HIMAGINE電影房

《ワクワク感》が冒険の合図だ!
非ハリウッド娯楽映画を中心に、個人的に興味があるモノを紹介っ!

二次創作小説『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の六

2010年05月24日 | Novel

 数日後…

 シリーズ開幕戦だというのに、会場である市民会館は超満員の客で溢れていた。周りを見渡せば、ひいきの選手の名前を書いた横断幕や、そろいのハッピを着た私設応援団など、いかにもプロレス会場らしいアイテムがそこには揃っていた。

 あの後ワタシは、早速木下さんに名刺に記載されていた個人用携帯番号に電話を入れ、今日の試合に招待した。最初はなかなか決心がつかず、30分くらい携帯を握ったまま凝固していたが、意を決し、やっとボタンを押すことができた。

…断られたらどうしよう?

 ネガティブな思考が発信音が鳴る度に頭をよぎるが、それ以上に彼の声を聞きたくてじっとその時を待つ。


「はい、もしもし…?」

 木下さんの声だ。

 ワタシはあの夜の無礼を詫び、本題である市民会館で行われる開幕戦への招待を彼に伝えた。堅物そうな印象の木下さんからは意外にもOKの返事をいただき、「必ず応援に行きますから!」とまで言ってくれた。

「よしっ!」

 木下さんとの通話が終わった後、ワタシは携帯を片手にガッツポーズをした。その横ではあまりにもおかしかったのか、枕を顔に付けて越後が笑いをこらえていた。

 

「SRーBー10というと…あの方ですか、木下さん?」

 ワタシの入場時に、誘導をしてくれている越後からコソッと訊ねられた。ええっとSRのB…あぁ、リングサイドの2列目か。どこだ?…いたっ!

 木下さんは仕事帰りで来たらしく、ワイシャツにネクタイというサラリーマンらしい姿でそこに座っていた。

「これが噂の彼ですか…やさしそうな方じゃぁないですか?」
「へへっ、アリガト」
「…先輩、意外と見る目ありますね」
「…ん?」

 歓声にかき消され、所々越後の声がよく聞こえなかったが、雰囲気を読みとる限りでは、どうやらワタシの監査役である彼女のお眼鏡には叶ったようである、ふぅ~。

「堀ぃ~っ!」
「今日も面白い試合見せてくれぇ~!」

 野太い男性ファンの声援があちこちで飛び交う。

…さぁて、一丁やりますか。

 ワタシはリングに向かって元気よく駆けだしていく。

 後に控えているセミやメインに向けて、観客の興奮を散漫させることなくリング上につなぎ止めておくのが中堅レスラーであるこのワタシに課せられた大事な《仕事》なのだ。リングの上では今日の対戦相手である、フロリダ出身の常夏娘、アニー・ビーチが目一杯の笑顔で、男性ファンたちの声援に応えていた。


 肝心の試合は10分前後で終わった。アニーのテクニック&パワー殺法に戸惑ったものの、ワタシはドロップキックの連発など得意の飛び技で活路を見いだし、最後はフィニッシュ技であるコーナーポストからの前方空中3回転ボディプレス《キャット空中大回転》(もっとマシなネーミングはなかったんですか、広報さん?)でケリを付けた。

 レフェリーが最後のカウントを数え終えると、場内にはねぎらいの拍手と歓声が鳴り響いていた。ワタシは自分とアニーとで身体を酷使して作り上げた試合が観客に満足してもらえたことが素直にうれしくて、四方の観客からの声援に腕を上げて応えた。

「堀ぃ!ナイスファイトォォ!!」
「次も期待してるぞぉぉ!!」

 ふとリングサイド席に目を移すと、木下さんが声援こそは出さないが、目一杯手を叩き賞賛の拍手をリング上のワタシたちに贈る姿を発見した。

あーよかった…満足してくれて。

 リングから降りて控室に戻る際、リング下で雑務をしている越後と目が合った。彼女は無言で、チラリと視線を木下さんの方に送ると、ワタシに向けて指で「マル」マークを作り、ニッと笑った。


「はいっ…パンフレットは1500円になります。…どうもありがとうございます!」

 セミ前の、リング調整のための休憩時間。ワタシはグッズ売店に立っていた。

 初めて見る人は、先ほどまでリング上で闘っていた本人が売店で売子をしている事が信じられない!という顔をされるが、これもワタシたちレスラー…というか新日本女子の社員としては当然の仕事のひとつである。トップ選手たちは別として、ワタシたちのような新人や中堅選手はこうやって売店に立ち、お客さんと直に接することで自分たちの評価を知り、それによって今後の自身のファイトに生かしたりする事のできる大事な勉強の場でもある。

 ワタシはお客さんが購入したTシャツやパンフレット等に自分のサインを入れてあげている最中、後ろから誰かにツンツンと肩を突つかれた。何事か?と思い後ろを見るとそこには越後の姿が。彼女は顔をワタシの耳元まで接近させ、何やらゴニョゴニョと呟いた。

「…先輩、交代しますから」
「何でよ?」

 不機嫌そうに問い返すと、越後は指で少し離れた場所にあるロビーの方角を差した。そこにはベンチで一人座っている男性の姿が見えた。

…木下さんだ。

「さぁ、行ってください。お待ちですよ」
「あ、うん…サンキューね」

 ワタシはとりあえず書きかけのサインを完成させ購買者にお礼をすると、席を越後と交代し早足で木下さんの元へ向かった。

「堀さん…どうもお久しぶりです」

 ワタシの姿を発見すると、彼はベンチから立ち上がり会釈をした。

「本日は、試合にご招待いただきありがとうございました」
「いえ…本当にお越しいただいて…またお目にかかれてうれしいです」

 そんな姿を見てワタシは恐縮してしまい、何度も頭を下げてしまう。お互いに頭を下げあっている姿が滑稽に映り、ついつい笑みがこぼれる。周りにはワタシの事を知っているであろうプロレスファンの姿がチラホラといたが、過剰に騒ぎ立てず、いい意味での無視を決め込んでくれたので、大変ありがたかった。

「生で観戦するのは初めてだったんですが、やっぱり凄いですねぇ…女子プロレスは」
「あははっ、喜んでいただき光栄です」

 ワタシたちはベンチに腰を下ろし、二人で互いの近況報告や何でもない世間話などを語り合い、楽しい時間を過ごしていた。話の節々に出てくる固有名詞から推測するに彼とは同じ世代の感じがしたので、試しに当時流行した音楽やテレビ番組などの話題を振ると、案の定喰いついてきた。あまりにも落ち着いているのでてっきり年上の方だと思っていただけに、気が少しだけラクになった。


