6月26日(木) 曇のち晴 (「オニウシ公園」~八雲町・JR山崎駅)

3時半頃からたくさんのカラスがやたらと鳴き始め、騒々しくて目が覚めてしまう。
5時、出発。

道の駅の先には野草が咲き乱れている。

大沼国道の国道5号線をしばらく行くと、路傍の桜の枝に花が咲いている。咲き残りか、それにしてももうすぐ7月である。やはり北海道なんだなぁ。

5時50分、JR函館本線の桂川駅の先で湯の崎トンネル(464メートル)を抜けると、右手に内浦湾が広がっている。内浦湾は、別名噴火湾とも言われている。駒ケ岳や有珠山(うすざん)などの多くの火山に囲まれているため、18世紀末の英国海軍探検船「プロヴィデンス号」船長、W.R.ブロートンという中佐が名付けた。うす曇であるが、弱い日差しが海面に反射している。

今日は以後もずっと海に沿って、JR函館本線と着かず離れずに北上する。
6時20分、蛯谷(えびや)漁港を通過。

漁業用具が積まれている。この後も、汐の匂いの強い集落をいくつも過ぎて行くことになる。

6時25分、石谷駅の手前に、茅部鯡供養塔がある。

宝暦7年(1757年)に建立。当時ニシンは大豊漁で浜辺はニシンの山を築いたほど。しかし加工技術が追いつかず、漁師たちが合議の上でニシンを土中に埋めて慰霊供養をしたとのこと。

7時、濁川温泉への分岐通過。
7時15分、頭上をコンテナを連ねたJR貨物の長い列車が通っていく。その姿が壮観なり。

7時20分~35分、本石倉駅の階段に腰掛けて小休止。食パンにトマトや玉ネギをナイフで無造作に切って載せ、マヨネーズをかけただけの食事だが、草枕旅にしあれば、実に美味いんだなぁこれが。
7時45分、石倉跨線橋の上にて。石倉海岸に沿ってやってくる函館本線の普通列車。

7時55分、八雲町に入る。
8時25分、雲も切れ始め、振り返る内浦湾も陽光にきらめいている。

8時50分、落部(おとしべ)のコンビニで買い物。牛乳、豆大福、バターピーナッツ、ピーナッツチョコ、ガム。
さらに、その先の郵便局のATMにて2万円下ろす。
9時25分、単調な道が続いているが、空は晴れ、海青し、気分爽快で歩く。

9時45分、順調に歩を進める。

畑の彼方は海。

10時15分~45分、時間にゆとりがありそうなので、野田生(のだおい)のバス停にて小休止。今後の行動計画を考える。野田生は江戸時代に野田追場所のあったところ。
11時15分、神明大稲荷神社。

幕末の北海道探検家で地理学者の松浦武四郎が、蝦夷奥地に向かう際にいつも立ち寄り安全を祈ったとのことで、彼が1858年に詣でた際に作った歌がある。
「天地の神も知りませ国の為め 千島の奥に思い入る身を」。
松浦武四郎は、「北海道」の名付け親である。

11時25分、ポケットマップで知った、ヤクモ飲料工場の敷地内にある湧水を飲み、ペットボトルに詰める。たっぷりと湧き出ているおいしい水は、自由に飲んでよいそうで、車で大きなタンクに汲みに来ている人もある。
11時40分、境川の「蝦夷地・和人地の境跡」の碑。享和元年(1801年)、江戸幕府が定めた境界の跡。

11時40分、カモメが群れている浜辺の彼方、長万部方面が遠く霞んで見える。

12時、山越内(やまこしない)関所跡。


山越内関所は日本最北端の関所で、蝦夷地への武器の移動取締り、通行人の手形取扱い、関銭の取立て等を行った。
JR山越駅。

東京から自転車で来た「洞爺湖ママチャリサバイバル」の大学生4人のグループと出会う。洞爺湖で環境問題を考える集まりがあるそうで、グループのうちの一人と歩きながら話をする。彼らのブログに載せたいから写真を撮らせてくれないかと言うので承知し、また彼らの寄せ書きに協力する。
12時15分、長万部近づく。

