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というか避難所。移行か?
なんか使いづらいな・・・

書評:「若者はかわいそう」論のウソ

2010-08-06 14:15:45 | 書評
「若者はかわいそう」論のウソ (扶桑社新書)
海老原 嗣生
扶桑社

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ほぼ一章割いて批判されているので、反論しておこう。
著者の主張は一見すると精緻だが、言っていることは実にシンプルだ。
「非正規雇用が増えたのは、大学進学率が上昇し、大卒者にアホが増えたから」
とくに頭数の多くてあんまり勉強もしてない団塊ジュニアは食いつめて当然というロジック
である。

なるほど、たしかに大学進学率の上昇は“大卒者”の質を下げているとは思う。
ただ、著者のロジックには致命的な欠陥がある。
「じゃあ正社員のおっちゃんたちは、学生に文句垂れるほど勉強してたのか?」
ということだ。

もし仮に、日本の労働市場にまったく規制がなく、新卒者と既存正社員の間で完全な自由競争
が行われていたとしたら。
現在30代の派遣社員は、派遣以外の道は無かったのだろうか。
彼はやる気も能力も、本当にすべての正社員より劣っていたのだろうか。
好況に挟まれ、先輩後輩に比べて不本意な就職先しかなかった30代の正社員は、本当に
それ以外の選択肢がなかったのだろうか。彼は本当に大学4年間、バブルやそれ以前に入社
した先輩たちより自堕落に過ごしてしまった無気力学生だったのか。

そんなことはありえないだろう。50代一人を切るだけで新卒3人が雇えるのだから。
新卒の三倍以上の生産性があるとはとうてい思えない。
大手の社内には、世間話と雑誌整理だけで一千万近く貰っている正社員がゴロゴロしている
が、彼らがそれだけ貰っている理由は、単に「景気が良い時に入社したから」に過ぎない。
その一点のみで、「しょうがないよね、君たちは数が多いんだから」とすべての格差を
正当化することは、断じて認められない。

要するに著者の主張は、
「フリーター博士が増えたのは大学院を増やしたから。だから大学院を減らせばいい」
という大学教授や、
「司法試験合格者数が増えたから収入が減って弁護士の犯罪が増えたのだ。合格者数を
以前のように減らせ」という宇都宮日弁連会長とまったく同じ。
既得権100%温存で入口を締め上げるという典型的な年功序列的発想に過ぎない。
雇用流動化論者が言っているのは、求職者と既存社員の間で公平な競争を実現しろと言う話
で、割合がどうのという次元の話ではない。
競争なくして、いかなる組織も社会も成長しないのだ。

ついでに言っておくと、著者はこうも言っている。

高齢者世帯は所得が低く、中央地で240万円、200万円未満が約4割となる。
(中略)非正規対策も不要なわけではないが、圧倒的に優先順位が高いのが
「高齢者問題」ということが見て取れないか?


仮に、鳩山さんが政界引退して、取材対応で年収200万程度の収入を得たとすると、統計上は上記の
「可哀そうな老人枠」にカウントされてしまう。フリーターは自らの所得税で鳩山さんを養うべきなのか。
この意見に素直にうなづける若者は、多くはないはずだ。

他には、「42歳で5割が課長になれる」というデータも誤り。
データには“課長補佐”が入っているが、そもそも課長補佐って、担当部長や参事と同様、
ほとんどはポスト不足をカバーするためのお飾りであり、部下もデスクもついていない
なんちゃって管理職である。
課長補佐になって「やった!俺も幹部候補だ!」と言っているおめでたいおじさんなんて
おらず、多くは自分の会社とキャリアを呪っているはずだ。

「最終的には7割超が役付きに出世できている」とも言っているが、
役付きに係長(主任、リーダー) を含めちゃダメだろう。

今どき電機なら20代で主任になれますよ。
とりあえず「わが社で30年頑張れば、係長クラスにはなれますよ」と言って学生を募集して
みることをおススメする。普通の人材はまず集まらないはずだ。

