答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

やせ蛙負けるな

2018年06月20日 | ちょっと考えたこと

嵐の予報。いや、もうすでに嵐だ。

わが家の駐車場から車を出すなり、右のサイドミラーにへばりつくカエルを発見。

 

 

 

しばらくそのまま走るが落ちない。

 

やせ蛙まけるな一茶これにあり

 

そんな俳句が思い浮かぶ。

ついつい「やせ蛙」に自分を仮託して、「がんばれよ、オレもオマエも痩蛙だ」なんて心ひそかに応援していると、まもなく、

落ちた。

 

だいじょうぶ。

サイドミラーにへばりつくことだけがオマエの頑張りだとは限らない。

 

「がんばれよ」

やせ蛙の幸運を祈るやせ蛙。

 

 

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続・「感情の実況中継」という方法

2018年06月19日 | ちょっと考えたこと
執着しないこと
アルボムッレ・スマナサーラ
中経出版

 

スマナサーラ老師の『執着しないこと』から、試してみようと思っていることをもうひとつ。

「自分を外に出す」方法だ。

これがじつにおもしろい。

やり方としては、きのう紹介した「感情の実況中継」という方法とよく似ている。

まずはその前提から。

 

・・・・・・・・・

「私」という概念が生まれると、次第に、「つねに『私』という実感がある」と錯覚するようになります。

 一貫して変わらない存在としての「私」という意識 - 。それが、「自我」というシロモノです。

 これこそが、人間に限りない苦しみを与える元凶となります。

 受け取った感覚を主観で解釈し、怒りや怨み、嫉妬、後悔といった感情を生み出して、悪性のガンのように心身をむしばんでいくのです。

(Kindleの位置No.239)

・・・・・・・・・

 

つまり、自分というものを強く意識過ぎるあまりに人は苦しくなる。そこで、自分を他人視することから「自分へのこだわり」を捨てる、すなわち「自分を外に出す」訓練に取り組んで「私を捨てろ」と老師は言う。

さてその方法だ。

 

・・・・・・・・・

 たとえば、あなたの名前が「田中」だとしましょう。

 そのあなたが、恋人との関係がうまくいかず、悩んでいるとします。そのときは、「田中が悩んでいますね」と言葉に出すのです。

 あるいは、焦って気持ちが動転しているときだったら、そのまま突っ走らないで「田中が焦っています」と実況中継をします。

 蚊に刺されて、無茶苦茶かゆいときであれば、「田中がかゆがっています」と、面白おかしく、いまの自分を説明しましょう。

 上司に怒られてズドンと落ち込んだら、とりあえず「田中が落ち込んでいます」とつぶやいてみましょう。

 こんな具合に、自分の心に浮かんだ感情や、自分のいまの行動や状況を、三人称で客観的に述べるのです。

 すると、そのときに生じた問題が、スーッときれいに解消されていきます。

(Kindleの位置No.312-313)

・・・・・・・・・

 

いや、いくらわたしがノリのいいお調子者でも、これを読んだだけで「スーッときれいに解消され」るとは思うほど能天気ではない。

だがどうだろう。

試してみる値打ちはある。

上手く行かなくてもともとだ。

ということで、これからちょいと、「感情の実況中継」という方法とともに「自分を外に出す」方法も実践してみよう。

いや、わたしのなかでは、これら2つをひっくるめて「感情の実況中継」という言葉で言い表したいと思う。

さあ、れっつとらいだ (^^)

 

 

 

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「感情の実況中継」という方法

2018年06月18日 | ちょっと考えたこと

 

執着しないこと
アルボムッレ・スマナサーラ
中経出版

 

・・・・・・・・・・

 たとえば、相手の言葉にカチンときたとしても、そもそもその言葉はただの音にすぎません。相手は喉からその音を出し、あなたは耳でその音を認識しているだけのことです。

 それにカチンときてしまうのは、あなたの頭が「音」として認識するだけでなく、主観によってあれやこれやと思考してしまうからです。

 それが頭の中でぐるぐる回転し、止まらなくなり、「こうなのではないか」「ああなのではないか」と次々と妄想をつくり出していくのです。

 そして、その妄想が、あなたに「怒り」という感情を生じさせてしまうのです。

(Kindleの位置No.175)

・・・・・・・・・・

 

いやあ~、そう言われてみればたしかにそりゃそうだが、その主観をシャットアウトして妄想を遮断できるほどアタシャ人間ができてない。

そんな人はどうすればいいのか?