12時55分、八雲駅方面との分岐を通過。
13時15分~25分、コンビニで買い物、菓子パン3個。ダイソーで買い物、バンドエイド、青森でホームレス君にあげてしまったテントシートの補充。
14時10分、ユーラップ川にかかる八雲大橋をわたる。ユーラップ川は内浦湾を囲む函館ー室蘭間では最も大きな川の一つである。
「ユーラップ」の意味は、アイヌ語の温泉が下る川という意味の「ユ・ラプ・ペッ」によるとも、支流がたくさん集まって流れる川という意味の「イウラプペッ」によるとも言われている。
14時45分~15時15分、跨線橋の先に、八雲町ガイドマップのある小公園があり、時間が早いので調整がてら休憩する。

ハマナスが植えてある。ここのハマナスは花びらが八重になっており、このような種類は初めて見る。

15時15分、函館本線の貨物列車の通過。

15時30分~16時40分、前方から徒歩の男性がやって来る。お互い今日の行動予定は大方片付いており、バス停の建物の中のベンチでのんびり話す。彼は35歳で、宗谷から歩いて鹿児島まで行くと言う。日本海沿いを通る予定でこちらがこれまで歩いてきたルートと重なり、また彼が通ってきた道もこちらの今後の予定ルートと一部重なるので、道路状況や宿泊地などお互いに情報交換をする。彼の話では、札幌あたりからこちらは、洞爺湖サミットのための警官による職務質問が頻繁にあり極めてしつこかった、とか。小振りのザックで主に宿泊まりとのことで、こちらのザックを背負ってみて重さに驚いていた。記念に写真を撮らせてほしいと言われ承知する。モデルになるのは本日これで二度目なり。そう言えば、彼と話している最中に、キタキツネが何かを咥えて国道の路肩を歩いて行った。ほぅ、こんな事もあるのか、と驚き感じ入ってしまった。最後まで頑張ろうと誓い合って別れる。
16時45分、JR山崎(やまさき)駅着。今夜はここに泊まらせてもらうことにする。

夜まで間があるので、待合室を掃除したり、駅を通過する列車の写真を撮ったりして時を過ごす。
特急「北斗」。

普通列車。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」。

山崎駅は木造の無人駅で、ホームから内浦湾が見えるとても開放的なところである。待合室には誰も来ず、隅にシートを敷いて寝る。
経費 1,161円 累計 289,836円
歩数 57,564歩 累計 3,798,629歩
距離 38km 累計 2,509km
(本日の到達地点――JR山崎駅)


(途中から当ブログにこられた方は、右サイドバー「最新コメント」欄の「★はじまり★/ブログを始めました」をクリックして旅のはじめのページに飛び、最上段の「次の記事へ」から順に、日本縦断徒歩の旅をお楽しみください。--管理人より)

3時半頃からたくさんのカラスがやたらと鳴き始め、騒々しくて目が覚めてしまう。
5時、出発。

道の駅の先には野草が咲き乱れている。

大沼国道の国道5号線をしばらく行くと、路傍の桜の枝に花が咲いている。咲き残りか、それにしてももうすぐ7月である。やはり北海道なんだなぁ。

5時50分、JR函館本線の桂川駅の先で湯の崎トンネル(464メートル)を抜けると、右手に内浦湾が広がっている。内浦湾は、別名噴火湾とも言われている。駒ケ岳や有珠山(うすざん)などの多くの火山に囲まれているため、18世紀末の英国海軍探検船「プロヴィデンス号」船長、W.R.ブロートンという中佐が名付けた。うす曇であるが、弱い日差しが海面に反射している。

今日は以後もずっと海に沿って、JR函館本線と着かず離れずに北上する。
6時20分、蛯谷(えびや)漁港を通過。

漁業用具が積まれている。この後も、汐の匂いの強い集落をいくつも過ぎて行くことになる。

6時25分、石谷駅の手前に、茅部鯡供養塔がある。

宝暦7年(1757年)に建立。当時ニシンは大豊漁で浜辺はニシンの山を築いたほど。しかし加工技術が追いつかず、漁師たちが合議の上でニシンを土中に埋めて慰霊供養をしたとのこと。

7時、濁川温泉への分岐通過。
7時15分、頭上をコンテナを連ねたJR貨物の長い列車が通っていく。その姿が壮観なり。

7時20分~35分、本石倉駅の階段に腰掛けて小休止。食パンにトマトや玉ネギをナイフで無造作に切って載せ、マヨネーズをかけただけの食事だが、草枕旅にしあれば、実に美味いんだなぁこれが。
7時45分、石倉跨線橋の上にて。石倉海岸に沿ってやってくる函館本線の普通列車。

