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蹴撃天使RINA 〜おんなだらけの格闘祭 血斗!温泉の宿?!〜 【第一回】

2017年04月20日 | Novel

 未だ雪こそは降ってはいないものの、凍てつくような寒さの外とは違い、暖房が十分に効いている高速バスの中RINAは、白く曇ってしまった車窓を指でこすり、小さな《覗き窓》を作って景色を眺めてみた。鉛色の寒空の元、収穫を終え何もない田畑とまばらに見える民家が左から右へ次々と飛ぶように流れていく。ついさっきまではまだ町並みには大きな建物が並んでいたのに、随分と遠くへ来てしまったのだな……と少しばかり感傷的な気分になる彼女であった。

 大学入試を間近に控えた《恋人》とは僅かばかりの間距離を置いて、高校入学以来久しぶりに《ひとりぼっち》となったRINAはこの冬休み、思いきって旅に出る事に決めた。学業と武芸の修練、そしていつも突然に始まる武林の腕自慢たちとの《果たし合い》で、彼女の肉体や精神は限界まできていた。そこで心の平安と疲労した身体を癒す為に、都心からバスで二時間弱の場所にある、山間豊かな温泉郷への旅を決めた。期間は二泊三日。存分に美味しいものを食べ、存分に温泉に浸かって肉体疲労とストレスを発散させてしまおう!と考えているRINAであった。
窓際に寄りかかって頬杖を付き外をしばらく眺めていると、上空から白いものがひらひらと舞落ちてきたのが見えた。
 雪だ。
 この冬、初めて遭遇した雪を見て何だか急に嬉しくなり、いるはずがない《恋人》に報告しようと隣を見るが、目に映ったのは見ず知らずの乗客の姿。ふと我に返ったRINAはしまった!という表情をみせ、改めて今自分は《独り》なのだと実感する。
 
 ――いるわけないよね。

驚く隣の乗客に軽く会釈をし、顔を真っ赤にしたRINAは再び顔を窓に向け直した。どんな時だっていつも隣にいた《恋人》の事を思い出すと、彼女の胸の奥はきゅんと痛み、センチメンタルな感情がどっと押し寄せて呑み込まれそうになる。

 ーーもう寝よう。

RINAは到着するまでのしばらくの間、《ふて寝》をする事に決めた。まぶたを閉じるとゆっくりと眠気の波が彼女を包み込み、身体の筋肉が次第に弛緩していき高速バスの、決して快適とは言えないリクライニングシートに身体を預けた。
 車窓の外の雪は、徐々にその勢いを増していき、木々や田畑、そして民家の屋根を白く染め始めていた。

 ◇ ◇ ◇

 辺り一面に温泉地ならではの硫黄臭が漂い、今自分のいるこの場所が《湯の町》なのだとRINAは実感する。目を移せば、新旧大小様々な温泉宿が建ち並び、湯治に来た旅行客たちが自家用車や、宿の用意した大小様々なバスが次から次へと各々の旅館に入っていく。
 だが、RINAの投宿する場所はこの賑わっている温泉街にはなかった。自分でネットやガイド本などで調べ何度も検討し 、今ある貯金との兼ね合いにより選んだ温泉宿、それはこの場所よりも更に山の方にある、こじんまりとした旅館『白鶴館』である。現在の場所に温泉街ができる以前より営業している老舗旅館で、立派な大浴場や過剰すぎるサービスを目玉にする新興のホテルや旅館に客足を奪われ近頃は訪れる湯治客も減っているが、それでも《大手》旅館にはない真心こもった《おもてなし》で、大変贔屓にしている常連客も少なくはない。
 雪が休みなく降り注ぎ、温泉水を旅館へと供給するパイプから立ち上る湯気により辺り一面が白く曇り、日常から遠く離れる《異界》感が漂うこの温泉街の中を、RINAは宿が用意した送迎バスが到着するまでの暫し間、ぶらぶらと近辺を眺める事にする。
 近くの販売所で、ふかしたての温泉まんじゅうを買って、「あちち!」と頬張りながら年期の入った土産物屋の並びを物色していると、店の壁や電柱に同じポスターが貼られているのに気が付いた。
《大鍬神社 新春角力(すまい)祭》
 赤く染められた神社の背景写真に筆文字で大きく書かれた、金色の文字が嫌でもRINAの目にも飛び込んでくる。

 ーー角力? 奉納相撲みたいなものかしら……?

