日頃感じたこと、思ったこと事などを書きとめておきます。
野のアザミ
トビ
2021-02-09 / 自然

このところちっとも筆が進まない。新型コロナ感染防止のせいであちこちに出かけられないせいか、それとも日頃あまり読まなかった小説を読みあさったたせいか・・・・?。
立春が過ぎても朝晩の寒さは残るが、田んぼのまわりでは野焼きした後にツクシも出始めた。本格的な春はすぐそこのようだ。ということで久しぶりに筆をとることにした。
トビについて書いておきたい。と言ってもたいしたことではない。ネットで検索すればたくさんのことが分かるはずだ。
トビの俗称はトンビだ。こちらの方がなじみやすいかもしれない。日本全国どこでも見ることができる大型の鳥だ。それ故、だれでも一度ならず目にしているはずだ。わが家周辺でもいつでも姿を見ることができる。田んぼ周辺では最も大きく、代表的な猛禽類だ。食べ物はカエルやヘビやネズミのほか、死んだ動物を食べたりするようだ。一度は20〜30cmの死んだ魚を数羽のトビがつついているのを見かけたことがある。
羽を広げれば1.6mほどにもなる。尾は三味線のバチのようにきれいな三角をしている。鳴き声はピーヒョロロと澄みきった声だ。色は鳶色と言われる濃い茶色だが、下から見上げると羽の先端近くに白い部分があり印象的だ。電柱の上から目をひからせていることもあるし、畔や畑でじっとしていることもある。カラスからちょっかいを受けながら逃げ回っていることもあるし、たくさんのトビが気流をつかまえて鷹柱をつくりぐるぐると回っていることもある。それでも最もトビらしく感じるのは、青い空を背景にゆっくり大きな輪を描いている時だ。上空から獲物を探しているのだろうが、羽を大きく広げ、羽ばたくことなく、時折尾を左右に揺らせながらゆっくりと飛ぶ様は優雅にも見える。気流をつかまえる名人だ。
冬場には枯れ木などにたくさんのトビが集まっていることもある。この冬に見たのは枯れ木に10羽ほどだが、20年ほど前には30羽ほどが骨だけになったビニールハウスに集まっているのを見かけた。何のために集まっていたのか分からないが、情報交換の場かだったのかあるいは気に入った相手を捜すためだったのか・・・。近くから見ると何か威厳みたいなものを感じ圧巻だった。
今日も晴れ渡った空にゆったりと大きな輪が描かれている。春だ!
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
勇壮な滝、静かな滝、美しい滝
2020-12-11 / 自然

矢研ぎの滝

若葉の滝

若葉の滝
今年は新型コロナのため街に出かける機会が少なかった。その代わり、ストレス解消に山歩きが少し増えた。登山ではなく山歩きだ。そのため滝に出会うこと数度。ということで記録しておくことにした。
まず名勝「矢研の滝」。読みは「やとぎのたき」だ。宮崎県都農町にある尾鈴山瀑布群を代表する滝だ。高さ73m、日本の滝100選にも選定されている。神武天皇が滝の水で矢を研いだという伝説からこの名前がある。勇壮な滝だ。
尾鈴山にはたくさんの滝があるが、矢研の滝のすぐ手前にある小さな滝は「若葉の滝」。登山道の脇にあるので、ちょっと休憩にはもってこいの滝だった。

おせりの滝
次が美郷町にある「おせりの滝」。国道327号線の案内板から脇道に入るとすぐ近くにあるが、照葉樹の中を約70mの高さから3段に落下する姿は清々しく美しい。ここは整備された遊歩道を歩けばよかったので、山歩きと言うより散歩。すぐ近くの旧河川プールの「親水公園」では親子連れが水遊びしていた。

行縢の滝

バクチノキ
そして行縢の滝。読みは「むかばきのたき」。延岡市行縢山にある日本の滝100選のひとつだ。行縢とは、中世の武士が騎馬で遠出する時に使った腰から足への鹿皮の被いだが、山の名前は形が似ているためこの名がある。滝は、遠目には左右の雄岳と雌岳の真ん中からまるで天から落ちるように見える。高さ77mで日本の滝100選にも選定されている。滝も良かったが、登山道脇の森が良かった。登山道入口の行縢神社境内には、宮崎県新巨樹100選に選ばれているバクチノキがあった。名前は、古い樹皮が次々に剥がれ幹が赤くなるので、博打で負けて身ぐるみ剥がされるのに例えたことに由来する。