「…リング調整が終わりましたので、まもなく試合を開始します」

 館内から休憩の終わりを告げるアナウンスが聞こえてきた。楽しい時間はあっという間に過ぎていくものである。もうちょっと話したいなぁと思ったが、グッズ売店の方を見ると撤収の準備が着々と進められており、若手選手の数名はリング警備のため慌てて会場へ戻っている。

「堀先輩っ!何やってんですか、片づけ手伝って下さいよ!」

 越後の大きな声がこちらまで聞こえてきた。声のトーンからすると、怒っているな、ありゃ。ここらで幕を引いておいた方が無難と考え、ワタシは木下さんとのお喋りを泣く泣く打ち切った。

「すいません…またこれから仕事ですので。それでは、残りの試合も是非楽しんでいってください」

 ホントはまだまだ話し足りないのに…泣きたくなる気持ちをグッと押さえ込み、笑顔を作って彼にあやまる。木下さんは

「いえ、こちらこそ無理に引き留めちゃって申し訳ないです」

といってワタシに向かい軽く頭を下げ、そのまま薄暗い会場の中に歩を進めた。


 会館ロビーと会場とを隔てる分厚いドアの前で名残惜しそうに彼の消えゆく背中を見ていたが、突然急に立ち止まりクルッとワタシの方を向いた。

「実は…もう一度逢いたいと思っていたんです…」
「えっ?」
「飲み会の時に出会って以来、ずっとあなたの事が忘れられなくて。下心出して自分の名刺を渡したけど、電話なんて掛かってくるわけなんかない…そう思ってました」

 会場の奥でライトに照らされて輝くリングではセミファイナルのタッグマッチが既に始まり、ワタシたち二人以外すべての観客はリング上での熱戦に心奪われていた。

「あなたからお誘いの電話を戴いたとき、正直うれしかった。動機は不純かもしれないけど、これでまた逢えるぞ…って」

 会場の大歓声に負けまいと大きな声で胸の内を吐き出す木下さん。ワタシはそんな彼の姿を見ていると胸が締め付けられる想いで一杯になった。

 そして自然に正直な、自分のキモチが言葉になって口からあふれ出す。

「ワタシも正直、木下さんにもう一度逢いたくて…小賢しいかもしれないけど、こうするしか思いつかなかったんです」
「えっ…」
「あの晩以降、あなたの事を考えているだけで…ドキドキしたり、ニコニコとしたり…何ていったらいいのかな、その…地に足が着いてない不安定な気持ち?でもイヤじゃないんです。そんな気分になる自分も、こんな気持ちにさせた木下さんの事も」

 ワタシと彼、その間に存在した物理的・精神的な距離が徐々に縮まっていく。気が付くとワタシのすぐ目の前に恥ずかしそうな、それでいて誇らしい顔をした木下さんが立っていた。多分ワタシの顔もきっと同じような感じなんだろう。

「だからもう一度逢ってみたかった、逢ってお話がしたかった。もしそこで「違うな」と感じたら、それはただの気まぐれだったんだな、って納得しようと思っていたんです」
「…」
「再び逢って…こうしてお話して…やっぱりワタシのあの気持ちはウソじゃないんだって、あなたに逢いたかったんだって確信したんです…」

 手に何かが触れた。暖かく、それでいて何か湿っぽい感触が。それは木下さんの手がワタシの手を握っていたからだ。手から直接、痛いほど彼のワタシに対する想いが伝わってくる。ワタシは「これが返事です」とばかりに、木下さんの手の上に自分の掌を重ね「うん」とうなずいた。

「…明日から地方巡業が始まるんですけど、必ず電話入れますから」
「ありがとう。たまにはこちらからも連絡入れますんで…」
「2週間くらいしたらまた帰ってきますので、そのときは…」
「…二人で食事にでもいきましょう」

 そう木下さんがいうと、お互いにクスクスと笑い合った。そしてどちらからともなく固く結ばれた手を解くと、振り返ることなく彼はリングサイド席にワタシはロビーへとそれぞれの《居場所》へと戻っていった。

 ロビーに戻ると、一人で撤収作業を行っていたのであろう越後が腕を組んで仁王立ちをしていた。

 あらら…ヤバっ、仕事スッポかした事怒ってる?

 ゴメン!とワタシが謝りかけたその時、横一文字に結ばれていた彼女の口が開いた。

「…おめでとうございます、先輩」
「へっ…?」
「だから、両想いになっておめでとうございます…って言ってるんです」
「はぁ…どうもありがとう。でも怒ってるんじゃ?」
「そりゃまぁそうですが、なかなかこんな貴重な瞬間に立ち会うことなんてできませんからねぇ…チャラです」
「貴重な瞬間って…あっ、さっきの見てたの?!」

 彼女はどうやら先ほどの木下さんとのやりとりを逐一観察していたらしい。まさか知り合いに見られているなんて思ってなかったので、越後にそういわれた瞬間、恥ずかしくなって顔から火を噴いたように熱くなった。

「大丈夫です。私絶対誰にも言いませんから…そのかわり」
「…そのかわり?」
「スイーツ、おごって下さいね」

 忘れてなかったのか…越後ちゃんよ?

 まぁスイーツで手を打ってくれるなら安いもんだよね…?でも決して彼女は交換条件などという打算的な事は言わないはずだ。きっと冗談にかこつけての照れ隠しなんだろうな、きっと。

 ワタシたち二人は、リングサイドの警備の仕事につくため、急いで会場の中に入り所定の位置に立った。リングの上では本日の主役たちが照明と、自らの持つ《輝き》によって目映いほどの光を会場中に放っていた…

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ちょっと約2ヶ月間、私用が出来たので『テディキャット堀編』は一旦休載します。なお、『レッスル~』関係ではmixiのほうでもコミュニティー『レッスルエンジェルスLM(ラブミッション)』というのに参加してますので、そちらのほうもよろしければ閲覧&参加してくださいまし。

 


二次創作小説『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の五

2010年05月20日 | Novel

 日曜日、昼下がり、新女選手寮…


 太陽の日差しの強いこの時間、日課の全選手合同練習は既に終わり、それぞれ自分のための練習(弱点克服や調整等)をする者、部屋の中、または外でプライベートな時間を過ごす者など様々だ。