 現在では珍しい格闘技系の神事に、少しだけ興味をそそられたRINAは、目の前の茶店のおばちゃんに尋ねてみる事にした。

「すいません、ちょっとポスターの件でお尋ねしたいのですが……」
「はいはい、《御鍬さま》の事ですね」

何度も同じ質問をされ慣れているのであろう、おばちゃんの対応が妙にスムーズだ。

「やっぱり《奉納相撲》か何かですか?」
「境内にある舞台で行われる、新年を無事に迎えられた事を神様に感謝する為の御神事ですよ。角力といっても今やっているお相撲とはかなり違いますけどね。因みにお嬢さんは何処にお泊まりですか?」
「はい、白鶴館に」
「それはいいですね! ちょうど御鍬さまの近所ですし、もし宜しければ見学なさるといいですよ……ただ、少し気を付けて下さいね」
「えっ?」
「角力に参加される方……特に若い男衆は、御神事前日から気が立っているので、お嬢さんも十分に用心してくださいよ。今だって、ほら」

 茶店のおばちゃんが指差す方向を見ると、肉付きのよい4〜5名の男性が、昼間から酒を煽りほろ酔い気分なのか、観光客とおぼしき若い女性二人組にちょっかいをかけていた。おばちゃんはその様子を見ては露骨に嫌な顔をする。

「ねぇねぇお姐ちゃん、俺らと一緒にどお?」

 頭に鉢巻きをした吊り目の男が、酒で赤らんだ顔をしてケタケタ笑いながら、すっかり怯えきった女性たちに迫る。逃げようとしても仲間の男たちが《壁》を作ってブロックしているのでますます脱出が困難となっていく。こんな状況だというのに廻りにいる他の人たちは彼女らを救出しようともせず、ただ関わり合いを避けようと眼を伏せ、その場を通りすぎるのみであった。

 ーープチッ!

 RlNAのなかで何かが切れた。
 茶店のおばちゃんが、大股で荒くれ者たちの方へ向かう、彼女の歩みを止めようと懸命に声を掛けるが、既に頭に血が昇ったRlNAにはもう何も聞こえなかった。 
 吊り目の男が、仲間たちの連携プレーによって逃げ場を失い、しゃがみ込んで怯える二人連れの女性に向かって歩を詰めていくその時、仲間のひとりが「痛ぇ!」と悲鳴を上げ、冷たく固いアスファルトの道路へ真っ正面に倒れた。

「どうした?!」

仲間に声を掛ける吊り目の男。

「だ、誰かが俺の膝の裏を蹴りやがった!」

 男たちは仲間を傷つけた《犯人》を捜すべく、各々が自分たちの周辺に視線を動かした。

「……どこ捜してるのよ?」
屈強な厳つい男たちが揃いも揃って、きょろきょろと目や身体を動かして犯人捜しをしている真っ最中に、突如としてRINAは姿を現した。

「何だ嬢ちゃん? 俺らは今忙しいんだよ、あっち行ってろ」

 先程何者かによって体勢を崩され、思いがけずアスファルトへキスをした太った男が、声を掛けてきた余所者のポニーテール少女に対し、追い払うように邪険に扱った。

「あ、そう」

 RlNAは素っ気なく返事をすると、もう一度同じように男の膝裏を蹴りアスファルトの道路へ、その巨躯を這いつくばらせた。

「!?」

 仲間が崩れ倒れる音を聞き、一斉に彼の方に目を向ける男衆。その視線の先には今しがたまで怯えて縮まっていた二人連れの女性客は姿を消し、代わりに涼しい顔をして笑みを浮かべるRlNAが立っていた。

「テメエか、俺の仲間に手を出したのは?!」

見るからに自分たちよりも小柄で、幼い顔立ちの彼女に対して、大人げなく凄んでみせる鉢巻き男に、《ぶりっ子》のフリをして大袈裟に怖がってみせるRINA。

「やだぁ、オジサン怖ぁ~い……ってそんなのウ・ソ」

 シュッ!

