私が離婚を決めた理由

離婚するまでの経緯のつもりでしたが、考えているうちに、AC、共依存などにぶつかっています。

2007-04-29 12:17:35 | 日々つれづれ
夢を見た。
誰かと恋愛している夢。
でも、夢の中の私が感じたこと。

「本当は、こうやって、少しずつ、少しずつ、築き上げていくんだ。」

二人の関係の中で、ふとそう思った。

今までの私は、築き上げることを知らず、愛を与えることを知らず、与えられる愛ばかりを求めていた。
でも、そうじゃなかったんだ。

こうやって一つ問題が起きるたびに、二人で寄り添い、築いていくものなんだと、夢の中で感じた。

目が覚めた時、その感情だけが心に残った。

いつか、そうやって築くことが出来るのかな。
そんな力を与えられるのかな。

いつも、夢に恐怖を与えられていた。
初めて力をもらえたような気がする。

でも、それを作り上げていたのも、私。
心の中の不安は、夢までにも影響する。
一つ、また一つと、自分に自信を持つことが出来たことが、夢にも反映されたのかな。


ここに綴り始めて、1年半ちょっと。
色んなことがあって、色んな思いが噴出して・・・
でも、無駄じゃなかった。
すぐに決断していれば、恨みと憎しみと怒りだけで離婚をしていた。
すべてを誰かのせいにしたまま・・・
そして、同じ過ちを、繰り返すことになっていただろう。

でも、今は違う。
自分の過ちも、二人の関係性も、その原因が何かも・・・
すべてしっかり見つめ、逃げずに来た。
そんな中で、自然と導かれるように、答えを出せた。
そして、その答えは、誰のせいでもなく、誰のためにでもなく、自分のために出せた。

迷いは何もない。
何の曇りもない。

そして、すべて自分のために必要であったのだと感じることが出来る。
苦しみも、悲しみも・・・
すべて、ここへ来るために与えられたものだと感じることが出来る。
私が、私として成長していく過程の中で、大切な大切なステップだったのだ。

もう揺れない。
答えは、自分が出したから。

だから、すべてのことに感謝。
出会いも、別れも、私に与えられたもの。
無駄なことは何もない。

遠回りした分、たくさんのことを学んだ。
待っているだけじゃなく、色んな努力をしたこと。
すべて自分の力として残っている。

生きていること。
無駄なことなんて、何もない。
その一つ一つが、キラキラと輝く宝物。
どんな経験も、自分を磨くためのもの。

そして今、そんな気持ちに辿り着けたこと。
神様から与えられたご褒美だと感じている。
すべての出来事に、感謝。

オーラソーマカラーリーディング 結果2

2007-04-28 01:01:55 | 自分考察
1本目「ソウルボトル」064 本来のあなた、人生の目的と可能性

好奇心旺盛で、基本的に「生きることは学ぶこと」と理解しているあなた。
宇宙の真理や未知なるものに対する憧れと、それを深く知ろうとする開拓精神があり、人がまだ歩んでいない道に果敢にチャレンジします。
その精神は仕事にも大いに活かされます。
自然をこよなく愛し、自然界の神秘やパターンを探求することに興味を持っています。
また、人類愛や慈悲といった高い次元の感情に惹かれていて、自分の人生の目的や理想として、つねにそれを追求していく人です。

昨年は062を選びました。
鋭い直感力とクリエイティブな才能にあふれているあなた。
ダンスや歌、執筆などを通して、自分の想いや感情を表現することが得意です。
心に感じたままを素直に表すことで、多くの人々に感動を与える能力を秘めています。
また一方で、コンピューターに関する才能にも恵まれていて、IT関連で活躍できる人です。
インターネットを介して世界中の人々とコミュニケーションを図ることに楽しみを見出します。
あなたは新しい時代にふさわしい生き方・考え方のモデルとなり、それを人々に示して行ける人です。
そのことがあなたの人生のテーマです。



2本目「チャレンジボトル」101 あなたの人生の課題やチャレンジ

自分の考えに固執するあまり柔軟性に欠け、融通がきかず、身動きできなくなってしまうことがあるようです。
思ったように物事が進まず、つねに不平不満を抱えているでしょう。
また「あの人には負けたくない」という嫉妬にからんだライバル意識が湧いているかも知れません。
その競争意識こそが妨げとなり、あなたは本当にやりたいこと、伝えたいことを表現できずにいるのです。
心の緊張をほどき、とにかくリラックスしてください。
あれこれと心配するのはやめて、心のおもむくままにしたいことをして、感じたままを語ってみましょう。
内面に広がる柔らかな感覚を大切にしていくことです。

昨年と同じです。
まだクリア出来ていないってことね。



3本目「ヒア&ナウボトル」074 あなたの今現在の状態

自分はどんな生き方をしたいのか、何をしたいのかを見極め、人生の方向性を決断するときです。
自分や人に対して厳しい見方をしがちなあなた。
でも、こだわりや否定的な意識を手放していくと、気持ちが柔軟になり、内面のバランスがとれてきます。
相手に対して寛容な見方ができるようになり、以前にも増して信頼関係が深まったり、新たな出会いの可能性もありそうです。
ハートの声に耳を澄ませ、それに従っていけば、きっとあなたは幸せに導かれます。
「ハッピー、元気、優しさ」を忘れずに、一歩を踏み出してみましょう。


なんだか、当たりすぎ~
昨年は023で
あなたのささいなことで傷ついてしまう繊細さや自信のなさは、「自分は誰からも愛されないのではないか」という不安から来ていました。
でも、ようやくあなたは、自分がどれほど愛情豊かな存在であるかということに気づき始めました。
今あなたの内面には、もともと備わっていたとても純粋な愛のエネルギーが、一気にあふれ出てきています。
その心に感じている優しさと温かさを自然に表現していくことで、多くの人々に愛を与えることができます。
そうすれば精神的に安定して、周囲の人々との関係も調和に満ちたものになるでしょう。



4本目「フューチャーボトル」094 あなたの未来の可能性

一瞬一瞬を大切にして、人生を心から楽しもうとするプラス思考のあなた。
あらゆる状況の中に必ず、良いこと、プラスになることを見出しているでしょう。
その前向きで柔軟な姿勢は周囲の人々に影響を与え、皆がポジティブな生き方をめざすお手本となるでしょう。
大天使ミカエルの名を持つこのボトルは、あなたが自らの執着やエゴを手放して、“地上にいながらより高いピュアな意識で生きる”ことを予見しています。
たとえ一見悪いことが起きても、それは一つのプロセスに過ぎません。
必ず幸せのゴールに導かれることを信頼して具体的な行動を起こす時、援助の手が差し伸べられるでしょう。

