答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

自転車に乗って

2022年06月29日 | ちょっと考えたこと

 

午前中で砂防工事現場の中間検査が終わり、午後から林道工事現場へと向かうため、地域高規格北川奈半利道路にあがったとたん、前方に自転車のようなものをハッケン。

まがりなりにも、ここは自動車専用道だぜ。

思わずわが目を疑った。

うしろから来るクルマがないのを確認して減速しながら近づいていく。

近づくにつれて、その自転車はたしかにまちがいなく自転車で、あたりまえのことだが人間が漕いでいることがハッキリとわかった。

なんてやつだ。

またうしろからクルマが来ないのを確認して、さらに減速すると、わたしに気づいたのだろう。端っこの方に寄った。しかし、止まろうとはしない。

てめえ、さては確信犯だな。

じゅうぶん注意をしながら追い抜きざまに顔を見ると、なんだか少したのしそうだ。

そのあとしばらく、わたしの脳内を高田渡の歌声が流れた。

 

♪自転車に乗って ベルを鳴らし

となりの街まで 嫌なおつかいに♪

 

 

 

 

 

 

いやはや、呑気なものである。

 

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

終わりよければ

2022年06月28日 | ちょっと考えたこと

 

『たがや』という噺がある。

隅田川の花火大会の日、混み合いへし合いするなか、本所側から旗本が馬に乗って橋に乗り入れてくる。その逆から、仕事帰りの箍屋(たがや)が道具を抱えて同じく橋の上にやってくる。人の流れで押された箍屋の「たが」がはじけて、お殿さまの笠を飛ばしてしまう。おのれ無礼者、と家来に斬られそうになるが、ところがどっこい箍屋が奮戦。一人斬り二人斬りして、最後には殿さまの首が飛んで(わたしは聴いたことがないが箍屋の首が飛ぶのがもともとの型らしい)、「たーがーやー」とみんなが声をかけておしまい。野暮を承知で解説すると、噺の舞台となるのが隅田川の花火大会だから、「たーまーやー」と「たーがーやー」をかけたという、じつに他愛がない噺であり、その他愛なさがまたいかにも落語らしくてわたしは好きだ。

今日、会社からクルマで3時間ほどかけて出向いたところでCIM話を80分つとめてきた帰り、春風亭小朝が演じる『たがや』を聴いた。

「たーがーやー」(ジャンジャン)

ピタッと決まって噺が終わる。

そこで思った。そう。わたしの場合、終わり方が下手なのだ。唐突にブツっと切って終わり。余韻がないのだ。

いや、今はじめて気がついたわけではない。以前からそれには気づいており、直そうともしてきたが、どうにも上手くいかない。

そこまで語った数十分、あるいは数時間に価値がもしあったとして、その値打ちをお終いの下手くそさがぶち壊す。そういう場合がたしかにあると、聴衆の反応を見ててそう思う。

これはいけない。じつによくない。

「たーがーやー」という陽気で呑気なサゲを聴き、われと我が身を反省しつつクルマを走らせた。

勉強しなおしてまいります。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

15、16、17と。

2022年06月27日 | ちょっと考えたこと

 

ホームページをリニューアルしている。その作業のなか、お定まりの文句をキーボードに打ち込む。

「高知県建設優良工事施工者表彰15年連続受賞」

数字の部分は年々変わっていくが、そこはとりあえず同じものとして、この言葉を入力すると決まって思うことがある。

さて、今年は(来年は)だいじょうぶだろうか。一体いつまでつづけることができるだろうか。正直なところ不安だらけだ。一年のうち、受賞の知らせが届いたその日だけが楽しくてうれしくて、それ以外は不安しかないと言っても大げさではない。

あれは、賞をもらいはじめてから3年目ぐらいだったか。そのころ年数回開かれていた、受賞社のうち5~6社から技術者を集め、技術管理書類の簡素化を検討する会の席上、ある技術者がこのようなことを言った。

 

この表彰システムでは自分のノウハウをフルオープンにしなければならないため、他社に真似をされる。

すると、次にはまたその上を行くように考えなければならず、先を走る者にとっては得るものが少なく不公平だ。

 