 空気を切る音と共に、突如男の視界へRINAの拳が飛び込んできた。可愛らしい顔からは想像もできない、彼女のパンチの速さに避ける事もガードする事もできず、そのまま拳は彼の鼻っ柱に直撃し、後方へと倒れていった。 
 この信じ難い光景に、RINAの周りを囲んでいる男たちが、水を打ったように一瞬静まり返った。畏怖と怒りの入り交じる視線の中心にいる彼女だけが、楽しげに撃ち込んだ拳を左右に振っておどけてみせた。この行動に、地を揺らすような激しい怒号が男たちから沸き起こり、RINAへ目掛けて皆が突進する。 それまで行楽客の往来で楽しげだった温泉街の空気は一変し、悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の《戦場》と化した。 
 拳を振り上げ向かって来る男ふたりに対し、RlNAはがら空きになっているボディへ素早くパンチを打ち込む。鉄の棒で突かれたような、鈍重な衝撃を腹の奥に感じた男たちは、耐え難い痛みで身体をくの字に曲げ、顔を真っ青にしてその場にうずくまった。

「この野郎ッ!」

 続いて、似合わないサングラスをしたネズミ顔の男が、モーションの大きな廻し蹴りを彼女の頭部へ目掛け繰り出した。ど素人の放つ隙だらけのキックにRINAは、当たり前のように蹴り脚を避けると、地を削るような後掃腿で細い軸足を刈り取った。彼の両足が地から離れ身体が宙に浮いたかと思うと、すぐに固い道路へ背中から落ちて男は息苦しさと激痛で動けなくなる。
 一斉に襲い掛かってきた男衆であったが、結局誰ひとりRINAに触れる事も出来ず、全員が地面にひれ伏したのだった。それまで酒の力と根拠のない自信でイキがっていた、不良中年たちの面目は見事に潰された格好となった。
 このままでは男が廃る。と思ったのか、リーダー格である鉢巻き男が頭を振り懸命に立ち上がろうとする。気付いたRINAはとどめとばかりに、彼の頭部へ目掛けハイキックを叩き込もうと脚を振り上げた。

「えっ? きゃあ!」

 格闘にはおよそ不向きな、《よそ行き》のファーブーツを履いていた事をすっかり忘れていたRINAは、雪で道路が濡れ滑りやすくなっている事を考慮していなかったため、普段通りに軸足に体重を掛けた瞬間、 濡れた道路に足を取られ尻餅をついてしまったのだ。
 腰から下半身へ徐々に広がる鈍痛。そして黒いデニムパンツの上からも通して伝わって来る、冷たくウェットな感覚に彼女は顔をしかめた。

 ザッ、ザッ……

 痛みを堪えて立ち上がった男衆が、最初の舐めた態度とは違う、怒りに燃えた表情でRINAに迫って来る。いつもならばこんな危機的状況でもあっという間に打開出来るのだが、腰から下が痺れて力が入らない今、反撃はおろか立つ事もままならず、ただ尻を引き摺り後ろへ逃げる事しか出来ずにいた。

 ――どうしよう? このままじゃ私……

 頭の中に一瞬《貞操の危機》という言葉が過る。必死に腿を叩いて回復を試みるが余りにも時間が無さすぎる。自分の胸元へ伸びる複数の男性の手を見て、RINAがどんな闘いに於いても、めったに感じる事の無かった《恐怖心》が腹の奥底から込み上げて来た。

 ――嫌っ、来ないでっ!

 両腕で胸をガードし、小さく身を縮ませ恐れ震えるRINA。幾多の《敵》を撃破してきた《女侠》の面影は既に無く、可愛らしい普通の女子高生の姿があるだけだったーーその時、RINAの後ろから見知らぬ“黒い影”が猛スピードで駆けていき、襲い掛かる男のひとりへ激突していく。
 彼女は、身を護っている腕の隙間から様子を覗き見ると、そこには自分より少し歳上らしきロングヘアの女性が、暴漢の胸板へ鋭角な膝頭をヒットさせ地面へと這わせていた。続けて迫り来る男ふたりの顎へ、肘や前腕といった固い部位を、目にも止まらぬスピードで撃ち抜いていき彼らの意識を飛ばしていく。RINAは自分と同じような《女武芸者》の登場に驚くと同時に、見た事の無い技を目の当たりにして興奮する。