これも昨年と同じ。
違うものを選んだつもりが・・・
不思議~


カウンセリング74

2007-04-25 23:43:42 | カウンセリング
1週間、色々なところへ足を運び、電話を掛けたことを話しました。
前回のカウンセリングの後、カウンセラーに自分の気持ちを受け止めてもらえていないような気がして、今まで築いてきたことは、なんだったのだろうかと思い、二晩泣きました。
私は、ずっとカウンセラーの「旦那はやり直す余地のある人」という言葉に囚われていました。
自分が離婚に踏み込めないのは、その言葉に引っかかっていたからだと思っていました。

二晩泣き続けた後、私の心に答えが出ました。
旦那のことは誰もわからないんだ。
旦那がどんなことをして、どんなことを言っていたか、私がその時どんな気持ちでいたのか。
本当のことをわかるのは私だけなんだ。
でも、わからないのは悪いのでもない。
わからないことは当たり前なんだと・・・。

その気持ちをカウンセラーに告げました。
カウンセラーは、自分が見ているのは、ねこさんの変化であって、旦那さんではない。
旦那さんには会ったことはないし、本当はどんな人かどうかもわからない。
ただ、ねこさんの気持ちが変わっていくことに対して、応援している。
そんな風に言われました。

相談窓口の女性、担当医、女性は旦那とやり直すことは無理だろうと言っていました。
でも、カウンセラーにだけ、余地があると言われ続けたこと。
それは、一番、私を知っていたからこその言葉であったのかもしれないなと思いました。
私の心の中の迷い。
答えが出せないことに対しての、言葉だったのかもしれないな・・・
そんな風に思いました。

私の心の中で本当に決まっていたのだとすれば、カウンセラーに何を言われようと、私はやり直すことが出来ないと言うことが出来たのかもしれません。
私は、それを言うことは、カウンセラーを否定することになるかもしれないと怖れていました。
そうやって自分の気持ちをあやふやにさせていました。
自分の気持ちには寄り添うことが出来ないのに、他の人のことばかり考えていました。

私の中で自分を一番に考えることは、どうしても許されない行動でした。
自分勝手だ、わがままだ・・・そんな風に自分を非難してしまう。
誰かを傷つけてしまうかもしれない、そればかりを考えていました。
頭では自分を中心に考えているつもりでも、無意識の思考は、自分ではなく他者を中心に捉え、そのことにすら気がつけずにいました。

でも、1週間、色んな出来事があり、自分の一番の理解者であるのは自分なのだと心から感じることが出来るようになったことに対して、カウンセラーは認めてくださり喜んでくださいました。

カウンセラーの言われることが、わからないうちは自分を否定されたり、非難されているように聞こえることが、心にすっと入ると、本当の意味がわかるようになります。
私のそんな態度に揺れることなく、根気強く見守ってくださることに感謝です。

これから行動を起こすに当たって、私と子どもの身の安全を守ることを考えていかなければいけないと言われました。
一つ、一つ、乗り越えなければいけない壁があります。
でも、このままの生活を続けるのは苦しい。
それが正直な気持ちです。

一つは離婚すること。
そして、この家を慰謝料としてもらうこと。
子どもとの面会の条件は、カウンセリングを受けること。
この3つを手に入れたいなと思っています。
誰になんと言われてもかまわない。
どんな方法を取っても、ひどいと言われてもいい。
それだけは、手に入れたいと思います。

「先生は無力だと言われたけど、私は無力じゃないよ。」
心配される先生にそう言いました。

「僕は無力だけど、精一杯応援してるから・・・」

「その気持ち、届いてるから・・・」
そんな風に伝えました。

応援してもらえること、何よりの力です。
誰かが私の代わりになることも、私が私から逃げることも出来ません。
自分の力で乗り越えていかなければ、ずっとそこに止まっているだけなのです。
それが、いいか悪いかを決めるのは自分です。
誰かが決めるのではなく、誰かに決めてもらうのでもなく、
誰かの基準ではなく、私が基準なのです。
私が思うことを思うように、行動するしか道は開かれないのだと思います。

誰かのアドバイスに安心できたとしても、誰かのアドバイスに心が沈んだとしても、最終的に判断するのは私なのです。

先週、相談した方に、
「あなたはこの先、どうしたいの?」
そんな風に言われました。
私の心が、定まっていないのを見透かされたような気がしました。
でも、今は違います。
迷いがないと言えば、嘘になります。
でも、誰かのためにではなく、自分のために、誰かの言葉ではなく、自分の言葉で、自分の道を定めていきたいなと思います。

自分のため

2007-04-25 00:23:02 | 私のこと
1週間前、私は自分のためにだけの理由で、戦うという気持ちは湧き上がってこなかった。
でも、この1週間、私は色んな相談機関に電話を掛け続け、足を運び続けた。
どこに行っても、立ち向かう高い壁。

DV法も、ストーカー法も、ネット犯罪も・・・
それに対する法律があるだけで、それをどう取り締まるか、まだまだ準備段階もおろか、携わっているところでさえ、精通した知識の持ち主はいないのだ。

泣き寝入りする人がほとんどである理由がわかる。
関係機関でさえ、知識がなく、たらい回し状態。
それに対して、立ち向かって時間を費やすほどメリットはないのだ。
大きな犯罪が隠れていない限り、関係機関も、警察も動いてはくれない。

誰も、自分のためには動いてくれない。
自分のために一番親身になって動けるのは自分なんだ。
誰も、私の気持ちをわかってくれない。
私の気持ちに、一番共感できるのは自分なんだ。
そう思い知らされた。

動いてくれないことを、わかってくれないことを嘆いても進まない。
誰かに頼って諦めることもしたくない。
自分が、自分のために動いてみよう。
自分の一番の味方になろう。

警察が、捜査方法がわからないのなら、私が捜査方法を勉強してみる。
法律家が、その法律に精通していないのなら、私がその法解釈を探す。
小さな小さな事件だから、誰も本気には時間を費やしてはくれない。
自分で出来る精一杯のことはやってみよう。
そして自分には出来ないことを専門家に委ねてみよう。

