冬至の日の朝、春の庭にいたティティにバーバリオンが言いました。
「そろそろ玉座に座ってみるかい?」
ティティはずっと屋内にいることにまだなじめないようで、宮殿に着いた夜から、ピナーとクワクワと一緒に、昨日は秋の庭、今日は夏の庭というように、気の向くままに移動してすごしていました。王様の部屋は、春の庭の滝つぼから流れ込む泉の中にある玉座から、さらに奥まった所にあって、バーバリオンの槍や剣、それに毛熊の毛皮などがまだ飾ってありましたから、それもあまり気乗りしない理由のようでした。
「玉座に座る前に、何かしなきゃいけないことはないの?用意とか、準備だとか___だってあたし、まだ全然、なんだかよくわからないのよ。こんなままでいいのかしら。」
「ああ、大丈夫だ。私なんか縄でくくられたまま担がれて来て、玉座に放り出されたぐらいだ。たしかにクァロールテンが王様を選びはするが、特別な何かが、王様に求められているわけじゃない。うまく言えないが、季節の方で君を、重しとか、目印がわりにするのさ。北の空の真ん中にある小さな暗い星を、船乗りが目印に使うように。たまたま、そこにあったんだ。」
「あたし、重しになんかなれないわ。」
「ははは!そりゃそうだ。玉座もいきなり王様の目方が軽くなってびっくりすることだろうよ。さあ、ちょっくら玉座を驚かしてやるといい。」
「私も、一緒に行ってみていいだろうか?その、ティティが玉座につく時に。」
「ああ、アロー。君にもぜひ見てもらいたい。私は玉座に長くあったが、まあ、いまだになんともわからないのさ。だが君は、そういったことを考えるのが好きだろう?」
そんなわけでティティは、バーバリオンとアローと一緒に、春の庭を歩いて、玉座のある岩屋の中へ入って行くことにしました。春の庭は、どの植物もまだ冬の眠りの中で、今は寂しい風景でした。滝つぼの水が流れる先、はり出た岩屋の下に、ごく浅い水たまりがあり、そこからまた下にある夏の階へと、階段状になった岩を水は流れ落ちていました。時々岩屋の天井から水がしたたって水面に波紋を描き、たて琴のような音を響かせています。そうして弱々しい冬の陽射しが奥深くまで差し込んだ先に、中央部がなめらかにへこんだ大きな岩が、水たまりの真ん中にあるのが見えました。ティティたちが近くまで来ると、岩のまわりにうずをまく白と黒がはっきりして、中心にある金色の光も輝きを増したようでした。
「やっぱり怖いわ。熱かったり、痛かったりしないの?」
「大丈夫だよ。玉座のそばまでは、私もついて行こう。」
バーバリオンはティティを手に乗せて水たまりを歩いて行くと、玉座に下りるよう促しました。ティティはまるで玉座に気づかれまいとでもするように、おっかなびっくり玉座の上に下りました。そうしてしばらく立ったままでいましたが、特に何も変わりないことがわかると、そっと真ん中に座ってみました。バーバリオンはティティがあわてたり騒いだりしないのを確かめると、玉座を離れて、アローと一緒にティティの様子を見守ることにしました。
ティティは落ち着かなげに、バーバリオンとアローの顔をかわるがわる眺めていましたが、渦の中心にある金色がだんだんとティティに近づき、ぴったりと重なって動かなくなると、どこか遠くをぼんやりと眺めるような目つきになりました。その表情は、ポランによく似ていました。アローは、薄明の大陸の王様と霧を生むものがどう同じでどう違うのか、今この玉座にあるティティ___羽を失って、しかも大きくなってゆくティティは妖精なのか人間なのか、そのどちらでもなければ、いったい何者になるのだろうなどと、黙って考えをめぐらせていました。そうして一時間もたったでしょうか。少しずつティティの目の焦点が、この岩屋の中に戻って来ると、ぴょんと泉の中に下りて、水面を歩くようにして二人のもとにやって来て、言いました。
「やっぱりなんだかよくわからないわ。半分眠っているみたい。」
「それでいいのさ。だが、いやではないだろう?」
「ええ。いやじゃないわ。でも、もっと何か、起こるんじゃないかって思ってたの。何か特別なことが。でも、夢も何も、見えなかった。」
「時々、遠くにあるものや、そこで起きた物事がひとまとまりに、短い時間のあいだに見えることがある。まるで目の前を流れるようにね。私はそれで、行ったことのない南の沼地が灰色におかされていることを知ったのだ。だが、特に意味があるようにも思えない、とりとめのないものも多い___私にわからなかっただけかも知れないが。あれはもしかしたら、季節か、クァロールテンが見ているこの世界なのかも知れん___とにかく、何かを見たとしても、あまり心をわずらわされないことだ。自然とそうなっていくとは思うがね。」
バーバリオンは、急なせせらぎの中で長い年月を経た岩のように、穏やかな、けれど動かしがたい顔でそう言いました。そしてちょうど同じ頃、滝の宮殿からクァロールテンに向けて大きな虹がかかり、それに応えるかのようにこの冬初めての粉雪が、山頂からの風に乗ってひらひらと舞い始めました。新しい王様が玉座についたことをクァロールテンが認め、大陸に住む生きものたちに知らせたのでした。
