答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『日本語練習帳』(大野普)を読む(その2)~「ガ」について~

2020年05月26日 | 読む(たまに)観る

 

さて、お約束どおり「ガ」である。

のっけから著者は、こう書いている。

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日本語で育った人ならば、ハとガを間違えて使う人はまずありません。(Kindleの位置No.913)

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ちょっと待ってほしい。

現にこのオジさんは、「ハ」をとるか「ガ」を採用するかで、いつも悩んでいる。

たしかに訛りはあるが、れっきとした日本語話者だし、生粋の日本生まれ日本育ちだ。

いやいや少し落ち着こう。

現にそのあと、「ハとガはどう違うかとあらためて考えるとうまく答えられない」と書いている。

ここでも大野普の解説は、きわめて明快だ。

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つまり、ハは分離させておいて下と結ぶ。ガは、すぐ上とすぐ上をくっつける。「くっつける」とは、ひとまとめの「こと」「もの」とすることです。つまり、ガは接着剤として働きます。(No.921)

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つまり、「名詞と名詞をくっつける」のが、「ガの働き」(1)だという。

(1)があれば、当然のこととして(2)がある。

つづいて「ガの働き」(2)だ。

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 a 花が咲いていた

 b 鍵が見つかった

 これは、ガの下に名詞が来ずに、動詞が来てそのまま終結する新型のセンテンスです。江戸時代以後に生じました。文法家たちはこの文型を「現象文」といっています。というのは、これは現象を描写する表現に使われるからです。現象を写生する文といってもいいでしょう。(No.1004)

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基本的にはこの2つ。

そして、ハとガとを「主語ー述語」という関係のみでとらえると、うまく理解できないと説く。

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 a 私は大野です

 b 私が大野です

(略)

aは「私はダレカ、ドンナ人間カトイエバ」という問いに対して「大野です」と答える形。ハの上が問題でハの下に答えをいう形式です。

(略)

bは大野という人物の存在はもう分かっているとして、それがどの人物かを知らせる形。ガの上が新しい知らせという形式です。

 c 大野は来た

    d 大野が来た

cは、そのうしろに「しかし田中は来なかった」がかくされている。つまり対比の気持ちがかくされています。

(略)

dは「あっ、大野がやってきた」とガの上のものを発見したときの形。また描写・写生の形式。

(略)

これがわかると、次の形が理解できます。

 e 象は鼻が長い

このセンテンスでは、まず「象は」と問題が出される。ハの下には新しい情報が来るはずで、そこに「鼻が長い」が来る。「鼻が」のガは新しい情報のしるしです。「私は緑が好き」などもこの仲間。一つのセンテンスに二つ主語があると見るのは英語式の見方です。

(No.1074)

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こう明快に説明されると、ついついこのように感じてしまう。

「そんなこと今さら説明されなくてもわかってるよ」

たしかに、特に「ガ」の用法は、いざ説明されると既に周知とっくに理解というレベルではあろう。

しかし、それがいざ文章を書く段になると、「はて、この場合はガでいいのか?ハが正解じゃないのか?」などと悩むのだし、どうしてそれを選択したのかを明確に答えられるかというと、クエッションマークがつくどころか、はっきり言ってお手上げ状態だ。

であるから、いちいち悩む。

そして、悩みはじめたら、なおさらわからなくなる。

で、いつまでもそこに引っかかっておく時間がないから、経験と勘にまかせて「エイヤっ」と決める。

結局のところ、「”ガ”と”ハ”問題」は、「書く」という行為をつづけている以上、いつまでたってもつきまとうものなのだろうが、わたしのなかでは、少し光明が見えたのもまた、まちがいがない事実である。

なんとなればこの文章も、与えられた知識にしたがって「ここはハだ」「この場合はガだな」と、確認しながら書けている。

そして、つくづくと実感している。

人間、いくつになっても学べるものだ。

 

 

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『日本語練習帳』(大野普)を読む(その1)~「ハ」について~

2020年05月25日 | 読む(たまに)観る

おもしろい本をひとつ読み終わると、次に読もうと用意していた本ではなく、おもしろいと思ったその本の流れで別のものを読もうとしてしまうのは、わたしだけだろうか。

少なくともわたしには、顕著にその傾向がある。

当然のなりゆきとして、ライブラリーの「積ん読」が、いくら数を読んでも減るどころか増えるいっぽうとなるのは、この際おいておくとして、その傾向は大きく2つに分かれている。

ひとつは、おもしろいと思ったその本の著者が書いた別のものを読むパターン。

そしてもうひとつは、おもしろいと思ったその本の主旨に沿って別の人が書いたものへと移っていくパターンだ。

 

 