真似をした当の本人であるわたしは、少しばかり申しわけなく感じると同時に、それはチト了見がちがうのではないかと思った。

子曰、「述べてつくらず」だ。この世の中にオリジナルの知見や技術などは、そうそう存在するものではない。誰かが誰かの真似をして、また別の誰かがその真似をして、そうやって人は進んでいく。特に、公共土木工事というこの業界は、すぐれたものを真似することで互いの技術を高めあってきたとわたしは思っている。わたしたちが多くの人の真似をしたように、少なからずわたしらの真似をした人たちがいるはずだ。むしろ、どしどし真似をしてほしいと意識した部分もかなりある(そんなところに限って真似をしてくれないのだが)。

その繰り返しの15年だ。あと2ヶ月もしないうちに16年目の結果が出る。かといって、賽はすでに投げられており、今さらその結果を左右する何かをできるはずもない。したがって、わたしの意識は次へとしか向いてない。「次」の数字が「17」なのか、それとも出直しの「1」なのか。どちらにしても「次」でしかない。これをして「選ばれし者の至福われにあり」などと気取ってみたこともあったが、今やそういったカラ元気も出てこない。青息吐息を吐きながら、やれることをやっていくだけだ。積み上げてきたもので勝負しても勝てはしない。積み上げてきたものと勝負しなければ勝てないのである。

 

と、格好良く決めてみたようでなんのことはない。最後の部分は竹原ピストルのパクリだ。いやはやまった、この期におよんでもまだ、真似をするしかできないオヤジなのである。く

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『イメージの詩』の思い出

2022年06月26日 | ちょっと考えたこと

 

吉田拓郎が一線からリタイアするという報に接して浮かんできた唄が『イメージの詩』だったのには理由がある。

2週間ちょっと前の札幌をあとにする前夜、中央区南4条西5にあるNOXで、久々にその唄を聴いたからだ。

 

♪これこそはと信じられるものが♪

 

メインボーカルの JILL さんが歌い出すなり笑顔があふれてしまったわたしには、この唄にまつわる思い出があった。

1972年10月、九州への修学旅行から帰ってきた翌日、こづかいが少し余ったわたしは、ひとりで高知市内へと遊びに出かけた。といっても、その日、「お町」で何をして過ごしたのか、まったく記憶がない。記憶として残っているのは、電車に乗る前にクリーニングスプレーを買って帰ろうと寄ったレコード店のなかからだ。そこからの記憶は50年が経った今でも鮮明である。スプレーを買えば、手元に残るのは2千円もなかった。当時のLPレコードはいくらだったろうか。2千円で買えなかったことだけは確かだ。買えないとは知りつつも、なにかイイものはないかと物色するわたしの目に止まったのが、『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』という奇妙なタイトルのレコードだった。

 

 

 

 

値段はたしか1,500円。その安さとタイトルの斬新さとに惹かれたが、買えば電車賃がなくなる。だったらスプレーを買わなければよいが、そもそもの目的がクリーニングスプレーだもの、それも欲しい。しばらく迷ったあげく、両方とも買うことに決めた。と同時にもうひとつ決めたことがある。

歩いて家に帰る。

といっても、それほど一大決心だったわけではなく、突如ひらめいた解決策に、我ながら名案じゃないかとほくそ笑んでいた。今になって調べると、当時わたしが住んでいた家まで、そこからは20キロメートルほどだ。やたらと長かった記憶があるが、じゅうぶん徒歩範囲である。

夕暮れになって帰ったわたしが、高知市内から歩いて帰ってきたと知りあきれかえる家族を後目に、部屋に入りそのレコードを聴いた。

衝撃的だった。

こういう唄、こういう歌詞、こういう歌い手というものが世の中にあったのだ。それが『イメージの詩』である。

しかし、今聴くと、その歌詞はいかにも若く、青くさいと感じてしまう。札幌市中央区南4条西5にあるNOXでJILLさんが歌うその唄を聴きながら、「はて、あのころのオレはこの唄のどこがどういうふうによかったのだろうか?」と考えてみたが、思い起こせるはずもなかった。たしかなことは、14歳の宮内少年が、吉田拓郎の『イメージの詩』から身体がふるえるほどの衝撃を受けたこと。そのレコードが、電車賃と引き換えにして手にしたものだったということ。そのあと、レコードの入った袋をぷらぷらさせながらサンダル履きで国道55号を歩いて帰ったこと。

 

♪古い船には新しい水夫が

乗り込んで行くだろう

古い船をいま動かせるのは

古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も新しい船のように

新しい海へ出る

古い水夫は知っているのサ

新しい海のこわさを♪

 

