日本ユーラシア協会広島支部のブログ

本支部は、日本ユーラシア地域(旧ソ連邦)諸国民の相互の理解と親善をはかり、世界平和に寄与することを目的とする。

支部ニュース 2011年2月号

2011-02-15 08:49:39 | 日記
                           2011年2月14日
【ミニコンサート】3月12日(土)19時開場 20時公演開始
ウクライナ出身のアーチスト、ナターシャさんとエナさんによるミニコンサート 
「kyoukaisen 境界線」
会場 中区薬研堀2-13 LIVECAFE jive 082-246-2949
チケット  前売り券2500円  当日券3000円 
発売場所  サンモール広島(紙屋町) 3階 ロキア 082-246-1555

【第9回 日ロフォーラム ウラジオストク報告 (第2回)】
日ロフォーラム ウラジオストク 新しい歩み、絆をつくる     
日本ユーラシア協会広島県連理事長 伊原敏子
「日本海を平和な海に、未来世代への尊き遺産ー平和と共生」のテーマを掲げた第9回日ロフォーラムと「鎮魂と平和・友好の碑」建立15周年記念集会が9月20日、21日、ウラジオストク市で開催されました。このフォーラムは、沿海州対日友好協会(ワレンチ・ブーラヤ会長)ロ日協会(モスクワのイーゴリ・ロマネンコ会長)と日本ユーラシア協会の共同開催です。
 フォーラム第1日目はウラジオストク市中心にあるアルセーニェフ博物館のホールで幕を開けました。日本側を代表して竹田会長は、「両協会がめざすユーラシア諸国民との草の根の友好交流による、平和・人権・民主主義を守る崇高な国際ボランティア活動はますます重要であり、第二次大戦でシベリアで亡くなった日ロ両国民の慰霊と、日本海を平和と友好、共生の海にという尊い価値の大きさを次世代へ確実にゆずり渡す目的のために、この第9回日ロフォーラムを成功させよう」と開会挨拶をしました。(承前)
[フォーラムと日本文化紹介]続いて、日本側から池田均副会長、高杉邑彦立命館大学平和ミュージアム館長と私。ロシア側からも3名の発言を行いました。私は「核兵器のない世界づくりを次世代に継ぐために」のテーマで、日本ユーラシア協会が憲法9条を15ヶ国語訳したパンフを、広島・長崎の被爆写真、国際署名を15の独立国に送付し、各国の取り組み状況、昨年の5月のNPT再検討会議へ向けての、日本の大きな取り組み、その後の核廃絶の国際署名を呼びかけました。
「アンゼランスの鐘」虫プロ制作アニメ映画、長崎の原爆を扱った「アンゼランスの鐘」はロシア語字幕つきのロシアで初上映でしたが、「涙が止まらなかった。平和の喜び、幸せについて考える機会をありがとう。」「より多くの人に見せたい。」などなど多数の感想文からも大きな感動と原爆反対の思いを伝えるものとなり上映は成功でした。フォーラムに参加していた沿海州社会団体会長から、この映画を映画祭に出したいとの希望が伝えられました。
[記念植樹と慰霊祭]第2日目のフォーラムは国立海洋大学で行われ、日本側5名、ロシア
側7名、いずれもすばらしい発言でした。「鎮魂と平和・友好の記念碑」建立15周年記念集会は記念碑がAPEC(2012年)の準備のため移設し、記念碑前では不可能でしたが、21日午後国立海洋大学構内の「平和の並木道」で行われました。全国の協会会員から贈られた5000羽の折り鶴を木々に飾り、ろうそくを灯し、線香を手向け、参加者によってシモツゲの苗木を記念に植樹し、「ふるさと」の歌を合唱しました。折り鶴3000羽は呉市の松前涼子さんの見事な作品で、のちにアルセーニェフ博物館と専門学校に寄贈しました。この記念祭には、同校の生徒、韓国、中国の留学生も多数参加し感動的な慰霊祭となりました。海洋大学は9月21日国連の「平和の日」にちなんで「平和の並木道」」をつくり、石碑を立て、平和への誓いを確認しあいました。
