主の平和 

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東日本大震災追悼の黙想 追悼の桜とキャンドル

2017年02月21日 | 日記

こちら英国では スノードロップスが咲いています。まだまだ寒い日がありますが、日が長くなり春の兆しが感じられます。
先日もお知らせしましたが、3月11日の追悼の桜とキャンドルを使っての黙想の日のお知らせです。
下記、英国ニュースダイジェストと日本領事館のサイトでも案内がされております。

日本語英国教会のメンバーが、友人や知人に声をかけてくださり、宣伝をされています。
先日USPG(宣教団体)を訪問した際、旧友であるスタッフが、必ず行かせていただきますと言ってくれました。

日本の被災地におられる方々、また仮設住宅におられる方々から、だんだん忘れられているのが寂しい 震災後多くの人々とつながったと思った「絆」はどこにいったのでしょうか、という言葉を聞いています。

小さくても、亡くなられた方々の冥福を祈り、残された家族、被災者の方々、そして支援者の方々を覚えて祈りたいと思っております。



 英国ニュースダイジェストでの紹介はこちら


日本領事館ロンドンでの案内はこちら (英文のみ


 We Won't Forget You

For victims of the 2011 Great Eastern Japan Earthquake and Tsunami


東日本大震災6周年を覚えて

Marking the 6h Anniversary of the disaster

日時: 11th March (Sat) 2017 9:30 – 13:30
場所: St. Margaret's Church Westminster Abbey
ウェストミンスターアビィの敷地内にあるアビィの隣に建っている教会です。

Please come to see the memorial tree 
上記の時間内、ご都合の良い時間にどうぞ、いらしてください。
昨年 Southwark 大聖堂にて使った追悼のシンボルである桜を再び用意します。
桜の花びらをご一緒に掲げましょう。
それぞれの桜の花びらには、東日本大震災があった日に死亡者を出した村や町の
名前を入れてあります。
大震災6年目になりますが、未だに心を痛めている方々、困難な生活をされている方々が
多々おります。英国で、このようなかたちでも 覚えて、祈りを捧げることで
被災者そして、支援者の方々に、少しでも慰めと励ましを与えることができればと
願って 企画しました。

当日、日本語を話せる英国人牧師も来られます。
また、2012年から毎年被災地を訪問した際に購入した資料も閲覧できますようにいたします。



 2015年 被災地を訪問した際に 閖上にて、撮影しました。

主の豊かなる恵みが皆様と共に
Yuki Johnson

2月の集まり 顕現 そして 被献日 

2017年02月17日 | 日記




日本語英国教会West Acton
2月19日(日曜日)
午後3時から 5時まで
信仰と生活を考える集い
司会:園田先生
夕べの祈り 司式 ジョンソン友紀
ティータイム
場所:St. Martin’s,
Hale Gardens, LONDON W3 9SG
礼拝後にはティータイムをもちます。
皆様、お誘いあわせの上いらしてください。


ニュースレター 2月号から

被献日
 竹内謙太郎司祭
私たちは時間の中に生きています。その中で年を取り、成長し老いていきます。時間は私たちが自分自身の在り方や生き方など、そして生きている自分を確認するために与えられた神様からの恵みの業だと思います。キリスト教会もその時間の中に在ります。この時間を確認するために、私たち、キリスト教会は教会暦という特別な暦を与えられています。しかし、この暦は私たちのためですが、そこには私たちが私たちの信仰の営みを方向付けたり、意味づけしたりする深い内容を持っているのです。
その内容とは、とりわけクリスマスを迎える12月頃から、主イエス・キリストのご復活を祝う翌年の4月ころまでに展開される主イエス・キリストのご生涯を辿る期間です。
私たちはこの期間に、主イエス・キリストのご生涯を辿り、また、自分たちの生活や生き方がどれほど主イエス・キリストのみ言葉と教えに沿っているかを深く考えるのです。キリスト教会はその始めから、中心的な教えとして、いかに私たちが主イエス・キリストと共に生きていけるか、いかに主イエス・キリストの生き方を自分のものにしうるかを、学び実践するように導いてきました。もし、私たちが一致して主イエス・キリストと共に生きることができれば、世界、そして身近な社会は一変するのではないだろうか、と云う思いです。その故に、キリスト教会は教会暦を真剣に守り、そこで進められている実践にいそしむように私たちを導いてきたのです。ですから、現在の季節、ご復活に至るまでの約5か月間はとりわけ重要とされてきました。私たちは直接主イエス・キリストの成長され生きていかれる姿を目の当たりにする季節だからです。
被献日はその中でも私たちが特に大切にすべき時、と言えるのではないでしょうか。この日は、イスラエルの人々にとっては、自分たちが父である神によってえらばれ、守られ、特別な位置を世界の中に充てられていることを確認するときです。神殿において、誕生後、初めて神様と直接まみえるときです。それは自己が神のものであることの確認なのです。単なる人であったり、動物であったりするのではなく、この世界に人に与えられるはずの使命を確認するときでもあるのです。人は意味なく生まれては来ません。一人ひとり、必ず何かその人に特有の使命があると確信するところに、信仰に向かう根拠があるのです。神様を信じるというのは、自己自身にも生まれるということの中に自分にとって特別な仕事、使命、意味、が在る、と確信することなのです。
この記念日、被献日に主イエス・キリストはご自分が人間の一人として、特別な使命があることをお示しになったのです。この日をもって主イエス・キリストは十字架への道を歩き始められたと言ってよいでしょう。主イエス・キリストを神殿に連れてきた養い親のマリアとヨセフがそのことを理解していたとは思われません。彼らは神様の手に導かれて、なすべきことをした人たちというだけで十分でしょう。
厳密な言い方をすれば、この日から、主イエス・キリストはご自分を捧げるという生き方の道を進み始められたのです。私たちはこの日を教会暦の中で守り続けてきました。その意味は、私たちもまた、主イエス・キリストと共に、神様の御心に従って生きるという道を進むのだという、私たちの確かな意志の表明の時として守っていこうと決心するということなのです。この日を大切にいたしましょう。