今まで、自分の味方になることが出来なかったのに、こうやってあちこちに見放されたり、相手にしてもらえないうちに、私は自分が一番頼りなんだってことを知ることが出来た。
誰のためにでもなく、自分のために、一生懸命になれる自分が居た。

どんなに頭で考えても、
何度も心に言い聞かせても、
自分を非難することは出来ても、自分の味方にはなれなかったのに・・・
いつの間にか、自分のために、自分の出来る精一杯のことをしている私がいた。

専門の法律図書を読んでみる。
何度も、何度も検索してみる。
片っ端から電話を掛け続ける。
本当に、得られるものは少しずつだけど、それでも、どこの関係機関、相談機関よりも、統合した多くの情報を得ることが出来た。

でも、振り返れば、人のため、誰かのためとこうやって、調べ続け、新しい資料を作り、何かの役に立てばと駆使してきた私がいた。
ずっと私はそうやって生きてきたんだと、コツコツと積み上げてきたんだと気付かされた。

そうやっていたことが、今の自分に役立っている。
どうすれば欲しい情報を得ることが出来るのか、どのように話をつめれば、より正しい情報を得ることが出来るのか・・・。
自分のためにする、初めての作業なのかもしれない。
でも、やっぱり今までみたいに、得た知識は誰かのためになればいいと思う。
私は、今までの自分を捨てたりしない。
同じように、人のため、誰かのためと思っていた自分も共存して生きていきたい。

立ちふさがる壁。
でも、負けない。
立ちふさがる壁は、私をいじめているのでもない。
わかってもらえないことは、私が悪いのでもない。
壁にぶつかればぶつかるほど、諦めも沸いてくるけど、それでも負けない。
私は、自分を守りたい、自分の生活を守りたい。

最終通告

2007-04-24 22:45:47 | 旦那への気持ち
今日は、夕方から急に駐車場の車がなくなって、おまけに次女の帰りが遅かった。
もしかして・・・そんな風に思ってしまったから、次女が帰った時、友達の家に寄っていたという次女を疑ってしまった。

そうしたら旦那から、メールが来た。
「クルマのフロントガラスが割れました。たぶん飛び石だと思います。修理に出します。長女の中学生活はどんな感じですか?クラブは何に入ったんですか?長男はは年長でしたね。ごめんなさい。それとゴールデンウイークはどうされますか?五月五日は当直ですが、それ以外は都合がつきます。子供達とどこかに出掛けたいと思うんですが、いかがでしょうか?」

「何度も言っていますが、あなたがカウンセリングを受けて自分をしっかりと見つめない限りは、子ども達に合わせるつもりがありません。
それは、私のカウンセラー及び担当医師も同じ考えです。
何度メールを頂いても同じですし、私の精神安定上良くないので、今後このようなメールはご遠慮ください。」とメールを返した。

すると
「分かりました。どこでカウンセリングを受けたらよいですか?それだけでも教えて下さい。」との返事。

今回で、カウンセリングの提案は、4回目。
カウンセリングを受けないと、子ども達に逢わせられないと、1年前に、3回目の提案をした。
その時に、連絡先などの教え、受けてみますと返事が返ってきた。

その後、3ヶ月以上も経った後、私が連絡した場所ではないところで、一度だけのカウンセリングを受け、すっかりわかったような気になっている旦那に対して、継続を勧めたが、その返事はないまま。

しかも、そうしなければ子ども達に逢わせるつもりも、メールの返事もしないというのにしつこくメールを送ってくる。

いったいどういうつもりなのか、このやり取りすら形だけのものなのか?
私には、まったくと言って理解できない。
連絡先を私が教えたことも、提案したこともすべて忘れて同じやり取りを4回も繰り返すのか?
たった1年半ちょっとの間に?

「何度も連絡していると思いますが・・・連絡済の○○か、△△相談所というところがあります。(アドレス)これで、カウンセリングの提案をするのは4回目です。最初に提案してから1年半経ちます。これがあなたの答えだと私は思っています。今後のメールはお控えください。 」
とメールを送った。

最終通告だ。

同時に、私は離婚に向けて歩き出しているのだから、和解へ向けての通告ではなく、子どもへの面会権に対する通告と言ってもいいかもしれない。


次女は、私が疑ったことを気にしていた。
「ごめん、お父さんの車が、夕方なくなっていて、連れて行かれたかと思って、すごく心配していた。
 ごめんね。」謝った。

「そうだと思った。」と次女。

「隠さない方が、いいよね。」

「うん」と次女。

次女は、とっても繊細で、とても勘が働く。
その分とっても傷付きやすい。
私と似てるのだ。
根拠もない、本当に勘でしかないのだけれど、それがとても不安にさせる。
全部、お見通しなのだ、私の気持ちも・・・

子どもにとって、私の気持ちをすべて話すことは、いいことには思えない。
だけど不安を抱えさせるよりも、どうして疑われるのだろうと感じてしまうよりも、子どもに否はないことを伝える方がいいみたい。

でも、もうこんな生活はイヤだ。
見えない影に怯え、いつまで経っても足かせがある生活。
もう抜け出してしまいたい。

ハイヤーパワー

2007-04-21 00:38:17 | 日々つれづれ
私の私生活の裏側では、いっぱい問題を抱えていて、なかなか前進しないけど、表側では、本当に充実した日々。
まだまだ身体はままならないし、出来ないこともいっぱいだけど、どうしてこんなに?というくらい、20年近く前に知り合った人たちとの再会が続いていて、パワーを与えられている。

過去の私がいっぱいプレゼントしてくれてる。
一生懸命生きていた、過去を証明してくれるような出会い。

そして新しい出会いも素敵すぎる。
いつか出来たらいいなと考えていること、それに繋がる人々に、次から次へと出会っていく・・・。

そんな出会いの数々に、諦めかけては、勇気を貰い、パワーを頂く毎日。
本当に、不思議。
こんなことが出来たらいいなという未来の希望に、背中を押されている。

それが、まだまだ続く。
19年ぶりの短大のクラス会。
そして、高校の同窓会。
そんな機会も、押し寄せてくる。

目に見えない力が、私を応援してくれてるって感じ・・・
ハイヤーパワーってこんなのかな?
その力を信じて、自分を信じて・・・
助けてくれる人を信じていよう。



コメント・メールのお返事、遅れていてごめんなさい。
何かと行事の多い新学期に加え、あちこちの電話でのやり取りに追われています。
落ち着いてお返事させてくださいね♪

わらしべ長者

2007-04-20 16:49:57 | 日々つれづれ
色んな情報が得たくて、色んなところに電話してみる。
あっちやこっち・・・
でも、なかなか情報は集まらない。

ここに電話したら・・・
ここでは、心のケアしか出来ないから・・・

そこに電話すれば、
あそこに電話すれば、ここでは無理だから・・・

ここ数日間、そんなことの繰り返し。

学んだこと。
DV法も、ストーカー法も
絵に書いた餅。

一番知識があるからと薦められた警視庁でさえ、
民事を薦める。

どうして、被害者の方が、肩身が狭い思いをしなくちゃいけないの?
加害者は正々堂々と生活しているのに・・・
どうして、被害者は、落ち度を責められるの?