千尋の滝
少し足を延ばして屋久島の「千尋の滝」。読みは「せんぴろのたき」だ。落差約60m。「千と千尋の神隠し」の名前の由来になったという滝だ。近くには寄れないが、左に見える大きな花崗岩の一枚岩が、圧倒的だった。その岩盤の大きさが千人の人が手を結んだくらいの大きさということで「千尋」の名があるそうだ。屋久杉とともに、屋久島のスケールを体感できる場所だった。

飛流落し
同じく屋久島にある白谷雲水峡の「飛流落し」。全長70mあるという花崗岩の節理に沿って豪快に駆け落ちる様はとても美しかった。渓流瀑の代表と言ってもいいかもしれない。

大川の滝
屋久島の滝では水量規模とも最大という「大川の滝」。読みは「おおこのたき」だ。日本の滝100選のひとつ。落差88mは九州一。ということで楽しみにしていたが、私が行った日は水量が少なく迫力不足。あわよくば、青空のもと水量が多い時に、写真右手を流れ落ちる姿も見たかった。屋久島は花崗岩の島なので、どこに行っても水はきれいだった。但し雨は多いようだ。雨に会わなかっただけでも幸いとしたい。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
によっきりスッポンタケ
2020-11-28 / 自然

立ち上がる姿は男どものイチモツ!?
いつも年末が近づくとコナラを1、2本切り倒すことにしている。シイタケの原木にするためだ。もう植えてから10数年経っているため、根元付近はとても大きくなりチェンソーなしでは倒せなくなった。今までもチェンソーを使ってはいたが、調子が悪くエンジンをかけるのに一苦労していた。そのため、少し大きめの充電式チェンソーを新たに買い求め、試運転も兼ねて先日コナラ林へ。例年より1か月ほど前倒ししての伐採だ。1本の木から長さ1mほどの原木6本をとったが、根元の方は直径20cm以上にもなり運び出すのに汗だく。
どうにか運び出し終わって、チェンソーを取りに戻った時のことだ。足もとに初めて目にするキノコを見つけた。にょっきり白い柄を草の間から顔を出した姿は、男どものイチモツにも見える。傘は暗い緑色。ただ、若いキノコではなくちょっとしおれ気味。その日は気になりながらもそのままだった。2、3日して、やっぱり気になるので再度その場所に行ってみた。すると、しおれ気味だったキノコはもうぐったりと地面に倒れて這いつくばった状態。これでは絵にもならないと思い、近くを探してみた。すると白い卵状のものが草の中に・・・。「ああ、これだ!」と思った。
そう思ったのは、過去にイカタケを見つけたことがあったからである。イカタケの時は、ウズラの卵ほどの白い塊が幾つもあり、長靴の底で触るとツルリと皮が剥け、その後イカの足の様なのがぐにょぐにょ出てきて、ちょっとした発見であった。
というようなことで、数日待って見ることにした。その間、いろいろ調べても見た。名前はどうもスッポンタケで間違いなさそうだ。竹がある付近に出てくるようで、食することもできそうだ。しかし、食べる気にはならない。傘の下からレース状のものが現れれば凄いが、それは現れないようだ。
3日経った朝だったか、行ってみると「おお、にょっきり!」。写真を撮るため近づくと、何やらヘビの頭にも見えたが、ぐっと我慢して接写した。
このスッポンタケ、先端部に粘着質の胞子つくり、臭いに誘われたハエを媒介にして子孫を増やしていくそうだ。悪臭の報告が多いが、まだ若かったせいか強烈な臭いはしなかった。植物の生存戦略、様々だ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
現代アート顔負けの造形(トックリバチの巣)
2020-09-10 / 自然

