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日記(12.18) 冬至 のこと・・・三行半の記事から

2013-12-18 09:04:01 | 日記
12月18日 (水曜日) 曇り  雨模様


冬至が近くなってきた。

■冬至とは一年で一番昼が短い日。

 中国では古くから冬至を暦の始まりとして祝う「冬至節」を行い、
 疫病を払うため、小豆がゆを食べる風習が。
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 一方日本では、かぼちゃやこんにゃくを食べます。

 この他にも・・
 れんこん、にんじん、きんかん、ぎんなん
など、
 「ん」のつく食べ物を食べると「運」にあやかるそうです。

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 また、ゆず湯も冬至のおきまりで、
 この日にゆず湯に入ると無病息災で過ごせるといわれます。


 ここ最近はズーット柚子湯に入っている。

孫君が柚子を絞って、汁を飲んでいる。
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話は記事のこと。

 江戸時代に夫が妻に出した3行半の離縁状、三くだり半には狂歌調のも ある。
 「わが船路の木々の/こずえの雪きえて/いい残すべきことの/葉もなし」。

船路とは結婚生活、こずえの雪は妻の名前にちなんだたとえか。
最後は言葉もない.


▲三くだり半の多くは定型化したもので、
夫側の「勝手に付き)離婚するという宣言と、
以後妻はどこへ再嫁しても差し支えないという文言を3行にまとめている。


「勝手」とは夫側の「一方的都合」による離縁との意味だ.


▲かつて女性の地位の低さの表れとみられたこの「勝手」である。
だが近年では離婚の具体的理由を示さず、
妻に落ち度や責任がないことを明示するための
慣用句とみられているそうだ(高木侃著「三くだり半」平凡社)。

むしろ妻の再婚を妨げない配慮の表れらしい.

三行半
江戸時代、妻の側から離縁(離婚)するには、縁切寺に駆け込み、
その理由を吟味してもらい夫に離縁状を出すように請求するとか、
妻の衣類を夫が同意なしに質入れしたら妻の父が離婚させるという具合。
妻が直接的に離縁を申し出るということが原則として出来ず、
夫の離縁状、通称「三行半(みくだりはん)」によって離婚が成立、とされていた。
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三行半というのは、文字通り離縁状が3行半で書かれる事が多かったからついた呼び方。
その内容は場合によって違うが、
一般的には離縁する旨、離縁の理由、再婚の許可を簡潔に書いたもの。

もちろん、延々と何十行にもわたる離縁状が無かったというわけではないが。
3行半で書く理由ははっきりしていない。

江戸時代の契約書や
結婚する時に妻の実家に出す「娘をもらいうける旨」の文章が7行だったため
離婚時にはそれが半分に分かれるという意味で3行半にした、


などと言われている。
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天保5年古文書「江戸時代の離縁状」三行半武士花押です。

30cm×41cm。手書き。WEB上からお借りした。
いわゆる三行半と言われる江戸時代の離縁状です。
本文はそのとおり、三行半になっています。

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▲さてこちらは相手の落ち度をののしり合う中でのみんなの党分裂だった。
「自民党へすり寄った」。
江田憲司前幹事長ら14人が渡辺喜美代表をこう非難して離党
新党結成をめざせば、渡辺代表は江田氏が
「1年生議員をマインドコントロールしている」と痛罵した.


▲思えば年末の恒例となった政党の分裂と新党設立である。
離縁状の背後には年内に新党を作れば来年の政党交付金が受け取れるとの
算術が透けて見えるから、政党の公約を
信じて票を投じた有権者は鼻白(はなじろ)む。

 巨大与党の前で結集どころかさらに細分化する野党である..

▲江田新党は日本維新の会や民主党との間で野党再編を模索するらしい。
だが与党の暴走をチェックできるような大同団結のハードルは高く、
互いの「勝手」ばかりが右往左往する政界の師走である。

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