鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

届くといいな

今年の始まり、厳しいものとなりました。
能登半島地震の被害や影響を受けられた方々は勿論、羽田空港でも大変な事態に。
それでも、新年に向けて、より多くの人が元気出せるといいな。
簡単にはそう言えないことも、承知しておりますが。
私には何もできないのが残念です。
できそうなこと、せめて誰かの応援になれそうなキャラ、挙げておきます。
そう考えて、画像生成AIのダリさん(DALL-E3)とともに作ってみました。

本ブログの連載小説『アルフェリオン』より、作者の私自身も力をもらっているヒロインのエレオノーアです。
これは、エレオノーアと主人公ルキアンがいよいよミルファーン王国に旅立つ場面を題材とした画像となります。

ちなみに 『アルフェリオン』の第28話(その3)、今年最初の小説本編の更新 も本日行いました。

エレオノーアの応援画像、縦型のいっそう大きなものも以下に挙げておきます。

本日も、新年早々、鏡海亭にお越しいただき、ありがとうございます!
今年もよろしくお願い申し上げます。

ではまた。

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第58話(その3)待つ者たち、受け継がれる想い

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

 


3.待つ者たち、受け継がれる想い


 
「ちょっと、あんたたち……何を?」
 これこそ、緑濃いハルスの森に棲む妖精たちのしわざ、青白き月光の照らし出す薄闇のもと、いま目の前で唐突に起こっていることが、悪戯な幻術のせいではなくして一体何だというのだろうか。リオーネは思わず声を上げたまま、信じ難いものでも見るように動かなくなった。
「どうしちまったんだい? 急にそんなに泣き出したりして」
 彼女が目の当たりにしているのは、ふたり、抱き合いながらすすり泣く、ルキアンとエレオノーアの姿だった。
「おにいさん……おにいさん! もう、絶対に離さないでくださいね」
 エレオノーアは顔中を涙で濡らし、何度も何度も《おにいさん》と大声で叫んでいる。
「僕たち、帰って来られたんだ。良かった、良かった、エレオノーア」
 まるで長年生き別れになっていた想い人と再会したかのように、ルキアンの方も、涙の流れるままに、喉を引きつらせながらエレオノーアの名を繰り返す。エレオノーアは両手でルキアンを抱きしめ、彼に頬ずりしながら、途切れ途切れにつぶやいている。
「ほ、ほん、とうに、良かった、よかった、の、です……」
 たしかに、二人は還ってきて、生きている。戦い終わって、ルキアンの《無限闇》とアマリアの《地母神の宴の園》という二つの支配結界が解かれ、通常の時間と空間の中に御子たちは戻った。この奇跡をルキアンとエレオノーアが涙ながらに讃え合うのも無理はないだろう。何しろ相手は《始まりの四頭竜》の化身、たとえそれが本体とは比べ物にならない写し身にすぎないにせよ、これに力の一部を与えた《始まりの四頭竜》自体は、この世界が生まれた始原の時より今日に至るまで、《あれ》の代行者として生き続けている超越神にも等しい存在である。か弱く哀れな《人の子》の身でそれに挑戦した御子たちの勇気、いや、蛮勇とすら呼ばざるを得ない決意は、幸いにして劇的な勝利をもたらしたにせよ。
 しかしながら、御子の支配結界の中で繰り広げられていた戦いは、結界の外にいた者たちにとっては、あずかり知らない出来事だった。その間、結界内の時間の進行に比べて、リオーネやブレンネルにとっての時間はほぼ経過しておらず、停止していたも同然である。結界が解け、この世界内におけるルキアンたちの存在と時の歩みとが元通りになったとき、リオーネの目に映ったのは――つい先ほどまで初々しい様子で互いに微妙な距離感を測り合っていたルキアンとエレオノーアが、突然に抱擁し合い、互いの顔をすり寄せ、今にも口づけを始めかねない雰囲気になっているという突飛な状況だった。