台風10号は特別警報こそ出されなかったものの、九州に接近、暴風雨が吹き荒れ各地で停電も発生した。川筋集落にある我が家では雨を特に心配したが、風雨とも心配したほどでなく、事なきを得た。ただ、九州山地の懐・椎葉村では土砂崩れで4人が行方不明となっている。早く見つかって欲しい。
ところで台風10号が来る前、あれこれ片付けていたら、木片に土でできたとっくり型のものが付いているのを見つけた。初めて見るものだったが、ハチの巣だろうと思いながらも写真におさめた。造形的にもおもしろく、見方によっては現代アート作品にも見えるが、大きさは直径約14mmと小さい。
ということで、調べた結果はトックリバチの巣。トックリバチは、体長10mm~15mm程の小さなハチで、黒に黄色い縞模様がありスリムな体形で腰が細いのが特徴とある。冬が来る前に巣をつくり、その中にエサを溜め込んで卵を産み付けるようだ。そういえば、軒下に置いたテーブル付近で、いつも足もとを行ったり来たりするハチがいたことを思い出した。悪さをするわけでもなく、毒性も弱く、様々な種類の芋虫をエサとしているようだ。人知れず、人間に役立っているハチなのかもしれない。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
宮崎県央の巨樹・巨木探訪
2020-08-13 / 自然

7月25日の自然観察会は、今年は、新型コロナの拡大もあり、近場の県央の巨樹・巨木の「再観察」とになった。11年経過後の再観察だ。7月初めには、隣の熊本県で球磨川が氾濫し、人吉市、球磨村、芦北町などが洪水の被害を被った。知人夫妻も被災し、ヘリで救助されたと連絡が入った。手伝いに行きたいのだが、コロナの感染拡大防止のためボランティアは熊本県民に限られ、気持ちは少しモヤモヤ・・・。
前日は時折激しい雨。しかし、夜が明けてみれば薄日のさす空模様で、観察会にはもってこいの日となった。11年も経つと、樹木にも変化がある。雷や台風で傷んでいるかもしれない。そんなことを思いながら、集合場所をあとにした。
まず最初は、佐土原町の阿佐加利神社のクスノキ。前回は観察していなかった樹木だ。
巨樹と巨木の違いなどについては、以下を参考にして欲しいが、個別の幹高、幹周などは、「みやざき新巨樹100選」に選定されているものはそれから、それ以外は1988年環境庁調査などを元に記載している。
◎巨樹・巨木の定義
◇1988年に環境庁が全国の巨樹・巨木林調査を行うに当たり、巨樹・巨木について以下の様な統一した基準を設けた。
巨木の定義:
*地上約130cmの位置での幹周が300cm以上の樹木。
*地上約130cmの位置において幹が複数に分かれている場合には、それぞれの幹周りの合計が300cm以上あり、主幹の幹周が200cm以上の樹木。
◇一般に幹周3m以上を巨木と呼び、幹周5m以上を巨樹と呼ぶ慣習がある。
(注:一般に木の大きさを測る基準として、幹周、樹高、重量、樹齢などが考えれるが、幹周のみに巨樹・巨木の統一した基準が定められている。)
◇環境省では、原則として、地上130㎝の幹周りが300㎝以上の木を巨樹と定義
◇宮崎県は1991年に「みやざきの巨樹100選」を選定していたが、倒木や枯死した18本に替わり、2016年に佐土原島津のヤマモモなどの新たな樹木を選定し、「みやざき新巨樹100選」としてリニュアル。
◎阿佐加利神社のクスノキ
市指定郷土の名木で、旧佐土原城下から東1kmにある佐賀利集落にある。神社境内に「元阿佐加利也、上古神武天皇の麻を刈り給ふ」との石碑が立っている。近くには、はぜ馬場のはぜ並木や、大光禅寺中興の祖古月禅師の生誕地がある。
1991環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」では以下のデータだ。

阿佐加利神社のクスノキ
樹高 25m
幹周 5.4m
推定樹齢 100~199年
樹高 25m
幹周 5.4m
推定樹齢 100~199年
1991年の調査時からは約30年も経過している。ということで参加者で計測してみた。結果は幹周約6.1m。70cmも大きく成長していたが、環境丁調査時の推定樹齢には疑問が残った。
◎佐土原島津のヤマモモ
テクノリサーチパークにあるヤマモモは、新たに「みやざき新巨樹100選」に選定されたものだ。山岳信仰が盛んな頃に、信者たちによって植えられたと伝えられている。根元には小さな祠があり、干ばつの時には雨乞いの神事が行われたという。

