何かが僕に語りかけてきたのだ。腕時計の音の謎を解くには、フエの音の主に会え、と。そう、僕は腕時計の音を愛している。愛している。僕はこの腕時計が無いとダメなんだ。一時も離せない。僕は左手首に嵌めた腕時計を胸元に引き寄せギュッと抱きしめた。右手で左手首を抱えるように胸元と下顎で挟み込むようにギュッと。まるでフエの音に合わせるように、コチコチ、コチコチ、鳴っている。


インターホンを2度、鳴らしてみたが201号室からは何の応答も無かった。でも相変らず、フエの音は201号室の中からハッキリと聞こえてくる。あたりは静まり返っていた。僕の腕時計の音とフエの音だけが静けさを、よりいっそう際立たせていた。ふと、気づくと、ドアは少し開いていた。鍵は掛かっていなかった。僕は躊躇無く、ドアの中へ入った。

フエの音が大きくなった。201号室の中は真っ暗で月明かりだけが光源だった。僕は玄関で靴を脱いで、そのまま廊下を進んで行った。右側がトイレやバスルーム、左側が物置や和室のようだった。音は突き当たりのリビングから聞こえてくる。リビングのドアは開いていた。大きな窓を背に激しい月明かりを浴びて、テーブルの向こう側で若い女の人がフエを吹いていた。月の中で吹いてるみたいだった。

「こんばんわ。」

と僕は言った。すると女の人は、フエをおろして、僕のほうをカッと目を見開いて見た。植物みたいな女性だと思った。フエの音が止んだ。


「よく来たわね。何も覚えてないでしょう?私の顔を、よく見なさい。」

と、その女の人は急に大きな声で僕に言った。覚えてない?僕は変な気分になった。勝手に入ってきた男に何を言ってるんだ?僕は、不安定な感じになり、彼女の顔を見つめた。ハッとした。何かが変だ。彼女は僕に向かって大きく目を見開いている。でも、目玉がおかしい。僕を見ていない。月光のせいで、そう見えるのか?いや違う。わかった。彼女は目が見えない。盲目なんだ。だから部屋中真っ暗でも平気なんだ。


「わかったようね。そう、わたしはメクラなのよ。見えないの。いい?めくら。めくらの妹。思い出せない?お兄ちゃん。」

お兄ちゃん、と彼女は言った。僕?僕に妹が?僕は彼女が何を言ってるのか分からなかった。ただ頭がくらくらして自分が消えてしまいそうな気持ちの悪い感覚に襲われた。僕は、こういう風によくなる。いつものように腕時計を胸元に持ってきてギュッと抱え込むと少し気分は落ち着いた。


「いいわ。説明してあげる、お兄ちゃん。わたしのパパは、わたしにフエをくれた。あなたのパパはあなたに腕時計をあげた。あなたのパパとわたしのパパは同じ顔、同じ格好、同じ年、オンナジ。でも違う人。あなたのママとわたしのママは同じ顔、同じ格好、同じ年、オンナジ。同じ人。最初にママが消えて、次にわたしのパパとあなたのパパが消えた。回りの人は消えたって言った。死んだんじゃないのよ。分かる?」

この女の人は何を言ってるんだろう?僕は又、気分が悪くなってきたので腕時計を顎で挟み込んでギュッとやった。ギュッとやった。コチコチコチコチ、音がする、ハッキリ僕に向かって鳴っている、時を刻んでいる。僕は完全に落ちついた。考える余裕ができた。僕の父は死んだと聞いた。僕の母も死んだと聞いた。ずいぶん前だ。僕が小学3年生のときだ。夕暮れに父は、僕にこの腕時計をくれたんだ。物凄く真っ赤な夕暮れだった。太陽が沸騰して溶けてしまいそうな感じだった。母が僕の影の伸びる、ずっと先の方で手を振っていた。僕と父は、母のほうへ向かって歩いていったんだ。だけど、僕が歩いて母に近づくと僕の影の先っちょが、どんどん母を越えてもっと向こうに伸びて行ってしまうので、父は、ここで待ってなさいと言って、僕を置いて母の方へ歩いて行った。それから、どうなったっけ?いなくなったんだ。父と母が。近所の人は死んだと言った。親戚の人も死んだと言った。それから僕は、いつも腕時計を肌身離さずに持ってないと落ち着かなくなった。親戚の人の世話で高校へ行った。工場で働いた。コピー機を作る工場だ。そのうち親戚の人は死んだ。僕は工場で主任になって、今、たしか30才だ。妹なんて、いない。


