水瓶

ファンタジーや日々のこと

最後の旅へ

2014-10-05 10:22:34 | 彼方の地図(連作)
ティティが玉座についた冬至からちょうど半年たった夏至の日に、バーバリオンはカディヨンを連れて、念願の北の岩地へ帰りました。他のケンタウロスたちは、みんなもう先に帰っていました。カディヨンは宮殿の庭師をやめるつもりはありませんでしたけれど、やはり一度はケンタウロスの故郷に行ってみたいと思っていたのです。アローとティティ、他にも沢山の人々が、魔法の門の前で、旅立つ二人を見送りました。

「私も、そう遠くない内に君たちの故郷をたずねるよ。今はまだ、私もいなくなるのは早いと思うのでね。少なくとも今書いている本が終わるまでは、まだ宮殿にいよう。」

「すぐにも帰りたかったはずなのに、今までそばについててくれてありがとう、バーバリオン。あたしもいつか、北の岩地に遊びに行くわ。」

「ははは、ティティの気に入る所かはわからんよ。でも、そうだ、もしも来るなら、春においで。その頃なら北の岩地も、けして宮殿の庭に劣らないはずだよ。」

バーバリオンは軽い足どりで駆け出すと、なつかしむように宮殿をふり返りました。そしてまた行くてを向いて、大きな声で歌をうたいながら、カディヨンと一緒に宮殿の崖道をゆったりと下って行きました。

ティティはたった半年の間に、もうクワクワに乗れないほど大きくなっていました。ティティはそれからも大きくなり続けて、小柄な女の人ぐらいの背丈になったところで止まりました。虹色の服は、そのつどユリアが新しく作って送ってくれました。不思議なことに、機織り小屋の森にできる虹色のマユは、あとあとのために少し残して織ると、ちょうどその時のティティにぴったり合う服が織れたのです。そうしてティティが玉座にいる長い間、ユリアとその娘と、その孫娘たちとが、ティティのために虹色の服を織り続けました。

イーサンとユリアとジュラを招いた時には、ロロも一緒に呼びました。ジュラとロロはすっかり仲良くなって、時々二人一緒に宮殿に滞在するようになりました。大きくなってから二人は結婚し、薄明の大陸のあちらこちらを馬車や船で旅しながら、宮殿で作った本を配って、文字を知らない子どもや大人たちに、文字を教えて回りました。ある秋の夕べ、遊戯室でみんなで本を見て楽しんでいる時に、ティティが何げなく口にしたことがきっかけになったのです。

「ねえ、こんな本を、もっと多くの人が読めたらいいのにね。でもそれには、文字を読める人が少なすぎるんだわ。こんなに面白いのに。」

「宮殿で本をいっぱい作って、あちこち配って回ったらどうだろう?文字を教えながらさ。みんな文字を覚えたいとか、子どもらに教えたいって思ってるんだけど、おれのおやじみたいに目の前のことで忙しくって、すぐ忘れちまうんだ。」

ロロもジュラも旅をするのが好きでしたから、真っ先にその役に名乗りを上げました。そんなわけで、ロロは船乗りにはなりませんでしたけれど、船旅を何度もして、大陸のあちこちをまわるという夢が叶ったのです。そうしてこのことは、宮殿の大事な仕事の一つになって、ロロとジュラが年をとって旅に出られなくなった後にも、同じことをするものが続くようになりました。

老司書のイリヤザンは、アローのおかげでずいぶんと読むのが早くなった真昼の本を読みふけって、残りの人生をすごしていましたが、ある時、突然頭に血がのぼって、やっぱり図書館で、開いた本につっぷしてぽっくりなくなりました。イリヤザンらしい最期でした。

バーバリオンは故郷に帰ってから、一族の首長の座に長くありましたが、それもあとの者に譲ると、ひとり気ままに岩地を走り回ってすごしました。狩りもあまり楽しみではしなくなって、川に沿って上流へさかのぼって、誰もいない荒涼とした岩山の上でわずかに咲いている花を探したり、静かにまたたく星空を眺めたりすることが多くなりました。そうしていつかの春の朝、雪どけ水のせせらぎが聞こえる崖の上で、ケンタウロスの一人が倒れているバーバリオンを見つけました。にっこりほほえんだバーバリオンのすぐそばには、雪割草の淡い紫の花が一輪、とけかけた雪のすき間から小さな顔をのぞかせていました。

