今年も・・・

2012-06-25 | 日記
今年もらっきょと新生姜を漬けました


最初に一瓶漬けたのですが


即、終了しましたので二瓶追加しました


今年のらっきょは 拘って"鳥取砂丘らっきょ"をネットで取り寄せて漬けました


新生姜の甘酢漬けは息子の大好物なので彼が帰ってくるとすぐになくなってしまいます。
らっきょは小ぶりなのが良いと家人からのリクエストで"鳥取砂丘らっきょ"を取り寄せてみましたが、あまり小ぶりではなかったです。  
"玉らっきょ"なるものの存在を後で知りました。(これが小さい様です)
来年はこれを注文してみようと思っています。

防府

2012-06-19 | お出かけ
防府へ出かけました。
30年近く前に行った防府の街へ。
毛利邸の広大な手入れの行き届いたお庭は昔と変わってない様です。
と言っても 昔の記憶がかなり薄らいでいます・・。
私の写真では実際の美しさの百分の一も伝えられないのが残念です。


毛利氏庭園です


大正5年に完成した旧萩藩主 毛利氏の邸宅で、国の名勝に指定されています。
回遊式日本庭園で自然美を配した広大な庭園は四季折々楽しめます。
今はサツキ・花菖蒲・睡蓮が咲いていました。
秋は紅葉がきれいだそうです。


周防阿弥陀寺です


別名あじさい寺と言われるだけあって多種多様の紫陽花が植えられています。
時期がちょっと早かったようでまだ二分咲きでした。(行ったのは今月初めです)
ここは東大寺の周防別所として1187年に建立されました。
茅葺の山門が印象的で その両脇には重要文化財の 仁王像が立っています。


防府天満宮です

学問の神様 菅原道真公を祀った神社で 京都の北野・福岡の大宰府と共に日本三天神のひとつの天満宮です。



あじさいの花言葉について
アジサイの花の色が七変化する事から 花言葉は「移り気」と言われていますが
ほとけの世界観から眺めると、アジサイは私たちに「人生は無常である」ことを
教えているのではないでしょうか。
人生は楽しい事ばかりではなく、つらい事ばかりでもありません。
一日、一日を大切に生きて欲しいと願いながら
色彩豊かな姿で、アジサイは私たちを見守ってくれているのです。
と阿弥陀寺のご住職のお言葉より引用させて頂きました。

オリーブオイル

2012-06-15 | 
"フレスコバルディ・ラウデミオ"との出会い




オリーブオイルは悪玉コレステロールを減らし善玉コレステロールを増やすことから注目されています。
果汁から遠心分離などによって直接得られた油をバージン・オイルと呼び、
その中でも果汁としての香りが良好で油としての品質も高いものを特にエクストラ・バージン・オイルと呼んでいます。
6キロの実から採取できるオイルはわずか1リットルです。

このフレスコバルディ・ラウデミオはエキストラヴァージン・オリーブオイルであるための規定値、
酸度0.8%よりさらにずっと低い、わずか0.2%の酸度という高品質なオイルです。


この"フレスコバルディ・ラウデミオ"は
イタリア・トスカーナのフレスコバルディ侯爵家が800年以上守り続けてきた伝統の味と香りです。
「ラウデミオと」いう名前は、 中世イタリアの小作人が領主に差し出していた「貢ぎ物(Laude)」の意です。

パッケージに印刷されている「走る人」は、健康のシンボルだそうです。
ローマ帝国がイタリア全土を支配する以前の先住民族であった、
エトルリア人(驚くほど文化度が高く、健康と繁栄を誇っていた民族)の姿に由来しています。

健康に欠かせない緑黄色野菜のβカロチンは脂溶性なので、油と一緒に摂ると吸収率が高まります。
野菜と一緒に、オリーブオイル これは体が喜ぶ組み合わせです。
毎朝、野菜ジュースにこのオイルを加えて食するようにしました。

因みに、私は 小松菜・キャベツ・バナナ・りんご・キーウイ+フレスコバルディ・ラウデミオです。
悪玉コレステロール値が高いので暫く試してみる事にします。

待っていました

2012-06-09 | 
今年も咲きました



一昨年は一輪、去年は二輪、今年は三輪。
一つは一日遅れで花開きました。


三年かかって咲きました


八重のドクダミです。


     サボテンの花の命は一日です。
     蕾の時から今か今かと待ちわびてやっと開いたと思うと萎んでしまいます。
     はかないからこそ心惹かれます。

     一重のドクダミはよく見かけますが、
     八重は見た事がないと話たら、知り合いの方が下さいました。
     頂いて三年目にしてやっと花開きました。
     待ちに待っていたので愛おしさも一入です。
     

近場に・・・ パート2

2012-06-06 | お出かけ
犬鳴ダムです


     犬鳴の由来について
     猟師が犬を連れて猟をしていた その時、犬が激しく鳴き続けるので獲物がとれぬと、この犬を鉄砲で撃ったそうです。
     ふと上を見上げると約5m程の大蛇がいました。
     犬は鳴いて危険を知らせたものを、誤って撃った事に猟師は後悔しました。
     猟師は鉄砲を捨てお坊さんになり、この山に犬の塔を建てたそうです。
     それから犬鳴と言うようになったそうです。

     江戸時代初めに木炭、紙漉き、高取焼の系譜を持つ犬鳴焼きの製造が行われました。
     朝鮮人参の栽培も藩の管理で始まりました。
     江戸時代の終わりには外国との戦いに備えて武器の原料となる鉄を作るため
     筑前福岡藩の家老職だった加藤司書は岩見国から職人を連れて来て犬鳴の金山で製鉄を始めました。
     その功績から「司書のダム」とも呼ばれています。
     今も残っている「リョジンの墓」はこの製鉄職人の墓だと言われています。

     今回、初めてダムを一周して見ました。
     奥には水辺の遊び場があり鯉も沢山いました。
     近くに見つけた憩いの場所でした。