日本のイスラーム (Islam in Japan)

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名称の由来~「神助受けし明証」より 

2010年05月08日 | ウラマーゥ(学者先生たち)に学ぶ
アッサラーム アライクム。

皆さんに平安あれ。


さて、アハマド・アッリファーイー師(ヒジュラ歴578年/西暦1181年没、アッラーのお慈悲あれ)の『アルブルハーン・アルムアイヤド(神助受けし明証)』より、
第13項目「名称の由来」についての拙訳です。

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慈愛あまねく慈悲深きアッラーの御名において
我らが主アッラーにこそすべての称讃あれ。
我らが指導者ムハンマドさまとそのご家族、ご教友全員に最高の祝福と平安がありますように。

筆者たるアハマド・アッリファーイー師(アッラーのお慈悲あれ)は、『アルブルハーン・アルムアイヤド(神助受けし明証)』という著作の中で言われました。
願わくは至高のアッラーがかの先生を通して私たちにとって役立つものをお恵みくださいますように。
そして学びの友として共に学ぶ皆さんを通しても、役立つものをお恵みくださいますように。アーミーン。

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أي سادة، الفقير على الطريق ما دام على السنة، فمتى حاد عنها زلّ عن الطريق.
قيل لهذه الطائفة: الصوفية، واختلفت الناس في سبب التسمية وسببها غريب لا يعرفه الكثير من الفقراء، وهو إنّ جماعة من مضر يقال لهم بنو الصوفة، وهو الغوص بن مر بن أد بن طابخة الربيط كانت أمه لا يعيش لها ولد، فنذرت إن عاش لها ولد لتربطن برأسه صوفة، وتجعله ربيط الكعبة، وقد كانو يجيزون الحاج، إلى أن من الله بظهور الإسلام، فأسلموا وكانوا عبادا ونقل عن بعضهم حديث رسول الله صلى الله عليه وسلم فمن صحبهم سمّي بالصوفي وكذلك من صحب من صحبهم أو تعبّد ولبس الصوف مثلهم ينسبونه إليهم فيقال: صوفي. ونوع الفقراء الأسباب فمنهم من قال التصوف الصفاء. ومنهم من قال: المصافاة وغير ذلك وكله صحيح من حيث معناه لأن أهل هذه الخرقة التزموا الصفاء والمصافاة، وعملوا بالآداب الظاهرة وقالوا: إنّها تدل على الآداب الباطنة وقالوا: أحسن أدب الظاهر عنوان أدب الباطن. وقالوا: من لم يعرف أدب الظاهر لا يؤتمن على أدب الباطن.

كل الآداب منحصرة في متابعة النبي صلى الله عليه وسلم قولا وفعلا، وحالا وخلقا فالصوفي آدابه تدل على مقامه.
زنوا أقواله وأفعاله وأحواله وأخلاقه بميزان الشرع، يعلم لديكم ثقل ميزانه وخفته. خُلق النبي القرآن، قال تعالى ﴿مَا فَرَّطْنَا فِي الْكِتَابِ مِنْ شَيْءٍ﴾ (سورة الأنعام، الآية 38)
ومن التزم الآداب الظاهرة دخل في جنسية القوم وحسب في عدادهم (وفي نسخة في أعدادهم)
ومن لم يلتزم الآداب الظاهرة فهو فيهم غير، لا يلتبس حاله عليهم، لأن استعمال الآداب دليل الجنسية، بل تكون علة الضم، قال رويم: التصوف كله أدب. وهذا الأدب الذي أشارت إليه الطائفة أدب الشرع، كن متشرعا ودع حاسدك يكذب عليك، وينسب ما يحب إليك
وَلَسْتُ أُبَالِي مَنْ رَمَانِي بِرِيبَةٍ إِذَا كُنْتُ عِنْدَ اللهِ غَيْرَ مُرِيبٍ
إِذَا كَانَ سِرِّي عِنْدَ رَبِّي مُنَزَّهًا فَمَا ضَرَّنِي وَاشٍ أَتَى بِغَرِيبٍ


『名称の由来』
諸君、ファキール(困窮者→アッラーを必要とする者)はスンナにあり続ける限りその道(心の浄化の道)にあり、スンナから逸れてしまえば途端にその道から滑り落ちてしまうのである。
この一団は「スーフィー」と呼ばれるが、その名称の由来は諸説異なり、ファキールたち自らの多くも知らないような変わった由来である。
それはムダル族の身内にスーファ家と呼ばれる者たちがおり、その父祖はアルガウス・ブン・ムッル・ブン・ウッド・ブン・タービハ・アッラビートといい、その母親は子どもができても夭折してしまうため、もし子どもが生き長らえればその子の頭に羊毛をつけ、カアバに常駐し奉仕する人とならせることを誓ったのであった。すると(その誓いは叶えられ)その子とその一家はアッラーがイスラームを台頭させるまで巡礼を許可する人となったという。
彼らはイスラームに入信し、イバーダ(信仰行為)に励むウッバード(崇拝者アービドの複数形)となり、そのうちの何人かからはアッラーの御使い(アッラーの祝福と平安あれ)のお言葉が伝わっている。
こうして彼らと共にいる機会の多くなった者は(スーフ家の人)スーフィーと呼ばれるようになり、彼らの同伴者に同伴した者たちやイバーダに励み彼らと同じような羊毛を纏った者は「スーフィー」と呼ばれ彼らに所属する者とみなされるようになったという。
加えてファキールたち(複数形は「フカラーゥ」)は名称の由来を彩色豊かなものとし、中には「タサウウォフとは純粋さ(サファー)である。」と説く者もあり、
「濾過器(ミスファー)」その他に由来すると説く者もあるが、すべてその意味するところから言えば正しいのである。
なぜならこれを専門とする人たちは「サファー」と「ミスファー」(訳注-すなわち純粋たることと濾過器のように自らを純化すること)に忠実であろうとし、外面的な礼儀も実践したからである。彼らは、「それ(外面的な礼儀)は内面的な礼儀を示す。」と言い、「外面的な礼儀を改めるがよい。それは内面的な礼儀の表題なのだ。」、「外面的な礼儀を知らぬ者は、内面的な礼儀も信用ならないものだ。」と言う。