「くぅ~っ。若いって、いいよな。熱情の暴走ってか」
 額に手を当て、苦笑しながらのけぞっているブレンネル。そんな彼を背にして、リオーネは心底不思議そうな面持ちで首を傾げている。
 ――あの奥手なルキアンが、一瞬でここまで積極的になるなんて、どういうことかしらね。エレオノーアの方も、熱に浮かされているような、いつもとはまったく別人とも思える雰囲気。本当に何が起こったんだい?
 そして当然、リオーネには、もうひとつ気になることがあった。
「エレオノーア、あんたの姿が……何と言ったらいいのかね、その、さっき、煙みたいに消えかかっていなかったかい? 私の見間違いかしら。でも、あんたたちも助けを求めて大騒ぎしていたはずだけど?」
 リオーネは、ただならぬ真剣さを帯びた眼差しでエレオノーアを見つめた。エレオノーアは反射的にルキアンの袖を握り締め、彼に身を寄せる。もはやエレオノーアは、師と仰ぎ母と慕っていたリオーネの言葉よりも、出会ったばかりのルキアンの方に自らを委ねているようにみえた。そんな彼女の振る舞いを前にしたリオーネは、何かを悟ったかのごとく、深い溜息をつかずにはいられなかった。
「そうかい。そうかと思えば、今の瞬間には、急に熱烈な愛を交わす二人のようになって。何なんだろうかね。まるで、しばらく時間が止まっていて、その間にあんたたちのところだけで、何か特別なことが起こっていたみたいじゃないか」
 リオーネはおそらく冗談で言ったのだろう。だが実際のところ、図星をさされたも同然のルキアンは気まずそうに俯き、夜風に揺れる銀の前髪の奥からリオーネを見た。
「そ、その……鋭い、ですね。それも戦士の勘、なのですか」
 しばらくリオーネは、両掌を上向きに持ち上げ、幾度も首を振り、何か言いたそうな顔をしていた。だが、そんな彼女の口からようやく出た言葉は、叱責や非難の響きを伴ってはいなかった。
「やれやれ、ルキアン。この責任、取ってくれるのかい。うちの大切な娘の心を完全に持っていっちまって」
 続いてリオーネはエレオノーアの方を見た。
「でも、思ったより早かったね、この時がやってくるのは。何となく分かっては、いたんだよ。エレオノーア。あんたが疲れ果てて、ぼろぼろの姿でここにたどり着いたときの様子も普通じゃなかったし、その後もあんたは、どこにでもいるような子ではなかった」
 立膝で草地に身を置き、べそをかいて手を取り合っているルキアンとエレオノーアに、リオーネは歩み寄る。彼女は背を屈め、妙に力の抜けた微笑を浮かべながら、エレオノーアに顔を近づけた。
「あんたの前に立ったとき、時々、感じるんだよ。こんなに信頼して、こんなに、いい子だって思っているのに。それでも……正直、言いようのない怖さが伝わってくるんだよ。そんな感じを、あたしは過去にも一度知ってる。あのシェフィーアと向き合ったときと同じ。普通の人間には決して届かない力を内に持っている奴、私はその域には及ぶはずもないけれど、それでも、その凄さくらいは直感で分かるんだよ」
 銀髪の少年少女の前にしゃがみ込んだリオーネは、まず右手でエレオノーアの頭を撫で、続いてルキアンの頭に左手を置いて言った。
「ルキアン、あんたもだよ。ねぇ、あんたたち……いったい、何を、どんなとてつもないものを背負っているんだい?」
 かといって、ルキアンたちが《御子》のことをリオーネに率直に明かしたところで、そんな荒唐無稽な話を彼女が直ちに信じるとは考え難い。
 ――それに、僕たちの戦いにリオーネさんを巻き込むわけにはいかない。たとえリオーネさんが凄い機装騎士だったといっても。
 つい今の今まで激闘を繰り広げていた宿敵、《始まりの四頭竜》の姿を、ルキアンは否応なく想起させられた。あれは、もはや人間の戦士が――彼ら《御使い》のいう《人の子》が――いくら立ち向かったところで、どうこうできる相手ではない。
 ――どうしよう。エレオノーアは、もう僕と一緒に行くといって絶対譲らないだろうし、僕の方だって……。
 困り果て、必死に思考をめぐらせているルキアン。変に迷っているその様子がリオーネにあらぬ誤解を与えないかと、心配になりながらも。適切な答えが出てこなかった。だが、そのとき。
 
