答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『記憶を思いに未来につなげる~震災復興5年の記録 これからも地域とともに~』(岩手県建設業協会)を読む

2016年03月11日 | 読む(たまに)観る

3月5日、岩手県建設業協会から『記憶を思いに未来につなげる~震災復興5年の記録 これからも地域とともに~』という冊子が発行された。同建協ではこれまでに、『復興への道 東日本大震災からの復旧記録』(2012.3)、『ふるさと岩手 被災地のいま』(2013.3)と、県内建設業の取り組みを後世に伝えるための記録誌を2回発行しており、今回が3冊目となる。


かくいうわたし、恥ずかしながら2冊目の存在は知らなかったのだが、最初の『復興への道』は、社内研修や地元高校生向けの授業など色いろな場で活用させてもらってきた。そして、大震災から5年が経った今、3冊目の記録誌だ。

 

『復興への道 東日本大震災からの復旧記録』

http://www.iwaken.or.jp/00data/fukkouhenomiti/zenpen.pdf

『ふるさと岩手「被災地のいま」-地方建設業的視点から復興を考える』

http://www.iwaken.or.jp/00data/hisaichinoima/zenpen.pdf

『記憶を思いに未来につなげる~震災復興5年の記録 これからも地域とともに~』

http://www.iwaken.or.jp/00data/kiokuwoomoini/zenpen.pdf

 

今回発行された3冊目は、次のような構成で成り立っている。

第1章 特別インタビュー

第2章 震災から5年『被災地のいま』

第3章 地域と共に歩む建設業として

そんななかわたしがもっとも印象に残ったのは、やはり現場の人たちの証言だ。題して「そのとき地元建設業は 3.11東日本大震災最前線の記憶」。計38人へのインタビューは、2013年11月から『いわけんブログ』に掲載されてきたもので、実際に作業に従事した人たちの証言集である。同業者の方もそうでない方も、ぜひこれだけでも読んでみてほしい。

http://www.iwaken.or.jp/00data/kiokuwoomoini/p096_memory.pdf

 

折しもわたしは、数日前から『地震の日本史 大地は何を語るのか』(寒川旭、中公新書)を読んでいる。古本で見つけた『天災から日本史を読みなおす-先人に学ぶ防災』(磯田道史、中公新書)からの流れだ。それらのなかに書かれているのは、有史以来この列島で繰り返されてきた数多の地震の記録であり痕跡である。読んでいると、いつかどこかで大きな地震に遭遇するのがこの国に生きる人間の必然であり、もし地震に巡りあわなかったとすれば、それは単なる僥倖に過ぎないのではないか、などとも思えてくる。

たとえば鴨長明の『方丈記』にはこう書いている。

 

また同じころとかよ、おびただしく大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず、山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌(いわお)割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ち処(ど)を惑はす。都のほとりには、在々所々堂舎塔廟ひとつとして全からず、或は崩れ或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。

地の動き、家の破るる音、雷(いかづち)に異ならず。家の内にをれば忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるはただ地震(ない)なりけりとこそ覚え侍りしか。

 

現代語訳(左大臣ドットコム『方丈記』より)

http://koten.kaisetsuvoice.com/Houjyouki/HK06.html

また同じころであったであろうか、たいそう大きな地震が起こったことがあった。その様子は世のいつもの様子とはまるで違い、山は崩れて河を埋め、海は傾いて陸地に押し寄せた。

土は裂けて水が湧き出て、岩石が割れて谷に転がり入った。なぎさを漕いでいる舟は波の上にただよい、道行く馬はどこに足を立てていいかもわからないほどであった。

都の郊外には、あちこちの寺の堂や塔が一つとして被害を受けなかったものはなく、あるいは崩れあるいは倒れた。

塵灰が立ち上って、盛んな煙のようである。地が動き家の壊れる音はまるで雷の音と変わらない。家の中にいればすぐにつぶされそうになる。

走り出れば、地面が割れ裂ける。羽が無いので空を飛ぶこともできない。竜であれば雲にも乗れよう。しかし人間はどうにもならない。恐れの中にも恐るべきものは、ただ地震であると、まったく思い知らされたことだった。

 

迫真の描写だが、肝心なのはこの文章のこんな結びだろうとわたしは思う。

すなわち、

すなはちは人みなあぢきなき事を述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。

つまり、

直後は人はみな浮世の無意味さを述べて、少し心の濁りも薄らぐかと見えたものの、月日がかさなり、年が経った後は、そんなことは言葉にして言う人すらない。

 

いつの時代でも「風化」が世の常だとすれば、それはあまりにも切ない。いやいや「風化」以前に、発災直後を含めたこの5年間で地元建設業が果たしてきた重要な役割すら、必ずしも広く認知されていない現実がある。

そういうわたしが、何をして何をしなかったかと考えると、とてもとてもエラそうに言えたものではないが、だからこそ、岩手県建設業協会さんの取り組みには頭が下がる。


どうもありがとうございました。

いつもありがとうございます。


ぜひご一読あれ。



 

『復興への道 東日本大震災からの復旧記録』

 http://www.iwaken.or.jp/00data/fukkouhenomiti/zenpen.pdf

 

 

 

『ふるさと岩手「被災地のいま」-地方建設業的視点から復興を考える』

 http://www.iwaken.or.jp/00data/hisaichinoima/zenpen.pdf

 


『記憶を思いに未来につなげる~震災復興5年の記録 これからも地域とともに~』

 http://www.iwaken.or.jp/00data/kiokuwoomoini/zenpen.pdf

 

 


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