 ワタシはというと、寮の居間でソファーに腰掛け、スナック菓子を頬張りながらテレビを観ているという、実に緩みきった時間の過ごし方をしている。あっ、もちろん隣には副寮長サマの越後もいっしょだ。

「悪ーい、越後。スイーツ買ってくるのすっかり忘れてたわ」
「どんだけ楽しみに待ってたと思ってるんですか…まっ、冗談ですけどね」
「ははは、事情が事情だったから…」

 ワタシたちは昨夜の合コンを肴にしてダベっていた。越後は根っからの真面目ちゃんなので、そういう社交的な場に出たことがほとんどなく、ワタシの夕べの体験談を食い入るように聞いていた。

「しっかし、失礼ですよね。そのボンボン!私だったらついでに肋骨に膝入れてますよ」
「おいおい、折れるだろーに」

 夕べの合コンにおける「プロレスは八百長」と本職の前で発言したボンボン(既に名前となっているが…)に対するワタシの行動は、越後はキッパリと肯定してくれた。持つべきモノは同業者の後輩だよねー、やっぱり。

「それで、そのキノシタさんって方、先輩に脈アリってカンジですか?」
「そうねぇ…」

 ワタシは、夕べ帰り際に頂いた、彼の名刺を眺めながら考えてみた。

 ……どうなんだろうなぁ?たしかにワタシに興味はあるのだろうけど、実はみんなにも優しくて、昨晩の件は彼にとって当たり前の行動なのかもしれない。しかし、あの木下さんの、すべてを包み込むような笑顔を思い出すと、あれはワタシに対してだけ見せた特別な物に思えてくる…気がする。

 そんな事を、無い知恵をフルに働かせ考えていると、越後は急に黙り込んでしまったワタシの顔をのぞき込んだ。…それも何かを企んでいそうな笑顔で。

「…先輩、ウブですねぇ」
「ほっとけ。こう見えても経験は少ないんだからね?」
「そうですか。もっと遊んでるイメージがあったんですが」
「…殴るよ」

 スナック菓子を取ろうと皿に手を伸ばすが、既に食べ尽くしてしまったため、ワタシの右手は空を切る。そしてテレビの画面の中では、相も変わらず美男美女の、波瀾万丈な恋模様が映し出されていた。

「……買ってくるか、ロードワークも兼ねて」

 ワタシはテレビを消し、ソファーから立ち上がり軽くストレッチをする。こんなモヤモヤした気分の時は、外に出て汗を流した方がよっぽどいい。

「あっ、私付き合います」

 越後も続いて立ち上がる。本来、自由時間なので彼女が先輩であるワタシに付きそう義務はないのだが、ワタシが気になるのか、それとも恋バナの続きが知りたいのか(多分コレ目当て)ロードワークに同行してくれることになった。

 十分に身体をほぐすと、ワタシたち二人は横一列になり、走り出した。


 一日で一番陽が高い時間なので、目に太陽光が刺すようで眩しいが、まとわりつくような湿気も今日は少なく、ワタシたちは快適に走行距離を伸ばしていった。

 川沿いの土手道を走っていると、河川敷のグランドでは少年野球の試合が行われていて、時々カキーン!という金属バットの音が聞こえてくる。そしてワタシたちの後ろからは、何やら大声で叫びながら小学生の男の子集団が自転車で走っていった。何てことはない、ごく普通の《日常》がそこにはあった…

 一時間後、帰路に就くワタシたちは、当初からの目的であったスナック菓子購入を、通りのスーパーで済ませ、ついでに買ったアイスクリームとビニール袋を持って歩いていた。

「何だか…部活帰りの女子高生みたいですね?、私たち」

 越後がポツリといった。その顔は満更でもないって表情をしていた。普段ハードな練習や、それ以上に大変な諸先輩から申しつけられる雑務に追われ苦労も絶えないであろう彼女だが、元々の性格故決して表情や口に出したりしない。

 せめてワタシといるときぐらいは《女の子》としての部分を出してほしい、と思っている。先輩面してガミガミ言うのはワタシの柄じゃない。やるべき事さえやっておけば問題ないのだから、さ。

「いーのいーの。息抜けるときに抜いておかないと、死んじゃうよ?越後ぉ」
「…死なないとは思いますが。でもせっかくですので甘えさせてもらいます」
「上等っ!おねぇさんにまかせなさいって」

 ワタシたちは、まるで女子校の先輩後輩のように振る舞った。河原に座り込んでアイスクリームを食べたり、ちょっと商店街に寄り道して、店先を冷やかしながら歩いたりして、僅かばかりの《なんちゃって女子校生ライフ》を楽しんだ。

 よく考えれば女子プロレス団体自体が全寮制の学校のようなもので、ワタシたちは共に泣き、笑い、嫉妬し、励まし合い、そしてある時期がくるとこの団体を退団…卒業していく。一つ違うのはその《時期》は会社や自分が決める事だけだ。

「あっ、今度の大会のポスター貼ってありますね?」
「え、どれどれ」

 とある店舗の専用駐車場を囲むフェンスに、貼り付けてある新女の興業告知ポスターを、越後が発見し教えてくれた。普段事務所や試合会場ではよく目にするポスターだが、こんな場所で見かけるのは初めてで、ワタシたちは当事者であるにもかかわらず珍しそうに眺めていた。

 蛍光色を背景に、女帝・パンサー理沙子大先輩を画面の中央に配置し、以下、衛星のように今売り出し中のマイティ祐希子やボンバー来島、菊池理宇などの《革命軍》の面々が並び、参加外国人選手の写真が左右に表示されている。
 
 不肖ワタシのポーズ写真も後輩の祐希子たちの三分の一の大きさながら載っていた。これがこの団体における今のワタシのポジションだろう。それでも「選手多数出場」の括りに入っている越後に比べればマシなほうだが。

 しばらくポスターを眺めていると、昨晩、合コン帰りのタクシーの中で木下さんに
「チケット送りますから…」と言った事を思い出した。そしてポケットに入っている彼の名刺を見てみると、幸い彼の勤めている会社がこの付近にあることが分かった。ポスターに書かれている開幕戦の会場である市民会館も近い。

「…誘っちゃおうかな、木下さん」

 ワタシは越後の顔を見た。彼女もワタシの考えていることが分かったらしく、ウンと頷く。

「さっそく寮に帰ったら、事務所に招待券が余ってるかどうか確認しましょうよ。…大丈夫ですって、今ウチの団体景気いいんですから」
「そうね、ワタシ帰ったら早速木下さんに連絡してみる」
「そうですよ。善は急げ、ですよ」

 ワタシたちはそう決めると、寮までのわずかな帰り道を猛スピードで走っていった。
あれほどモヤモヤと頭の中で渦巻いていた個人的な、しかも厄介な悩みはすでにワタシから無くなっていた。そう、たとえ誰かがワタシの恋路を邪魔しようとも、たった一人の援軍である越後がそばにいる以上は、どうにでもなるような気がしてきた。…迷惑か、越後?