「それについては、私から説明しても構わないだろうか」
 突然に、しかし聞き知った声が――しかも絶大な安心感をルキアンとエレオノーアにもたらす、あの人の声が、夜更けの谷に厳かに響いた。そのオーリウム語には幾分のタロス訛りがあった。深紅のケープが風になびく。外見的には30代後半くらいにも思われる背の高い女性が、何の気配も感じさせず、いつの間にかそこに立っている。
「何しろ、手塩にかけた大事な娘さんを、我らの友として預かることになるのだから」
 ルキアンは心から安堵の思いに包まれ、彼女の名を口にした。
「まさか、アマリアさん、アマリアさんなのですか!?」
「そうだ。今度は本物の私が来た。思念体ではない。君らの居場所さえ分かれば、タロスからだろうと世界のどこからだろうと、転移してくることなど造作もない」
 ルキアンは、今も掌に刻み込まれている《豊穣の便り》の刻印を改めて凝視した。
 その一方で、もしも見るべき者が見ていたなら、リオーネを包む気配が、あるいはオーラのようなものが、一瞬にして戦士のそれに変わったことが理解されたであろうが。いま、彼女は最大限に警戒しつつも、見た目の印象自体は極力穏やかに、中立的であるようにと努めている。そうしながらもリオーネは、目の前に現れた《魔女》が自身の剣の間合いに入っていることを確認してもいた。だが、仮に剣をふるったところでどうすることもできない相手と対峙していることは、リオーネの身体が本能的に感じている。
「あぁ、やだやだ。本当に、とんだ夜になったね。しかも今度はもっと化け物じみた奴の登場かい。ねぇ、あんた。一応、聞いとくけど、精霊でも魔族でもないみたいだが、人間……で間違いないかい?」
「無論だ。多少、他の者よりも《長生き》していることを除けば、私は《人の子》以外の何者でもない。名乗り遅れたことを詫びる。私は、アマリア・ラ・セレスティル。タロスの魔道士、いや、最近では占い師といった方がよいかもしれないが、どちらでもよかろう。人は《紅の魔女》と呼ぶ。エレオノーアとルキアンの友であり、力はあってもまだ若い彼らを支えることが、大人としての私の役割だと考えている」
「紅の、魔女……だって? 私も元は機装騎士、知ってるよ、どうりで……」
 アマリアの《通り名》を口にし、リオーネは顔色を変えた。青ざめたというよりも、むしろ諦観をありありと現して。
「そんな有名人で、なおかつ世捨て人だという評判のあんたが、何の用で私の娘を連れて行こうとする?」
 腹のうちを探ろうとする彼女の言葉に対し、アマリアは出し抜けに酒瓶を、おそらく葡萄酒の入ったそれを片手でゆっくりと持ち上げて、何らかの答えとするようだ。
「リオーネさんとおっしゃったか。これはさしあたり、私が特に大切にしている葡萄酒の一本だ。かつて友から譲り受け、長年、思い出とともに静かに眠らせてあった。これをあなたに差し上げよう。私の気持ちに偽りがないことを認めてもらえるか」
 ――アマリアさん? こんなときに、お酒とか、いったいどういう……。
 微妙な表情になったルキアンとは対照的に、リオーネは、この酒がアマリアにとってどれほどの重さを持つものであるのかを、彼女の様子から汲み取ったらしい。単なる酒好きの戯言ではない、もっと特別な思いがアマリアの振る舞いには込められているようだ。
「分かったよ。貴重な品なんだろ。あんたの目に嘘はないようだし」
「よかった。ちなみに理解しているだろうが、この手の長い年月を経たワインを開けるためには相応の準備が必要となる。だからエレオノーアの旅立ちを祝う一杯に間に合わないのは、残念なことだ。また念のため、馬で長旅をさせるのは古酒には堪えるだろうが、私はここまで魔法で瞬時に転移してきた。ゆえに何の問題もない」
 リオーネに促され、アマリアは、先ほどまでルキアンたちがささやかな夜宴を楽しんでいた即席の野外席の方に向かっていった。ルキアンとエレオノーアもアマリアに続き、一人だけ残されたブレンネルが慌てて追いかける。
 質素な木のテーブルの上に瓶を置く。燭台の灯りでは様子がよく分からないと考えたのか、リオーネがさらにランタンを近づけた。それでも夜の真っ暗な河原では酒の状態など十分には把握しようもなかろうが、中の液体の色からして赤ワイン、古びた瓶の様子からしてかなりの年月を経たものであるというのは、ルキアンにもうかがい知ることができた。
 紙面が劣化して剥がれ落ちそうな、いや、崩れ落ちそうなラベルに顔を近づけ、リオーネは、この酒が醸された年を読み上げた。 
「ほぅ、新陽暦265年……。革命前のタロスのワインは、そこそこ珍しくなってきたね。いや、革命前どころか、それよりずっと昔か。今から38年前といえば、私は現役真っ只中だったが、たぶん、あんたは生まれたか生まれてないか、そのくらいの頃だろうね」(※ちなみにタロス革命が勃発したのは新陽暦289年のことである)
 リオーネは、特に誰かに語り掛けるふうでもなく、ぽつりとそう言った。だが当然、その言葉はアマリアに向けられたものだろう。アマリアの方も明確に肯定も否定もせず、何気なしに月を見ている。そして涼し気な表情で語り始める。
「……このワインの産地は、かつての友の故郷だ。これに使われている葡萄は、天候や気候の変化にやや敏感すぎる傾向をもっていて、年毎の出来不出来の差も激しく、要するに商品用にはあまり向いていない。だが、ごく稀に、名醸地の一級品にも劣らない酒を生むことがある。あの265年はそういう年(ヴィンテージ)だった。通常の年の生まれなら、かの地の酒は40年近くの熟成など到底無事には超えられない」
 そんな彼女の心には、このワインをかつて友から託されたときの場面が、昨日のことのように明瞭に浮かび上がっていた。その時点でアマリアは、この世に生を受けていたどころか、遠い景色の中に立つ彼女の姿は今とほぼ変わらなかった。いや、一見する限り現在とまったく同じであり、本当に昨日の話のようにさえ思われる。ただ、そのことを知る者は、ここには誰もいなかった。
 