「第三者を介して、話し合いをされてはいかがですか?
そして、こういうことをしているのか、聞いてみれば?」
電話応対された女性警察官。

「そんなことしたら、ますます怖いです。」

「もし、あなたの写真が、アダルトサイトの掲示板に貼られていたらどうですか?」と聞いてみる。

「私は、ネット上に、写真なんか公開しないから・・・」

「じゃあ、盗み取りされた写真を貼られていたら・・・?」

「それはイヤです。」

「なかなか想像できないかもしれないけど、もし自分だったらを想像しながら、一緒に考えてもらって、話をしていただければ辛くないかな。」
「そうやって話し合って見た所で、行為は止まるかもしれないけど、その人の人格は変わらないんですよ。
形は治まっても、見えないところで何かしてくるかもしれないじゃないですか?
私というターゲットを失っても、他のターゲットを見つけるかもしれないんですよ。
もしかしたら、あなたもそういう可能性があるんですよ。
私一人が、逃れても野放しにしておくのはどう思いますか?」

「それはイヤです。」

身の危険を感じるなら、シェルターへと言う。
なんで私がこそこそしなくちゃいけないの。
おかしいじゃん。

「それは、警視庁としての見解ですか?」と聞いてみる。


折り返しの電話の後、案として出されたことが二つ。
私は、最初からその答えが欲しかったよ・・・ww


寄り道、回り道。
でも、だんだん欲しい情報が集まってくる。
そして、公共機関が頼りにならないということ、情報が一貫化されていないということ、それがわかった。

欲しいものは自分が作る。
与えられる人になる。
こうやって一つ一つしか手に入れられない情報を、瞬時でわかるようなシステム作りがしたいな。
そして、個々の機関にも、それを取り入れてもらうようにしたいな。

私は負けない。
でも、戦う相手は、旦那でもなく、
そういう世の中でもなく、
自分だ。
私は、私に負けない。

誰になんと言われようと、自分が行こうと思う道を、背筋を伸ばして、胸を張って進みたい。
そんな勇気を与えられますように。
私が、私に負けませんように。

カウンセリング73

2007-04-18 15:46:56 | カウンセリング
被害届を出すことにしたことを話しました。
それが旦那に対してもいい方法だと思うと話したら、誰もが、それをきっかけにして回復に繋がるとは限らないし、一生ねこさんのことを恨み続けるかもしれないよと言われました。
出すのなら自分のために出して欲しいと・・・

でも、やっぱり私は自分のためだけには動けません。
ただ、それを旦那に期待するのではなく、祈りに似た気持ちでいます。
旦那を信じようとする気持ちは、過去、自分が旦那を選んだことを信じたい、結局のところは自分のためなのだと思っています。

これによって、旦那が変わろうと変わるまいと、底をつこうがつくまいが、恨もうが恨むまいが関係ない。
ただ、私は、旦那が気付いてくれることを祈っていたいのです。

私が、この1年半、別れることも、話し合うことも何も出来なかったのは、やはり心の奥底で、旦那自らの行動を待ち続けたのではないかと思うのです。
やり直せないにしても、旦那の行動を待っていたかったのだと思います。
私は、DV加害者の更生プログラムについても興味を持ちました。
それは、旦那に立ち直って欲しいという心の叫びだったのかもしれません。


ねこさんが、被害届を出すということは、とっても大きな出来事なんだと言われました。
まだまだ、社会はDVの問題を受け入れていないこと、法律は出来ても形だけのものであること、深刻かつ微妙な問題であるのだと言われました。

「僕は、ねこさんの地域に住んでいるわけでもないし、守ってあげることも、一緒に行動することも出来ない。
 無力だ。」とカウンセラーは言われました。

カウンセラーは、私の地域で無力だとしても、私は、無力ではない。
今まで、自分が築いてきた人間関係を信じてみようと思いました。
みんなに少しずつの力を借りようと思いました。
小さいけれど決して無力ではない。

今までの自分を信じ、仲間を信じ、進んでみようと思います。
もし、上手く進まなかったにしても、それは無駄ではないことを信じて、進んでみようと思います。

色んなことに備えて、ブログの記事を非表示にしたり、移転をすることもあるかもしれません。
いざとなった時、ブログそのものを削除しなければならないかもしれないと思っています。
もし、突然に記事が、ブログがなくなっていたのなら、そういう事情です。

ブログの題「私が離婚を決めた理由」これだけはそのまま使おうと思っています。
そして、どうなっても結末は書きたいと思っていますので、ブログが消えても、興味があったり、今後の参考にと考えられている方は、「私が離婚を決めた理由」で検索していただけると、出てくるのではないかと思います。

古くから読んでくださっている方は、事情もご存知だとは思いますが、届出をすることは、私と旦那だけの問題では終わらない、そこには、また別の大きなものとの戦いもあります。
私の行いを、別の力で止めようともしてくると思います。
決して楽な道ではありません。
途中で挫折するかもしれません。

だからこそ、私のためとは思いたくないのです。
子どものため、旦那のため、
同じように苦しんでいる人のため・・・・
共依存が抜けていないといわれようと、私は、みんなの力を借りて向かっていこうと思います。


被害者の心

2007-04-16 21:56:43 | メッセージ
アメリカでは、ベトナム戦争後、日本では阪神大震災から、PTSDという言葉がマスコミにおいて使われ始めました。
日本では、被爆体験というもっと大きな出来事があるから、本当は、もっと調査が行き届けばよかったのですが、それをしていないから、まだまだ理解されにくい症状です。

