行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

中国人は松嶋菜々子主演『レッドクロス』をどう見たか?

2015-08-09 14:06:04 | 日記
8月1、2日にTBSで放映された『レッドクロス 女たちの赤紙』を見た。上海に住む知り合いの中国人女性から「中国で話題になっている」と言われ、それでユー・チューブを探したわけである。以前、北京にいるときに『半沢直樹』を見たのも、周囲の中国人の間で大評判になっているのを知り、話題についていけなければ困ると思ったからだ。中国人、特に都市部中産階級の外国文化に関する好奇心は極めて旺盛だ。インターネットでのチャットを通じた口コミ社会が非常に発達していることも、情報の伝達に大きな役割を果たしている。

『レッドクロス』は、赤十字の従軍看護婦として旧満州に渡った日本人女性(松嶋菜々子)が、敵味方を区別しない博愛精神の挫折を経験しながらそれを堅持し、戦後は中国に留め置かれて共産党の国家建設に協力し、帰国後は朝鮮戦争の国際救援事業に身を投じる姿を追ったものだ。終戦の混乱で生き別れた一人息子は、あくどい日本人に騙され売り飛ばされそうになるが、善良な中国人の地主に引き取られ、中国人社会で差別視されながらも、一人の中国人として人民解放軍軍医の道を歩む。母子二人が再開するクライマックスは山崎豊子の『大地の子』を想起させる。国家の越え難い壁と人の情の深さが矛盾しながらも、二者択一でなく並存している。

民族主義的論調で知られる日刊紙『環球時報』は、「日本人の命も中国人の命も同じように尊い」と献身的に務める従軍看護婦たちの正義感に共感を示し、戦後70年記念番組の中で広島、長崎の原爆や日本人捕虜に関するテーマが多い中、「"戦争被害者"を強調し、戦時中の人間の情愛や愛情を主題とする日本の戦争ドラマとは異なり、この作品はこれまでの限界を突破した」と評価した。また安倍政権が新安保法案を成立させようとしているさなかであることに注目し、「戦争について一定の反省をし、日中の民間における真心の交流を描くドラマが放映されたことは、今日的意義がある」とも言及している。

ネットでも、日本軍の横暴さに触れていることを「反省」ととらえ、戦争被害者から「加害者」の側面を直視している点への賛辞が目立つ。多くの中国人が日本人庶民に友好的で、同情的であったことが描かれていることを評価する声もある。もっとも、まだまだ反省が足りないという意見も根強いことには留意したい。TBSは毎日新聞系列なので、同新聞の精神を継承したものだ、とする玄人っぽい指摘も目を引いた。

中国での戦争ドラマと言えばまず抗日戦争、次に国共内戦がテーマだ。登場する日本軍は当然のことながら敵として描かれ、極悪非道のイメージが固定されている。この視点がなければ宣伝当局の許可も下りない。一方、日本の戦争作品に対しては、軍が美化され、被害者の視点が強調されているというのが一般的な評価として定着している。この認識が『レッドクロス』に対する高い評価に結びついている。一つは、日本人も中国人の被害者感情に理解を示してくれているという安堵と、その上に立つ、敵味方を乗り越えた愛情に対する共鳴である。「加害者」の視点がなければ、人間としての共感も成り立たない、という中国人のロジックが見えてくる。

日本では戦争の反省をしばしば、先日公表された戦後70年有識者懇談会の報告書にもある通り、戦後の平和活動や民主主義国家の歩み、国際貢献に求めるが、中国人にとって日本人の反省は、まずは加害者としての「謝罪」にあると考える。ドラマに対する評価から、この認識の違いが浮かび上がってくる。日本のドラマが中国でウケた、ウケなかったと騒ぐだけの論評は、極めて拙劣な問題意識である。

そもそも異文化と接する際に、まず心掛けなければならないのは、相手の事情を十分理解してものを考えることだ。簡単のように見えるがこれが難しい。相手の立場に立つためには、その国の歴史、文化、社会について深い理解がなければならない。自分の価値観だけで、異なる文化を解釈しても、相互に共通の言語を生むことができなければ、一方通行で終わってしまう。これではむしろ誤解が深まる。かと言って、完全に相手の立場に同化してしまえば、独立した見方を失い、異文化交流の意義がなくなる。

日本に限らず、メディアの報道には相手への理解を欠いた唯我独尊的な記事が少なくない。読者が自国民に限定され、その市場の影響を受けている以上、やむを得ない面もあるが、メディアが大衆迎合に終始すれば、独立した批判精神によって立つジャーナリズムは成り立たない。

表記の本題を問いかけたのは、中国人の反応を知ることはすなわち、どうしてそういう反応をしたのかを知ることにほかならない、そう発想しなければ意味がない、ということを言わんがためである。そのためにドラマを見て、この文章を書いた。

ただ、個人的に感動した場面がある。従軍看護婦たちが戦後、中国共産党の求めで残留を強いられる際、敵視していた「アカ=共産主義者」への協力に抵抗する者たちに対し、主人公の松嶋菜々子がこう説得する。

「赤でもなんでもいいじゃないですか。それでほかの人たちが助かるんです。何を着ようが、わたくしたちの中身は変わりませんよ」

このセリフこそ、中国の人たちが最も心を震わせた言葉ではないかと思う。そういうことに共感し合えれば作品の意義はもっと深まる、との願望を込めて。

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