「先輩っ!」

 越後がワタシの後ろを走りながら叫んだ。

「何ーっ?」
「私…先輩のこと応援してますからっ!」

 ワタシは嬉しさと恥ずかしさが一気にこみ上げてきて、思わずスピードをあげて走り出した。

…やるだけやってみるか。

 空はすでに暗くなりはじめ、選手寮に続く道路に点在する街灯が少しずつ付き始めていた…


二次創作小説『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の四

2010年05月19日 | Novel

「…堀さん、ちょっと酔っぱらっちゃってるみたいだからさ、タクシーに乗せて帰らせるよ。それじゃぁ皆さんは引き続き楽しんでいて下さい」

 そういうと彼はワタシの鞄やガウンなどを手に持ち、もう一方の手でワタシの腕を掴み、友人に別れの挨拶をする間もなく店の外へと連れ出されてしまった。

……怒ってるのかな?

 彼は帰りのエレベーターを待っているときも、降下中でも一言も発しなかった。ただワタシの腕を力なく掴み、笑いを浮かべて見ているだけだった。そう、イタズラっ子を優しく諭す母親のように。

 
 下に着き、エレベーターのドアが開くと外の空気が全身を被った。今まで空調の利いた場所にいたので、まるで熱風のように感じる。外に出て一気に気が抜けたのか、ワタシはビルの非常階段の所に力なく座りこんだ。
 今までワタシの隣にいた木下さんは、少し離れた場所で、携帯でワタシの帰りのタクシーを呼び出してくれると、近くにあった自販機に走り出し、清涼飲料水を購入した。

「はい、今日はお疲れさま」

 彼は言うと、二本あるうちの一本をワタシに投げてよこし、隣に座ると一気にプルトップを開けて飲みだした。

「タクシーがくるまで暫くあるから、もうちょっと一緒にいていいですか?それとも迷惑でしたか?」
「いえ、そんな!ちっとも…そんな事は」

 ワタシは思いっきり頭を振り、《否定》のボディランゲージをする。それを見て木下さんは安堵の表情を浮かべると、また清涼飲料水を飲みだした。

「……き、木下さんはどう思っていますか?」
「何をです?」
「今回の…合コンです。こんな暴力女と一緒で楽しかったんでしょうか?」

 暫しの沈黙の後、ワタシのくだらない質問を笑ってごまかす事も出来たはずなのに、木下さんはキチンと答えてくれた。

「楽しかったです。だって、堀さんという素敵な女性に出会うことが出来たんですから」

 普段であれば嘘にしか聞こえない、歯の浮くような台詞だが、今宵のワタシの精神状態ではそんな言葉でもうれしく感じた。そしてワタシという存在が肯定されたような気持ちになった。

「木下さん…あの、ワタシ…」

 何か言わなきゃ。そう思った矢先、車のクラクションの音が聞こえた。先ほど木下さんが手配してくれたタクシーがビルの前までやってきたのだ。

「…あっ、着ましたね。それでは失礼します」
「あっ、待って!」

 ワタシをタクシーまで案内して、帰ろうとする木下さんを呼び止める。上手くは言えないけど…理性じゃなく本能が…自分の女の部分が、まだ彼を望んでいる。
 ワタシの呼びかけに、何かを感じたのか駅の方へ歩きだしていた木下さんはダッシュでタクシーまで戻ってきてくれた。

「……また会えますよね?ううん、会いたいです!」

 ワタシの心からの言葉に、木下さんは一瞬「えっ?」と驚いた様子だったが、すぐにいつもの温和な笑顔に戻り、財布から自分の名刺を取り出すとワタシに差し出した。

「じゃぁ、何かあったら…下に書いてあるのが僕の携帯番号ですので、こちらにお願いします」
「……ありがとうございます!今度、ぜひワタシの試合、観に来て下さい。チケット送りますので」
「わかりました。同僚連れて応援に行きますよ」

 ワタシはお礼を何度もすると、木下さんは手を振って再び駅の方へ歩を進めた。それと同時にワタシの乗っているタクシーが発信を始める。そして彼の姿が見えなくなるまで、ワタシはずっと目で追っていた。

△△商事株式会社 営業 木下直樹

 帰りの車中、ワタシは先ほど木下さんから戴いた名刺を薄暗い光の中で見ていた。そしてその象牙色の小さなカードに記された彼の名前を小さく口に出すと、顔がニコニコしちゃって何故か満ち足りた気分になる。

……ワタシはあの人に恋をしてしまった。

 会社、同僚、後輩…ワタシの周りの存在が頭の中をよぎるが、どーにでもなれ!という気持ちの方がマイナス要素を上回った。そうだ、事態は成るようにしか成らないのだ。アクシデントが起きたらその時対処しよう。今はとにかく次に逢う事だけを考えていた…


 追伸:その後、この合コンをセッティングしてくれた友人には無礼を恥じ、平に謝っておいた。そしてあの可哀想なボンボンの、その後の様子を聞いてみたが、失神状態から覚めるとしばらくの間、「怖い、女の人怖い…」とうなっていたそうな。…いい営業活動ができたってもんだ。(違うか?)


