行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【日中独創メディア・中南海ウオッチ】習近平が指導者の「中核」として江沢民を超える日

2016-02-20 13:50:59 | 日記
春節の終わりを告げる元宵節を前にした昨日19日、習近平は人民日報、新華社、中央テレビの三か所を視察し、あらゆるメディアを通じた世論誘導の重要性を強調した。党によるメディア統制はますます強化されることになるだろう。人民日報では同紙の微信(ウィーチャット)を通じて、肉声で元宵節のメッセージをユーザーに送るサービスも忘れなかった。国の体制は違っても、どこの国の指導者もメディアを自由にコントロールしたいという欲求は変わらない。民主国家と呼ばれる国の方が、より潜在化、巧妙化していることにも注意を払う必要がある。

今年に入り、地方の指導者が習近平を「中核」(中国語では「核心」)と呼んで忠誠を示す事例が相次いでいる。失脚した周永康・元党政治局常務委員の影響力が強かった四川省で、トップの王東明・同省共産党委書記が「習近平総書記というこの中核を断固として守る」と発言したのを皮切りに、各地の省トップが同様の決意表明を行い、「すでに全国で半数を超えた」とあおる官製報道まで流れた。

習近平が昨年来、中央の決定に反する者を処分する「妄議中央」の新しい掟を定めたほか、「中央に倣う」との指令を連発していることが背景にある。「中核」は丹単なる言葉の遊びにとどまらない権力闘争の現実を反映している。

小平は天安門事件の危機に際し、「どんな集団指導にも一つの中核が必要だ。中核のない指導はよって立つものがない。第一代集団指導の中核は毛主席だった。毛主席の中核があっから、文化大革命でも共産党は崩壊しなかった。第二代は実際に私が中核だ」とし、民主的な態度を取って保守派と対立した胡耀邦、趙紫陽の両総書記失脚後も、「党の指導は安定していた」と述べた(『小平文選』)。第三代の中核として江沢民を位置付けることに主眼があったが、それを小平の権威によって行う点で次世代の求心力には限界があった。

第四代の胡錦濤も小平がレールを敷いたものだったが、小平の死後、胡錦濤への政権委譲は江沢民の恣意的な介在を招いた。江沢民は胡錦濤緒に総書記の座を譲った後、2年間近く中央軍事委主席のポストに居座った。「第三代中央集団指導の中核」と公認された江沢民は、「中核は闘争の中で形成されるもので、誰かが中核になりたいからといっても、永遠になれるものではない。これは一つの歴史の法則と言ってよい」 (『論国防和軍隊建設』 )が持論で、胡錦濤には「中核」の呼称を認めなかった。

こうしてみれば習近平は江沢民が推した周永康や元軍制服組トップの2人を摘発し、歴史の法則にのっとり、「闘争の中で形成される」中核の呼称に近づいたと言える。習近平に中核の名が冠せられるのも不思議はない。むしろ、江沢民が小平の権威によっていたことを思えば、習近平こそ闘争の中で勝ち取ったというにふさわしい。「紅二代」という最高の血統からも、江沢民を超える有資格者ということになる。

問題は、自ら勝ち取った「中核」は逆に、個人崇拝に暴走する危険も、過去の毛沢東と同様、存在することになる。

「みなさんが健康でありますように。仕事がうまくいきますように。家族ともども幸せでありますように」

携帯からは、習近平の親しみのこもった元宵節の肉声あいさつが流れている。耳を澄まして聞くと、できるだけ個人崇拝の批判を受けないよう注意を払っているとのメッセージだと思えてくる。個人崇拝が招いた政治的迫害による甚大な被害者の一人が、習近平の父親である。

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