礼儀はすべて預言者さま(アッラーの祝福と平安あれ)に言動かつ状態および振る舞いで従うことに尽きる。
スーフィーとはその人の礼儀のあり方がその人の境地(マカーム)を示す人を言うのである。
言動と状態、そして振る舞いをシャリーアの秤にかけてみるがよい。さすれば秤の軽重が明らかとなろう。
預言者さまの振る舞いは、クルアーンそのもの。至高なる御方はこう仰せられている。
『その書の中で我らがおろそかにしたものは何一つない。』(第6アンアーム章38節)

よって外面的な礼儀を心がける人はその民の一員とされ、彼らの頭数に数えられよう。
ところが外面的な礼儀を心がけない人は彼らの間では赤の他人であり、当人のあり様が彼らを左右することはない。
なぜなら礼儀を用いることは道籍(訳注-国籍ならぬその道に帰属する籍の意)の証であり、むしろ所属の要因だからである。
ルワイム師曰く、「タサウウォフとはすべて礼儀」とのこと。
この一団の指すアダブ(礼儀)とは、シャルウ(聖法)の礼儀である。だからシャリーアにのっとる人であれ。
そなたに嫉妬する輩には言いたいことを言わせ、あることないこと好きなようにさせるがよい(直訳すると、「そなたに嫉妬する輩がそなたに対して嘘を吐き、好きなものをそなたに帰属させるのを捨て置くがよい」)

私は気にしない 私に嫌疑を投げかける者を
もし私が アッラーの御許で疑わしき者でないのなら
もし私の秘密が わが主の元で恥ずべきものでないのなら
中傷者がおかしなことを言っても 私を害することはない


《訳者のつぶやき》
20世紀以降、ムスリム世界でもっとも歪められ、汚名を着せられた言葉に「タサウウォフ」と「スーフィー」というものがあります。
一部両者の名を語るニセモノの愚行をきっかけに、
90度の改革運動をしてくれればよいところを180度やってしまった一部の唯我独尊ムスリムが力を持つようになって世界中のいたるところで彼らの布教に邁進したため、
少なくない純真なムスリムたちにとって「タサウウォフ」や「スーフィー」は憎むべきイスラームの敵みたいな悪者にされてしまいました。

ラー ハウラ ワ ラー クウワタ イッラー ビッラー…

カタチばかりで心のケアを忘れたイスラームは命の綱の水へと至る道シャリーアを表してはおらず、渇ききった自滅の道だからと、
心ある本物の学者先生たちはなんとかして「その道」の名誉挽回をはかり、「タズキヤ(浄化)」、「スルーク(修身)」、「アフラーク(道徳)」等の別名を用いて
バランスのとれた中庸の道イスラーム復興運動に努めてこられました。「タサウウォフ」や「スーフィー」という名前だけで無用なアレルギー反応を示すムスリム同胞を気遣ってのことです。

アルハビーブ・アリー・アルジェフリー師の録音講義で聞いた話ですが、ハビーブ・アリー師ご自身はあえて別名ではなく「タサウウォフ」という名前も大事にしたいとのこと。
それはヒジュラ暦12世紀までの千年の長きにわたって「ムスリムの」父祖代々が誇りとしてきた呼び名だからだというのです。

盲目的な父祖伝来の道踏襲はイスラームが奨励するものではありませんが、そこには↑「まず信頼ありき」の清らかな心があります。
「信仰は信じることによってしか到達し得ないもの。疑念では疑心にしか辿りつけない。」とは、私がまだ入信2年目のころにエジプトで教わったことです。

「共生」や「多様性の共存」が叫ばれる現代であればなおのこと、目の前の人を「疑ってかかる」のではなく、「敬意と信頼をもって」接するのが人の道でしょう。
ムスリムであれば、なおさらのことです。

いずれにしても、「ムスリムならば自分の目と耳で確かめるべし」ということで、
リファーイー師は「タサウウォフ」と「スーフィー」の名称の由来を教えてくれています。


皆さんにアッラーのご加護と祝福を。
アブー・ハキーム

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