
リリス(Lilith)という女性をご存知であろうか。
英和辞典によれば、一つには、
「荒野に住んで子どもを襲う女性の夜の鬼神」
とあり、もう一つの意味としては、
「イヴがまだ作られていなかったときのアダムの最初の妻」
とある。
第一の意味が本来的にあり、第二の意味が派生した。
アダムが再婚者とは、今まで知らなかった、という方が大多数であろう。この解釈は、『旧約聖書』の成立事情と関係している。
『旧約聖書』には、大きく分けて3種類の伝承系統がある。
一番古いものが、神を「ヤハヴェ」と呼ぶ「J資料」、次が「エロヒム」と呼ぶ「E資料」、そして「祭司典資料」=「P資料」である。
「創世記」において、神の天地創造の部分が「P資料」、エデンの園が「J資料」、楽園追放も「J資料」という具合。
ここに、相互の矛盾が生じる原因がある。
天地創造の「P資料」によれば、人間の男女はほぼ同時に神によって創られたことになる。しかし、ご存知のように、「エデンの園」の記述(「J資料」)によれば、イヴはアダムの肋骨から創られたことになっている。聖書の記述をすべて正しいという立場から見れば、著しい矛盾である。
それでは、最初に創られた「女」はどうなったのか?
この矛盾を解決するために採られた解釈が、最初に創られた「女」は「不良品」だったため、アダムの気に入らず棄てられた、というもの(アダムの最初の妻は、離婚させられたわけですな)。
その「不良品」が、シュメールやアッシリアに元々ある神話伝承と結びついて「リリス」と呼ばれるようになったというわけである。
さて、この「リリス」は、「荒野に住んで子どもを襲う女性の夜の鬼神」とあるが、小生は、ここから「鬼子母神」を連想してしまう。
鬼子母神とは、仏教説話に出てくる存在で、
「鬼子母神は初めハーリーティ(訶梨帝母)という夜叉で、千人の子供の母だったが、しばしば人の子をとって食っていた」
という。
西アジア一帯に伝わる「女の鬼神」(実は《大地母神》。鬼子母神の場合「千人の子供の母」という「豊穣さ」という属性をも併せ持っている)という同一の神話パターンが、「リリス」と「ハーリーティ」という二つの具体的な形として現れているとすれば、なかなか面白いものがあるのではないか。
ちなみに、仏教の説く「鬼子母神」の由来は、
「その行い(人の子をとって食うという行い)を止めさせるため、お釈迦様が、ハーリーティの最愛の末の息子を隠してしまったため、気も狂わんばかりにその子を探し回るが見つからない。そこへお釈迦様が現れ『子供がいなくなるということがどんなにつらいものか分かったか? お前の今までの悪行がそのような形で現れたのだ』と諭し、ハーリーティは親の心を知り心を入れ替え、仏道に帰依した」。
そして、鬼子母神として、子供を守り、安産をさせてくれる慈愛の神となった、そうな。
ちなみに、ハーリーティの最愛の末の息子の名を「愛奴」という。