二次創作小説『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の三

2010年05月18日 | Novel

 人通りの多い駅ビル周辺でタクシーを降りると、合コン場所である居酒屋の入っているビルの前では、今回の言い出しっぺである友人を含む参加メンバー3人が待っていた。

「咲恵~っ、待っていたよ。ささっ中へ入った入った」

 友人は挨拶もそこそこに、先頭に立つとワタシたちをビルの中へと案内していく。参加者(友人含む)の顔を見ると、笑ってはいるんだけど何かしら強い意気込み、気合いみたいなモノを感じる。…うわぁ、彼女たち真剣だよぉ。

 
 センスのいい内装、リーズナブルな料金設定で、若い客層に人気のあるこの居酒屋では、どこを見てもカップル連れ、グループ客が目に付き、そこかしこから男女の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 ワタシは友人に一番奥の座敷席に案内されると、もう既に参加する男性4名が待っていた。妙に落ち着いている奴、浮かれている奴、そして緊張でアガっている奴…いろいろなタイプがそこにいた。

 早速、互いに自己紹介が始まった。男性参加者は同じ大学出身らしく、大手企業の商社マンや医師、一般企業の営業マンなどさまざまな肩書きが飛び交った。ワタシはというと、それほど地位や立場などに興味なく、友人や女性参加者に合わせて「へぇ~、ご立派ですね」なんて適当に相槌を打っておいた。…宴はまだ始まったばかりだし、この和やかな空気を白けさせるのはイカンでしょ?

「……です、OLやってます」

 隣の女の子が自己紹介を終えた。先ほどから男性陣は、その場を盛り上げるために、自己紹介の度に拍手や口笛を鳴らす。さて、次はワタシの番か。一丁“営業”でもしますかね。

「堀咲恵です。《テディキャット堀》という名前で女子プロレスラーやってます」

 好奇の目が一瞬にしてワタシの方に集まった。それまではやし立てていた男性陣の口からは「ほぉ~」「へぇ~」といった感嘆符しか出てこない。そりゃそうだろう、なかなか《女子プロレスラー》を職業とする女の子にはお目に掛かれないだろうしね、うん。

 全員で乾杯の後、各自それぞれフリートークが始まった。あちこちの席で「会社はどんな所ですか?」や「年収は?」とか当たり前すぎる質問が飛び交っていた。特に、細身で全身これブランド品で着飾った男性陣のリーダー格の奴なんか、あちこちの女性に、うっすら笑みを浮かべながら他愛もない質問ばかりをしている。あーやだやだ。

 最初っから男性なんか目当てでないワタシは、次々くる質問を適当にあしらい、飲んで食べることにした。

……やっぱ場違いだよな、ワタシ。

 至る所から楽しそうな声や笑い声が聞こえ、男性女性どの顔も、厳しい現実を忘れようと心から楽しんでるって感じ。
 ワタシ?そりゃ厳しいよ。現在自分が置かれている立場とか考えると笑ってはいられない。若手という歳ではないし、かといってトップを張ってる訳でもない。いわゆる“中堅”というポジションだ。もう少し努力すれば上の方へいける…はずなのだが、現在ウチの団体は優秀なタレント揃い、年齢的な事も相まって完全に煮詰まったって感じだ。
 一方でこの現状に満足してしまっている自分がいる事も事実で、なかなかレスラーとして先が見えない、厄介な問題だ。

「…さん、堀さん?」

 ネガティブな思考を頭の中で巡らしている最中、突然自分の名を呼ばれ意識を現実に戻すと、そこにはちょっと小柄で、それでいて人の良さそうな男の人が、ワタシの目の前にいた。

「よかったら大根サラダ…食べますか?」
「へっ…?」

 ワタシは素っ頓狂な声を出して返事をしてしまった。何故に大根サラダなの?…と思った次の瞬間、目の前に山積みにされたサラダ皿の山を見て、瞬時に質問の意味を理解した。……うわっ、無意識であんなに食べてるよ。恥ずかしいぞ、これは!

「あはっ、恥ずかしい…」
「そんなことないですよ。みんな飲んでばかりでテーブルの上の料理が片付かないんで、助かります」

 そんなことを言われ、ますます恥ずかしくなるワタシ。お、大食いオンナと思われている?何か彼に話題を振ってこの場を切り抜けなければ…何か打開策はないのか、う~ん。

「え~っと、ナニサンでしたっけ?」
「ははは、木下です」
「どこにお勤めですか?」
「△△商事という会社で営業をやっております…って、ウチの会社は小さいからご存じないですよね?ははっ」
「…いえいえ、勉強不足でして」

 ワタシのどうってことのない間抜けな質問に、彼…木下さんは馬鹿にすることなく真面目に答えてくれた。その後互いにビールを注ぎあい、他愛もないおしゃべりを楽しんだ。そんなことをする内にワタシは、ここに来て良かったかもしれない…そう思った、はずだった。


「ねーねー、プロレスって八百長なんでしょー?」

 不意に茶髪の、高級品で身を固めたええとこのボンボンらしき男性が、両脇に女の子たちを侍らせながらワタシに質問してきた。向こうが厳粛な態度で質問してきたならば、それなりに対応しようと思っていたが、ウケ狙いで、しかも女の子たちを喜ばすためだけにしたものなので、ワタシの顔はみるみる内に不機嫌になっていった。
木下さんは「相手にするな」と目で合図をワタシに送るが、黙っているのをいい事にボンボンは更に調子に乗って聞いてくる。

…こいつタチ悪ぃ、高校生かアンタは?

 ついに堪忍袋の尾が切れた。ワタシはワザと手にしていたグラスをテーブルに大きな音を立てて置き、そのままテーブルの上に片足を乗っけると、呆けた顔のボンボンを睨みつけた。

「…よう、ボク。プロレスがインチキかどうか試してあげましょうか?その身体で」

 普段からは考えられない、ドスの利いた口調でヤツを脅すと、一体何が起きたか分からなずぼぉ~っとしているボンボンの頭を掴むと、ヤツの頬骨あたりに自分の腕の骨を当て、ぐっと上に持ち上げるように絞った。関節技の基本中の基本であるフロント・フェイスロックってやつだ。

「あががががががががががっ!」

 その瞬間、ボンボンは今まで経験した事がないであろう痛みに、言葉にならない言葉で泣き叫んだ。その叫び声につられてみんなが一斉にワタシのほうを見る。
 バケモノを見るような、好奇と嫌悪の入り交じった視線に気付いたワタシはいたたまれなくなり腕のロックを外した。哀れボンボンはヘナヘナっと力無く座敷席の畳の上に倒れ込んだ。

…なっ、何よ?!悪いのはそっちじゃない?

