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猪八重渓谷


 渓谷に一歩足を踏み入れたとたん、小鳥のさえずりが耳に入ってきた。メジロ、ウグイス、ヒヨなど、いつも聞き慣れた鳴き声以外にもいろんな種類の鳥が鳴いているようだった。こんなにいっぱい同時にさえずりを聞くのは、久しぶりの気がした。生き物がいっぱいなのだろう。宮崎県北郷町の猪八重渓谷である。
 エコウォーキングの下見に行った時のことである。3人で行く予定だったのが、同行者2人が都合がつかなくなり、一人で行くはめになった。単独行は、最近はあまりしなくなったが、以前はよく一人で山歩きに出かけていた。その時は決まって朝早く出かけ、昼過ぎには帰ってくることにしていた。何しろ山の天気は、午前中は晴れていても、昼すぎからはガス(雲)が出てきたりして、すぐ目の前も見えなくなることがあったりするからだ。山岳関係のクラブに入っていた頃、高山での縦走では午前3時には起床し、食事やテントの収納を終え、まだ暗い内に出発し午前中には目的地に着くのが鉄則だった。もしものことを考えてである。しかし、この日は高山・深山ではない。猪八重渓谷という近場の渓谷沿いのよく整備された遊歩道である。
 一人で出かけることになったので、予定を大幅に変更し、朝早く出かけた。自宅を6時に車で出発。途中、主なポイントで時間や距離を計りながら1時間半ほどで目的地の入口に着いた。7時30分である。駐車場には私の車だけである。入口には“森林セラピー”の文字も見えてなかなか良さそうである。そして駐車場から遊歩道へ向けて歩き始めた時に聞こえてきたのが、冒頭の小鳥のさえずりである。新緑も一年のうちで最もきれいな頃である。例年なら、“綾の照葉樹林”にシイの花を見に出かけたりするのだが、今年は行き損なってしまった。その分も含め、この渓谷で楽しむ事にした。昨年は“裏年”だったのか、どこもシイの花が少なく寂しい思いをした。それが今年はどこもシイの花がきれいで、あちこちの雑木林は美しく彩られていた。猪八重渓谷の照葉樹も真っ盛りは少し過ぎたようだったが、朝日を浴びて美しかった。感覚からすれば、綾の山よりも生き物の密度が濃い感じを受けた。植物の種類も多そうだった。(ただ、あくまでこの日の、この朝の感覚である・・・。)
 北郷町は、森林セラピー基地として認定されたばかりである。宮崎県内では、日之影町、綾町につぎ3番目の認定である。その中心が、猪八重渓谷である。遊歩道はよく整備されている。登山靴よりウォーキングシューズや運動靴の方がいい。渓谷沿いに森林浴をしながら歩くことになるが、この渓谷で忘れてならないのはコケである。その種類は日本で見られるコケ約1800種のうち300種にも及ぶという。世界でも稀にみるコケの宝庫なのだ。コケのことを良く知らない私でさえ、そのすごさに目を見張る。足元だけではない。樹木の幹にも枝にさえコケが付いている。それほど水分が豊富なのだろう。それに渓谷の岩も、中振りの滝もいい。早朝だったせいか、柔らかな光も、木々もせせらぎも全てがみずみずしかった。
 入口から歩くこと1時間10分。最終目的地の“五重の滝”に着いた。すぐ手前は、“鬼の千畳敷”という一枚岩の上を水が流れていた。夏には、さらに清涼感が増すはずである。あれこれと必要事項をメモしながら帰路に着いた。幸いなことに、主な木にはそれぞれ名札が付けられ、説明書きがしてあった。それをメモしただけでも、樹種は80種以上にのぼった。
 駐車場に近づくにしたがって、これから渓谷に入る人たちとホツポツとすれ違うことになった。“おはようございます”。日が少し強くなり、早朝のすがすがしさは少し消えかかっていたが、世間はまだ朝であった。“宮崎の自然はやっぱりすごい”と思いながら下見を終えた。お薦め渓谷である。
 (尚、コケの保護については、クレー射撃場が近くに出来ようとした時、日本地衣学会などが、候補地から除外するよう求めて、守られた経緯がある。)
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