「そろそろ玉座に座ってみるかい?」
ティティはずっと屋内にいることにまだなじめないようで、宮殿に着いた夜から、ピナーとクワクワと一緒に、昨日は秋の庭、今日は夏の庭というように、気の向くままに移動してすごしていました。王様の部屋は、春の庭の滝つぼから流れ込む泉の中にある玉座から、さらに奥まった所にあって、バーバリオンの槍や剣、それに毛熊の毛皮などがまだ飾ってありましたから、それもあまり気乗りしない理由のようでした。
「玉座に座る前に、何かしなきゃいけないことはないの?用意とか、準備だとか___だってあたし、まだ全然、なんだかよくわからないのよ。こんなままでいいのかしら。」
「ああ、大丈夫だ。私なんか縄でくくられたまま担がれて来て、玉座に放り出されたぐらいだ。たしかにクァロールテンが王様を選びはするが、特別な何かが、王様に求められているわけじゃない。うまく言えないが、季節の方で君を、重しとか、目印がわりにするのさ。北の空の真ん中にある小さな暗い星を、船乗りが目印に使うように。たまたま、そこにあったんだ。」
「あたし、重しになんかなれないわ。」
「ははは!そりゃそうだ。玉座もいきなり王様の目方が軽くなってびっくりすることだろうよ。さあ、ちょっくら玉座を驚かしてやるといい。」
「私も、一緒に行ってみていいだろうか?その、ティティが玉座につく時に。」
「ああ、アロー。君にもぜひ見てもらいたい。私は玉座に長くあったが、まあ、いまだになんともわからないのさ。だが君は、そういったことを考えるのが好きだろう?」
そんなわけでティティは、バーバリオンとアローと一緒に、春の庭を歩いて、玉座のある岩屋の中へ入って行くことにしました。春の庭は、どの植物もまだ冬の眠りの中で、今は寂しい風景でした。滝つぼの水が流れる先、はり出た岩屋の下に、ごく浅い水たまりがあり、そこからまた下にある夏の階へと、階段状になった岩を水は流れ落ちていました。時々岩屋の天井から水がしたたって水面に波紋を描き、たて琴のような音を響かせています。そうして弱々しい冬の陽射しが奥深くまで差し込んだ先に、中央部がなめらかにへこんだ大きな岩が、水たまりの真ん中にあるのが見えました。ティティたちが近くまで来ると、岩のまわりにうずをまく白と黒がはっきりして、中心にある金色の光も輝きを増したようでした。
「やっぱり怖いわ。熱かったり、痛かったりしないの?」
「大丈夫だよ。玉座のそばまでは、私もついて行こう。」
バーバリオンはティティを手に乗せて水たまりを歩いて行くと、玉座に下りるよう促しました。ティティはまるで玉座に気づかれまいとでもするように、おっかなびっくり玉座の上に下りました。そうしてしばらく立ったままでいましたが、特に何も変わりないことがわかると、そっと真ん中に座ってみました。バーバリオンはティティがあわてたり騒いだりしないのを確かめると、玉座を離れて、アローと一緒にティティの様子を見守ることにしました。
ティティは落ち着かなげに、バーバリオンとアローの顔をかわるがわる眺めていましたが、渦の中心にある金色がだんだんとティティに近づき、ぴったりと重なって動かなくなると、どこか遠くをぼんやりと眺めるような目つきになりました。その表情は、ポランによく似ていました。アローは、薄明の大陸の王様と霧を生むものがどう同じでどう違うのか、今この玉座にあるティティ___羽を失って、しかも大きくなってゆくティティは妖精なのか人間なのか、そのどちらでもなければ、いったい何者になるのだろうなどと、黙って考えをめぐらせていました。そうして一時間もたったでしょうか。少しずつティティの目の焦点が、この岩屋の中に戻って来ると、ぴょんと泉の中に下りて、水面を歩くようにして二人のもとにやって来て、言いました。
「やっぱりなんだかよくわからないわ。半分眠っているみたい。」
「それでいいのさ。だが、いやではないだろう?」
「ええ。いやじゃないわ。でも、もっと何か、起こるんじゃないかって思ってたの。何か特別なことが。でも、夢も何も、見えなかった。」
「時々、遠くにあるものや、そこで起きた物事がひとまとまりに、短い時間のあいだに見えることがある。まるで目の前を流れるようにね。私はそれで、行ったことのない南の沼地が灰色におかされていることを知ったのだ。だが、特に意味があるようにも思えない、とりとめのないものも多い___私にわからなかっただけかも知れないが。あれはもしかしたら、季節か、クァロールテンが見ているこの世界なのかも知れん___とにかく、何かを見たとしても、あまり心をわずらわされないことだ。自然とそうなっていくとは思うがね。」
バーバリオンは、急なせせらぎの中で長い年月を経た岩のように、穏やかな、けれど動かしがたい顔でそう言いました。そしてちょうど同じ頃、滝の宮殿からクァロールテンに向けて大きな虹がかかり、それに応えるかのようにこの冬初めての粉雪が、山頂からの風に乗ってひらひらと舞い始めました。新しい王様が玉座についたことをクァロールテンが認め、大陸に住む生きものたちに知らせたのでした。