 そんな言葉が喉のあたりまで出かかったが、無言の圧力がそれを遮ってしまった。ワタシはどうしていいか分からずオロオロしていたその時、木下さんは助け船を出してくれた。


二次創作小説『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の二

2010年05月17日 | Novel

 無事に今回の巡業も終わり、来るべき次の興業に向けて、ワタシたちは《仕事》である練習を行っていた。プッシュアップやスクワットなどの基礎体力訓練や器具を使用しての筋トレ、そしてリングに上がってロープワークや受身の確認や相手を付けてのスパーリングなどなど、休憩を挟みながらみっちり半日以上かけて練習をした。

 一般の人であれば明らかにオーバーワークに思えるこの練習も、この職業に就いている以上はこなすことが必然である。我々は試合に勝つためだけの練習だけでなく、激しい動きや厳しい攻撃に耐える身体作りを行っているのだ。

 厳しい練習も終わり、ワタシはシャワールームで汗を洗い流し、帰り支度をしている最中、鞄の中に入れっぱなしにしてある携帯電話のバイブ音が鳴っているのに気付き、あわてて着信履歴を見ると、液晶画面にはワタシの高校時代からの友人の名が映っていた。

「あっ、咲恵?悪~い、ちょっと助けてちょうだいっ!」

 急いで電話を返すと、友人は甘えた声でワタシに助けを求めてきた。話をよく聞くと、今晩予定している合コンに、参加するはずだった彼女の友人が急遽参加不能になったため、人数合わせのためにワタシを誘ったのだという。

 何故ワタシなんかを?と疑問に思い、他の人じゃダメだったの?と聞くと友人からは

「気軽にOKしてくれそうだし、そこそこ綺麗だから」

とアリガタイ返事をいただいた。まっ、そこまで言われちゃねぇ~。

 ワタシは合コン参加の旨を伝えると、友人はとても喜んでくれた。そして彼女は今晩の集合時間と場所を教えてくれると、もう一度礼を述べて電話を切った。


「堀先輩、なに化粧してるんですか?」

 今晩の合コンのために、ヨソ行きの白いワンピースを着、鏡台の前で薄めのメイクをしているワタシの姿を見つけて、新女選手寮の副寮長でありワタシと相部屋の後輩・越後しのぶが話しかけてきた。

「うん、今夜ちょっと合コンに参加することになっちゃってさ、その準備」

 その途端、「合コン」という単語に過剰反応した越後が、身体を震わせ顔を真っ赤にして怒りだした。おーおー、可愛いねぇ。

「せ、先輩とあろうお方が合コンだなんて…三禁を忘れたんですかっ?!」

 越後は厳格な家庭で育ち、剣道を幼い頃からたしなんでいる故、こういう決まり事には人一倍うるさい。だから寮長であるワタシが少々ラクしようと思って副寮長に任命したんだけど…

 昔から女子プロレスの世界には、喫煙や飲酒、男性との交際などを禁止した「三禁」という制度が存在している。ウチの会社でも一応は謳ってはいるが、今時の選手は喫煙が自分の選手生命を縮めることは分かっているし、飲酒にしても特殊な客商売故に、つきあい程度であれば認められている。
 男性との交際については仕事に影響がないかぎりは…要は不特定多数の男性客の前で、身に纏うのは水着だけという恥ずかしい格好で闘えるか?ということで、これが出来るのであれば特におとがめはない。
 ただし、コレらが許される(大目に見られる)のは入門二年目以降で、練習生はその限りではない。

「別に好きで行くんじゃないわよ?まっ、営業みたいなモンよ」
「…わかりましたよ。みんなには黙っておきますっ」
「悪いっ、越後。助かるわ~」

 越後はそういうと、ワタシを見送るため玄関まで付いてきてくれた。彼女はタクシーの手配までやってくれていて、外へ出るとすでに選手寮の前にはタクシーが待機していた。なんという気の使いよう…これじゃぁワタシが悪いみたいじゃないか?

「それで帰りはどれくらいになるんですか?」
「そうねぇ、ちょっと分かんないから裏口だけ開けておいて、門限すぎたら玄関の鍵を閉めてちょうだい」
「了解しました」

 簡単に寮の決め事を確認すると、ワタシはタクシーの中に身体を潜り込ませた。

「お礼に何か甘いものでも買ってこようか?」
「いえ、結構です。それより…」
「?」

 越後はこちらを見てモジモジしていたが、意を決してワタシの方へ近寄り小声で話した。

「…どんな男性がいたか後でこっそり教えてくださいね?」

 越後にしてはかなりの爆弾発言。やっぱり年頃の女の子なんだなぁと再確認し、彼女に向かって指を丸めてOKサインを出した。

 やがてタクシーは走り出し、夕焼け空の中、目的地である駅ビル前に向かっていった……


二次創作『レッスルエンジェルス サイドストーリー テディキャット堀編』其の一

2010年05月16日 | Novel
「いっくよー!」

 ワタシの掛け声で、超満員のお客さんたちは歓声を上げた。そしてコーナーポストに素早く駆け上がり、眼下の対戦相手を見据える。
 そのままワタシは対戦相手…カナダから来たダイナマイト・リンって選手ね…の胸板めがけてミサイルキックを敢行した。

ダァァン!

 大きな音と共に、気持ちいいくらいにリンが後ろにひっくり返った。ワタシはすかさず彼女の脚を持ち、身体をくの字に曲げてフォールする。

ワン、ツー……

「ウガァァァ!!」

 唸り声(色っぽくないなぁ…)と共に、リンは気合い一発エビ固めを跳ね返すと、ワタシの身体は遠くへ飛ばされてしまった。

 何者ですか?このカナダ人。

 体勢を立て直して、攻撃を再開しようとするが、一足先に立ち上がったリンが一発ワタシの腹にキックを入れる。

 腹にズシッと響く鈍い痛み。

 条件反射で身体を屈めると、待ってましたとばかりに彼女に首根っこと腕を捕まれた。そしてワタシの身体を目の前のロープに、これでもかっ!というくらいもの凄い力で振る。

 まるでゴム鞠のように、ロープのリバウンドで跳ね返ったワタシめがけて、リンの太い腕が目の前に飛んできた。

 クローズラインだ。

 ワタシは成す術もなく、彼女の剛腕をモロに首筋に受け、そのままリングに大の字になって頭から倒れてしまった。リンはワタシの肩をガシッと両手で押さえ、上体を反らすような格好でお客さんに見栄を切っている。

 ワタシはズキッと疼く痛みと共に、リングを照らす天井のライトを仰ぎ見ながら、レフェリーのスリーカウントを聞いた。

 カン、カン、カン!!