スマナサーラ長老は、「そのときの感情を実況中継」すればいいのだと言う。「感情を実況中継することで、受け取った情報に対して主観が解釈するのをストップできる」のだと言う。たとえば、「カチンという感情を感じたら”いま、怒りがある”と、その感情を実況中継する」のだと言う。その方法が効果的である理由はこうだ。

 

・・・・・・・・・・

 相手の言葉にカチンときたとき、「なぜあの人はこんなことを言うのか!」と、その理由を自分の頭の中で考えようとするから、「怒り」の感情が現れるのです。

 そこで、実況中継することで、その思考そのものをストップさせてしまう。

(略)

 思考の流れが止まれば、そこから生まれる感情も消えてくれます。感情の原因を根本からなくしてしまうことができます。

 これはとてもシンプルな訓練方法だと思いませんか?いますぐに実践できるのではないでしょうか。

(Kindleの位置No.186-199)

・・・・・・・・・・

 

ふ~ん、なるほど。そいつぁ簡単そうだと思った刹那、「いやいやそんなことはあれへんやろ」と別のわたしがすぐさま打ち消す。

おっといけねえ、危うく乗せられるところだった。たしかに、そんな簡単なものではないだろう。

しかし・・・

感情が、情報を自分の主観というフィルターを通して自分の主観で解釈することによってつくりだされたもの、だという長老の言葉には強い説得力がある。「感情の実況中継」という方法は、わたしにとって、「そんな簡単にはいかへんやろ」という一言で葬り去るにはあまりにも惜しく魅力的だ。なんとなればそれは、「想定を保留する」や「第二の矢」といった、わたしが採用してきた方法とドンピシャリと符合するからだ。

試してみる値打ちはある。

上手くいかなくてもともと。

だいいち、こうやってエラそうに書いてはいるが、「想定を保留する」にしても「第二の矢」にしても、自家薬籠中の物として使いこなせているわけでは、もちろんない。だとすれば、軽いノリでやってみればいいだけのことだ。

 

ということで、「感情の実況中継」という方法をちょいとこれから実践してみようと思う。

さていかが相成るか。

スマナサーラ長老によれば、実況中継をする際に注意をしなければならないことがあるという。

 

・・・・・・・・・・

 それは「私」という言葉を入れないこと。

「私は怒っている」「私は不安に思っている」など、自分のこととして実況中継してはいけません。それでは思考になってしまうからです。

「怒りがある」「不安がある」と、感情だけを確認する。これが思考をストップするためのポイントとなります。

(Kindleの位置No.199)

・・・・・・・・・・

 

さあ、れっつとらい (^^)



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リニューアルなった「北川村温泉ゆずの宿」で心も身体もほっこりしたこと。

2018年06月17日 | 北川村

 

 

 

 

リニューアルなった北川村温泉。

16日に落成式を行ってプレオープンし、26日のグランドオープンまでは、村民なら無料で入浴できるというのでさっそく行ってきた。

相変わらず、いい湯だ。

 

 

フロアには「北川村温泉へようこそ」という北川小学校4年生9名が描いた絵が飾られていた。この学年には太鼓の教え子が4人いる。

ウンウン、いかにも小さな村らしくてよいではないか。

お湯の温もりに相まって、心も身体もほっこりしたオジさんなのだった。

 

 

 

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爽風 ~ モネの庭から(その324)

2018年06月16日 | 北川村モネの庭マルモッタン

 

 

 

梅雨晴間、モネの庭を歩く。

風が心地よい。

初夏の爽風。

でわ。

 

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