 ◆
 
「今年の葡萄の出来は特別なんだよ。何十年、いや、もしかすると百年に一度か二度、あるかないかの。ただ、その分、時はかけた方がいい」
 アマリアの回想の中で、少しだらけたような、お気楽な雰囲気の男の声が聞こえてきた。どことなく、ブレンネルの話し方に調子が似ているような気もする。
「俺はもう、見ての通りのくたびれたおじさんだ。このワインが本領を十分に発揮できるまで熟成された頃、たぶん俺は、この世にはいないだろう。そのときには、少しだけ俺のことを思い出してほしい」
 ぴかぴかの瓶に、真新しいコルク栓。新酒の入った瓶を大切そうに両手で支え、アマリアは無言で聞き入っている。
「すまない、共に歩めなくて、助けになれなくて。おそらく、お前は、これまでの御子の中でも飛びぬけた存在なのだと思う。しかし、仲間の俺らが……。お前と一緒に《御使い》たちに対して何か事を起こすには、あまりにも力が足りず、そもそも頭数も足りていない」
 老いが深まろうとしている年頃の男の、寂しそうな声が続いた。
「アマリア、いつの日か、お前にふさわしい御子たちが共に戦ってくれるときを期待して、この飛び切りの葡萄酒を託す。その時が来るまで、こいつは、お前とともに生きて、いい具合に歳を重ねてくれる」
 
 ◆
 
 ――それからも私は、凍った時の呪縛のもとで今日まで生き続けた。そして思ったよりも早く《永劫の円環》が打ち破られ、すべての御子が揃うこととなった。たとえ、どれほどの血と犠牲の上に、人間の所業とは思えない企ての果てに、この子らが生まれてきたのだとしても、私は……敢えてそれを受け入れる。罪を背負う。だが、自らの生を選べなかったこの子らに罪はない。私は二人の闇の御子を守り、共に戦う。それが私に託された使命。
 
 改めて自らの決意を確認した後、アマリアは表情をいくらか和らげ、目も細めつつ、葡萄酒の瓶をリオーネに丁重に差し出した。
「この素晴らしいワインは、私に寄り添って、時が来るのを一緒にずっと待ってくれた。だがもう待つ必要はない。これの方もそろそろ、魔女のお守役などという厄介な仕事からは降りたがっているようだ」
「そんな大事な葡萄酒を……いや、むしろ大事なのは、酒以上に、あんたにこれをくれた友人の方か。どっちにせよ、そういった《物語》に彩られているということは、その酒を本来以上に美味しく感じさせるものさね。まぁ、このワインを周到に開ける頃には、大切な娘はとっくにケンゲリックハヴンあたりに行ってしまっているか、あるいはもっと遠いどこかへ。だったらいっそのこと、娘が再び帰ってきて祝杯をあげるまで、この酒をいましばらく二度寝させておくのも悪くはない。そうやって、今度は私と一緒に待つのさ。この自然豊かなハルスの谷は、葡萄酒が静かに時を重ねるところとしては、さぞ快適だろうよ」
 冗談めかしてそう告げた後、橙色の灯火を反射するかのように、リオーネの目が鋭い光を帯びた。
「それはそれとして、うちの箱入り娘の旅立ちのわけを、聞かせてもらおうかね。さぁ、教えてくれるかい」
 
【続く】
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