少年は、自分自身が「古い水夫」になってしまう未来など想像もしなかったにちがいない。

そう思うと、独り笑ってしまうのである。

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

動機づけ

2022年06月25日 | ちょっと考えたこと

 

先日、とある1on1のオンラインコンサルティングを受けたことを書いた。大方のご想像どおり、そのようなものは初体験だ。別に溺れてはいるわけではないが、わたしにも、たまには藁にでもすがりたいことがある(としておこう)。あ、ごめんなさい。けっして相手の方が「藁」だと言う意味ではない。この場合、「藁」というメタファーには反応せずに、「すがりたい」という願望の方を汲みとって読んでいただきたい。とともに、とても有意義で勉強になったことを書き記しておかなければならない。

全3回の最終日、いくつかのゲーム(のようなもの)をした。たとえばそれは、提示されたある言葉からひとつの語句を連想し、その連想をどんどんつなげて書いていくものとか、「趣味とか好きなことを思いつくままあげてその理由を書いてみよう」というものとか。それぞれに、1分、3分という制限時間が設けられている。

「趣味や好きなこととその理由」というお題で、3分という制限時間内に思い浮かんだのは3つだった。まず「太鼓を叩く」。つづいて「本を読む」。ここまでは理由も含めてすんなりと書けた。最後に浮かんだのが「写真を撮る」。

その理由を、どれがどれに対するものかは説明せずにただ羅列すると、「チームでする」「自分を高める」「人に伝える」「知らなかったことを知る」「ひとりになれる」「自分を表現できる」「思いどおりになったときの快感、思いどおりにならないときの悔しさ、そこからの試行錯誤」、などなど・・・。

あとでそれらを見返していると、ふ~んそうなんだ、と気づいた。それぞれの理由に、通底しているものがあり、そしてそれが、わたしという人間をかたちづくってきたことを、である。共通項は、「(自分の知らないことを)知る」と「(自分を)高める」。キーワードにするべく、さらに縮めると、「知る」と「高める」。齢耳順が5年を過ぎようとしてもなお、それらについてのわたしの欲は衰えることがない。

わたしが長いあいだ行動指針としてきた言葉に、それがぴたりと当てはまるまで、さほど時間はかからなかった。指針とは「好奇心」「向上心」「行動力」だ(これをして”私的3K”と呼びます)。そのうち、当てはまったのは前のふたつ、「好奇心」と「向上心」だ。その2つが、ものごころが付いたころから、わたしという人間と切っても切り離せないものだったことは、自分自身でよく承知している。それをそのまま終わらせることなく、「あした」への推進力とするために、「行動力」という、自らにに欠けがちな要素を最後に加え、自分自身を鼓舞激励してきたという寸法だ。

あらためて、それらに思い当たったあと、だがチト待てよと考えた。

冷静になって思えば、わたしが「好きなこと」(趣味)である「和太鼓」や「読書」や「写真」と、わたしのモットーである「好奇心」や「向上心」は、固有に紐づけされているものではなく、わたしという人間が単に、自分自身が好んでする行為に自らで理由としてリンクさせているに過ぎない。それが他のもの。たとえば、今わたしの目の前にあるパソコンや、その横にある落語のCDから派生する何かだったとしても、それを「好き」に昇格させ、継続して行っていく際に、わたしという人間が意識するしないにかかわらず採用する動機づけは、つまるところ、そこに行き着くのである。

そうであればだ。

さらに思い当たったことがある。

継続はチカラなり。これほど言うのは易いが行なうのが難しいこともない。それを実行するにあたって障害があったとき、「チームでする」「自分を高める」「人に伝える」「知らなかったことを知る」「ひとりになれる」「自分を表現できる」「思いどおりになったときの快感、思いどおりにならないときの悔しさ、そこからの試行錯誤」などなどを動機づけとして採用すればよいのではないか。キーワードは、「知る」と「高める」。つまり、「好奇心」と「行動力」だ。そう、ときと場合によっては逆からの発想があってもよいのである。

ふむ。わるくない。

思いつきに自己満足したのを契機に、考えるのを止めた。

今日のところは、方法論の引き出しがひとつ増えただけでよしとしよう。

いずれにしても、わたしの「好奇心」と「向上心」は、いくつになっても衰えを見せない(今のところ)。やるかやらぬかは、そのときどきの自分次第だ。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする