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  鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第55話(その3) 光と闇の歌い手

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ


3.光と闇の歌い手


 エレオノーアとルキアンが《ディセマの海》の深奥に挑んでいた頃、《ディセマの海》自体を――つまりは、無尽蔵とすら思える莫大さではあれ、何らの実体も有しないデータの集積体であるその《虚海》を――具現化し、人が知覚可能な《死に絶えた黒き大洋》という仮の姿を与え、これを支配結界の中に維持し続けるという困難な役割を担っていたのが、《地》の御子のアマリア・ラ・セレスティルと、同じく《地》のパラディーヴァのフォリオムであった。
 闇の色にも近い、非常に濃い紺碧の色に染まった海原が、視界一面、鏡のように、小さな揺らぎさえなく時の中に凍り付いたような海面となって、果てしなく続いている様子は、壮絶な美しさをも感じさせるにせよ、それ以上に不気味な光景であった。静けさの中にはかり知れない狂暴性を秘めた《ディセマの海》と対峙しながら、アマリアは手にした杖に力を込め、この得体の知れない相手を、ルキアンから引き継いだ魔力の縛鎖で目の前に繋ぎ留めている。
「わずかにでも気を抜くと、《虚海ディセマ》の実体化が解かれ、この広大な《海》が一瞬で霧散する。そういう、あり得ない光景を見ることになりそうだ」
 アマリアの身体から迸る霊気が渦を巻き、幾重にも絡み合って爆風のごとく立ち上り、巨大な光の柱となってそびえる。完全に覚醒した御子、もはや《人の子》の次元を超えた彼女の力をもってしても、《虚海》を結界内にとどめておくことは容易ではなかった。
 後頭部で一本に編んだ髪を揺らしながら、アマリアが表情を微妙に硬くする。
「仮にエレオノーアが海底から戻ってきても、彼女とルキアンがそのまま元の世界に帰れるなどとは、私は考えていない。《聖体降喚(ロード)》によって生成されたエレオノーアは、《人の子》として生まれた御子が決して逃れられない《永劫の円環》の呪いから、完全に免れている。つまり、彼女が生まれ、生き続けていることそのものが、《あれ》の理(ことわり)に反している。しかも、本来はこのまま消え去るべき運命にあったにもかかわらず、彼女が再びよみがえるならば……これによって、世界の根源たる《絶対的機能の自己展開》は、万象を支配する因果律と矛盾する存在を受け入れざるを得なかったことになる。そんなことを《あれ》の《御使い》たちが許すはずがない」
 遥か彼方、遠くに潜む何かを睨み、敢えてその何かに対して宣言しようとするかのような挑発的な口調で、アマリアが言った。
「だから、あの《古き者たち》が、何らかのかたちで必ず介入してくる。たしかに彼ら本来の力ではなく、ルキアンの支配結界《無限闇》の制約に服した、限定的かつ我々と対等な次元での介入ではあれ。それでも私とルキアンの力だけでは太刀打ちできない。そのこともあって、ここから先は、他の御子たちの力も借りようと思う」
 アマリアは、彼女を隣で支えるパラディーヴァの名を呼び、目元にわずかな笑みを浮かべた。
「どうだろうか、私もそれほど己惚れてはいないだろ、フォリオム? 頼まれてくれるか」
 主従というよりは親子にも似た、頼もしい大人に成長した娘を、ある種の眩しさを感じつつ誇らしげに見守る老いた父親のように、地のパラディーヴァ・フォリオムは白髭を緩めてうなずく。
「わが主アマリア、聞くまでもないことを。任せるがよい。まずは、あの者たちには話が付いておるわい」
 
 ◇
 
 いささか仰々しく、芝居がかった言動も繰り返される《地》の御子とパラディーヴァのやり取りに比べると、フォリオムのいう《あの者たち》、つまり《炎》の御子と同パラディーヴァの間にみられる関係性は、趣のかなり異なるものだった。
 おそらくは《鍵の守人》の基地内の一室をあてがわれたのであろう、いわゆる「旧世界風」のデザインの典型のような、殺風景な病室を連想させる飾り気のない部屋の中。灯りの消えた真っ暗な室内に炎が突然揺らめき、空中で人の姿をとった。火炎のようなフリルと、フリルのような火炎――両者の区別がつかない幻想的な装いで、いずれをもその身にまとう《炎のパラディーヴァ》フラメアは、一見すると可愛らしい少女の姿で、目の前に眠る自らのマスターを容赦なく叩き起こした。
「ねぇ、マスター。起きてよ。ねぇ……。こら! 起きろ、この怠け魔法使い!!」
 その体と同じく炎に包まれた手で、フラメアは、ベッドに寝ていたグレイル・ホリゾード、つまりは《炎》の御子を揺り起こす。ちなみに彼女は、見た目には恐ろしい焔(ほむら)をまとっているにせよ、それは物理的な炎ではなく、また実際の身体の温度も自在に変えられるため、グレイルに火傷の心配はない。ただ、それでも今のフラメアの指先は、相手を火傷させない範囲でわざと高温に保たれているようだった。
「あっ、熱っ! おいおい、こんな夜中に一体何だよ……。あ、お前、さては……その、夜這いか?」
 一瞬、寝ぼけ眼で周囲を眺めた後、わざとらしく騒ぐグレイル。
「よ、よ……夜這いって。アンタね、一回、消し炭にしてあげようか」
 取り巻く炎のおかげで、フラメアの顔色は分からなかったが、多分、彼女の頬もそれなりに赤く染まっているようだった。だがフラメアは、不意に緊迫した表情になって、ただでさえ大きい声を一層荒らげて告げる。
「それはともかく、いますぐ《通廊》、開きなさいよ! 全力でいくから。そうね、最終決戦の模擬訓練だと思って、死ぬ気で魔法力全開!!」
「無駄に暑苦しいお言葉だな。で、何? つーろー? 何だよ、それ」
 その答えを予想していたかのように、フラメアは天を仰ぎ、大げさに肩を落とす仕草をした。
「あのねぇ、《通廊》も知らないの? 分かった。わーかったってば。細かいことは後で。いいから、私に魔力を全部貸しなさいな、マスター君」
「全部って……俺、後で、干乾びたミイラみたいになっちまわないだろうな?」
 そのような過激なことも平気でやりかねない相棒の性格を思いつつ、グレイルは本気で少しだけ慄くのだった。
 