「お兄ちゃん、目が見えないで一人で残されるって、どんなに辛い事だが分かる?いい?わたしは小さい頃、病気で失明したの。ゆっくりと1年かけて見えなくなったの。パパとママが消えてから、わたしはずっと、この部屋で一人ぼっち。最初の頃は親戚の人が世話してくれたり民生委員の人が来て学校を紹介してくれて通ったわ。でも、そこを出ると何もする気が無くなった。市の福祉関係の人がやってきて目が見えなくても働ける場所を世話するって何度も言われたけど、嫌だった。死んじゃいたかったの。だって人間は醜いから、嫌いだから。1週間に一度、福祉事務所の人が来てレトルトの食事を置いていってくれたり洗濯や掃除をしてくれるわ。レトルトを作ったりお風呂に入ったり、そのくらいは目が見えなくってすぐに慣れるわ。まだまだ遺産があるし障害者手当ても出るし、食べるものと生活に不可欠なものだけ持ってきてくれるから一歩も外へ出ず、福祉事務所の人以外、誰にも会わないで生きてきた。ずっと、この10何年間。真っ暗の中でずっと暮らしてきた。わかる?それが、どんなに辛いか。お兄ちゃん。どう?思い出した?わたしのこと。フエの音を聞いたんでしょう?それでも全然、思い出せないんでしょう?だって、お兄ちゃん、分かってないものね。でも、フエの音に惹かれて来た。出てきた。わたしを助けに来た。わたしをパパとママに合わせに来た。いいわ、見てなさい。わたしが、これからすることを、わたしの目を。」

僕の身体は細かく震えていた。僕は、じっと、ただ腕時計を抱きしめてコチコチ鳴る音を聴いて、目の前の女性を見ていた。この人は頭がおかしいんだ。僕は父と一緒に一軒家に住んでいた。妹なんかいない。こんなマンションに住んでいた覚えは無い。母は?母は、どうだっけ?母は、時々来た。そうだ、母は、あの夕暮れの父が時計をくれた日よりもっと、ずっと前にあんまり家に来なくなった。母は?いや、どうだった?母は?いや、僕は高校へ行ったんだっけ?工場?工場って工場で僕は、どんな仕事をしていた?今、僕は何をしている?


「しっかり見て!」

ピシャンと頬を叩かれたような気がして、記憶のモヤモヤから逃れて改めて彼女の顔を見つめると、彼女は両手に鋭くとんがったハサミを左右に一つづつ持って、いきなり、見開いた自分の両目に左右同時に突き刺した。ハサミはカッと見開かれた目玉に勢いよく突き刺さり、先端を瞳孔の中にうずめていった。彼女は、先端を突き刺したところで動きを止めて、次にグリグリとハサミを回わしながら、自分の両目をチョキチョキと切り刻んでいった。僕は気を失いそうだった。腕時計をしっかり抱きしめてはいるものの身体中がグラグラした。頭がグルグル揺れた。その時、今まで激しい月の陽射しのせいで見えなかったのだが、おそらく雲が月を横切ったのだろう。月光が遮られ外が部分的に暗くなり、窓に僕の姿が映った。窓が鏡の役目を果たして僕を映し出した。僕は見た。僕は30才くらいじゃ無かった。僕は、どう見ても小学生だ。僕は誰だ?気がおかしくなったのだろうか?


