2018年6月8日(金)
6日(水)夕方、姫路駅の北口から小雨けむる姫路城を眺めていました。
駅からお城へと伸びる幅50m、長さ凡そ840mの大手前通り(駅前幹線)は、日本の道100選にも名を連ねている全線が無電柱化されている姫路のメインストリートです。
いつだったのか、姫路城の天守閣に上がって刑部明神に手を合わせたことを思い返していました。
木の柱と柱の側面をコンパスグラスを覗きながら計測して、間違いなく神河町大山にある卑弥呼の陵墓(20度)に手を合わすように向けて築城していることを思い出していました。
そしてその時、天守閣から大手前通りを見下ろしながら、姫路城の向きと通りがずれているのを思い出しながら、この日は駅からお城を眺めながら又それを逆から目視で検証していました。
コンパスグラスでは駅舎の構造のせいなどで計測が場所場所によって大きく狂うこともあって定かではありませんでしたが、地理院地図からは、2度のずれとなっています。
Schloss Himeji
Nicht nur Schreine und Tempel waren so konstruiert, dass das darzureichende Gebet wie von selbst auf wichtige Orte ausgerichtet wird. Auch Schlösser wurden, mit jeweils vertieftem Gebet, unter genauen Planungen und Vermessungen gebaut.
Dies erkennt man sehr genau am Schloss Himeji. In der obersten Etage seines zentralen Burgturms befindet sich ein Schrein namens Osakabe-jinja.
Betet man in diesem Schrein, richtet man sein Gebet genau am 20. Grad auf dem Kompass aus, d.h. in die Richtung der Grabstätte Himikos in Kamikawa-cho.
Ein Schloss ist zwar eine Einrichtung, um Kriege zu führen, aber es könnte sein, dass dieses Schloss Friedensgebete für Himiko darreichen möchte, die sich eher für den Tod entschied, um Kriege zu vermeiden.
偶然にしてはあまりにも・・。
姫路城は、神河町大山にある卑弥呼さんの陵墓に向けて築造されていましたが、メインストリートである大手前通りは生野の地下神殿に向かって造られています。
この構図は、東京駅の丸の内口前から皇居前の和田倉門まで伸びる行幸通りの構図と全く同じです。
丸の内口から皇居に向かって手を合わせると、ユダヤの人達が神の山と崇める守屋山がある諏訪大社上社本宮に手を合わせるようになっています。
御所に守屋山がピッタリ重なるようになります。
偶然なのでしょうか・・。
上社本宮のご本尊は、中国大連にある遼寧省鞍山市にある道教の聖地千山を見つめ守っていましたね。
千山の神様を守る山 ・・ 守屋山。
おおーーっ、脱線しそうです。 もとの姫路に話を戻さなくてはなりません。
・・
これが偶然にも・・、不思議にも・・、姫路の駅から真東に行ったポイントと、なんと、地下神殿がある生野の絶峯の三角点を真南に伸ばして交差するポイントに・・。
おおーーっ、なんと言うことか、志方町山中にあるイエスの公的陵墓が存在しています。
ここにある大歳神社で手を合わせると、なんとなんと、神河町南小田の836m地点山中にあるイエス・キリストの墓に手を合わせるようになっていましたね。
そして、この陵墓の真東に卑弥呼さんの陵墓がありました。
姫路駅からお城に手を合わせると、千山に祀られている九福神様達(七福神)を祀っている生野の地下神殿に手を合わせるようになっています。
卑弥呼さんは実際に神河町の山中に葬られた現人神様達の墓守と、その方々を祀った地下神殿を祀り守るのが女王卑弥呼の務めでした。
邪馬台国の政治政体は奈良纏向で、国事国体は播磨国風土記に記された埴岡の里。
つまり、現在の兵庫県朝来市生野町と、神崎郡神河町でした。
50代桓武天皇はじめ、和気清麻呂や最澄、空海様たち、そして秀吉や家康など戦国武将たちもこれらのことを全て知っていましたね。
幕末までは・・。
んんーーん、不思議と言えば、2010年8月11日の私の56歳7ヶ月目の日でした。
ことの急激なドラマの幕開けは、その日台風4号で荒れ狂う宗像大社の参道に立った時でした。
「よう来たのう~~!」という声がして、不思議なことが急展開していったのでした。
その宗像大社のご本尊様も、諏訪大社上社本宮のご本尊様同様に道教の聖地千山を向いて居られます。
その宗像大社と諏訪大社上社本宮の二点を結ぶと・・、なんとぉーー! 卑弥呼の陵墓とイエス・キリストの墓の中間点を通ります。
あまりにも・・偶然とは呼べない事実がそこに存在しているのです。
右の青い点が卑弥呼の陵墓で、左の点がイエス・キリストの墓です。