[日本総領事館、沿海州ロ日協会と懇談]22日午前はドゥビューリ専門学校を訪問。150名の小・中・高生、教師と日本文化の交流を、20名の生徒にお抹茶の体験。広島の川通り餅とお抹茶を「オーチン、フクースナ」(大変おいしい)と喜んで飲んでいました。時間が限られていたので、話を交わすことが出来なかったのが残念でした。午後、金閣湾クルーズ(20名)、あとの10名は日本総領事館を訪問、長谷川朋範主席領事と懇談しました。ウラジオストク市民は、領事館の日本文化行事にもたくさん参加する、親日的な市であることも伺いました。協会からは、第9回日ロフォーラムの歴史と内容、碑の建立、今後の復元、日ロ平和条約締結促進の協会の取り組みや、核兵器廃絶署名、広島・長崎原爆写真展、博物館交流など協会活動と今後への要望を伝えました。(私もその一人として)そのあと、日ロ協会会長の招きで、アルセーニェフの晩年住居の博物館見学、会議室で手作り料理の歓迎懇親会が1時間余り続き、両国の歌を歌ったり、お土産を交換したりしました。この協会はモスクワから自立的に発展し、若い女性が多く、日本語を話す会員など120名が参加しているそうです。
[地元のテレビ新聞が伝える大きな反響] ウラジオストク地元のテレビ・
ラジオ局は、このフォーラムの会場の討議と、「鎮魂と平和・友好の碑」建立15周年記念集会の模様をニュースとして、3日放送、新聞も報道しました。特にテレビニュースを見た市民からの反響が大きく65万人の市民にかなり広がりました。また、両協会の障害児交流を知り、ハバロフスク市から障害者団体代表が松葉杖をついて参加したのも感動的でした。
[付記]沿海州対日友好協会会長ブーラヤ・ワレンチナさんの発言より(概略)
92年にウラジオストク市の閉鎖指定が解除され、94年ロ日協会が設立、15年を迎えた。この数年間に私たちの協会には若い人や、海洋大学、国立総合大学など有名大学の教員、記念館の職員などが加わり、会員は地元のマスコミを使って、積極的に、日本の憲法9条の中身を宣伝している。住民に憲法9条の内容を広く知らせるために円卓会議を開き、その場で全国紙と地方紙に日本の憲法9条を掲載することを決定した。例えば2005年には9条と「京都議定書の必要性について」の記事を。太平洋戦争終結を記念して「平和と友好」の石碑を日本ユーラシア協会と合同で建立し、市役所にさまざまな平和の記念碑をきちんと守ってもらうためと平和構築のシンボルとするために、記事を掲載し、平和共存と平和を呼びかけるお手本として日本国憲法9条を引用した。農村部の人たちにも憲法9条を知らせることが重要であり、その取り組みにも憲法を引用。私たちは活動を通じて、すべての人たちに「平和は何より尊いもの」と訴え、民間外交を通して「21世紀の平和と非暴力の文化」というスローガンに書かれたマニュフェストの原則を普及しようと試みている。多くの人たちは日本国憲法に「国の交戦権は、これを認めない」と戦争放棄をうたった9条という条文を知らないからー。私たちのこの交流は両国の友好関係が双方に利益をもたらすこと、平和を守るために協力関係を強めて行きたいという心からの願いを証明している。私はブラヤ会長に2008年東京で日ロ女性の懇談会の時会い、広島から送った原爆写真の礼を言われ、憲法9条のパンフを学校の授業で扱ったことを聞き感動し、私が着けていた9条ブローチをブラヤさんの胸に着けてあげ、固い握手を交わしたのです。このブローチは、呉市の胡谷孝美さんの作で銀製です。

【書籍紹介:トルストイ家の箱舟(デイヴィス・ふみ子著群像社刊】昨年公開された映画「終着駅―トルストイ最後の旅」の原作とは、また異なった視点を与えてくれる秀作。最近ロシア語訳本が出版されました。[写真参照]

【2011年度ロシア語能力検定試験(前半)日程】4級3級検定は5月29日(日)に
実施の予定です。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 支部ニュース 2011年1月号 | トップ | シベリア抑留者への首相より... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事