佐土原島津のヤマモモ
みやざき新巨樹100選
樹高 10m
幹周 6.91m
伝承樹齢 360年
みやざき新巨樹100選
樹高 10m
幹周 6.91m
伝承樹齢 360年
テクノリサーチパークを開発する時、地元の意向で伐採されず移植されたと聞くが、根元には小さな祠があり、お参りもされているようだ。これも計測してみた。結果は幹周6.75m。なんとデータより小さい。根元近くから枝分かれしているため、計測によって違うのだろうとの結論に達したが、計測の難しさもわかった。まだまだ元気なので、周りにある数本のヤマモモとともに成長が楽しみだ。
◎瓜生野八幡のクスノキ群
皆さんにも、ぜひ訪ねてほしいところだ。みやざき新巨樹100選には、「八幡神社は古くから瓜生野八幡宮と呼ばれ、地元の人は今でもそう呼んでいます。この境内にあるクスノキ群は大小16本からなっていて、このようなクスノキ群落は県内でも珍しく貴重な巨樹・巨木群です。」とある。



瓜生野八幡のクスノキ群
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
樹高 28m
幹周 10.3m
伝承樹齢 720年
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
樹高 28m
幹周 10.3m
伝承樹齢 720年
駐車場に着くと、階段脇に根に大きな石碑を抱いたオオクスが迎えてくれた。この1本だけでも圧巻だが、境内には案内の通りオオクスが群落をなしている。最も大きいのは、本殿右後方のものとされているが、柵内なので計測不可。それでも本殿脇から眺めるその姿は勇壮そのもの。また、本殿を背にして左前方のクスノキは、樹姿が伸びやかで、樹下のオオタニワタリとの組み合わせが絶妙だった。時折樹間を抜けて吹く風は、肌に気持ちよく、訪れる人をやさしく迎えてくれる。
◎去川のイチョウ
誰もが知るイチョウだが、みやざき新巨樹100選には、「去川のイチョウは島津氏初代の島津忠久が1179年(治承3)ごろに植樹したと伝えられています。現在では県内最大のイチョウの巨樹で、太い枝が少ないのが特徴です。秋には見事な黄葉を見せ黄葉狩りの観光客で賑わいます。近くには、かつて薩摩に出入りするための要所であった去川の関所跡や旧家があり、薩摩街道の歴史を今に伝えています。」とある。

去川のイチョウ
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
幹高 30m
幹周 9.81m
伝承樹齢 840年
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
幹高 30m
幹周 9.81m
伝承樹齢 840年
計測は保護柵があるためできなかったが、夏を迎え緑葉があふれ、今秋の姿を想像できた。台風さえなければ、秋には絶景となるはずだ。ここでちょっと遅い昼食となったが、普通ならみんなで輪になって食べるところだが、コロナ感染リスクを考え、間隔をあけ並列での食事となった。
◎生目のイチョウ
既存データは下記のとおりだ。「生目神社の森にはイチョウのほかにもイチイガシやクスノキ、オガタマノキなどの巨樹群を見ることができます。クスノキは1792年(明治3)に伐採命令が出されたとき、神社や氏子たちが米3石8斗を出し合いこれと引き替えに伐採をまぬかれたという石碑が残されています。
オガタマノキは古くから神木として境内に植栽され、2~4月には芳香のある花を咲かせます。」

生目のイチョウ
(宮崎市生目神社)
市指定郷土の名木
みやざき新巨樹100選
樹高 25m
幹周 6.55m
伝承樹齢 420年
(宮崎市生目神社)
市指定郷土の名木
みやざき新巨樹100選
樹高 25m
幹周 6.55m
伝承樹齢 420年

クスノキ
(生目神社 社殿右手)
市指定郷土の名木
樹高 25m
幹周 8.65m
推定樹齢 300年
(生目神社 社殿右手)
市指定郷土の名木
樹高 25m
幹周 8.65m
推定樹齢 300年