**被献日― The Presentation of Christ in the Temple イエス様の誕生40日後である2月2日が被献日。ルカ2章22節「両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った」際にシメオンがたたえて言った言葉(ルカ2章29節)は、夕べの祈りの中で唱えています。被献日にキャンドルを聖別するCandlemasが行われます。一般的に1月6日顕現日Epiphanyにクリスマスの飾りを片付けますが、被献日までNativityを置く教会もあります。

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前回の集まりの報告の一部から

「顕現 イエスがもたらした光を求めて」と題して話しました。イエスの誕生後12日目である1月6日顕現日Epiphanyは東方3人の博士がイエスを拝みにきたことを覚える日です。3人の博士が捧げた黄金、乳香そして没薬はそれぞれ「王である象徴」「神聖」「十字架での苦しみ、受難」を示すと言われ、イエスが何者だったのか、暗示してます。顕現の意味は「はっきりと姿を現す」「はっきりとした形で現れる」です。また、顕現 エピファーニアの原語には、光という意味が含まれていますから、光を照らす、他の人に伝えるというのが、顕現ということになるかもしれません。
真っ暗闇の深い霧の中で前の車のテイルランプだけを頼りに運転する様な恐ろしく不安な経験を皆さんもした事があるでしょうか。神様は、そのテイルランプの様なものなのです。星の光に導かれた博士達の様に、私達も世の光である神様を見失わない様に、導かれて生きたいものです。また、イエス様からいただいた光を私達も照らして、他の人々に現すことができるように共に祈りながら今年も歩みたいと願っています。        ジョンソン友紀

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◆◇We Won’t Forget You-東日本大震災6周年を覚えて◆◇
3月11日(土)9時半から午後1時半まで
St Margaret’s Church Westminster Abbey SW1P 3JX

昨年同様に追悼の象徴としての桜の木と花びらを用意いたします。未だに心に痛手を受けている方々そして困難な生活をされている方々に希望と慰めが与えられますように祈りながら、花びらで桜を飾りたいと願っています。被災地の写真の展示と資料の閲覧、そしてティーキャンドルの燭台も用意します。Tom Plant神父、Eric Lobsinger神父も来られる予定です。上記の時間内は出入り自由ですので、ご都合の良い時間に ぜひ、お誘いあわせの上いらしてください。









USPG訪問 そして元田主教のステンドグラス

2017年02月16日 | 日記

 2月15日 USPG (United Society Partners in the Gospelー1701年に創立された宣教団体)の創立者記念礼拝に
日本語英国教会の有志と友人総勢9名で参加しました。
創立者は Thomas Bray司祭で、生前聖職として奉仕されたSt Botolph without Aldgate 教会にて
USPG誕生 316年を祝いました。

礼拝後昼食をいただき、オフィスへ向かいました。
そこに、USPGの創立後に 世界各地の地元出身の主教4名それぞれのステンドグラスが展示されています。
以前、USPGのオフィスがあった建物内のチャペルにあったのですが、新しいオフィスに最近移ってから
しばらく、保管されていたと聞きます。昨年、特別なパネルを背後に入れて、展示されることになりました。

