水瓶

ファンタジーや日々のこと

ふしぎな図書館4・旅する本

2014-10-04 07:58:40 | 彼方の地図(連作)
「その本を書いた緑の王グラヴァントという人が、最初の王様?どんな人だったのかしら。」

ウプルーとオロートの話を聞いたティティが言いました。

「かなり古い王様だとは思うが、書かれている内容からすると、少なくとも何代かたってからの王様ではないかな。ひょっとしたら、カゴの森で会った少年のような、緑の人だったかも知れない。とすれば、ずいぶん古くから緑の人はいたことになるがね。」

「ウプルーもオロートも、本当に今はいないの?だって、死んじゃったわけじゃないんでしょう?あたしロロに、翼のある人が木の上に住んでる絵が描いてある本を見せてもらったわ。」

「そういう昔話もないことはないが、実際に翼ある人に会ったという者はいないんじゃ。それにしても、図書館については一言もふれられていなかったのがまことに残念じゃ___これクワクワ!ここでふんをするでない。貴重な本じゃぞ。」

イリヤザンはクワクワがふんをするそばから掃除しながら、愚痴をこぼしました。ティティは宮殿の中を移動するのに、クワクワの背中に乗るようになっていました。なにせ滝の宮殿は広いので、ティティには四季の庭の階以外の所は遠すぎるのです。宮殿の人々は何かと忙しく立ち動いていましたが、クワクワは好き勝手にふらふら飛び回っていましたし、とても耳がいいので、呼べばどこからでもすぐにティティの所に飛んで来てくれました。ティティはぞうきんを片手にクワクワを追いかけ回すイリヤザンを笑いながら見ていましたが、ふと開いた本のページを見返して、何か思いついたように言いました。

「アロー、あたしにも、文字が読めるようになるかしら?」

「ああ、なるとも。ただし、少しの間じっとして、一つことに集中しないといけないが。覚えてみるかい?」

「ええ!___いつかロロが来た時に、本にどんなことが書いてあるのか教えてあげたいの。今聞いた話なんか、とっても面白いもの。そうだ、きっとジュラも喜ぶわね!」

そんなわけで、アローと、主にはイリヤザンの若い弟子が、まずは薄明の大陸の文字をティティに教えることになったのです。アローはイリヤザンにも真昼の大陸の文字を教えているような状態でしたし、最近は目が遠くなって、ティティの書く小さな字を読むのが大変になっていましたから。そうしてしばらくしたある日、図書館を訪れていたバーバリオンが言いました。

「アロー、君、本を書いてみちゃどうだい?グラヴァント王のように、私が書けたらいいのだが、どうもそうしたことが苦手でなあ。君ならば、あの本にも書いていないようなことが書けるのじゃないか___いや、ティティが一生懸命字を覚え始めたろう?それを見ている内に、珍しく私も、君の書いた本ならば読んでみたい気になったのさ。」

「そうじゃ、そうじゃ!王様___いや、バーバリオン、よいことを言いなさった。真昼の大陸から来たあんたさんの本を、ぜひとも読んでみたいものじゃ。このじじいが息をしとる内に、書きなされ、書きなされ!もしかしたらあんたの本も、ある日突然、どこかへ旅をするかも知れんぞ。」

イリヤザンは言い出しっぺのバーバリオンよりも熱心にアローをかきくどきました。アローは、薄明の大陸に来てからのことを思い返してみました。真昼の大陸ですごした長い年月にくらべればほんの一瞬のようなものですが、はかりにかけてもけして軽いとはいえない時間でした。そうしてじっくり時間をかけて、本に書くことと書かないことを分けました。特に真昼の大陸については、書くのがためらわれました。真昼の大陸の文字で書かれた魔法の本に、真昼の大陸のことが書かれたものが一つもないのはなぜか?___

アローは、魔法の本に使われている文字は、もともとはウプルーとオロートが使っていた文字なのではないかと考えました。そして、ごく初期の王や、宮殿にいたわずかの者だけがそれを伝え使っていた。けれど、真昼の大陸の文字は難しいために、薄明の大陸の多くのものが使いやすいように、わかりやすく作りかえられたのが今の薄明の大陸の文字で、長い時間がたつ内に、真昼の大陸の文字の方は忘れられていったのではないかと。なぜなら、魔法の本はどれもとても古いものばかりでしたし、また今までアローが通って来た大陸のどこでも、使われていた文字は、多少の変化は見られるものの、みな同じ文字だったからです。それはどこの土地の文字も、特定の同じ場所から教え伝えられたせいだとも考えられました。ウプルーとオロートが、なぜ真昼の大陸ときわめて似た文字を使っていたのかは、どうしてもわかりませんでしたけれど___

けれども、だとすれば、もしも自分が真昼の大陸のことを本に書いたなら、それが初めて滝の宮殿に残される、真昼の大陸の本になるかも知れない___いったんそう思い至ると、ブレダンに起きたことが頭によみがえって来ました。今、真昼の大陸について広めることは、薄明の世界を守るに充分な霧の壁がつくれない所に、灰色が流れ込む大きなひび割れをつくるようなものではないかと、恐れる気持ちが湧いて来ました。

(腹が満ち足りているのに、食べ物を口に押し込むようなものではないのか。ならば、もう少し待ってみよう。ティティが文字を覚えたいと言い出したように、ヒナが自ら口を開けてエサを求める時が来るまで。)

イリヤザンが薄明の大陸の文字に訳することを引き受けてくれたので、使い慣れた真昼の大陸の文字を使うことにしました。そうしてアローはとうとうペンを手に取って、一冊の本を書き始めたのです。今まで出会ったさまざまな生きものたちや、通り過ぎて来た場所のこと、クァロールテンの洞窟に住む双頭の竜のこと、そして世界の果てにたった一人眠りながら、この世界を守る霧の壁をつくっている海の守人、霧を生むもののことを。


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