私は、元々心理学に興味を持っていたし、知識の上で知っていたけれど、被害者がどんな気持ちでいるかまでは、想像出来ませんでした。

だから、ほとんどの人は被害者に対して口にすると思います。
「もう忘れたらいいよ。」
「前向きに考えなくちゃ。」
「命があるんだから、マシだと思わなくちゃ・・・」
「考えすぎじゃないの?」

そんなこと充分にわかっているのです。
自分でもそう思っている。
頭では理解できても、心が反応してしまうのです。
頭と心は一体ではありません。
無意識のうちに、色んな感情が込み上げてくるのです。


想像してみてください。

目隠しをされ、

手を後ろ手に縛られ、

足も縛られ、

広い真っ暗な部屋の中に放置されている自分の姿を・・・


たぶん、不安でいっぱいのはず・・・


それが最初に被害にあった後の状態です。



その状態で、物音がして何かが身体に触れたとしたら・・・

恐怖で声を上げてしまうでしょう。

でも、実際にはねずみかもしれません。

それを見ている人は、大げさというでしょう。

だって、目隠しも縄も見えないのですから・・・



実際に、体験してみてください。

目を開けている状態とはまったく違うのです。



何をされるのかわからないというのは、想像力を豊かにします。

例えば、その時に、殺されるかもしれないと想像したとしたら・・・

今度は、物音がしただけで、悲鳴をあげてしまいます。

本当は、風が吹き、窓ガラスが音を立てただけかもしれないません。


周りから見ると、勝手に想像して怖がっているだけに映るでしょう。

でも、本人にとっては生きるか死ぬかの問題にまでなっているのです。

そして恐怖は、ことあるごとにだんだんと大きくなっていきます。


私の場合もそうです。

直接に何をされたわけでもありません。

でも、不安だけ、恐怖だけがだんだんと大きくなっていきました。

たまたま、同じ道を歩いている人が、後ろにいるだけで、悲鳴をあげて走り出したくなってしまいます。

それでも、一生懸命平気なふりをし続けました。

本当は、自分のHPを開けるだけで、泣きそうな気持ちなのに・・・


11ヶ月前、病院へ行きました。
でも、医者からも理解されず、心無い言葉を掛けられました。
医者であっても、まだまだ認識されていない症状なのです。
医者に頼るのも、傷付けられそうで怖くなりました。

でも、もう薬に頼るしか方法はなくなってしまっていました。
朝、起き上がれなくなってしまったのです。
そして半年前から、新たな病院へ通い始めました。
3ヶ月前、斎藤学先生から、妄想性の恐怖を取り除くには、その恐怖の元と向き合うことが一番だと言われました。
今のままでは、どんどん恐怖が大きくなるばかりだと・・・

けれども、向き合うことさえも怖くて、何の行動を起こすことも出来ませんでした。
いつまで経っても、怖さに震えている自分の姿が嫌で嫌でたまりませんでした。
そんな時、同じような体験をした人が、同じ気持ちだったよと話してくださいました。

そして、病院の先生も誰にでもなりうる症状だからね。
自分が弱いんだとか、おかしいんだとか思わないでね。
そんな風に仰ってくださいました。

今、ようやく目隠しを取る勇気を、縄を解く準備が出来たように思います。
また、何かのきっかけで、元に戻ってしまうかもしれません。
だぶん、しばらくはその繰り返しです。
振り子のように揺れながら、だんだんと気持ちは穏やかになっていくのでしょう。

まだまだ理解されにくい症状です。
理解してもらいたいと思っても、理解してもらえないことに傷付いたり・・・
でも、100人に伝えて、99人の人が理解しなくても私はいいかなと思います。
残り一人が、理解してくだされば、前とは違うのです。
そんな積み重ねが大切なのかなと思います。

福祉制度は、行政から生まれるのではなく、当事者の声から生まれていきます。
多くの活動や、当事者の勇気ある声により、少しずつ行政が動き始めるのです。
大学の教科書で、それを知った時、行政に怒りを感じました。

でも、当事者ではないとわからないのです。
そんな先駆者達の努力が今の制度を作り上げているのだと思います。
昔は、泣き寝入りしかなかったストーカーも、今は罪として認められています。
それは、ストーカーで命を失った遺族の方々の活動によるものです。
だからこそ、当事者は、当事者であることを生かして動かなければいけないのだと心から感じています。

本当は、届出するのも怖いです。
復讐をされるのではないか、そう考えると、昨夜は眠れませんでした。
でも、ずっとこの恐怖と戦うのはもう嫌なのです。
毎日うずくまって、保育園の往復と、最低限の買い物、仕事も出来ず、勉強も出来ず、家事も最低限しか出来ない。
後は横たわっているか、ネットで誰かを感じているか・・・
誰かが連れ出してくれれば、予定があれば外出が出来るけど、それ以外は家にこもったままの生活。
どんなに、平気を装っても、不安は後から後から、襲ってくる。
もう、終わらせたい。
元の自分に戻りたい。



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タフ・ラブ

2007-04-16 14:08:52 | 旦那への気持ち
ゆるそうと思った後、すべての嫌がらせのIPアドレスがわかりました。
わからないと思って諦めていたのに、もう一度、管理画面をよく見ると、すべてが残っていました。
そして、旦那の犯行であることはほぼ間違いがない裏づけまで出来ることになりました。
もう一つ、私が気付かなかったアダルトサイトへの貼り付けも見つけました。

それと同時に、また怒りが溢れてきました。
どうして、こんなことまでされないといけないのか、こんなことをしたら自分を頼ってくれると考えているのか・・・

私の心の中で、もう無理だと思いました。
例え、もし、旦那が自分の心を見直したとしても、一つ屋根の下で暮らすことは無理だと思いました。
ずっとことあることに、私は怯えなければいけない。
穏やかな夜を迎えたい。
そう思いました。

でも、もし、これが旦那ではないとしたら・・・
私は、どういう行動を取るだろうと考えてみました。
どうしてこんなことをするのか知りたい。
そして例え私との問題が終結したとしても、また別のターゲットを見つけ、同じようなことを繰り返すだろう。
だから私は、罪は罪として、警察に届出をするだろう。
他での被害を防ぐためにも、罪なんだということを、同じようなことを平気でしている人たちへの警告のためにも、そして多くの泣き寝入りしている被害者のためにも、そして被害者の苦しみから救うためにも、私は、届出をするだろう。
それが、自分が与えられた役割であると感じているから・・・

