答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

「どうしてもイメージができんかったがよ」と話しかけられたのをキッカケに考えたこと

2016年03月04日 | オヤジのICT修業

現場横の道路を散歩している夫婦づれに話しかけられた。

 

「(新しくできる)道はどんな感じになるが?」

「あのあたりから上がっていってそっちのほうでぐ~と曲がって上につながります」

「あ、そうながや。あそこに貼り出しちゅうがを見ても、どんな道がつくのかどうしてもイメージができんかったがよ」

 

オジさんが「あそこに貼り出しちゅう」と言ったのはコレ。

 

 

ちなみにその元がコレ。

 

 

元のままでは少々わかりづらかろうと主な施設や道路の名前を書き込み、さらにそれでも親切さに欠けていると、車両目線のドライビングビューを下に入れた完成イメージ。正直いうと我ながら上出来だと胸をはっていた(3Dモデルそのものはコンサルさん作です。わたしがつくったものじゃない)。何人かの利害関係者にもお褒めの言葉をもらっていた。だから「イメージできなかった」という言葉はいささかショックだった。

もちろん、100人いれば100人全員に等しく理解してもらえるというのは不可能だ。捉え方も感じ方も理解の仕方も各人各様千差万別だろう。だが、「(これぐらいやれば)当然わかってもらえるだろう」と自己満足していたわたしにとっては、頭に冷水を浴びせかけられたような気分だった。

なぜならばわたしの「3Dじゃないと」という思いは、こんな認識からスタートしていたからである。

 

 

つまり、わたしたちと同じ図面を見た(たとえばよく使う平面図)一般の人が、わたしたちと同じものがイメージできるわけではないのにもかかわらず、そのことを理解しようとせず、「わかる」という思い込みのもとに行われる発信(説明会、広報紙、etc)は、しょせん独りよがりに過ぎないのだ、という反省から始まったものだったからだ。

では具体的に今回の完成イメージから欠けていたものは何か。「どんな道がつくのかイメージできんかった」という言葉をヒントに考えてみた。

そういえば、何となく心当たりがないではない。当のわたし自身が社内で近ごろよく口にする言葉が、ひょっとしたらそこらあたりの核心をついていたのかもしれない。

それは、「空撮画像より地上から撮ったほうがいい場合だってある」あるいは「真上に近ければ近いほど、空撮画像はかえって立体的イメージにつながりにくい場合がある」というような意味のこと。つまり、ドローンという便利な武器をを手に入れたはいいが、「なにがなんでも空から撮りゃあいいってもんじゃないんだよ」ということである。

冒頭の例でいえば、全体を俯瞰したイメージだけでは生身の人間が感じる高さや奥行きの感覚(つまり立体的なイメージ)は想像できないということ。もちろんそれで事を足らそうとはせず、ドライビングビューを入れてはみているが、ひょっとしたらそれこそ自己満足にしか過ぎず、それほど「わかりやすい」ものにはなってなかったのではないだろうか。

わたしたちがモノをつくるとき、現場にいるわたしたち施工屋が取得している「土木というモノづくり」のために必要な情報は、公共事業の構成員のなかではおそらくもっとも多い。その情報をベースとしてわたしたちはモノをつくる。その一方で、公共事業でつくられるモノの受益者たる住民が持つ情報量は圧倒的に少ない。そんななかでは、理解力や読解力に大きな差がつくのはやむを得ない。だからこそ、わたしたちは「わかりやすい説明」を心がけるべきであり、これぐらいやっときゃあ「わかる」だろうという思い込みは、できるだけ拝するべきだろう。

そんなふうなことを思わされた今朝だった

 

(あ、念のために言っときますが、わたし(たち)のやってることが「悪い」っていう意味じゃないですよ。これでもけっこうイケてると自信を持ったりしてます。だけどそれこそ自己満足してちゃあ進歩がない、っていう意味での今日の稿でした。でわ、おあとがよろしいようで ^^;)

 

 

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