今朝、母が
「別居して、3ヶ月になるけれど、居てくれたらよかったのになと思ったことあった?」と聞いてきた。
「別にない。どう考えてもない。逆に、今回も居なかったから仕事が出来たし・・・・」私は答えた。
4年半前、旦那は単身赴任中、私は妊娠中でつわりに苦しみ、長女は小学校へ入学した。
9時までに、子供達を寝かせようと、休むまもなく家事をこなし、眠りに着いた。
夜中に、次女をなだめ、朝早く起き、長女の時間割のチェックをし、学校への連絡、保育園の連絡帳を書いた。
仕事をし、つわりと闘い、二人の子どもを一人で育てるのは大変だった。
何度も、何度も、助けを求めた。
でも、旦那にとっては、仕事が、いや自分がいつでも一番だった。
夜が大変なのを知りながら、朝ゆっくりしたいからという理由で、夕方のうちに実家へ戻った。
私の助けて欲しいという思いは、叶えられぬまま、でも、いつかわかってくれる、今は仕事が忙しいから、と理由をつけて、旦那が助けてくれるのを期待した。
母が父を信じて行動していたように、私も旦那が私を助けてくれると信じたかったのだろう。
助けてくれないことがわかると、姑に旦那に話してくれるように頼んだ。
でも、一緒に住みながら、忙しいことを理由に話してくれることはなかった。
それでも、私は、姑に期待した。
私の言うことは聞けなくても、親の言うことは聞いてくれるのではないかと淡い期待をした。
でも、見事にそれは、打ち破られた。
そんな中で、旦那のしていたことは、好き放題に遊ぶこと、羽を伸ばすことだった。
キャバクラに通い、過剰な小遣いを使い、おまけに借金までしていた。
エッチなDVDを見るために、DVDを購入し、女遊びもした。
それでも、単身赴任が終わったら、私を助けてくれると信じていた。
でも、旦那は、仕事だと嘘をついて、女の元に出かけ、仕事帰りエッチなDVDを買って帰った。
子どもと風呂に入ることもせず、出かけているか、寝ているかの生活をした。
自分が上手く行っていないと、口汚くののしり、私や子どもに八つ当たりをした。
私の旦那への不平不満を、私が我儘だからと言って聞いてくれなかった母や妹。
そんな状況なのに、何故、もう一人生んだのかと非難され、誰にも頼ることが出来なかったあの頃。
そんな日々に比べたら、今は、とても楽で居られる。
母も父も妹も、私や子どもたちを気遣い、手を差し伸べてくれる。
私も、気を使うことなく、頼むことも出来る。
居なくて、困ったことなんて何もない。
旦那が居る時には、滞在を遠慮していた母に、子守を気楽に頼むことが出来、私も、旦那の満たしてくれない思いに振り回されることもない。
子ども達は、あの頃と違って、自分のことが何でも出来るようになり、手を煩わせることもない。
別居前、次女が滑り台から落ちたときも、仕事優先で、定時に帰ると約束しながら、時間を破り、長男の迎えが来ないと先生達は、私を捜した。
家には誰も居ないし、携帯電話の電源は切っていて、先生達にも迷惑をかけた。
それでも、悪びれた様子もない旦那。
これから先、子ども達に、何があっても、旦那が居たからといって助けになることはないのではないか?そんな気がした。
旦那は、今、何を考え生活しているのだろう。
悪かったという言葉だけで、許せるはずもないだろう。
もし、自分が反対の立場なら、どんなことをしても、許しを乞うだろう。
でも、もう私は、それすら求めない。
旦那は旦那であって、私と同じようには考えられないのだから。
自分自身の考えに基づき、行動するのだろう。
それを許すか、許さないか、決めるのは私。
もう、旦那には決定権すらない。
旦那に助けを求め、すがりつくことしか出来なかったあの頃の私とは違う。
3ヶ月間、心の中での葛藤はいっぱいあったし、揺れる気持ちに振り回された。
何度も許そうという思いに取り付かれた。
でも、居てくれたら助かるのになんて思いもしなかった。
私にとっての旦那の存在って、いったいなんだったのだろう。