そう頭に浮かんだ時、旦那であっても同じ行いをすべきだと思いました。
でも、それは怒りからでも、復讐のためでもあってはいけない。
本当のことを見失わないために、旦那が自分の異常性に気が付き、新たな人生を送るためにも、その方がいいのではないかと思いました。
そうでない限り、旦那は自分の苦しみと向かい合うことはないし、そのきっかけを与えることが、私と旦那が出会った本当の意味で、私に与えられた役割ではないかと・・・

私は、ずっと旦那と出逢い、結婚した意味を考えていました。
自分の成長と役割を考えた時、旦那とやり直すことがそうなんではないかと、私は私で、旦那は旦那で、それを仕事に生かすことが出来れば、二人はとてもいいパートナーになることも可能ではないか・・・
ずっとそんな風に考えていました。
だからこそ、離婚に踏み込めなかったのかもしれません。

でも、届出することもまた、旦那は大きな役割を担うことになる。
旦那には、大きな試練を与えることになるかもしれない。
それでも、私は、旦那の残った人生を考えた時、決してマイナスになることではない。
それを身を持って教えてくれる人が、私の傍にいるから・・・・
いつか、そんな風に旦那がなることを祈るしか私は出来ないけれど、突き放す愛もあるのだと、私は教えられてきたから・・・
教えてくれた人を信じて、自分を信じて・・・

届出をすることによって、多くの非難も同時に受けることは覚悟して、たぶん、認めてくれる人よりも、非難のほうが大きく、自分が傷付くことも目に見えている。
それでも、私は胸を張って、自信を持って進んでいこうと心に決めました。
わかってくれない人もいる、でも、私はたくさんの人に見守られていることも、応援してもらっていることにも気付けたから・・・
私の傷は、いくらでも癒すことが出来る。
たくさんの温かい愛に、私の心はきっと癒されていくから・・・

今からが、本当の試練かもしれません。
今よりもひどい気持ちにならなければいけないかもしれない。
逃げ出したくなるかもしれない。
でも、最善の方法を一緒に考えようとしてくれる人もいました。
今まで築いてきた関係も信じて、委ねてみようと思います。



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歩いていこう

2007-04-14 01:05:57 | 独り言



道がないことを嘆いていても

前には進めないから

私は歩いていこう



あとから来る人が

少しでも楽に進めるように

立ちはだかる草々をしっかりと踏みしめて

行く手をさえぎる木々の枝を

そっと手折りながら

私は歩いていこう



自分の身体が

傷だらけになっても

怖れず歩いていこう

同じ思いで

あとから来てくれる人がいることを

信じて



そして最後には

笑顔で道を歩いている人を

思い浮かべながら

静かに祈りをささげよう



私の傷は

その笑顔に

癒されていくはずだから



だから歩いていこう

胸を張って

怖れず

しっかりとした足取りで

私は歩いていこう 




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悲しみを癒すのは諦めることではない。

2007-04-13 23:06:27 | 日々つれづれ
一つ課題が解決すれば、また一つ課題を与えられるという日々です。
ようやく、一つ心の中で終止符を打ち、手放そうと思ったばかりなのに・・・

他のアダルトサイトにも私のブログのアドレスが投稿してあったようです。
管理人と連絡を取りましたが、一日で本人による削除が行われたようで、どのような内容が書かれていたかはわかりませんが、今までの嫌がらせと同一であることが判明しました。

そしてそれがきっかけで、今までのネットにおける嫌がらせは、すべて同一の人の犯行であるという裏づけがとれました。
私が疑っていたそれは、事実だったのです。
証明問題を解くように、一つずつをつなげていけば、旦那であることは間違いないのですが、決定的な証拠ではありません。
それがきっかけ、私の心はまた揺らぎ始めました。

私は、憎しみを憎しみで返す方法はもう取りたくありません。
でも、傷付けられた心は、どのようにすれば癒されるのか、わからなくなるのです。
心の傷は、もう永遠に治らず、苦しく怖いという感情を背負ったままになるのではないかと思ってしまうのです。

今日は、弁護士に相談できればと思い、公共のDVの相談窓口に電話をかけました。
弁護士を紹介して欲しいことを話すと、被害届を出していないと紹介は出来ないと言われました。
被害届を出したくない理由として、犯罪となることにより旦那が職を失えば、生活費がもらえなくなること、旦那が犯罪者となれば子ども達がかわいそうだと思うことを話しました。

すべて話し終えると、電話では弁護士を紹介することは出来ないから来所して欲しいと言われました。

私「弁護士を紹介してもらえる基準があれば教えてください。
  弁護士はどういう形で紹介してもらえるのでしょうか?」

相談員「特に決まりはありません。
   お話を伺った上で、弁護士を紹介するかどうか決まります。
   弁護士の紹介は、初回が無料です。」

私「有償でもいいんです。
  DVやストーカー被害の専門の弁護士を紹介してもらえないでしょうか?」

相談員「有償でもいいという経済的に困られていない方には紹介は出来ません。
   また個別紹介は、弁護士も商売ですので、公の機関が個別に紹介することも出来ません。」

私「では、どのようなところで紹介していただけますか?」

相談員「こちらではわかりません。」

私「そちらで紹介していただくと、初回無料ということですが、県費での支払いということになると、支払い基準みたいな規則などがあると思うのですが、それはないのでしょうか?」

相談員「ケースが色々あるから定めていません。」

私「相談員の判断で、紹介したりされなかったりということでしょうか?
  せっかく、仕事を休んで、被害届を出しに行き、そちらで相談したところで、無駄足ということもあるわけですよね。
  仕事を休んで、給料が入らないのであれば、有償で自分で受ける方がいいということにはなりませんか?」

相談員「・・・」

公の窓口で、被害者が何を求めているのか、欲しい情報の提供をするのではない様子でした。
諦めることは簡単ですが、これでは、何も変わらないような気がしました。
私は、自分の欲しいものを与えられる人になりたいと思ったから・・・
そして、県の担当窓口に連絡しました。

私は、相談窓口での対応を話し、実際にどうなっているのかを聞きました。
担当者は、まだ4月の異動で変わってきたばかりでわからないので時間をくださいとのことでした。
形だけの体制だということがわかりました。