『私家版 日本語文法』(井上ひさし、新潮文庫)をたのしく読み終えた今回もそのご多分にもれず、次候補には、同じ作者の『自家製 文章読本』(井上ひさし、新潮文庫)と、日本語文法つながりで買った『日本語練習帳』(大野普、岩波新書)があがった。

さて・・どちらにしようかな裏の神さまの言うとおり・・と、少しだけ考えたが、そもそも『日本語練習帳』のほうは、わたしのなかで信頼がおけるホンヨミストとして一二を争う”新潟のハム”さんが、先日このブログにくれたコメントに出ていた書名にビビッときて買ったもの。

ならばそちらが先でしょ、と決めて読みはじめると、これがまた大当たりだった。

 

 

いや、「もっときちんとした文章を書きたい」、そのためには、「日本語(文法)をいまいちど勉強し直さなければならぬのだ」という動機を思えば、むしろ、『日本語文法』よりもこちらのほうが、わたしが欲していたものだといえる。

読みはじめるなりすぐに、そう感じた。

なによりその内容と論旨が明確でわかりやすく、いまだに「文法」という単語を聞いたり口にしたりするだけでアタマが痛くなってくるわたしのような人間にとっては、目と口と心とにやさしい。

たとえば、井上ひさしが『私家版 日本語文法』でも多くの稿を割いていた「”ガとハ”問題」ではこうだ。

まず最初に「ハ」から。

「ハ」には4つの働きがあると著者は書く。

その1「予約」。

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ハは「問題を出して、その下に「答え」がくることを予約するのが役目だ」といえます。(Kindleの位置No.578)

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その2「対比」。

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 私は猫は嫌い

とあるときは、「私は」のハの答えは「嫌い」です。「猫」は「嫌い」の対象物ですが。「猫は」のハは二つ目のハですから「対比のハ」です。ここには「猫は嫌い」とだけあって、「犬は・・・」と並べては書いてありません。しかし、「猫は」とあるだけで、「別の何かは(好きダケド)」が裏にあるのです。(No.683)

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その3「限度」。

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「限度のハ」は「対比のハ」の延長上にある使い方です。ハは、本質的に、「一つのことを取り上げて、他の同類と比較する」ことを役目として、しかもそれとは違うと明示するのです。Aハ、Bハの対比のように、「十日まではだめです」といえば、「十一日ならばいいけれど」という意味が裏に見えます。「四時からは」という表現は「それ以前は」との対比があるわけで、それと「限度」の使い方とは根本は共通です。(No.869)

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その4「再問題化」。

著者はまず、上記3点の共通項をこう説明する。

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ハの働きを三つ見てきました。1.話題として一つのこと(もの)を設定する、2.対比する、3.限定する。この三つの共通点は何かというと、ハは自分の上に来ること(もの)を、とにかく一つ選択して、「これは確かなこと(もの)だ、他とは違う」と取り立てることといえるでしょう。(No.874)

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そのあと、四番目の解説に入る。

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 私が行くか行かないかは分かりません

「私が行くか行かないか」ということは、問題(topic)として、話題として確定的で、ゆるぎないことだとハが決定しているのです。その確定した問いに対しての答え(新しい情報)として、「分からない」ということが加わったのです。つまりハは、事柄・事実が確かだというのではなく、問題として確かだというのです。これが日本語のハという助詞の特性です。このことが、これまでの文法家の中にさえなかなか理解できなかった人がいます。ここをよおく呑みこんでください。(No.882)

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そして総括。

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この四つには一つの共通点があります。ハは、すぐ上にあることを「他と区別して確定したこと(もの)として問題とする」ということです。その根本的性格がハの特質です。(No.910)

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なんと明快

なんと明確

そして、なんと論理的。

以上、「”ガとハ”問題」のうち、「ハ」について。

となると当然、お次は「ガ」がこなければならないが、いささか長くなりすぎた。

今日のところはこれぐらいにしておいて、お次はあしたのおたのしみ。

ん?

「あした」と約束してだいじょうぶか?

ゴホン

元へ

お次はあとのおたのしみ。

では。

 

 

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跡まで見る人ありとは・・

2020年05月23日 | ちょっと考えたこと

母が死んで7つの月が過ぎたある日。

「もっと早うに来んといかんかったがやけど」

と申しわけなさそうな顔でわが家を訪れてくれたのは、母の友人であるAさんだ。

彼女が入院をしていたということは聞いていたので、「具合はどうですか?」とたずねると、やっとよくなってきたので来ることができたのだという。

そのあと、庭の手入れをしていた女房殿に声をかけ、しばし故人の話で泣いたり笑ったり。こんなご時世でもあるし、療養生活をしていたであろうその人をおもんばかってもあり、戸を開け放したうえで互いの距離をとり、マスク越しでの会話でだった。にもかかわらず、「他人の家で長居をしたらいかん」と、積もる話を切りあげて去ってゆく彼女を門口まで見送り、