オガタマノキ
(生目神社 社殿左手)
市指定郷土の名木
樹高 18m
幹周 3.20m
推定樹齢 300年
(生目神社 社殿左手)
市指定郷土の名木
樹高 18m
幹周 3.20m
推定樹齢 300年
ここで計測できたのは、最後のオガタマノキで幹周3.81mだった。過去のデータを環境庁が調査した1988年とすれば、32年で約60cm大きくなったことになる。この樹はまっすぐ伸びているので、誰が計測してもあまり誤差はないはずだ。今後もすくすく伸びて欲しい。
◎神宮のラクウショウとオオシラフジ
ラクウショウは、北アメリカ原産のスギ科の落葉針葉樹で、湿地でよく育つことから和名はヌマスギとも言われ、世界で最も寿命が長い木と言われている。4千年以上も年輪を重ねているものがあると言われているから驚きだ。わが国には明治の初期に輸入され、宮崎神宮に植樹されたのは明治31年頃に宮崎神宮の拡張事業を記念し、市民が寄付したと言われる。現在、わが国最大のラクウショウと見られている。
オオシラフジは、1907年(明治40)当時の宮崎町長が奉納したもので、当時からかなりの大きさであったと言われる。正式な学名はなく、大きく真っ白な花をつけることからこの名があり、4月半ばには藤祭りで多くの花見客で賑わう。
神宮のラクウショウ
市指定郷土の名木
みやざき新巨樹100選
樹高 22m
幹周 5.4m
伝承樹齢 130年
神宮のオオシラフジ
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
樹高 3m
幹周 1.87m
伝承樹齢 200年
市指定郷土の名木
みやざき新巨樹100選
樹高 22m
幹周 5.4m
伝承樹齢 130年
神宮のオオシラフジ
国指定天然記念物
みやざき新巨樹100選
樹高 3m
幹周 1.87m
伝承樹齢 200年
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
ツユクサの受粉戦略
2020-08-07 / 自然


少し油断していると、畑や庭にツユクサがはびこる。時々取り除けばいいのだが、放っておくととんでもないことになる。茎を伸ばし、節々からも根を出してはびこってしまうのだ。それはそれとして、ツユクサの受粉戦略はとても興味深い。植物は昆虫や風の手助けで受粉するが、ツユクサは昆虫をおびき寄せ、それができなかった時は自分で受粉する。
昆虫をおびき寄せる手段は、花びらと雄しべの色。花びらは3枚だが、2枚はミッキーマウスの耳のように大きくそばだっていて色は青。残り1枚は、2枚を支えるように目立つことなく小さく、色も白だ。雄しべは5本だが、これがくせ者。小さな黄色い花のように見える3本は、花びらの青と補色の関係の真黄色で際立ち、虫たちを呼び寄せる。だがこの3本に花粉はなく、花粉があるのは舌を伸ばしたような山吹色の真ん中の1本。昆虫はこの花粉を食べるのだそうだが、少ししかないため食べ終えるとすぐに他の花へ飛んでいく。これでは受粉が成功せずと思いきや、さにあらず。花粉がいっぱい付いた雄しべの本体は、グーッと釣り針のように伸び、黄土色の花粉がいっぱい付いている2本だ。虫たちが山吹色の雄しべの花粉を食べている時に、虫たちには本体の花粉がいっぱい付き、他の花へ飛んで行ってめでたく受粉となるのだ。
なんとも複雑な仕組みだが、ツユクサは「露草」と言われるごとく、花が咲いているのは早朝からほぼ午前中までだ。この間に虫たちが来なければ受粉できないところだが、それでも次の仕掛けで受粉する。花が閉じる時に、黄土色の雄しべと真ん中の雌しべはクルクルと丸まって閉じていき、自分で受粉するのだ。「露草」という文字や柔らかそうな花びらからは、はかないイメージを受けるがなかなかの強者だ。植物の受粉戦略は、なんとも奥が深い。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
コロナが教えてくれた隣人たち 〜田んぼや畑周辺の草花〜
2020-05-13 / 自然

