神エホバはモーセに、イスラエルの民を神聖なものとするように指示されました。それはまことの神エホバが「三日目に、エホバが民すべての前でシナイ山に下る」ため、民を「神聖なもの」とするように命じられたのです(出エジプト記19:10,11)。次いでモーセはシナイ山を下りてイスラエルの民を神聖なものとすることに取り掛かりました。三日目にまことの神エホバが、イスラエルの民に目の前のシナイ山に下る光景が次のように記されています。
「そこでモーセは山を下りて民のもとに行き、民を神聖なものとすることに取りかかった。そして彼らは自分のマントを洗いはじめた。それで彼(モーセ)は民に言った、「三日のうちに用意をしなさい。男子は女に近づいてはいけない」。
そして、三日目、その朝になると、雷と稲妻が生じ、厚い雲が山にかかり、角笛の非常に大きな音がした。そのため宿営にいた民は皆がおののくのであった。その時モーセは、「まことの神(エホバ)に会わせるため民を宿営の中から出し、こうして彼ら(イスラエルの民)は山のふもとに立った。するとシナイ山はその全山が曇った。エホバが火のうちにあってそこに下って来られたためである。その煙は窯の煙のように立ち上り、山全体が激しく振動した。角笛の音がいよいよ大きくなった時、モーセは話しはじめ、まことの神(エホバ)も声をもってこれに答えはじめられた」(出エジプト記19:14~19)。
モーセはまことの神エホバのご命令通りに、シナイ山を下り、イスラエルの民を「神聖なものとすることに取り掛かった」ことが記されています。モーセは神エホバに全き信仰を働かせ、従順な人でした。まことの神エホバは、モーセに告げられた通りに三日目にシナイ山に下った時の様子は、畏怖の念を抱く光景でした。その三日目の光景は、「その朝になると、雷と稲妻が生じ、厚い雲が山にかかり、角笛の非常に大きな音がした」のです。しかも「煙は窯の煙のように立ち上り、山全体が激しく振動した」ことが記されています。それは、「エホバが火のうちにあって」シナイ山に下って来られたからでした。このような光景を見たイスラエルの民が皆「おののく」のも、当然の驚くべき光景でした。皆様方はこのような光景をご覧になる機会があれば、どのような反応を示されるでしょうか。私たちは神エホバが畏怖の念を抱く力を持たれる方であること理解することができます(出エジプト記9:16.詩編62:11)。
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