 ――すごい、凄いっ! あぁ脚の痺れが早く取れないかな? あの人と一緒に暴れたいなぁ……

「リナちゃん、立って!」
「は、はいっ!」

 女武芸者の言われるがまま、RINAは魔法にでも掛けられたように、一分の迷いも無しにすっと立ち上がった。若干尻に痺れは残っているものの、闘う分には別段問題も無い。 しかし初めて出会った筈なのに、既に彼女が自分の名を知っている事には、この時点では疑問に思う余裕もなかった。一度ならず二度までも、漢としての面子を潰された鉢巻き男は、眼を血走らせて強きふたりの女性に向かって玉砕覚悟で突進してくる。
 今度は足元を取られないよう充分に注意し、男の膝関節を斜めの角度から、コンパクトな軌道で蹴り進撃をRINAが止める。関節に走る激痛に顔を歪め、膝から崩れ落ちる鉢巻き男にロングヘアの女武芸者は、腕を振り上げ真正面へジャンプし、彼の脳天へ己の硬い肘を叩き込んだ。激痛が全身を駆け巡り二度と男が立ち上がる事はなかった。

「逃げるよ、ついて来て!」

 歳上の女武芸者に言われるままに、残った力を振り絞りRINAはこの場から逃走する。 残された男衆は身体に走る激痛にうめき声を上げ、ごろごろと道路へ無様に横たわり、とても追跡どころではなかった。土産物屋の端に停めてあった、女武芸者の物とおぼしき白い軽トラックにふたりは急いで乗り込むと、灰色の排気ガスを廻りに撒き散らしながら猛スピードでこの《修羅場》から離れていった。

 ◇ ◇ ◇

 車を走らせる事約5分、色とりどりの宿泊施設が密集する温泉街が遥か遠くに去っていき、ようやく民家や商店など《人間の生活》が感じられる風景が見えてきた。

「……ええ、はい。お客様はあたしが責任を持ってお連れしますんで。女将さん、お騒がせして申し訳ありません」

 スマートフォンの相手はどうやらRlNAが泊まる事になっている『白鶴館』の女将で、聞こえてくるふたりの会話を総合すると、時間になっても指定場所に現れないRINAを心配して、食材などを各旅館へ卸している顔馴染みの女武芸者に連絡した、という事らしい。
 通話を終え、スマホを運転席の傍にある充電器に差し込むと、彼女は重苦しい空気を変えるべくカーラジオのスイッチを入れる。地元放送局のアナウンサーとベテランタレントによる、他愛のないお喋りが車内に響き渡った。

「どう、落ち着いた?」
「はい……危ない所を助けていただきありがとうございます」

 土気色だったRINAの肌の色も、落ち着きを取り戻したのか、血が通う健康そうな肌艶へと戻っていた。

「慣れない環境で、普段通りの実力を発揮するのは難しいもんねぇ。でもそれなりの闘い方も事前に想定しなきゃ、本当にアイツらに犯されていたかもよ? 《蹴撃天使》ちゃん」

 ーー!!

 武林での、自分の《通り名》を意外な人物から聞いたRINAの身体は、ビクッと一瞬硬直する。

「あなたは……誰なんです?」
「やぁね、そんなに身構えないでよ。お姐さんこわ〜い……そうね、申し遅れたわ。あたしの名は秋元絵茉(あきもと えま)、武林の連中からは《泰拳姑娘(たいけんくーにゃん)》と呼ばれているわ」

 泰拳……ムエタイ使いなのか? 戦闘に肘や膝を多用する絵茉のスタイルはRINAにとって、一種のカルチャーショックであった。

「厳密には現行のムエタイとは違う、もっとトラディショナルな古式ムエタイ(ムエボラン)を基本ベースとした、あたし独自の武術スタイルなんだけどね」
「でも凄いですっ!お時間があったら一度お手合わせをお願いします!!」
「そうね、あたしも直接身体で《蹴撃天使》の実力を知りたいしね……でも今は《リラックスする事》だけを考えなさい。リナちゃんさぁ、旅行に来たんでしょ?」

 すっかり忘れていた。
 顔を真っ赤にして恥ずかしがるRINAの表情を見て、冬景色にはまるで似合わない小麦色の肌をした絵茉は、歳上の余裕からかニヤリと悪戯っぽく笑った。
 先程まで振り続いていた雪はすっかり止み上がり、目的地である『白鶴館』がある山の麓が、灰色の雲の隙間から差し込む黄金色の太陽光に照らされ、きらきらと美しく輝いて見えた。



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