 試合終了のゴングが打ち鳴らされる。ようやくリンの身体がワタシから離れた。

 コーナー際で後輩たちにアイシングをしてもらっている時、リンの奴がコーナーポストに登って、観客に勝利のアピールをしていた。お客さんの拍手と大歓声を独り占めし、リンは喜色満面だ。いーよな、勝ったヤツは。

 彼女がファンの声援に応えながら通路を練り歩き、外人選手用控室に戻っていく姿を、ボーッとした頭でしばらく眺めていたが、後輩に「いきましょう」と退場を促され、ようやくリングを降りる事となった。

 控室までの帰り道、まばらな拍手とワタシの名を呼ぶ声援が聞こえてくる。少ないとはいえ、声援を飛ばしてくれるファンというのは有り難い。まだこの仕事をやっていける、という自信になるからだ。

「堀ぃーっ!」
「がんばったぞぉーっ!」


 選手控室に戻ると、このあとに出場する後輩選手たちが待機していた。どの顔もみんな輝いている。これが上の試合を任された責任感、というのかな?とにかく年上であるワタシが嫉妬する気にならないぐらいに皆堂々としている。

「おつかれさまですっ、堀先輩!」
「お疲れっス!」

 ワタシが入ってきたのに気付き、後輩選手…マイティ祐希子とボンバー来島が挨拶に来た。彼女らは、新日本女子プロレスのエースであるパンサー理沙子先輩に対し牙を剥き、正規軍vs革命軍という図式で抗争中で、現在人気沸騰中の、プロレスファンも会社も一押しのコたちである。

「お客さんもいい感じで沸いてきたから…ケガしない様、しっかりね」

 ワタシのアドバイスを、真摯な態度で聞いていた祐希子たちだったが、さらに若い練習生たちが試合開始を知らせにくると「失礼します」と礼をし、彼女たちに誘導され控室から出ていってしまった。

「……ふう」

 《主役》が舞台に向かい、急に閑散になった選手控室の中で、大きくため息を一つつくと、トレーニングウェアに着替える為、リングシューズの紐を解き始めた。選手の入退場の誘導、売店の売子…試合後にも細々とした雑務が待っているからだ。


……ワタシは堀咲恵、またの名をテディキャット堀。女子プロレスラーである。

…次の試合を開始致します

2010年05月16日 | ARTWORK

 最近、KING JIM社の『pomera』を購入しました。

 以前は携帯の、メモ帳機能を使って書いていた『レッスル~』小説がより楽に書けるようになりました。場所を選ばないのは携帯でも一緒ですが、キーボード操作なのでよりパソコンに近い状態で文字を打つことが出来、文章の挿入・削除を簡単に行うことが可能になりました。指が太いので携帯で長文は大変でした…

 そんなわけで今回の『レッスル~』はテディキャット堀選手にスポットを当ててみました。個人的には大して好きでもないキャラクターなのですが、《人妻・子持ちレスラー》という、『~サバイバー』シリーズでは無くなってしまったプロフィールが印象的で、このあたりを膨らませて物語を作ると面白いんじゃないか?と思い、挑戦してみた次第であります。今回は肝であるプロレス的要素は控えめになり(全くないわけじゃない)、彼女の《女》としての部分にスポットを当てる格好となりました。

 さて、果たして上手くいくかどうか…?

 

 


…リング整備の為、休憩に入ります

2010年05月08日 | ARTWORK
 いかがでした?『レッスルエンジェルス サイドストーリー 南 利美編』は。

 ガチガチの文章で疲れた事と思いますが、書いていた本人も結構、一試合終えた感覚でヘロヘロです。ただ、同時に満足感もあります、「好きなキャラクターを思う存分動かせた」という自己満足感が。一部キャラクターの基本設定が違う点もありますが、筆者の脳内妄想ですのでご勘弁を…


 『レッスルエンジェルス』を、プロレスを扱った小説を書いてみたい。

 この想いはSFCソフト『スーパーレッスルエンジェルス』をプレイしていた時分、PCゲーム『レッスルエンジェルス』Vシリーズをプレイしている時分からありました。(15年以上前?)

 ただ、この10年で《プロレス》に対する世間の見方が大きく変化してしまいました。

 当時は総合格闘技もなく、多種多様のスタイルの違いはあれど、プロレスという競技に対しクエスチョンを突きつける事は誰一人ありませんでした。

 けど今はどうでしょう?

 世界最大のプロレス団体WWEが《カミングアウト》した事や、総合におけるプロレスラーたちの敗北により、プロレスファンが信じ続けた《プロレス最強論》がいとも簡単に崩壊し、レスラーたちがどんな凄い試合をしても、醒めた目で見られるようになってしまったのです。

 ネットの発達により、それまで表に出てこなかった《アングル》や《ブック》、《ジョバー》等といった隠語の氾濫も原因のひとつでしょう。

 当時はそれでよかったのかもしれませんが、いくら好きだからといって、純なプロレス賛歌を書いても、今では嘘臭く感じられてしまいます。


 格闘技として書くのではなく、競技としてのプロレスを書いてみよう、鍛えられた肉体を駆使して、客を泣き笑いさせるプロレスラーを書いてみよう……

 そう思い、今回の内容に至った訳です。


 ……一応説明しますが、「柿本」というキャラクターは『レッスル~』には登場しません!無論『~サバイバー』や『~サバイバー2』にも。完全な創作であります。モデルはいないのですが、名前は先ごろ引退した某アイドルレスラーからの一部拝借です。

二次創作小説 『レッスルエンジェルス サイドストーリー 南 利美編』最終回

2010年05月07日 | Novel

 通路内に設置されたインタビュースペースで南はTV・雑誌メディアに対し、《ヒール》として負け惜しみとも取れるコメントを次々と発言した。

「…あの勝利はたまたまじゃない?」

「再戦?百万円用意したらやってあげてもいいけど、《VICTIM》にそんな大金も度胸もないでしょ」

 南は悪態をつくだけついてマスコミを喜ばせると、「今日はもう帰るわ」と言ってインタビュー収録を打ち切ると控室に戻っていった。



 控室への通路を歩いていると、入場ゲート付近でど派手なコスチュームに身を包み、チャンピオンベルトを肩に掛け、リング上の熱戦をカーテン越しに覗いているレスラーの姿があった。