「いあたぁぁぁぁいぃぃぃ!ひぃぃぃ!わたしの顔を見なさいー!ひぃぃぃぃ!」

再び、ハッとして僕は女の顔を見た。彼女はハサミを目玉から抜いて床に落としていた。そして、彼女の眼孔からは真っ赤なまるで、あの父が腕時計をくれた時のような、ドロドロのじゅるじゅるの真っ赤な真っ赤な異常に肥大した太陽が溶けて世界にこぼれ出してくるように、真っ赤な血がドロドロじゅるじゅる、流れ落ちていった。どんどんどんどん吹き出して、流れ落ちて行った。僕が呆然と見つめていると彼女は、“ひぃぃいい、ひぃぃいい”と言いながら、テーブルに置いたフエを取り、“わたしについてらっしゃい”と言って、ドロドロじゅるじゅると眼孔から血を流しながら、ゆっくりと歩きだし、僕を横切り、廊下を抜けドアを出て行った。僕は、ぼんやりと自動人形みたいにして、その後を続いた。


「お兄ちゃん、あなたには見えないでしょう。わたしはメクラだけど、今、あの夕暮れの状景がハッキリと見えてるのよ、いたぁぁいぃぃ、ひぃぃぃ。あなたは月の出口からやってきたんでしょう、ね。ひぃぃぃぃぃ。わたしのフエの音に引き寄せられて。その腕時計の音は、お兄ちゃんに、お兄ちゃんのパパが消えた、あの真っ赤な夕暮れを思い出させるんでしょう?そうして自分をしっかり確かめられて安心するのよね。ひぃぃぃ。いいわ、教えてあげる。わたしが、どうせ役にたたない両目を潰して、ドロドロの血をお兄ちゃんに見せる事によって、お兄ちゃんは目に浮かぶようにハッキリとドロドロのじゅるじゅるの真っ赤なとろける太陽をもっとハッキリと思い出したでしょう?ひぃぃぃぃあの物凄い夕暮れを。ひぃぃぃ。その状景はお兄ちゃんの腕時計の音の中に刻まれていて、お兄ちゃんが強烈に思い出す事によって、わたしの中に入ってきたのよ。ひぃぃぃ。お兄ちゃんが、あの真っ赤な夕暮れの中で、お兄ちゃんのパパを失った時に、フエの音を聴いていたのを覚えてないの?わたしは、お兄ちゃんの腕時計の音を聞いていたのを覚えているわよ、わたしはめくらだけあって、耳がいいのよ。ひぃぃぃぃぃ。」

彼女は、ゆっくりと階段を屋上へ向かって昇っていく途中で、フエを吹き始めた。僕は、でく人形みたいに、階段に真っ赤なドロドロじゅるじゅるの血を垂らしながら昇っていく、彼女の後をついていった。フエの音が僕の耳に入ってくると、僕はさらにリアルに強烈にハッキリと、父の消えた、あの物凄い夕暮れ、ドロドロじゅるじゅるの沸騰する真っ赤なとろける太陽を思い出して行った。僕の思い出の状景が彼女の心の目に伝わっていくのがハッキリと分かった。そして彼女と僕は、屋上に着いた。彼女はフエを吹きながら僕の記憶をどんどん蘇らせ、僕の記憶をどんどん吸い取りながら、巨大な月に向かって、まるでそれが見えているかのように凛々しく立ち止まった。そして振り向いた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんには今、何が見えている?大きな月でしょう、ね。ひっぃぃ。わたしは違うのよ。わたしは今、お兄ちゃんが子供の頃に見た、真っ赤なドロドロの太陽、じゅるじゅるじゅるじゅるオレンジの空いっぱいに煮たって溶け出してこぼれ出してきそうな夏の太陽が、現実には有り得ない夕陽が、ドロドロ、じゅるじゅるのとろける太陽が、背後からとてつもない巨大さと迫力で真っ赤にバチバチ燃えながら覆い被さってくるみたいだった夏の夕暮が全部、ハッキリと見えてるのよ、ひぃぃぃぃ。そして、太陽は、わたしの後ろに迫っていて、お兄ちゃんの影を屋上の向こう側に細く細く、先に行けば行くほど、細く細く作り出しているの。ひぃぃぃぃ。最後に教えてあげるわ。お兄ちゃんのパパと、わたしのパパは一卵性双生児。ママは一人。ママは先に消えたのよ。お兄ちゃんのパパも、わたしのパパもママの後を追ったの。わたしだけを残してね。ひぃぃぃ、いたぁぁぁいぃぃ。わたしも一緒に行きたかったの、でもダメだった、だって、わたしは目が見えなくて影の先っぽに行けないから、わたしが影を作る役目になるしかなかったの。ひぃぃぃぃ。ママはパパたちより、ずっと先に、お兄ちゃんの影を利用して、その国に行ったのよ、ひぃぃぃぃ。」

