『Voice』誌の注目された論を集めた新刊に、僕の「労組不要論」も収録されているので紹介。
これもオムニバスなのではあるが、それなりに書き手を選んでいるので整合性がある。
先の本がフェーズ1で騒いでいるとすれば、この本はほぼフェーズ2でまとまり、政策に
ついて触れている。
ただタイトルの“クビ切り不要論”というところに若干無理がある。
というのも、首切りというのは雇用調整しないとやっていけない会社がやるものであって
そういう会社に「クビキリ不要ですよ」という処方箋は物理的にありえない。
無理なものをやれというと精神論しか出てこないというのは、大戦以来の日本のお家芸である。
しょっぱなの丹羽さん(伊藤忠会長)伊丹さん(東京理科大)対談はまさにそれで、結局
「絆を大切にしよう」という美しいが身の無い響きのスローガンに落ち着く。
余談だが「(雇用維持と企業存続の両立は)物理的に無理なので税金で何とかしてください」
と言っているのが今の電機だ。
50代はもろ手を挙げて賛成だろうが、それ以下の世代は近い将来、何らかの形で負担
することになるから取られ損である。これも世代間格差の生産装置だ。
だが、一番の注目は中谷巌の『北欧型「転職安心」社会』。
なんと、フレクスキュリティに言及しているではないか。
グローバル化で終身雇用は文字通りには維持できないから、流動化と再就職支援をセットで
やって労働力の移動を促進しろという論旨だ。
これはそのまま、構造改革派のいう労働ビッグバンそのものだ。
というか、僕が言っていることをオブラート5枚くらいで包むと、そうなる。
めんどくさいから包まないけど。
フォローすると、中谷氏と言う人は90年代構造改革派のブレーンの一人で、昨年
『資本主義はなぜ自壊したのか』という本を出して決別を宣言。あちこちで話題となった人だ。
本自体には特にコメントする価値は無い。米国型の構造改革はダメですね、日本は
日本の伝統に基づいた和の精神でやっていきましょうという、保守派の守旧派に見られる
論法に過ぎない。経済にしろ雇用にしろ、現状の諸問題はすべてそのご自慢の日本型
システムが破綻しかけている結果に過ぎず、それをどうするのかというビジョンは皆無だ。
彼の主張を若者視点で言えば、
君たちは我々老人を支えるために、未来なんか捨てて下支えしろ、となる。
そういう著書の出し方をしておいて、ある程度の読者リテラシーの予想される誌面では
上記のような主張をするというのは、はっきりいってずるいでしょ中谷さん。
そりゃ御本人はいろんなメディアに引っ張りだこになったろうが、その負の影響を
考えたことがあるのだろうか。
週刊金曜日からVoiceまで、彼の言説は現状維持を望む守旧派に向けて、盛大に
垂れ流されている。あと数年で逃げ切れる世代にとって、中谷氏はマルクスや田中角栄
よりもご利益のある免罪符だ。
そういえば、先週の週刊文春でも、トンデモ精神科医の香山リカが性懲りも無く
「ホリエモンが台頭する一方で、格差が拡大した」と改革批判を繰り広げ、
「中谷先生もそれを悔いてザンゲしているのよ!」とちゃっかり理論武装に使っている。
というか、
なんでホリエモンが上場したら格差が拡大するのか。
若年層の格差でせっせと商売しているのは、香山リカ本人だろう。
この手の印象論でしか語れない門外漢は、具体的な事例は何一つ示せないので
説得力は皆無なのだが、中谷イズムがブレンドされることで、オバちゃんのヨタ話
も信じてしまう人がいるかもしれない。
そういう氏の二枚舌ぶりを鑑賞する上でも、有益な一冊である。
途中から脱線してしまったが、書評だけで新書一冊書けそうなくらい充実。