ハルジオン
新型コロナウイルスの関係で自粛が続く。連日のステイホームだ。ただ、都会と違って、ここは農村部。田んぼもあれば畑もある。放っておけば草木はどんどん伸びる。3月末に植えた超早場米のイネは分けつ最盛期で、水管理はほぼ毎日必要。ひと月遅れで4月末に植えた飼料稲も見て回らなければならない。加えて、自家消費用の畑も植え付けしたばかりのものが多い。ステイホームとはいえ、田畑に出ないわけにはいかないい。ただ会合や人と会う事が少なくなった分、時間に余裕ができた。
ということで、いつも見慣れている田んぼや、畑周辺の植物を観察することにした。驚いたのは、種類の多さ。そして自分がそれらの名前を知らないこと。恥ずかしい限りだ。「雑草という名の草は無い」とは、昭和天皇が言ったとか、いや植物学者の牧野富太郎だとか言われるが、田んぼの畦や法面、そして畑では、たくさんの植物たちが命を育んでいた。(その一部を掲載)。
ところで、新型コロナは「ヒト」の活動の結果だという話がある。国連人口部の世界人口推移(推計値)グラフを見ると、産業革命以降の増え方は爆発的右肩上がりだ。1950年25億人、1987年50億人、1998年60億人、2011年70億人で、2050年の予測は98億人だ。「ヒト」が増えるにしたがって、自然は切り刻まれ、そのことによりコウモリ(センザンコウなど諸説あり)に住みついていたウイルスがヒトの前に出てきたというわけだ。さもありなむと思う。私の農村部だけでも、効率化を求めて田んぼは「ほ場整備」され、かつてメダカやハヤやコブナやナマズやウナギがあふれていた排水用の溝は、コンクリート張りの深い排水路となり、曲がっていた小川はまっすぐになり、狭く使いにくかった田んぼも広くなり、その分、畔は半分以下になった。リヤカーの轍があった農道も、大型ダンプさえ余裕を持って通れるほど広いアスファルト道路へと変わった。そのような「変化」は、下記に上げた生き物(ここでは植物)たちの立場に立てば、生きるか死ぬかの戦いだったはずだ。
多様性あってこその「我々」と思いたい。

アメリカイヌホウズキ

アレチハナガサ

アゼナルコ

ギシギシ

ハハコグサ

ハルジオン

ヘビイチゴ

ヒメコバンソウ

ホトケノザ

イグサ

カキドオシ

カタバミ

キツネアザミ

キツネノボタン

コマツヨイグサ

ムラサキカタバミ

ニガナ

ニワゼキショウ

ノビル

ノゲシ

セイタカアワダチソウ

シロツメクサ

スイカズラ

トゲジシャ

トキワハゼ

トキワツユクサ

ウマゴヤシ

ヨモギ

ユキノシタ

ユウゲショウ
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
ノビル(野蒜)の花、認識!
2020-05-09 / 自然


あれっ、この花は何? 茎はノビルのようだけど・・・。そう思ったのが昨日の夕方。写真に撮っておこうと夜明けを待ち、日がのぼるのを待って出かけた。目指すは、3月末に田植えを終えた田んぼの入口。目指すはと言っても家からは1、2分。そこへ足を運ぶと田んぼの中で何か動いた。見れば、2羽のカモがイネの状間を逃げていく。こちらを不安げに振り返りながらそそくさ、そそくさだ。ある程度離れると、立ち止まってこちらを見ている。安全圏まで逃げたのだ。2羽なので多分オスとメスか。
冬場はたくさんのカモがやって来るが、暖かくなるにつれ数が少なくなり、この時期まで見られるのは指で数えるほどになる。田植え直後に、カモに入られるとイネが傷むので歓迎できないが、根がすっかり付いた今なら大丈夫だ。田んぼの中を足でかき回しながら、虫を食べたり、草を食べたりする。天然の除草機だ。これこそ自然の「合鴨農法」・・・。但し合鴨ではなく、田んぼにいたのはカルガモなので「カルガモ農法」と言ったところか。どこか近くで子育てをするのかもしれない。巣など見つかれば、見守ってあげたい。
おっと脱線、ノビルの花が今回の主題。ノビルを漢字で書けば「野蒜」。「蒜」はニンニクなので、それらの仲間のようだ。今までも見ていたはずだが、花を認識したのは初めてのことだ。葉っぱはよく見ていたし、らっきょうを小さくしたような丸い根っこ(鱗茎)もよく見ていた。まっすぐに伸びた花茎の先の珠芽(ムカゴ)も認識していた。しかし、花だけは見ていなかった。認識していなければ、見ていないということかと再認識。なんともきれいな花だ。生育場所は、人間の手が加わっているところ、つまり下草がよく刈られ手入れがよく行き届いているところに自生するようだ。人の手が加わらなくなると自然に消滅してしまうみたいだ。どうも、ノビルの花を楽しむためには、これからも下草を良く刈り、きれいにしておけということのようだ・・・・。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
砂浜を歩けば何かが見つかる
2020-04-19 / 自然



