水瓶

ファンタジーや日々のこと

滝の宮殿4・四季の庭

2014-09-21 08:53:42 | 彼方の地図(連作)
ティティは少し不安に思いましたが、バーバリオンが大丈夫と目でうながし、カディヨンもそれはいいと言ったので、おそるおそる、地面に下りて背中を向けているクワクワに乗りました。クワクワは叫ぶように大きく一声鳴くと、はばたいて飛び立ち、滝の宮殿の真上まで行って、ティティが四季の庭を一つずつ眺められるように、ゆっくり旋回しながら降りていきました。今にも燃え尽きそうな夕焼けの中、クァロールテンから続く山並みの末にある崖のてっぺんから滝が落ち、段々になって光る水しぶきをあげ、はるか下の川に流れ込んでいるのが見えました。どの庭も今は夕陽の色に染まり、季節ごとに違う庭の様子はよく見えませんでしたが、さまざまな植物が上手に配置された四つの庭は、ティティにはそれこそ魔法のように思えて、思わずため息が出ました。

(ああ、なんてきれいなんだろう!ユリアが言った通りだわ。サウーラに見せたなら、どんな風に言ったろう___)

サウーラのことを思い出すとまた寂しさがこみ上げてきましたが、クワクワが見せてくれるすばらしい景色は、ともすると沈みがちになる気持ちを、上へ上へと引き上げてくれるようでした。クワクワは蝶よりもずっと速く、高く飛びましたから、ティティには怖いほどでしたが、それでもサウーラとの別れ以来なかった、晴れ晴れとした気持ちになりました。ほおに流れた涙のすじも、上空の風でじきに乾きました。

「ありがとう、クワクワ。あたしも羽を持ってたのに、なくしちゃったの。空を飛ぶのはやっぱり気持ちいいわ。そして滝の宮殿はとってもきれいだわ!」

「ソウ、空ヲトブノハタノシイ。空ニモ見エナイ山ガアル。谷ガアル。」

「ええ、見えない川も流れている。」

「小サナ虹ノヒト、コレカラ空ヲトビタクナッタラ、ワタシヲ呼ベバイインダヨ!」

一方他の三人は、階段を上って四季それぞれの庭を見てまわりましたが、どれもアローが真昼の大陸で知っている、どんな庭園よりもすばらしいものでした。

「いったい、誰がこんなに美しい庭を考えたんだろう?」

「宮殿ができた頃からこの庭園はあるそうですが、その当時とまるで同じではないのです。その時々の庭師が、思い思いに新しい植物を植えたり、また寿命の尽きた植物を取りのぞいたりしていますし、薬づくりの者が必要な薬草を植えたりしているので、誰か一人が考えた庭というわけではないのです。おまけにクワクワや他の鳥たちが、どこかから見知らぬ種を運んで来たりしますからね。それでもこのように、四季折々に秩序だった美しさが出来上がるのですから、不思議なものです。」

カディヨンは熱をおびた目でそう語りました。同じケンタウロスでも、バーバリオンとはまた大分違うようです。アローは笑いながら言いました。

「君は詩人だねえ、カディヨン。」

「ふうむ。私はあまり庭には興味を持ったことがなかったんだが、こうしてあらためて見ると、なるほど美しいものだなあ。」

さも感心したように、バーバリオンも心妙な面持ちでそう言いました。カディヨンはすっかり照れてしまい、そろそろ下りて来るようクワクワに呼びかけると、お疲れでしょうから食堂にご案内しましょうと、一同を誘いました。夏の階にある食堂では、いかにもおいしい食事を作りそうな年配のたくましい女性が、あれこれと指図をしている最中でした。

「こりゃいい匂いだ。ディアナ、あんたの作った食事が食べられるのも久しぶりだよ。野宿続きだったからね。」

「あれまあ、宮殿にいらっしゃる時には大してほめても下さらないんだから、たまには王様が長旅に出るのも悪いもんじゃないですわねえ。さ、みなさん、お好きな席にどうぞ。なにせ王様からして決まった席についたためしがありゃしないんですから。」

辛口ながらどこか親しみ深いこのディアナは、もう長年宮殿の料理長をしているのでした。すでに宮殿の様々な人たちも席についており、カディヨンが音頭をとって、王様の帰りを祝って乾杯しました。その席で、バーバリオンはティティが新しい王様であることを皆の前で発表しました。驚きの声が上がり、今度は新しい女王さまのために、もう一度乾杯をしました。そうしてバーバリオンは、旅であったことをみんなに話し始めました(楽しい雰囲気を壊さないように話を選びましたが)。きっと明日にはふもとの町にもうわさが届くでしょう。ティティはテーブルの上にちょこんと座って、もっぱらカディヨンの庭の話に聞き入っていました。ティティの横に陣取ったクワクワは、お皿の果物をついばんでは散らかして、ディアナに叱られたりしていました。こうして宮殿の人々は、新旧の王様二人がそろった夕べの食卓で、あたたかくにぎやかな時間をすごしたのです。


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