お彼岸
彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」といいます。
「彼岸会(ひがんえ)」は、雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各三日を合わせた七日間のこと。また、この期間に行われる仏事のこと。暦の上では最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」なお、地方によっては最後の日を「はしりくち」という地方もあります。俗に、中日に先祖に感謝し、残る六日は、悟りの境地に達するのに必要な六つの徳目、六波羅蜜を一日に一つずつ修めるためとされています。
秋分の日
秋分の日は、日本の国民の祝日の一つです。日付は天文学上の秋分日。
しばしば、「昼と夜の長さが同じになる。」といわれますが、実際は昼の方が長いのです。
秋分の日は、一九四八年(昭和二三年)に公布・施行された国民の祝日に関する法律によって制定されました。「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている。
仏教各派ではこの日「秋季彼岸会」が行われ、宗派問わず墓参りをする人も多いです。
供物
日本で彼岸に供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、炊いた米を軽くついてまとめ、分厚く餡で包んだ十センチ弱の菓子として作られるのが一般的です。これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来すると言われます。
六波羅蜜
六波羅蜜とは、この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行をいいます。波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に到ることです。(以下、六波羅蜜寺のホームページから)
●布施 見返りを求めない応分の施しをさせていただく事をいいます。貪欲の気持ちを抑えて、完全な恵みを施すことです。布施行は物質だけではありません。
●持戒 道徳・法律等は人が作り現在はますます複雑になっています。私たちは高度な常識を持ち、瞬時瞬時に自らを戒める事が肝要です。
●忍辱 如何なる辱めを受けても、堪え忍ぶことが出来れば苦痛の多い現代社会において、自らが他の存在に生かされていることがわかり、全ての人の心を我が心とする仏様の慈悲に通じることとなります。
●精進 不断の努力をいいます。我々人の生命は限りがあります。ひとときも無駄にすることなく日々誠心誠意尽くすことです。
●禅定 冷静に第三者の立場で自分自身を見つめることをいいます。
●智慧 我々は本来仏様の智慧を頂戴してこの世に生をうけております。しかし、貪りや怒り愚痴によってその大切な智慧を曇らせてしまいがちです。 布施・持戒・忍辱・精進・禅定の修行を実践しどちらにもかたよらない中道を歩み、此の岸から彼に岸へ・・・。
日本家系調査会 無料「家系鑑定」
彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」といいます。
「彼岸会(ひがんえ)」は、雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各三日を合わせた七日間のこと。また、この期間に行われる仏事のこと。暦の上では最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」なお、地方によっては最後の日を「はしりくち」という地方もあります。俗に、中日に先祖に感謝し、残る六日は、悟りの境地に達するのに必要な六つの徳目、六波羅蜜を一日に一つずつ修めるためとされています。
秋分の日
秋分の日は、日本の国民の祝日の一つです。日付は天文学上の秋分日。
しばしば、「昼と夜の長さが同じになる。」といわれますが、実際は昼の方が長いのです。
秋分の日は、一九四八年(昭和二三年)に公布・施行された国民の祝日に関する法律によって制定されました。「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている。
仏教各派ではこの日「秋季彼岸会」が行われ、宗派問わず墓参りをする人も多いです。
供物
日本で彼岸に供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、炊いた米を軽くついてまとめ、分厚く餡で包んだ十センチ弱の菓子として作られるのが一般的です。これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来すると言われます。
六波羅蜜
六波羅蜜とは、この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行をいいます。波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に到ることです。(以下、六波羅蜜寺のホームページから)
●布施 見返りを求めない応分の施しをさせていただく事をいいます。貪欲の気持ちを抑えて、完全な恵みを施すことです。布施行は物質だけではありません。
●持戒 道徳・法律等は人が作り現在はますます複雑になっています。私たちは高度な常識を持ち、瞬時瞬時に自らを戒める事が肝要です。
●忍辱 如何なる辱めを受けても、堪え忍ぶことが出来れば苦痛の多い現代社会において、自らが他の存在に生かされていることがわかり、全ての人の心を我が心とする仏様の慈悲に通じることとなります。
●精進 不断の努力をいいます。我々人の生命は限りがあります。ひとときも無駄にすることなく日々誠心誠意尽くすことです。
●禅定 冷静に第三者の立場で自分自身を見つめることをいいます。
●智慧 我々は本来仏様の智慧を頂戴してこの世に生をうけております。しかし、貪りや怒り愚痴によってその大切な智慧を曇らせてしまいがちです。 布施・持戒・忍辱・精進・禅定の修行を実践しどちらにもかたよらない中道を歩み、此の岸から彼に岸へ・・・。
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