「別居して、3ヶ月になるけれど、居てくれたらよかったのになと思ったことあった?」と聞いてきた。
「別にない。どう考えてもない。逆に、今回も居なかったから仕事が出来たし・・・・」私は答えた。
4年半前、旦那は単身赴任中、私は妊娠中でつわりに苦しみ、長女は小学校へ入学した。
9時までに、子供達を寝かせようと、休むまもなく家事をこなし、眠りに着いた。
夜中に、次女をなだめ、朝早く起き、長女の時間割のチェックをし、学校への連絡、保育園の連絡帳を書いた。
仕事をし、つわりと闘い、二人の子どもを一人で育てるのは大変だった。
何度も、何度も、助けを求めた。
でも、旦那にとっては、仕事が、いや自分がいつでも一番だった。
夜が大変なのを知りながら、朝ゆっくりしたいからという理由で、夕方のうちに実家へ戻った。
私の助けて欲しいという思いは、叶えられぬまま、でも、いつかわかってくれる、今は仕事が忙しいから、と理由をつけて、旦那が助けてくれるのを期待した。
母が父を信じて行動していたように、私も旦那が私を助けてくれると信じたかったのだろう。
助けてくれないことがわかると、姑に旦那に話してくれるように頼んだ。
でも、一緒に住みながら、忙しいことを理由に話してくれることはなかった。
それでも、私は、姑に期待した。
私の言うことは聞けなくても、親の言うことは聞いてくれるのではないかと淡い期待をした。
でも、見事にそれは、打ち破られた。
そんな中で、旦那のしていたことは、好き放題に遊ぶこと、羽を伸ばすことだった。
キャバクラに通い、過剰な小遣いを使い、おまけに借金までしていた。
エッチなDVDを見るために、DVDを購入し、女遊びもした。
それでも、単身赴任が終わったら、私を助けてくれると信じていた。
でも、旦那は、仕事だと嘘をついて、女の元に出かけ、仕事帰りエッチなDVDを買って帰った。
子どもと風呂に入ることもせず、出かけているか、寝ているかの生活をした。
自分が上手く行っていないと、口汚くののしり、私や子どもに八つ当たりをした。
私の旦那への不平不満を、私が我儘だからと言って聞いてくれなかった母や妹。
そんな状況なのに、何故、もう一人生んだのかと非難され、誰にも頼ることが出来なかったあの頃。
そんな日々に比べたら、今は、とても楽で居られる。
母も父も妹も、私や子どもたちを気遣い、手を差し伸べてくれる。
私も、気を使うことなく、頼むことも出来る。
居なくて、困ったことなんて何もない。
旦那が居る時には、滞在を遠慮していた母に、子守を気楽に頼むことが出来、私も、旦那の満たしてくれない思いに振り回されることもない。
子ども達は、あの頃と違って、自分のことが何でも出来るようになり、手を煩わせることもない。
別居前、次女が滑り台から落ちたときも、仕事優先で、定時に帰ると約束しながら、時間を破り、長男の迎えが来ないと先生達は、私を捜した。
家には誰も居ないし、携帯電話の電源は切っていて、先生達にも迷惑をかけた。
それでも、悪びれた様子もない旦那。
これから先、子ども達に、何があっても、旦那が居たからといって助けになることはないのではないか?そんな気がした。
旦那は、今、何を考え生活しているのだろう。
悪かったという言葉だけで、許せるはずもないだろう。
もし、自分が反対の立場なら、どんなことをしても、許しを乞うだろう。
でも、もう私は、それすら求めない。
旦那は旦那であって、私と同じようには考えられないのだから。
自分自身の考えに基づき、行動するのだろう。
それを許すか、許さないか、決めるのは私。
もう、旦那には決定権すらない。
旦那に助けを求め、すがりつくことしか出来なかったあの頃の私とは違う。
3ヶ月間、心の中での葛藤はいっぱいあったし、揺れる気持ちに振り回された。
何度も許そうという思いに取り付かれた。
でも、居てくれたら助かるのになんて思いもしなかった。
私にとっての旦那の存在って、いったいなんだったのだろう。