というわけで、雇用問題の分析としては、正直おススメできない。

ただし、変な話だが、読んでいて不思議な安定感があるのも事実だ。
そういえば僕自身、それほどぱっとしない後輩に進路を相談された際に、本書と同じような
アドバイスをしていたことを読後に思い出した。
別にやる気もやりたいことも見つからない。それでも運よく大企業に入ることのできた人間
へのキャリア指南書としては、本書はとても有効だろう。

著者の言うように、大手のスローライフで身に付くモノも確かにあり、ぎらぎらしていない
人間がそれ以上を求めて飛び出すのは、僕自身もおススメしない。
「やってられるかよ!」というやんちゃな人間は、著者の言うとおり10%もいないかもしれない。
要するに、多くを求めない安定志向の人向けの精神安定剤的な役回りの本なのだ。

著者もこの点には気づいているようで、上記のデータのブレ(課長補佐、係長を役職にカウント)
はそれを一つの物語にするために書き入れた筆なのだろう。
著者の本音は、恐らく以下の言葉だ。
「係長止まりの緩い人生でいいじゃないか」(86P)
案外、見えているものは同じものなのかもしれない。

それでもなお、僕は日本型雇用というシステムのゼロリセットが必須だと考える。
その10%全員が腐ることなく普通の企業や官庁で活躍できるようになれば、日本は大きく
変わると思うからだ。そしてそうなれば「やんちゃな人間」は10%より増えると思うからだ。
その時こそ、再び坂の上に雲が見えるような気がしている。

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70 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
戦後最も狭き門 (Unknown)
2010-08-06 15:55:43
>とくに頭数の多くてあんまり勉強もしてない団塊ジュニアは食いつめて当然というロジックである。

最も頭数が多いからこそ「戦後最も狭き門」をくぐり抜けるために、受験競争も厳しかったのだが。著者はどうやら受験戦争のことを全くご存じないようだ。

「欧米に比べて日本の学生は、大学に入った後にあんまり勉強しない」という指摘はあるかも知れないが、それは団塊ジュニア以前から同じだしね。
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新卒枠なくした場合 (sawamura3)
2010-08-06 16:54:18
新卒枠をなくすと
新卒の人は経験がないので、中途の人と横並びの競争をしたら中途の人には勝てない。
実際、新卒慣行がない国では若者の失業率が高い。
中途社員を採用できるなら、企業は新卒社員を教育しなくなる。
と海老原さんは書いてますが、どう思いますか。

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Unknown (epi)
2010-08-06 17:07:24
>係長止まりの緩い人生でいいじゃないか

これを完遂する為には、大学4年次に「おおよそ、今後60年業績が安定している企業(現役で40年+企業年金支給20年)」を選ぶ為の分析眼を養う必要がありますね。
昔と違って、大企業も倒産や合併による消滅リスクがあります。
・・・と考えると「新卒でいかにいいポジションを確保するか」というのはとても大事になってきますね。
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Unknown (Unknown)
2010-08-06 21:43:52
言い回しを変えると、
つい最近に二、三年だけあった売り手市場の学生は
狂ったかのように勉強したんでしょうかね。
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買う価値なし (ななしさん)
2010-08-06 22:52:15
大手書店の支店で探してみました。平積みではなく棚に一冊だけ残っていました。ざっと読んだ感じ、論旨が散漫でどういうターゲットを対象に書いたのかがよく分かりませんでした。巻末に湯浅さんとの対談を入れたのも意味不明。内容を豊富にしたという自負もあるようですが、この本を読んで安心する層(中高年?高卒の正社員?)が仮にいるとして、この本を手に取るとはちょっと思えないです。
書店を出たら、近くのパチンコ店の前で白髪の老人が熱中症で倒れていました。荷物を拾ったり、声をかけて囲んでいるのは茶髪の若いお兄ちゃんお姉ちゃん。年輩の人達は、遠巻きに眺めて立ち去るだけでした。「今の若い連中は甘えている。」で済ませている人達の実態は、実は年齢に関係なく、誰に対しても想像力が乏しくて、自分がいつか倒れたりすることなど考えもしない人達なんでしょう。
倒れた老人の荷物には、ケーキの入った紙袋がありました。
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『今までどおりでいいんだよ・・・』 (Ts)
2010-08-06 23:56:17
前に読みました(立ち読み)。