 マイティ祐希子である。

 祐希子は控室に戻ろうとする南を発見すると声を掛けた。

「へっへっへ、みぃ~なぁ~みぃ~。試合見てたよ」

 声を掛けられた南は一瞬バツの悪そうな顔を見せたが、すぐに祐希子の元へ向かった。


「誰一人、怪我無く試合を終える…と言ってたクセに自分がやっちゃうんだもん。情けない」

「それで膝の方は大丈夫なの?」

 祐希子は痛々しく引きずっている膝を指差した。

「詳しく診察してもらわないと判らないけど、大事に至らない事を祈るのみよ」

 祐希子は「そっかぁ~」と一人呟くと笑顔で南の顔を見た。

「しっかし、やられちゃったな~」

「えっ?」

「南の試合、沸かせすぎだよぉ。お陰で見てよ、セミのタッグ選手権試合、お客の集中力落ちちゃってるって感じ」

「あらら、やり辛そうね」

 
 リング上の四人は客の注意を引こうと、精一杯のパフォーマンスを見せ努力はしているのだが、前の試合の余韻を引きずっているため、なかなか簡単にはいかないようだ。

「身体を張った甲斐があったってもんよ。…私の試合以上の好勝負、作り上げる事が出来るかしら、祐希子?」

 リング上で四苦八苦している選手たちを見て、南は得意気に言った。

 祐希子はフフッと笑うと、自信ありげに南の質問に答える。

「あったり前でしょーが!全試合終了後「誰が一番印象に残った?」と聞いた時に、あたしの名前が真っ先に出るような試合、見せる自信あるわよ!」

「…根っからのプロレスラーねぇ」

「南も、ね」

 二人は互いの“プロレスラー魂”を確認しあうと、破顔一笑した。二人共にいい笑顔である。

……競い合う仲間がいる。こんな素晴らしい事はない。

 南は言葉にこそ出さなかったが、同期である祐希子の事を誇りに感じていた。それは祐希子も同じ想いに違いない。

 そのとき三十分以上の長丁場の試合を終えた選手たちがゲートを潜り戻ってきた。観客の集中力を手繰り寄せる為努力したらしく、みんなとても疲れた表情をしていた。



「祐希子さん、もうすぐ出番です!」

 側にいた、裏方の仕事をしている若手の一人が叫んだ。

 もうすぐマイティ祐希子のヘビー級選手権試合が行われる為、所定の位置への誘導が始まろうとしていたのだ。

「じゃあ南、試合が終わったら、また」

「……祐希子」

「?」

 試合に向かう祐希子を呼び止める南。

「次はそのベルトを必ず奪いに行くから…覚悟してなさい」

「うん、待ってるわ」

 祐希子は嬉しそうにそう言うと、互いに手を挙げ別れの挨拶をし、それぞれの行き先に歩を進め始めた。


「……マイティ祐希子選手の入場ですっ!!」

ワァァァァァ!!

 控室に戻る南の後ろでは、ライバルであり戦友である新日本女子の不動のエース・マイティ祐希子の入場に、会場に轟くまるで蜂の巣を突付いた様な大歓声が微かに聞こえていた……


                                    ――― 南 利美編・終


二次創作小説 『レッスルエンジェルス サイドストーリー 南 利美編』其の五

2010年05月06日 | Novel

「勝者、柿本裕子っ!!」

 レフェリーに高々と腕を上げられると、会場には割れんばかりの歓声がこだました。

 しかし、勝った柿本の顔には喜びの表情はなかった。いつ負けてもおかしくない場面が何度もあり、それに最後は相手にフィニッシュの場面まで作ってもらい、堂々と「私が勝者だ」と名乗れる気分ではなかったのだ。

「……勝者でしょ?もっと胸を張りなさい」

 曇りがちな柿本の表情を見て、南利美が声を掛けた。

 見ると南はセカンドロープに腰を掛け、若手に膝にコールドスプレーをかけてもらい、自分で氷を首筋に当て患部を冷やしていた。

 柿本は喜んでいるセコンド陣を置いて、南の方へ駆け寄った。

「南さん…」

「…さん付けに格上げか、嬉しいわね」

「……」

 柿本は、南に対し言いたい事が山ほどあったが、気恥ずかしさのあまりなかなか喉から言葉が吐き出せなかった。そんな彼女をよそに南は言葉を続けた。

「勝者がそんな顔しないの。もっと堂々としてないとせっかくの死闘がぶち壊しになっちゃうじゃない」

「…はい」

 勝者・柿本の眼からは、ほろりと涙が一滴流れ落ちた。

「まぁ、また何処かで巡り会う事もあるでしょう。だけど自分で言うのも変だけど、今日みたいな試合はもう懲り懲りだわ」

 ずっと《総合格闘技の敵》を演じてきた南から、初めて柿本に対し笑顔を見せた。ヒールとして常に見せていた冷笑ではなく、女性らしい、自然な笑顔を。

「じゃあ、次はプロレスの試合でお願いします」

 この言葉は、先の一戦でプロレスの、いや、プロレスラーの凄さや心意気を十二分に感じ取った柿本の、嘘偽りのない気持ちだった。

「ええ、機会があれば是非…ね」



 柿本、南、どちらからともなく歩み寄ると、死力を尽くして闘った者同士、熱いハグを交わした。南は柿本の腕を上げ勝者を讃え、柿本も南を指差して長く辛かった死闘を共に演じてきた《仲間》を会場にいる観客たちに紹介した。観客たちはスタンディングオベーションで応え、割れんばかりの拍手を二人に送った。

 そして互いに礼をするとそれぞれの控室に去ろうとした時、南が柿本に声を掛けた。

「…あの時の会話は私たちだけの秘密よ。それと…試合後のインタビューである事ない事喋っちやうけど気を悪くしないでね」

「ははッ…やっぱり敵わないな、アンタには」


 柿本は南の発言を聞き苦笑すると、花道を歩きセコンド陣と共に、ファンたちの声援に応えながら控室へと消えていった。

 しばらくリング内で、消えていく柿本の背中を眺めていた南だが、リング下の本部席を見ると「早くリングから降りるように」と催促されたので、何万といる観客たちに一礼すると、首にタオルを掛け、痛む膝を引きずりながら花道を進み、入場ゲートのカーテン越しへとその姿を消した。

 会場内では両者を賞賛する拍手がいつまでも、いつまでも鳴り止まなかった…