一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。

時代小説分析のために その2

2007-10-23 01:09:48 | Criticism
「その1」では、杉本苑子の『鳥影の関』が、時代小説に「グランド・ホテル形式」を取り入れている、という指摘をしました。

この他に、もう一つ指摘をしなければならないことがあります。
作者が意識して書いたかどうかは別にして、企業小説としても読めるということです。

やはり、武士社会と日本の企業人社会とは、似通ったところがあるのね(本当の武士社会のあり方なのか、それとも日本の小説家が企業人社会の似絵として武士社会を書いているのかは別にして)。

箱根の関の場合、それを設けたのは江戸幕府なのですが、その実務は小田原藩が行なっていました。つまりは、関所には小田原藩士が派遣され、幕臣は関与していない。
したがって、本社(小田原藩)ー支社(箱根の関)という関係に譬えられるわけです。

また、小田原藩士の元で働いている下僚は、箱根で雇われた人びと(ただし、よほどのことがない限り、その職は相続され、代々引き継がれる)。つまりは、支社に現地採用された契約社員のような存在なのです。
本書の主人公が就いた〈人見女〉(「出女」のチェックが主な役目)も、現地採用の職でした。

ですから、企業小説的に言えば、本社と支社との意見の相違、事なかれ「前例主義」の支社長、正社員と現地採用社員との対立、などが、そこには現れてきて、ドラマを形作っていくのです。

これで、ドラマの骨格がほぼ明らかになったと思います。
小説家の方としても、これだけの骨格を手に入れれば、そこに肉付けしていくのは、結構楽なもの。
後は、細かな起伏を想像で生み出していけばいいからです。

その起伏の中には、「凶作にあえぎ一揆を起こす箱根近在の農民たち、強訴にそなえて緊迫する関所」といったものや、「見女として働く小静の身辺にしのびよる亡夫を仇とねらう男の影」などが入ってくるでしょう。

どうしてもストーリー紹介というと、これらのサブな起伏が中心になりますが、実際の小説の上ではメインになる「骨格」が大事、というお話でした。