そこまで言うと、妹は、巨大な月を背後に僕に向かってスタスタとフエを吹きながら歩いてきて、スッと通り過ぎて行った。真っ赤な血がボタボタ落ちた。振り向くと僕の影がだだっ広い屋上を巨大な月の陽射しによって、どんどん細く細く伸びていた。妹はフエを吹きながら、しっかりとした足取りで、僕のどんどん細くなる影の先っぽに向かって歩いて行った。そうだ、あの時、フエが聞こえていた。僕の後ろから聞こえていた。僕の後ろから真っ赤な太陽が影をどんどん細く作り出していた。その影は妹の影だった。僕のじゃない。母が、父よりずっと前に僕の影を利用して、その国に行った。母の残像が真っ赤な異常なドロドロじゅるじゅるの夕陽の日に、たびたび現れて父を誘った。父は、その国に行く決意をし、僕に、腕時計を渡した。母が、父の双子のもう片方の人、妹のパパにフエを渡した。母の2人の子供、僕とメクラの妹、を繋げておいて、いつか妹も、その国へ来れるように、と。妹は目が見えないので影を入り口を作る役目に回らざるを得なかった。母は2人の双子の夫と、その子供、家族全員で、その国に行くことを望んでいた。けど、影の役、誰かが犠牲になって、この世界に残らなければならなかった。妹の吹くフエは僕を月の出口から、こっちの腐った世界に呼び戻すため、僕の腕時計はコチコチ鳴る音で、目の見えない妹に腕時計の音に刻み込まれた僕の記憶の光景をハッキリと妹の脳の中に再現させるため。同じ母親から生まれた一卵性双生児の2人の父の子供達。僕と妹。僕の父と妹のパパは違う。でも一卵性双生児で同じ顔、同じ格好、同じ年、オンナジ、母は一人、記憶は完全に何かを媒介すれば伝わる。それは現実の体験と全く違わない。共時性、違うけど同一。謎は解けた。


「今度は、お兄ちゃんが残るのよぉぉおお!どぉんなに苦しいかー!一人ぼっちで残されて、ザマーミロ!!ひぃぃぃぃ!」

と妹はフエを握ったまま絶叫すると僕の影の細い先端から消えた。僕は高校なんて行ってなかった、工場なんかで働いてもいない、小学3年生のまんまだ。僕は妹のパパに騙されたんだ。この世界の記憶を、かの国でさんざん聞かされて、月の出口から出てきた時には、すっかり洗脳されてたんだ。そうだよな、妹のパパは妹に来て欲しかったんだろうな。僕の父は一卵性双生児の妹のパパと相談して決めたんだ。そろそろ交代だって。だって、誰か一人が犠牲にならなくちゃならないものな。僕の番が来たんだ。


僕は、今度、妹か、他の誰かの番が来るまで、この世界で一人ぼっちで、小学3年生のまんまで生きていけるだろうか?この腕時計は妹のフエのような役目を果たせるんだろうか?何だかつま先から背中を通って頭のテッペンまで、ぞぉぉぉぉぉっとした。

コチコチコチコチ鳴る腕時計を抱きしめて顔を上げると物凄く巨大な月が天空にポッカリと浮いていた。真っ赤に見えた。



 


kipple