 ◇
 
 ――もう、何が何だか……。わたし、今度こそ、本当に、消えちゃうのかな……。
 薄れゆく意識の中で、エレオノーアは無表情につぶやいた。もはや視覚や触覚で感知できる世界であるとも、自身の内面に浮かぶ心象の世界であるとも区別できない、あらゆる雑多な感覚が交じり合い、煮詰められたような認識の淀みの中を、エレオノーアはいつ終わるともなく落ちていく。
 《虚海ディセマ》の底に蓄積される、ほぼ無限のデータの一部として、己の存在が無に還っていく過程は、事前に恐れていたよりも遥かに恐怖も痛みもなく、ある種の心地良さすら伴うものであった。あたかもそれは、母なる海に帰り、その懐に永遠に抱かれるような感覚である。
 ――あれ? 最後に誰かの、姿が。おにい、さん……? 違う。あなたは、誰、ですか。
 万が一、ここで自我を保てなくなれば、完全に《ディセマの海》に溶かされ、存在自体を消し去られてしまう寸前、エレオノーアの心に眩い光が溢れ、その向こうに誰かの姿が――知らない人物だけれど、なぜか無性に懐かしい――独りの女性が手招きする姿があった。優美でありながらも儚げな空気を漂わせる、あるいは少女から大人になって間もない、エレオノーアよりも幾つか年上であろう女性が、車椅子に乗り、見た目には無垢な笑顔で小鳥たちと戯れている。
 彼女はエレオノーアの方を向き、一礼とも、うなずきともよく分からない仕草をした。だが、互いの目があった瞬間、エレオノーアは分厚い空気の壁に正面からぶつかったかのような、心の奥底までかき乱される衝撃を、体中で感じた。
 対するもう一方の女性は、あくまでにこやかに、可愛らしさと気高さとが交じり合った独特の雰囲気で語り始めた。
「こんにちは、わが友、遠き世界の闇の御子よ。私は、ミロファニア王女、ルチア・ディラ・フラサルバス。私のことを、人は《ミロファニアの時詠み》あるいは《光と闇の歌い手》と呼びます。そして、あなたも気づいているように、私も闇の御子です」
「こ、こんにち、は!!」
 さほど変わらない年頃でありながらも、比較にならない威厳をもったルチアに対し、エレオノーアは緊張しつつ、なぜか全力で普通の挨拶をしてしまった。それと同時に、エレオノーアは、先程までの意識の混濁や身体が溶けていくような感覚が、すっかり消えていることに気づいた。加えて、ルチアの名前を耳にしたときから、エレオノーアは、己自身もこれまで一度も思い起こしたことのなかったルチアに関する記憶が、《知らなかった》はずのことが、それにもかかわらず極めて鮮明に思い出されてくるということを、不思議な気分で体験していた。これが《アーカイブ》の能力の一端だろうか。エレオノーアは、それこそデータベースから読み出すように、自身の手の届く限り、ルチアにかかわる記憶をよどみなく参照する。
 ――ルチア・ディラ・フラサルバス。これまでに無数の世界に存在してきた御子たちの中でも、ごく限られた、本来の紋章の他に別属性のもう一つの紋章を併せ持つ、《双紋の御子》の一人ですね。しかも彼女は、右目にもつ《闇》の紋章に加えて、左目のもうひとつの紋章も、ほぼ完全に使いこなすことができました。他の《双紋の御子》は、申し訳程度にしか、二つ目の紋章を扱えないものですが。かつ、左目のその紋章は《光》。自然の四大とは異なる属性である光と闇の紋章をいずれも完璧に使える御子など、彼女の他には存在しません。でも……」
 そこでエレオノーアは、心の内でこれ以上つぶやくことを戸惑った。
 ――でも、彼女は戦いませんでした。最後のときに至る直前まで。彼女ならば、《あれ》の《御使い》たちから世界を救うことができたかもしれなかった、にもかかわらず。
 とび色と闇の色が交じり合ったようなルチアの目が、穏やかさはそのままに、同時に逃れられない鋭さをもって、エレオノーアの青い瞳をとらえた。
「そうですね。私は信じた。だから戦わなかった。いいえ、今は時間がありません。あなたとは、また近いうちにお茶でも飲みながら、ゆっくり二人で語り合ってみたいものです。もっともそれは、こうした幻の中での話にすぎませんが」
 黙って肯くエレオノーアに対し、ルチアも満面の笑みを浮かべ、さらに言葉を続けた。
「本当なら、私は、後の世の御子の前にこうして姿を現すつもりは無かった。たとえば、あの破戒僧のようには……。それでも、《縁》があった。あなたとルキアンと、私との間に深い《縁》があったのです。ひとつは《フィンスタル》、もうひとつは《ミロファニアの姫》という二つの強力な《概念連環》が、時代も世界も異なる私たちを結びつけたようですね。ちなみに《概念連環》というのは、本来は関連性の薄い異なる時代や異なる世界の別々の事象が、メタ的な視点からみた場合に、ある特定の概念にかかわって一定以上の類似性をもつ構造を有している……そういうことです」
