答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

コップを上向きにするとともに円環にひねりを加える

2016年03月17日 | 三方良しの公共事業

「コップを上向きにする」話のつづき。

→ きのうの稿(『猪口(ちょこ)を上向きにする』)

 

いわずもがなのことかもしれないが、「コップを上向きにする」前提として「伏せたコップ」がなければならない。

 

 

 

 

「伏せたコップ」は、外に向かって閉じたわたしでありアナタである。

「伏せたコップ」を自覚するからこそ、「コップを上向きにする」というイメージが効いてくる。

 

 

「あたしゃいつでもオープンで上向きだもんね」という人(そんな人が実際にいたとしたらですが)には必要ないかもしれない。

まず初めに、閉じた自分の存在を意識する。または、「オレって今、ひょっとして閉じてやしないか」と疑ってみる。それが「伏せたコップ」だ。そしてその「コップを上向きにする」。そのことでオープンマインドであろうとする。「自分を開く方法」とでも言おうか。そんなふうに言ってしまうと「自己啓発」っぽくてイヤだが、いい方法だと思う。

 

そうそう、そういえば、「閉じた」あるいは「開かれた」というキーワードを、スピーカーとしてのわたしはよく使っている。

初期、よく使わせてもらった元ネタは桃知さんの「技術者のためのメビウスの帯」論だ

 

モモログ2008年6月、『技術者のためのメビウスの帯をハサミでチョキチョキと・・・・・・

 

桃知利男さんは「ただの丸い輪」を「円環モデル」と名づけ、「公共工事という産業」を表した。


 円環モデル


円環は内と外との明確な差異をつくってしまい、内は外とのコミュニケーションを遮断する。そしてそれを外から見ればこんなふうだ。

「公共工事という産業」は「なんだかわからないもの」になってしまっており、その「なんだかわからないもの」でしかない建設業という共同体にとって、円環の中で会話を繰り返すだけでは、もはや「私」も「われわれ」も救えない。

それを前提として、その「円環モデル」にひねりを加え「メビウスの帯」としようと桃知さんは言う。


 メビウスの帯(ひねりを加える)


そうすることで、内と外との差異はあるとしても共存が可能なモデルを構築(つまり、閉塞せずに共同体性を保つ)し、「公共工事という産業」という共同体と、その共同体を取り巻く世界とが(モデルとしては)共存可能なんじゃないかと、桃知さんは説いたのだ。

 

そうだそうだよそうなんだ。わたしはよくこの説を拝借して、「だから情報を発信しなければいけないんだよ」などと講釈を垂れていた。今でも根っこにはいつでもこの考えがある。

これに比べると、「コップを上向きにする」は、ごくごく個人的な心象だ。だが、まず「個」があり、「個」が変わることで「種」も変わる(かもしれない)という流れで考えると、「コップを上向きにする」と「メビウスの帯」はセットでなければならない。

そうだ。「コップを上向きにするとともに円環にひねりを加える」なんてどうだろう。

なんて思いつき、独り悦に入っていると、

「なんだそりゃ、まったくもって受け売りのつぎはぎだらけじゃないかよ」

と、前頭葉の斜め上45°あたりから別のわたしが笑うのだ。


あゝ (-_-)


 


  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

 

コメント