システムが持続できずミシミシ音を立てているデータは完全無視で『今まで通りやってればそこそこ満足な人生が送れるよ・・・』と。

この本はどんなターゲットに向けて書いたんだ?と考え込んでしまいました。


真の問題は、日本というシステムは持続可能でない、ということ。"今まで通りでよい"という結論がありえん。

しょせん「営業の」リクルートのOBで、労働市場とか企業組織とかシステムの持続可能性とかは理解不能なんじゃないかな。55点。
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応援します (応援します)
2010-08-07 00:26:52
城さん、若者の味方は城さんしかいない気がします。いつも励まされます。
私は男性ですが、個人的には城さんにもっと女性の問題を取り上げてほしいと思います。
化石のような、仕事をしないおばさん正社員のせいで若い女性の多くが正社員職に就けず、派遣社員という会社にとって都合のよい身分にされています。
それこそ、おばちゃん一人を切れば、若い女性が最低でも2人は正社員になれます。
たしかに、経営者であれば今の化石のようなおばさん社員を目の当たりにしたとき、事務社員で正社員を採用するのはもうご免だ、と思うのも納得できます。でも、それではみんながジリ貧になるだけだと思います。
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海老原氏もそうですが (台湾的日本人)
2010-08-07 04:00:44
ついに彼は城さんを批判しましたか。
私の彼への印象は「間違ってはいないが、正しいともいえないな」といったところです。感情論も入っているし、論理的に論破もできませんが、どうも常に腑に落ちない感じがありました。

まあ、海老原氏をモデルにした漫画「エンゼルバンク」を描いてるのが三田紀房氏ですから、海老原氏も同じ「既得権側」のような気はします。

三田氏の思想は著書などを見る限り、今の既得権を持っているおじさん達とそんなに変わらないように思いました。おまけに常に上から目線なんですよね。正直嫌いです。

既得権のおじさん達も問題だと思いますが、こういう比較的若めなんだけど、既得権のおじさん達の味方をする人達も問題のように思います。
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hello,nice to meet u and your opinion is right! (ねじまき姫)
2010-08-07 04:16:54
Very nice to meet u!
わたしも、共感するところがおおくコメントしました。
競争がなさすぎる→自由すぎるということは非常に恐ろしいですね。
人間は元来、楽な方を選びたがる生き物なので、あんまりにも自由だと、競争もさけ、わるいほうへすすみますが、自分では気付きにくい。

どうなるのかなー。。と。
また拝読させていただきます。
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安定累進 (jijitto19850726131431)
2010-08-07 05:58:22
私はイス取りゲームの椅子に長いこと座りっぱなしの公務員,大企業の正社員に対し,“安定累進”という考え方で税金をより多くかける仕組みを導入すべきだと思います。金利の世界ではハイリスクハイリターンでリスクの高いものは金利も高い。要するに倒産しない,リストラされないような安定している身分の人は,その安定性に対して累進的に多く税を収めるべきだと思うのです。同じ30代の公務員とお笑い芸人を比較した場合,瞬間的な年収では芸人の方が高くて金額的な累進性による税額では公務員より多く納めているはずですが,芸人のような競争の激しい浮き沈みする人気商売では,明日をもしれぬ身であり,稼げる時に稼げるだけ稼いでおかねばならないのに,その瞬間的に高額になった収入に対しては累進的に税を多く取られ,墓場まで安心という公務員の長期のハイリターンに対しては何ら累進性が及ばないのは不公平ではないでしょうか。
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