 《概念連環》の説明にはあまり関心は無かったが、フィンスタルという名を聞いた途端、目を輝かせ、話の続きを期待したエレオノーア。そんな彼女とは対照的に、ルチアは抑揚を控えめにした調子で言った。
「あなたの知っているフィンスタルという人と、私の知っているフィンスタルとの間にどういう関係があるのか、それは分からない。ただ、私の知っているフィンスタルは、いつも優しい目をして、静かに微笑んでいました。そして私を支えてくれました。しかし、私は、彼の願いを結果的に裏切ることになってしまいました」
 エレオノーアは、過去の御子たちに関する情報をも詳細に記録している、自身の《アーカイブ》の力を呪わしく思った。ルチアについてもそれは同様だった。
「あ、あの……。ルチア、様。私も知っています。それ以上、おうかがいするのは、心が、痛い……です。いいえ、その、あなたの心を、お許しもなく、後の時代から覗き見たような私を、どうかお許しください」
「良いのです、良いのです、エレオノーア。可愛い人ですね、ますます気に入りました。《様》などと、他人行儀に呼ばないでください。私たちは共に闇の御子、魂の記憶で結ばれた闇の血族なのですよ」
 ルチアはエレオノーアの手を取り、彼女の頬に優しく口づけをした。
「ねぇ、エレオノーア。あなたのお話の中のフィンスタルは、いまも微笑んでいますか?」
 涙をまき散らしながらも、それらと決別するような、泣きながらの精一杯の笑顔を浮かべて、エレオノーアは即答した。
「はい、姫様! あ、違いました、ルチアさん。勿論ですとも! フィンスタルは笑っています。いいえ、正しくは、私はフィンスタルに笑っていてほしいのです。私にとって、その物語だけが、空想だけが、くじけそうになる私の心を支えてくれました」
 何故かルチアにはすぐに気を許せてしまったエレオノーアは、その場の勢いで語った。
「会ったこともなかった、まだ知らなかった《おにいさん》を想う、私の夢みたいな気持ちの悪い妄想を、それでも少しだけ、愛と呼んでよいのなら……その消えそうな、ただ一方的で自分勝手な愛を支えてくれたのは、私が都合よく創った《フィンスタルのその後の転生》についての物語だけでした」
 そこまで告げ、いまさらのように気づいて恥じらうエレオノーアに対し、彼女の頭をルチアは撫でて、諭すように言う。
「分かりました。そうだと思っていましたよ。悲しい伝説よりも、絶望的な事実よりも、私は、たとえ作り物でも奇麗な物語が好きです。だから私が、あなたを助けます。さぁ、もう一度生きて、物語の続きを紡いで」
 ルチアとつないだ手を、目を潤ませて、嬉しそうに、無意識に揺さぶるエレオノーア。そんな彼女を好ましく思いながら、ルチアはさらに付け加えた。
「それからもうひとつの《縁》は、《ミロファニアの姫》をめぐるもの。私は、かつて自らがいた世界にて、ミロファニアという国の王女でした。これに対し、《今回》の世界にも、いくつかの意味において《ミロファニア》と同様の位置づけにある王国が存在するようですね。そこの《姫》と私の間には、血縁や地縁などとは全く異なる次元での《概念連環》が存在します。その《姫》とルキアンとの絆が、私とルキアン、そしてあなたとの縁をつないだのです。彼らの絆は極めて強い」
 エレオノーアは、若干、複雑な想いで尋ねた。
「それって、もしかして《ミルファーン》王国の《姫様だった人》のことでしょうか」
 《その人に、会うために》――大切な《おにいさん》、すなわちルキアンが、ハルス山地に来てエレオノーアと出会ったのは、そもそも、傷心の彼が、ミルファーンの元姫、つまりはシェフィーア・リルガ・デン・フレデリキアを訪ねての旅の途上だったのだ。
 ルチアはエレオノーアの銀の髪を手ですくように、彼女の頭を優しく撫で続ける。
「どうでしょうか。この《概念連環》にいうところの《姫》というのは、記号のようなもの、あるいは象徴的なものであって、その方が今も王女の地位にあるのか、そうではないのかということに、それほど意味はありません。いずれにせよ、ルキアンと彼女との関係は、互いの深い闇が引き合う磁石のようなもの。その方は、彼にとって、あなたに対するのとは違った意味で、とても大切な人です」
 
 
【第55話(その4)に続く】
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