「そしたらね」

「ありがとうございました」

とあいさつを交わしたあとに取ったわたしの態度がいけなかった。

くるりと踵をかえしてしまったのだ。

別のわたしが空から嘲り笑う。

「あーあ、またやったよ。それだからダメなんだよなオマエは。しっかりと見送るべきでしょ」

ふりかえって見ると女房殿は、そのうしろ姿をまだ見送っている。

 

なぜだかわたしは、このようなときだけではなく、さまざまな場面において、最後まで人を見送ることができない。

すぐに背中を向けてしまうのだ。

そしてたいていの場合それは、そうしようと考えて選択するのではなく、ついついそうしてしまうしそうなってしまう。

だからだろう。きちんと見送る人を目にすると、気持ちがいい。

そしてそのつど、「かくありたい」と思い真似てもみるのだが、いくら外見を気取り、いくらメッキを塗り重ねていようと、ふとしたときに人間の地金というやつはあらわれてしまう。

だとしても、そうとわかればわかった時点で体勢を元へ戻して、しっかりと身送ればよいのだが、思っていても身体がすぐには動かない。そして、「まぁええわ」となる。

まこと本性というやつはやっかいなものだ。

脱皮したつもりでも、元と同じ自分が繰り返し出てくる。

 

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跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。(『徒然草』第三十二段より)

(以下現代語訳)

うしろ姿を見届けられていることを、帰っていく人は気がついていないだろう。こういった行為は、ただ、日々の心がけからにじみ出るものである。

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あゝ、この出来の悪いオヤジに、「にじみ出る」が、やって来る日はあるのだろうか。

はてさて・・

 

 

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2020年05月22日 | ちょっと考えたこと

 

トンネルのなか

光と影が交差する。

かべに映るバックホウの腕が

なにか別の生き物のように見えたとたん

なんだかとても

たのしくなってきて

夢中で写真を撮りはじめた。

 

「子どもか!」

別のわたしがうしろの方で笑うので

「わるいか!」

言い返してやった。

 

某月某日

トンネルにて。

 

 

 

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再開

2020年05月21日 | 北川村やまなみ太鼓

首相によるイベント自粛や休校の要請をきっかけとして約3ヶ月のあいだ休んでいた太鼓の稽古を再開した。

まずは、日曜午後の「子ども太鼓教室」から、そして月曜夜の大人チームと、連日の再スタートだった。

そもそも公共施設をその練習場所にしている以上、その施設が使えなくなるとなれば、否応なしに従わざるを得ないのだから、不承不承ながら休止を決定したのが3月はじめ。その月末の学校再開を受け、いったんは「使用OK」が出たにもかかわらず、今度は自分自身の判断で「(感染拡大の)本番はこれからでしょ」と休止継続を決め、その後、「緊急事態宣言」を受けてそのまま休みつづけ今に至っていた。それが、ようやっと再開することができた、というわけである。

久しぶりに子どもたちに会える期待感。

さすがに3ヶ月も休むとどんなだろうという不安感。

その両者が相半ばしてむかえた日曜日。

どっこい子どもたちはいたってふつうだった。

はじめは、意識に身体がついてこず、見るからにパフォーマンス不足。首をかしげかしげしている子もあったが、休み明けの意識と身体のギャップは、なにも太鼓にかぎったことではない。やっているうちにじょじょにもどってくる。

しかも彼女らは、わたしのような半分引退しかけのロートルとはちがって若い。

やるたびに、どんどんよくなるホッケノタイコ、すぐに元にもどって元気はつらつとしたバチさばきを見せてくれた。

少しばかり驚いたのは、みな一様に冷静かつ平静、そして淡々としていることだ。

それに反してこのオジさんは、最初の音がドンとなったそのとき、盛りあがってきたころ、〆の音がきまったとき、などなど、こぼれた笑みは自然と大きな笑いに替わり、どんどんとテンションがあがっていった。

そうなるともういけない。

そのあとの練習中、こみ上げてくるものが、なんどもなんどもココロの内側から押し寄せてくる。すると、自然にボルテージは上がり、三密を避けるために、いつもよりかなり離れて位置していたのもあって、しだいしだいに声も身ぶり手ぶりも大きくなっていった。

「ハイ、今日はこれで終わろうか」

と声をかけるころには、すっかりかすれ声になってしまっていた。

 

「先生さよなら」

 

あとかたづけが終わり、家路につく子らのうしろ姿を見送りながら、

ふと、

「けっきょく、あの子らに支えてもらってるのはオレなのかもしれんな」

という思いが湧いてきた。

もちろん、「教える人」と「習う人」であることはまちがいない。

しかし、それが彼我の関係性のすべてではないこともまた、まちがいない。

そして、そんなことなどを思い起こしながら呑むその夜の酒が格別だったことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

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