もう一度、検索で調べたところ、他のサイトで県内のDV相談窓口一覧たるものを見つけました。
そこには弁護士会による相談窓口が記載されていました。
担当者から電話が掛かってきたとき、担当者もその窓口を口にしました。

DVの中心になる窓口なのに、横の連携が出来ていないこと、そして公のDV相談のチラシにも、その弁護士会の相談窓口が記載されているのに、何故そこを最初に電話をかけた相談員が教えてくれなかったのかを伝えました。
本当に藁をも掴む気持ちで相談していること、そして、電話するのにも勇気がいること、弁護士なんて普段使わないから、どうすればいいのかわからないこと、だからこそ、相談機関、そしてそういう紹介機関でもある貴所が、基本的な情報は提供して欲しいこと、次に同じような質問があれば、今度は答えて欲しいこと、そして当事者だからしかわからないからこそ、お願いしますと電話を切りました。

今回、思ったのは、行政というしがらみがあるからこそ、出来ないこともあるんだなと思いました。
特定の弁護士の情報、病院の情報を相談者に教えることが出来ないのです。NPOなど情報提供出来る機関の必要性を感じました。

わかってもらえないと諦めたら、何も変わらないのです。
本当に必要なものを伝えることも、当事者の役割じゃないかと感じています。
すべてを変えることは出来ませんが、一つずつ変わっていけばいいのだと思います。
当事者でない人には、想像しがたい苦しみがあります。
でも、多くの人にもわかってもらうためにも、当事者は諦めずにわかってもらう努力をしていかなければいけないなと思います。

その後、地元のカウンセラーに、カップルセラピーを引き受けていただけるか相談しました。
無償で、長時間、話を聞いてくださり、深く共感してくださいました。
相談窓口や、警察、弁護士であっても、なかなか当事者の痛みや苦しみが理解してもらえないことの辛さや大変さに、そっと寄り添ってくださいました。
心の中の塊が溶けていくような感覚でした。
私も、そういう人でありたいと強く感じました。

当事者だから出来ることがある。
当事者だからわかる気持ち、共感することの出来る心を与えられている。
そう思います。
子宮頸がんになり、代理出産にて子どもを持たれた向井千秋さんの行動を拝見しながら、強く共感します。
変わらないことを嘆き、諦めていても、前には進みません。
一つ変える努力をすること。
後から来た人が、少しでも楽になれるのを感じることが出来る時、同じ悲しみを持たずに済んだ時、傷は癒えていくのかな、そう思っています。

揺れる心は、揺れるまま、しっかりと見つめていようと思います。
そして心の声をしっかりと聞いてみようと思います。



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相手の気持ちを考えるということ 2

2007-04-12 22:18:58 | 日々つれづれ
私の中で、相手の気持ちを考えるということは、自分が相手の立場になったとしたらとどうなんだろうと想像していました。
「自分がされて嫌なことは相手にしてはいけない。」
それが基本でした。

でも、昨夜、前記事に書いたことを考えていて、ふと気がつきました。

相手の心と私の心は同じではないから、自分がされて嫌なことと相手は違うのです。
もちろん、道徳的なものとして捉えると同じかもしれないのですが、もっと細かいところは、今までの経験などにより違ってくるのです。

本当の意味で相手の気持ちを考えるということは、あくまでも自分が相手の立場に立つという自分が主体なのではなく、相手の気持ちを汲み取る、想像することなのだと思いました。

自分のものさしを使うのではなく、相手のものさしを想像する。
それによって、本当に大切なことが見えるのではないかと思いました。

かつて私は、母に、「あんたのため」と過干渉に色んなことを言い続けられていました。
それが「自分のため」に必要なのだと思っていたから、自分がそれによって受けてしまった傷を見ようともせず、気にする自分が悪いのだと思っていました。

それと同様に、「相手のために言ってあげているのだ」と思ってしまったり、
自分が傷付いたことに気がつかないので、相手もこれくらいなんともないだろうと、一番痛いところを突いたりしていたような気がします。

自分は平気でも、相手は傷付くことがある。
なんでもない言葉に傷付けることもある。

相手の傷は、なんなのだろう。
過去に何があったのだろう。
そう考える余裕を持つことが出来るのが、本当に相手の気持ちを考えることなんではないかと思いました。


最近、長男が自分の思い通りにならないと、ふすまを蹴って音を立てるようになりました。
近所迷惑だし、止めさせなければいけないという思いで行動していました。
近所迷惑だということ、夜に音がしたら嫌じゃない?そんなことを長男に話して聞かせても、それは止まらず、ちょっと気に入らないことがあると、ドンドンと大きな音を立て始めるのです。

今朝、ふと、こうする長男のメリットってなんなのだろう?
考えてみました。
こうすることで、私がすぐに飛んできてくれます。
時には、なだめようと要求を聞き入れます。
それは長男にとって大きなメリットなのです。

どんなに大きな音を立てても、立てているうちは、傍にいかない。
話を聞かないことを話しました。
そして、その音を聞きたくないからと他の部屋に行きました。
しばらくは、音が続いていましたが、自分でそれを止め、きちんと自分の気持ちを話してくれました。

夕方、同様に、ドンドンと音を立てましたが、同じように応じない態度を取ると、諦めてすぐに止めました。
ずっと長男がそれをさせていたのは私がメリットを与えていたからだと思いました。

たまたま、ふすまを蹴ってみた。
すると、お母さんがすぐに反応してくれた。
それが『快』となり、何かあればこうすればいいのだ、と無意識のうちに思わせてしまったのだなと思いました。

ドンドンしてうるさいから止めさせなければいけないと思っているときは、近所のこと、うるさいという自分のことしか考えていなかったように思います。
迷惑だということを教えたら止めるのではないかとか、穏やかに言い聞かせればわかってくれるのではないかと思っていました。

迷惑なのはわかってるけど、長男は止められなかったのです。
それが『快』だったから・・・
『快』ではないと思えば、する必要性もなくなったということでしょう。

まだまだ、相手の気持ちになるって難しい。
たくさんの経験とたくさんの悲しみが、相手の気持ちを共感できる心を作っていくのかなと思っています。
だとしたら、私は恵まれているのかもしれません。
たくさんの経験を得る機会を与えられているから・・・・




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相手の気持ちを考えるということ

2007-04-12 21:50:31 | 日々つれづれ
カウンセリング72の記事に対する、ちどりさんのコメントで私は、ハッとしました。

>ねこさんなら何をしても最後は許してくれると思っている様です。自分が犯人だと判明しても。

>夫さんのピンポンダッシュは、ねこさんを怖がらせる為でなく、ねこさんとコミニケーションを取りたいと、婉曲な形で表現していると感じました。


私は、それをしているかもしれない旦那に対して、嫌悪感を示すだけで、自分の気持ちでしか、その行動を理解しようとしていませんでした。

旦那は、何のためにそんなことをするのだろう。
それをした時の旦那のメリットはなんなのだろう。

私は、旦那ではないし、影で人を苦しめるよりも、正々堂々とぶつかる方が好きなので、旦那の気持ちには共感することが出来ません。
でも、もし旦那だったらと一生懸命考えてみました。

防犯カメラが設置されていないといえど、そこにはダミーの防犯カメラがついています。
なので、内情を知らない限りは、そのドアも貯水タンクも、防犯カメラに映ると思うはずです。
通常は、そのドアを使いません。
ドアも低く、かがんで通らなければならないし、ゴミを出す以外には、そこを使う必要性というかメリットはないのです。
それを考えると、酒を飲んだり、仕事で忙しくてストレスによる咄嗟的な行動ではなく、計画的な行動だと考えられます。

HPの荒らし行為などにより、私の不安を高め、もしかしたら旦那に相談し頼ってくるかもしれないと考えたのかもしれません。
そして、もう一つ・・・
HPの運営を出来なくさせて、収入がない状態に追い込めば、旦那に頼らざる得ないと思ったのかもしれません。

あくまでも私の想像に過ぎませんが、もしそうだとしたら、その行動に無視し続けることにより、もっと不安にさせるような行動で私を追い込もうとするでしょう。
自作自演のように、私を傷つけ追い込み、そして自分が守るというような役割を持ちたいのかもしれません。

私は、HPのブログを更新するのを最低限にしていました。
極力、自分の情報を与えたくありませんでした。
でも、それは、無視ではなく、私が抱いている不安や怖れを表しているようなものでした。

今回の訪問とアダルトサイトへの写真の掲示により、私は一つ先に進めたと思います。
私は、直接、旦那とやり取りをするのは怖いです。
なので、HPのブログによって、旦那へではなく、ストーカー的な行為を行っていた人に対して、自分の気持ちを綴ってみようと思います。

あくまでも、そういう行動を取った相手のことを批判するのではなく、
相手の苦しんでいる気持ちに共感していること、
そして自分の病理性に気付き、楽になって欲しいと思うこと、
これ以上、同じことを繰り返せば、繰り返すほど、苦しむんじゃないかと思うこと、
そして、私は、その行動に対して、もう振り回されないという強い気持ちを綴ろうと思います。

ずっとHPのブログを楽しみにしてくださって、何度も訪れてくださる方に対しても、きちんとお詫びをして理由を綴りたいと思います。
そして、顔が見えないところでの行為が、どんなに人の心を傷つけるかも説明することが出来たらいいなと思います。

私は、一年間近く、HPのブログを書くことに対して恐怖を抱いて苦しんできたけれど、それによって得たものもあります。
だから、もう例え、これが旦那の行動だとしても、ゆるそうと思います。
このことがなかったら、私は多くの人に見守られているんだ、温かい人たちの中にいるんだということに気がつけなかったからです。
苦しんだけれど、代わりに得たものもあるから、私は、されたことに焦点を置くのではなく、得たものに焦点を起きたいなと思います。



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カウンセリング72

2007-04-11 16:55:41 | カウンセリング
今日から、カウンセリングは45分。
色々なことがありすぎて、何を中心に話せばいいのか考えてしまいましたが、不審者の訪問と、写真の貼り付けのことを話しました。
もし、旦那の犯行であるとするならば、この後も続くこと。
そして、それが続けば続くほど、いい状態ではなくなることを指摘されました。

もし、調停などで話し合ったところで、生活費を入れていることや、子どもと逢いたいのに逢わずに我慢している自分主張し、自分の非を認めることがないだろうと言われました。
旦那の外面のよさなどからすれば、第三者の前で、自分がしてきたことを認めない限りは、自分が悪かったとは言わないかもしれない。

関係再調整が目的ではなく、第三者に旦那の病理性を判断してもらう形で、カップルセラピーという方法を取るのが一番いいのではないかと言われました。
旦那が自分を正当化しているファンタジーから抜け出すことが必要ではないかといわれました。
そうしない限り、養われている事実、証拠にならない揺さぶりを打破するには、その方法が一番ではないかと言われました。

まだまだ、旦那と同じ部屋に存在する自分を想像することが出来ません。
けれど、今回のことを弁護士に相談したり、地元のカウンセラーとも話をして、カップルセラピーまたは旦那のセラピーに繋がることを考えてみたいと思います。



カウンセリングの後、防犯ビデオを見せてもらいました。
でも、不審な人物は映っていませんでした。
防犯カメラは完全に設置してあるのではなく、ゴミ出し用の鍵が必要である出入り口付近が死角になっており、そこから出入りした場合は映りません。
それと、貯水タンクを登って進入した際も映りません。

ただ、物取りなどの不審者が家人の様子を確かめるためにインターホンを鳴らしたのであれば、インターホンに出た時点で、続行することはないのではないかと思います。
そこが死角だと知っている者、防犯ビデオを見られることも考えての犯行じゃないかと思います。
ただ、そこが死角であることは住人である私には知りえないことでした。
そういうことを熟知したものであれば、可能です。
旦那は、前理事長を務めていたので、防犯ビデオを見たこともあり、それが可能です。

あくまでも、可能性の問題だけで証拠がない限りは、限りなく黒に近い白ということです。
これまでのことを話した私の妹は、そんなことするようには考えられないと言います。
身近な人間でさえ、私の想像を否定してしまうような旦那の評価です。
それを打ち破ることが出来るのか、ちょっと不安になってきました。

ただ、今までと違うのは、そんな私のことを見守ってくれる多くの友達がいます。
近くに住むパパ友達も、何かあったら電話でもメールでもして、男衆で守ってあげると言ってくれます。
一人じゃないと思えることは、どんなに心強くさせることなのでしょう。
だから、私は負けないし、巻き込まれない。
強い気持ちを持っていたいと思います。



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