コロナウイルス感染拡大防止のため、友人らには会えないので、砂浜の状態の確認を兼ねて久しぶりに浜に出かけた。なにせわが町の砂浜は、かつて広い砂浜が続き、日本でも指折りのアカウミガメの産卵地だったはずだが、近年は侵食がはなはだしく、浜崖が出来て歩くのも危険なほどだった。しかし国が莫大な予算を付け、対症療法ではあるのだが、他所から土砂を運び入れる養浜や巨大サンドパックの埋設などで、見かけ上少しはよくなっている。地理的には、今年1月末にNHK・ドキュメント72時間「宮崎 ナゾの巨大魚を追え!」で放送された宮崎・石崎浜から石崎川を挟んだ北の海岸だ。再放送などで観る機会があれば見て欲しいが、この番組でも背景の浜崖が気になった。
ところですぐ北の海岸。いつもならサーファーの車を見かけるのに、この日は全く見かけず、代わって見かけたのは2、3の家族連れの車。そして、親子連れと子どもたちが数人、寄せる波ににぎやかに遊んでいるだけだった。
台風シーズンではないので、砂浜はきれいで、波打ち際まで緩やかなスロープを描いていた。往年の砂浜の状態に近く、この分なら5月から始まるアカウミガメの産卵もうまくいきそうだ。
ちょうど干潮時間帯だったので砂浜は広く、波に洗われた小石がリズミカルに並んでいた。台風後の砂浜は、流れ着いた流木やペットボトルなどでいっぱいだが、今回はそういうゴミ的なものはなく、小石や貝殻が並び、所々に風がつくった波紋が見られた。砂浜を歩けば何かが見つかるだ。
波打ち際から離れれば、ハマヒルガオの群生、そしてコウボウムギやハマボウフウなどの海浜植物。どれも砂浜には欠かせない植物だ。遠くに見えるな波打ち際では、夫婦と思われる二人連れが早くも潮干狩りを楽しんでいるようだった。河口に戻れば、のんびり釣り人。
コロナウイルスは都会を中心に大変な事態を生んでいるが、人と会えない分、いつもならできないことを見つけて過ごした方がよさそうだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
綾の照葉樹林に出かけた
2020-04-16 / 自然


モコモコモコ、照葉樹を見に綾の山に出かけた。いつも飼料イネの田植えの時期と重なるので、ちょっと早いと思いながらも出かけてみた。やっぱり早かった。あと1週間から10日もすると、黄金色のシイの花が咲き誇り、山全体がカリフラワーのようにモコモコと大きくなるはずだ。ちょうどゴールデンウィークにさしかかる頃が一番美しいように思う。ウィーク後半には、黄金色も少し枯れ始め赤茶色に移っていく。
宮崎県内では高い山を除けば、どこも照葉樹にあふれている。シイやカシ、クス、タブ、ツバキなどどこでも見れる。しかし、綾の山のようにまとまって残っているものは、ほとんどなくなったのだという。かつて世界遺産登録運動を皆でやったことがあるが、皆、綾の森は凄いとは感じていても、他所にはもっと凄い所が残っているだろうと思っていた。何しろ世界的にはブータンから中国の雲南、台湾そして日本へと続いている照葉樹林帯だ。しかし、関心を寄せていた学者・研究者達が言うには、まとまって残っている所は本当に少ないと言う。ブータンでも、雲南でも、台湾でもだ。綾の山とて一度は伐られたことがある森だ。それが時を経て、だだんと照葉樹林本来の姿を取り戻してきた原生的な森だ。
世界遺産登録は、面積が足りないことが主な理由で登録ならずだったが、運動の後、官民共同で、照葉樹林の周辺にある二次林や人工林を照葉樹林に復元する作業が進められている。宮崎平野を取り囲む山々が、照葉樹林本来の姿を取り戻した姿を想像するだけでも気分はいい。
コロナウイルスで大変な時期だが、近くにシイなどの照葉樹があれば、ぜひ照葉樹林を想像してみて欲しい。気分もよくなるはずだ。
尚、日本最大級の照葉樹林がある綾町は、自然と共生する地域づくりや、有機農業、手作り工芸の里づくり、照葉樹林を保護・復元する「綾の照葉樹林プロジェクト」などの取組が評価され、2012年にユネスコエコパークに登録されています。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ | 次ページ » |