その4名の主教の一人が元田主教です。日本聖公会の初めての主教で立教大学の初代学長です。

訪問のきっかけは、昨秋、元田主教のひ孫さんにあたる方からの問い合わせから始まりました。
ご両親は、以前教会の働きでお世話になったT司祭をよくご存じで、T司祭から私への連絡先をもらったとのことでした。
USPGに、元田主教のステンドグラスが保存されているのか、どうかという問い合わせでした。

USPGとは、個人的にも関わりがあり、折々に連絡をとっている職員の方もいますので、早速問い合わせをしました。
ステンドグラスを見るだけでなく、ついでに、USPGの活動も知ることができないかと聞きましたところ、
日程を組むことができそうということになったわけです。

折り合いうまく、創立記念礼拝への参加が先方から提案され、このような特別なプログラムになった次第です。

こうした出来事を通して、様々な方々の提案や祈り、そして支えがあることが 皆様にもお分かりになると思います。
不思議に、思いがけない出会いも与えられました。
新しい人々との出会いは、何かしら、神様がご用意されているように感じます。

元田主教のステンドグラスを見ながら、初代の宣教者たちが様々な試練を通して伝えようとしたイエスのみ言葉が
脈々と連なりながら、今 この小さな私たちの集まりが在ると思うと、とても感慨深いです。
聖霊の働きが 見えてきます。神様の導きに従って歩むことができるよう祈ります。




続 沈黙について

2017年02月11日 | 日記

折々にひょっとしたことで、心に響く言葉に出会うことがあります。
それは、人との出会い、人から寄せられた情報、あるいは出来事を通してあることですが、
タイミングがいいなあと思うというか、落ち込んでいた時に励ましになることがあります。
それは、暗黙の中にいると、光が差し込んでくるような感じです。

今朝 ちょっと調べ物をしていたら、以下のサイトを見つけました。
長いけれど、ぜひ、見てください。
たくさんの素晴らしい言葉がきっと、あなたの心に響くと思います。

こころの時代「母なる神への旅 遠藤周作 沈黙から50年 (ここをクリックしてください)

遠藤周作が死と直面した病いをした経験を通して、「同伴者のイエス」を見出したとあります。

「苦しみを自分だけで背負っていると思っていたが、その苦しみを本当に分かっているのは神。」
「神の愛を知るために(苦しい出来事を含めて)今までのことが必要であって、意味があった」

 主の豊かなる恵みが皆様と共に

沈黙 

2017年02月10日 | 日記

英国でも 映画「沈黙」が上映されていますが、私の町は地方なので、公開されないようで残念です。
何とか、車を使ってでも 見に行きたいと願っています。

英国に来て30年になりますが、来英した際に、遠藤周作の作品が英国でかなり翻訳されているのを知り、びっくりしたことがあります。
日本にいる時に「沈黙」を読み、文字から創造された画面が、心に焼き付いたという衝撃を受けたと言っても過言ではありません。
クリスチャンとして、こういった過酷な状況で 信仰を抜くことができるかと 自問しつつ、踏み絵の中のイエスの言葉が 弱い自分に
『慰めの言葉』として向けられているように思えてなりませんでした。

英国に来る直前ですが、教会を通して長年お世話になってきた方からプレゼントしていただいた本が、
日本におけるキリスト教という英文の本でした。

訪英後、宣教団体から送られた将来の夫(婚約は前年に東京の教会にて、結婚は訪英後3か月)と報告会に多々参加しました。
また、結婚後もあちこちのグループから依頼され 日本の教会について語ることがありました。
その際に、先の本の中にある 隠れキリシタンや鎖国後の日本人クリスチャン達の動きの記事と写真を何回も目を通し、
多くの方々に見せることがありました。

過酷な時代を世代を超えて乗り切った隠れキリシタンの底力には 感動するばかりです。

一方、私の出身学校の創立者は学校設立だけでなく、キリスト教を通して女性の自立を主張した 
たいへんユニークな方ですが、彼女の時代のクリスチャンの働きにも 底力があるのを感じます。

時代や背景は異なっても「底力」はどこから来るのでしょうか。

私たちの為に イエス キリストが 大変な苦痛を伴った十字架に架けられたことが 彼らの歩みの「底」
あるいは「土台」になっているのではないでしょうか。




以下のサイト とても心温まるものなので、シェアさせていただきます。

長崎ハーモニー

主の豊かなる恵みがいつも皆様と共に