goo blog サービス終了のお知らせ 

源平の史跡を訪ねて

全国いたるところにある源氏と平家の史跡を訪ねています。少しだけ源氏物語の史跡も紹介しています。

洲崎寺(すさきじ)

2005-08-09 01:16:31 | 屋島合戦コース
源氏軍の負傷した兵を運んだという古寺。次信の死体を本堂の扉に乗せて運んだとも伝えられています。次信の菩提寺になっています。

境内に屋島をかたどった庭があります。


7日大河に鷲尾三郎が義経の家来になる場面がありましたが、先日、鷲尾家屋敷跡を見てきました。鷲尾家は、この時以来800年以上も続く名門で、子孫は健在で今でも近くの別の場所で活躍しておられます。

弓流しの跡

2005-08-07 01:54:52 | 屋島合戦コース
義経が海に入って戦っていたとき、弓を海に落としてしまった。まわりの人の止めるのも聞かず危険をおかして弓を拾い上げた場所です。

源氏の大将がこんな弱い弓を持っていると平家から見られるのがいやだったようです。義経は、けっこう見栄っ張りだったようです。

扇の的

2005-07-20 01:53:14 | 屋島合戦コース
屋島の戦いで印象に強く残っているのが、那須与一が平家がかかげた扇の的を打ち落とした場面です。「屋島の戦い」史跡めぐりの中でここがその場所ですと紹介されていた所に立って、こんなに近い距離なのかと思いました。

海の中の平らな岩に馬をとめ、そこから約80mほど先の扇の的を射落とした駒立岩が今も残っています。相手の顔も見える距離でした。平家の軍と義経軍が対峙した様子が目の前に浮かびます。

写真の手前に居る馬に乗った武者が那須与一でこの場所に駒立岩がありそこに馬を止め、画面中央の的を持った女性の的を射た。今は埋め立てられて、回りには家が建っています。

屋島の戦いバスツー

2005-07-19 04:08:11 | 屋島合戦コース
 猛烈に暑い一日でした。
7月18日、朝日・神鉄文化セミナー主催の「屋島の戦いバスツアー」に参加しました。
【参加人数】46名(ほとんどシニア世代うち女性が2/3です。元気なのはシニアの女性です)

 7:20 三宮バスステーション(神戸市)に集合 
      一路屋島に(明石海峡大橋→鳴門IC→志度IC)
10:30 牟礼町(むれ)の合戦の舞台になった所に着(香川県木田郡)         
      佐藤次信の墓から総門跡→那須与一が扇の的を射落とした場所など
      15ヶ所の史跡を廻る
13:00 庵治(あじ)観光ホテルで昼食
      昼食後、屋島寺などを廻る
15:50 再び庵治観光Hに戻って温泉に入って汗を流す
19:30 三宮着

屋島の戦いの現場に立ってみると、平家と源氏の位置関係がよく分かった。ただ、現在は、戦いのあった入り江は、埋め立てられています。地元では、「屋島の戦い」を「壇ノ浦の戦い」とも言っています。(写真は、屋島から見た合戦の行われた場所【地図】

大河ドラマ「義経」では、「屋島の戦い」は、8月はじめころと思われます。