7時55分、八雲町に入る。
8時25分、雲も切れ始め、振り返る内浦湾も陽光にきらめいている。

8時50分、落部(おとしべ)のコンビニで買い物。牛乳、豆大福、バターピーナッツ、ピーナッツチョコ、ガム。
さらに、その先の郵便局のATMにて2万円下ろす。
9時25分、単調な道が続いているが、空は晴れ、海青し、気分爽快で歩く。

9時45分、順調に歩を進める。

畑の彼方は海。

10時15分~45分、時間にゆとりがありそうなので、野田生(のだおい)のバス停にて小休止。今後の行動計画を考える。野田生は江戸時代に野田追場所のあったところ。
11時15分、神明大稲荷神社。

幕末の北海道探検家で地理学者の松浦武四郎が、蝦夷奥地に向かう際にいつも立ち寄り安全を祈ったとのことで、彼が1858年に詣でた際に作った歌がある。
「天地の神も知りませ国の為め 千島の奥に思い入る身を」。
松浦武四郎は、「北海道」の名付け親である。

11時25分、ポケットマップで知った、ヤクモ飲料工場の敷地内にある湧水を飲み、ペットボトルに詰める。たっぷりと湧き出ているおいしい水は、自由に飲んでよいそうで、車で大きなタンクに汲みに来ている人もある。
11時40分、境川の「蝦夷地・和人地の境跡」の碑。享和元年(1801年)、江戸幕府が定めた境界の跡。

11時40分、カモメが群れている浜辺の彼方、長万部方面が遠く霞んで見える。

12時、山越内(やまこしない)関所跡。


山越内関所は日本最北端の関所で、蝦夷地への武器の移動取締り、通行人の手形取扱い、関銭の取立て等を行った。
JR山越駅。

東京から自転車で来た「洞爺湖ママチャリサバイバル」の大学生4人のグループと出会う。洞爺湖で環境問題を考える集まりがあるそうで、グループのうちの一人と歩きながら話をする。彼らのブログに載せたいから写真を撮らせてくれないかと言うので承知し、また彼らの寄せ書きに協力する。
12時15分、長万部近づく。

12時55分、八雲駅方面との分岐を通過。
13時15分~25分、コンビニで買い物、菓子パン3個。ダイソーで買い物、バンドエイド、青森でホームレス君にあげてしまったテントシートの補充。
14時10分、ユーラップ川にかかる八雲大橋をわたる。ユーラップ川は内浦湾を囲む函館ー室蘭間では最も大きな川の一つである。
「ユーラップ」の意味は、アイヌ語の温泉が下る川という意味の「ユ・ラプ・ペッ」によるとも、支流がたくさん集まって流れる川という意味の「イウラプペッ」によるとも言われている。
14時45分~15時15分、跨線橋の先に、八雲町ガイドマップのある小公園があり、時間が早いので調整がてら休憩する。

ハマナスが植えてある。ここのハマナスは花びらが八重になっており、このような種類は初めて見る。

15時15分、函館本線の貨物列車の通過。

15時30分~16時40分、前方から徒歩の男性がやって来る。お互い今日の行動予定は大方片付いており、バス停の建物の中のベンチでのんびり話す。彼は35歳で、宗谷から歩いて鹿児島まで行くと言う。日本海沿いを通る予定でこちらがこれまで歩いてきたルートと重なり、また彼が通ってきた道もこちらの今後の予定ルートと一部重なるので、道路状況や宿泊地などお互いに情報交換をする。彼の話では、札幌あたりからこちらは、洞爺湖サミットのための警官による職務質問が頻繁にあり極めてしつこかった、とか。小振りのザックで主に宿泊まりとのことで、こちらのザックを背負ってみて重さに驚いていた。記念に写真を撮らせてほしいと言われ承知する。モデルになるのは本日これで二度目なり。そう言えば、彼と話している最中に、キタキツネが何かを咥えて国道の路肩を歩いて行った。ほぅ、こんな事もあるのか、と驚き感じ入ってしまった。最後まで頑張ろうと誓い合って別れる。
16時45分、JR山崎(やまさき)駅着。今夜はここに泊まらせてもらうことにする。

夜まで間があるので、待合室を掃除したり、駅を通過する列車の写真を撮ったりして時を過ごす。
特急「北斗」。

普通列車。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」。

山崎駅は木造の無人駅で、ホームから内浦湾が見えるとても開放的なところである。待合室には誰も来ず、隅にシートを敷いて寝る。
経費 1,161円 累計 289,836円
歩数 57,564歩 累計 3,798,629歩
距離 38km 累計 2,509km
(本日の到達地点――JR山崎駅)


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