私が離婚を決めた理由

離婚するまでの経緯のつもりでしたが、考えているうちに、AC、共依存などにぶつかっています。

運命の人

2005-12-19 14:37:59 | 私のこと
私には、仕事を通じて知り合った友達Iさんがいます。
最初は、共通の友人の紹介で出逢いました。
Iさんとの出会いは、私を大きく変えてくれたように思います。
Iさんがいたから、今の仕事が出来ている、そう言えるかもしれません。
私とIさんとは共通点が多く、他人とは思えないそんな感じです。
誕生日も3日違いで、血液型も、占いの項目(土星人+うお座・・・)などすべて同じです。
おまけに、旦那と知り合ってから結婚するまでの期間や経緯、結婚した歳、長女の年齢、次女の誕生日は6日違いと似ています。
おまけに、家に遊びに行った時の家の雰囲気。お互いの母親を見て、似てると思ってしまったこと、何から何まで似ていて、びっくりするくらいでした。

性格も、考え方も驚くほど似ていて、何も考えなくても通じ合える相手だなぁと思っていました。
なので、仕事のことはもちろんのこと、子どものことなどもよく話していました。
Iさんに出逢うまでは、自分から誘ったり出来なかったのに、Iさんには気兼ねなく誘え、断ることが出来るのです。
Iさんと、一緒に居るから仕事が出来、お互いに支えあえるような関係だなぁと感じずにはいられませんでした。
Iさんとの出逢いによって、私の運命は大きく変わったと思わずにいられないほどでした。

今日、2ヶ月ぶりにIさんに電話をしました。
別居を始めてから、2回ほど会って、別居の経緯を話していました。
私の気持ちを理解してくれて、私の思いをすべて受け止めてくれました。
久しぶりに電話で話して、今、カウンセリングに掛かっていること、そしてそこでの話をしました。
二人の間で、今まで触れることのなかった過去の恋愛の話、不倫していたことなど話しました。
そして、源氏物語の紫の上みたいな女性になりたいと思っていたこと、そんなことまで話してみました。
驚いたことに、Iさんも同じような恋愛をしていて、同じように紫の上のようになりたいと思っていたそうです。

話は、どんどん幼児期の体験の話になり、Iさんは、その時の感情が今の自分の感情に繫がっていることに気が付いていました。
Iさんは、出産後その事に気が付き、妹と会うたびに、自分達の子どもの頃の体験を話しながら、お互いにあの頃の自分を慰め、泣いているそうです。
Iさんの話を聞きながら、私も自分の体験を話し、泣いてしまいました。

Iさんは、色々、自己分析していて、子どもの時にこうしていたことで、今こうなっているとか、子どもの時にこんな風に感じていたという話をしてくれました。
Iさんは、何か本を読んで、そう感じたのではなく、長女を産んだ後、抱いていた時に、ふと自分を振り返るきっかけになったそうです。
Iさんの話は、まさに私そのものでした。
Iさんは、明るくてチャーミングで、少し抜けたところがあるけれど、そこが良くて、大人の女性というイメージでした。
なので、そんな風に何かを抱えているようには見えませんでした。

過去には、ここまで掘り下げて自分のことを話したことはありませんでした。
カウンセリングでも、まだ話していなかった思いや感情も話しました。
でも、ここまで似ているのは何故と思えるほど、似ていました。
私達が、今までお互い似ていると感じあっていたのは、もしかしたら、過去の背負っている部分すべてを無意識のうちに感じ取っていたのかもしれません。

「可哀相だったよね~。」
今まで、可哀相だったって素直に思えなかったのに、Iさんの言葉で、本当に素直な気持ちで真っ直ぐに、自分の子ども時代を振り返ってやることが出来ました。
「認められたくて、一生懸命だったんだよね。頑張っていたんだよね。」
お互いが、思いを話すことが出来ました。
自分で、その事に気が付き、きちんと向き合っているIさん、すごいなぁと思いました。
まだまだ、色々出てきそうで怖いよ。そんな風に言っていました。
実家に帰るたびに、妹と過去を振り返って話しているそうです。
そんな風に、自分で気が付いて、癒すことが出来る人もちゃんといるんだなぁと思いました。

出逢って4年。こんなに近くに同じ思いの人がいたなんて想像もしてなかったよ。
でも、それは私が、自分に向き合っていなかったから、気付かなかっただけなんだけどね。
10年近く前から、ちゃんと自分と向き合っているIさんがいて、なんだか頼もしかった。
やっぱりIさんは運命の人だった。これからもよろしくね。

殺意

2005-12-19 00:19:23 | 私が離婚を決めた理由
旦那のことを、殺してしまいたいと思ったことがある。
ののしられて、何故こんな思いばかりしなければならないのかと・・・
寝ている間に、首を絞めたら、私は解放されるのではないかと・・・
でも、こんな男の為に、何もかも失ってしまうのは嫌だと思い、実行出来なかった。
私が、出来ることといえば、暑い夏、窓を閉めて暖房を入れることと、冬にこっそりと窓を開けて置くことくらいだった。
心臓麻痺でも起こしてくれればいいのに、切に願った。
仕事中、交通事故を起こせばいいのに、そんな風にも思った。
そうすれば、一生困らないくらいの保険金が入るだろうから。

そこまで思いながら、旦那が別れようと言った時には、泣いて謝った。
一人で生きていく自身がなかった。
でも、今、こうして旦那の手も借りないで生活が成り立っている私がいる。
給料を入れてもらっていることも、もちろん大きいけれど、子ども3人抱えながら、生活に支障もなく、困ることもなく・・・・

今はもう、死んで欲しいなんて思わない。
子ども達の父親として、やはり生きていてやって欲しい。
でも、もし何かで、死んでしまうことがあれば、
私は、泣けるのだろうかと思う。
何の気持ちも沸き起こることなく、ただそこにたたずんでいるだけのような気がする。

私が、私であるという感情はあるのだけれど、旦那のことを考えたとき、私は、私が存在していないかのように感じる。
私の感情が、恐ろしいほどに無なのだ。
あんなにも苦しく、あんなにもぐつぐつと沸きあがっていた感情が、まるで心を失くしたかのように、何も感じてこないのだ。
過去の自分や、子ども達のことを考える時、痛みや苦しみが胸に疼くのに、旦那のことを考えた時は、すべての感情を消してしまったかのように感じてしまう。

これが正常なのか、異常なのかはわからない。
ただ、安らかに時が過ぎていく。
ずっと、このまま向き合うことなく、日々が過ごせていけるのならどんなに楽だろう。
もう、あの苦しみや怒りは味わいたくはない。
私が、殺意を抱いていたのは、旦那ではなく、自分のこんな感情なのだろう。
今ようやく、殺すことが出来ている。
押し殺すのではなく、消えてしまっている。
これが、永遠に続けばいいのに・・・・・