玉座にいる間にティティは、時折沼地へ帰ったり、バーバリオンをたずねて北の岩地へ行ったり、ロロとジュラの旅について薄明の大陸の色んな所をまわったりしました。ひょっとしたらバーバリオンよりも遠く旅したかも知れません。滝の宮殿では、アローとバーバリオンがいなくなった後、カディヨンがティティのそばでずっと支えていました。王様の部屋よりも四季の庭ですごすことの方が多かったティティのために、庭をいつも美しく手入れしながら。ティティが玉座を下りる日が来ると、カディヨンも庭師をやめて、一緒に沼地へ帰りました。

「ただいま、サウーラ。あたし帰って来たわ。」

二人は沼地のそばに小さな小屋を作って、機織り小屋に住むイーサンとユリアの子孫の者たちと行き来しながら、沼地の暮らしを楽しんですごしました。月日がたち、とうとうカディヨンがティティに先立って亡くなると、まもなくティティの姿も見えなくなりました。そうしてそれっきり、どんなに探しても見つかりませんでした。機織り小屋の人たちは、朽ちた小屋のあとに小さなあずまやを建てて、時折そこで二人をしのぶようになりました。

アローは本を書き終えたあとも、一度北の岩地へバーバリオンをたずねたほかは、滝の宮殿に腰を落ち着けて、魔法の本を調べて暮らしていました。また魔法の本をいくつか、ウプルーとオロートの話や、どんな風に雲ができてお天気が変わってゆくか、太陽や星や月についてどうしてそう動いて見えるのか、植物を種類分けしてどんな違いがあるかなどについて書かれた本を、文字を覚えたての子どもでも読めるように、なるべく簡単な薄明の大陸の言葉に直しました。真昼の大陸についてよりも、まずはこういったことが書かれた本の方が、今の薄明の大陸の生きものたちにとってはいいだろうと考えたからです。(後にロロとジュラがあちこちに配って回ったのは、主にこの時アローが訳した本になりました。)その間にティティは少しずつ玉座に慣れて、大分落ち着いて来たようでした。そんなある日、ティティが図書館にバーバリオンをたずねて来て言いました。

「近頃、玉座に座っていると、繰り返し同じ景色が見えるのよ。山に囲まれた所に、雪に埋もれた小さな村があるの。村の真ん中には小高い塔があって、てっぺんに黒い風見鶏が立っている。どこにでもありそうだけれど、何かがこことは、この世界とは違っていて___あれはもしかしたら、真昼の大陸じゃないかしら。アロー、あなたにも見てもらえたならいいのに。」

「___そうか。ヒナがエサを求めているのだろうか?」

「えっ?」

「何でもない、たわごとさ。しかし、真昼の大陸にいた頃が、もう遠い昔のことのようだ。こちらへ来てからよりも、はるかに長い年月をあちらで生きていたというのに。」

「あたし、アローが故郷へ帰りたがらないのが不思議なの。それをいいことに、ずっとそばにいてもらっていたけれど___でも、どうか、旅に出たいと思っていたら、あたしのことはもう大丈夫よ。そうしてまた、ここへ帰って来てくれたら、みんな歓迎するわ。」

その時ティティは歩き始めた子どもぐらいの背丈で、机の上に腰かけ、顔をのぞき込むようにして、アローと明るい緑色の目を見合わせました。気分屋で気まぐれで、強情な所もあいかわらずでしたけれど、バーバリオンの顔にも見えた、あの穏やかで動かしがたい表情が、その幼なげな顔からかすかに透けて見えるような気がしました。「玉座に座るものをよく見ていてごらん。」___多分、ウプルーが言っていたのはこのことだったのです。アローは、自分がポランとの約束を果たしたことを知りました。

それからしばらくたったある日、アローはみんなに惜しまれながら宮殿をあとにして、行き先は言わずに、今一度旅に出ました。

(きっとこれからする旅が、私の最後の旅になるのだろう。)

そうしてそのあとの消息はわかりません。ただ、アローが旅立ってしばらくした頃に、迷いの森の近くで、アローらしき旅人の姿を見かけたという者があったそうですが、そのうわさが確かめられることはありませんでした。(彼方の地図・おわり)




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