新型コロナ「武漢流出説」を、日本のマスコミが「報道できない」情けない理由 英語を読めず、聞けず、話せない
現代ビジネス より 210813 長谷川 幸洋
・日本人は知らない…中国の「990万人コロナ検査」で見えたヤバい事実
⚫︎「ウイルス起源問題」でまた進展が
新型コロナウイルスの起源に関する米議会下院・共和党の報告書を紹介した先週のコラムは幸い、多くの読者を得た。情けないのは、日本のマスコミだ。私が見た限り、この話は朝日新聞と産経新聞が小さく報じただけだった。なぜ、こうなるのか。
8月1日に発表された報告書は、多くの状況証拠を基に「ウイルスは中国の武漢ウイルス研究所から誤って流出した」と結論付けた(https://gop-foreignaffairs.house.gov/wp-content/uploads/2021/08/ORIGINS-OF-COVID-19-REPORT.pdf)。研究所からの流出説は散発的に唱えられていたが、全体像を包括的にまとめたのは、これが初めてだ。
その後、CNNが8月6日、驚くべき特ダネを報じた。「米情報機関は武漢ウイルス研究所のデータベース情報を入手し、解析を始めた」というのだ(https://www.cnn.co.jp/usa/35174900.html)。データベースの情報は、流出説を裏付ける「決定的な証拠」になる可能性がある。
先週のコラムで書いたように、共和党の報告書でも「研究所のデータベースが2019年9月12日の午前2時から3時の間に突然、シャットダウンされた」という事実が、流出説を裏付ける重要な根拠の1つになっている(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85956)。中国にとって、データベースが最高機密であるのは間違いない。
ウイルス起源をめぐる調査や報道は、ジョー・バイデン米大統領が情報機関に指示した報告の提出期限である8月24日を控えて、活発になっている。共和党には、大統領が中途半端な結論を出さないように、独自報告書の発表で牽制する意図があるのは当然だ。CNNに重大情報をリークした関係者も、同じ思惑があったのではないか。おそらく、まだ続くだろう。
⚫︎日本のマスコミはほとんど報じていない
世界で430万人の死者と2億人を超す感染者を出した新型コロナの起源問題は、今後の米中関係だけでなく、世界と中国の関係に大きな影響を及ぼす。にもかかわらず、日本のマスコミの冷淡さを、どう理解したらいいのか。
私がネットでチェックした限り、共和党の報告書を報じたのは、朝日新聞と産経新聞だけだった。その扱いは、と言えば、朝日新聞が8月3日付夕刊の第2社会面2段(https://digital.asahi.com/articles/ASP832QM5P82UHBI02P.html)、産経新聞も8月4日付け朝刊5面3段である(https://www.sankeibiz.jp/macro/news/210803/mcb2108031348009-n1.htm)。ゴミネタとは言わないまでも、ほとんど「申し訳に近い程度」の扱いだ。テレビの報道は見つからなかった。
CNNの特ダネに至っては、共同通信がキャリーした記事を、中日新聞が掲載したくらいである(https://www.chunichi.co.jp/article/305666)。なぜ、こうなるのか。
単に「ニュース価値がないから」では、まったくない。こんな「世紀の大問題」について、追及しようとしないのは、マスコミの取材体制と「記者たちの決定的な能力不足」が真の原因である。彼らの大多数は「英語を読めず、聞けず、話せない」のだ。
⚫︎「報道しない」ではなく「できない」
日本のマスコミがこの話を報じるとしたら、どんなプロセスを辿るのか。
共和党の報告書もCNN記事も、記者が最初にそれを知るのは、報告書や記事そのものからではない。ロイターやAP、AFPといった国際的通信社が流す記事を通じて、第1報をキャッチする。そのために、各社は高い加盟料を支払っている。
日本の新聞やテレビはどこも、本社と海外支局にロイターなどと連動したコンピュータを備えている。かつては、ティッカーと呼ばれる専用端末もあった。文字通り24時間、ティクタクと音を出しながら、ロール紙を吐き出すところから、この名が付いた。いまは音は出さないが、24時間体制は同じである。
本社の外報部記者や海外支局の特派員は毎日、コンピュータをにらんで「これは」と思う記事を見つけ、必要に応じて、その情報を基に自分の記事を仕立てる。その際「ロイターが情報源」などと記す必要はない。自分の名前で記事を発信できる。いわば、ロイターやAPは原材料だ。
今回のケースでも、ワシントン特派員にとって、まずは通信社電が最初の情報源になる。ワシントンに複数の特派員を置いている社であれば、政治あるいは科学、国際問題担当の特派員がカバーする。
政治担当のワシントン特派員がどんな記者か、と言えば、ワシントン赴任前は永田町を担当していた政治記者だ。ソツなく仕事をこなし、社内に敵も作らず、淡々と永田町を歩いていた記者が、めでたく上り詰めた栄光の座が「ワシントン特派員」なのだ。
英語ができる記者も中にはいるが、多くは純ドメ(スティック)の浪花節タイプである。そうでなければ、永田町の世界を生き抜いていけない。英語など、ひけらかそうものなら、敵を作るだけで、なんの得にもならない。
そんな彼らがワシントンに赴任すると、ひたすらコンピュータ画面の通信社電をにらみ続ける毎日になる。自分で読むなら、まだいい。英語ができない特派員は全部、支局の助手任せにして、記事を書くのも「助手の日本語が頼り」というケースも少なくない。
自ら「取材先に出かけて話を聞く」のは、めったにない。あったとしても、せいぜい月に1度あれば、多いほうだろう。彼らの守備範囲は全米である。いちいち取材に出かけていたら、その間に発生するかも知れない重大ニュースに対応できなくなる。
⚫︎主要な米メディアに追従するばかり
そんな事情で、朝日や産経が報じた共和党報告書の記事も、私には、通信社電を基にしたように見えた。報告書本体に盛り込まれている細かい情報が、まったく含まれていなかったからだ。
いったい、報告書の全文を読んだ日本の特派員はいるのだろうか。残念ながら、疑わしい。日本の新聞には、いまだに報告書の全容を報じた記事がない。それは、ニューヨークタイムズやワシントンポストといった米国の主要紙が、大きく報じていないからでもある。
ニューヨークタイムズやワシントンポストといった主流紙は、いまや「ジョー・バイデン政権の応援団」と化している。したがって、共和党に冷たいのは当然だ。そんな米マスコミの構図に「英語ができない特派員」という事情も加わって、そのまま日本のマスコミに反映している。だから、報告書は無視されたのだ。
そもそも、ウイルス起源問題は,中国の言いなりで信用を失った世界保健機関(WHO)を含めて,ほとんどすべてが英語情報である。真相を追及しようと思えば,独自にネットを検索しまくって,情報を集めるしかないが,日本の新聞社にそんな記者がいるとは思えない。
⚫︎省庁と同じ「縦割り主義」の弊害
記者たちはそれぞれ、カバーする担当分野が決まっている。基本的には政治部も社会部も、霞が関の役所に準じて取材分野が割り振られている。「ネット担当」とか「ウイルス起源担当」のようなポジションはないのだ。
霞が関の官僚はどうか、と言えば、厚生労働省は国内対応に手一杯で、とても余裕がなさそうに見える。外務省は仮に情報を集めていたとしても、大きな外交問題にならない限り、当分は「知らん顔」だろう。新型コロナ問題は、彼らの本来業務ではないからだ。
かくて、日本の新聞は、起源問題について全体像を示す記事がないままになっている。だが、ネット上では、英語情報を中心に、それなりに拡散している。私の記事もその1つになった、とすれば、ありがたい。
日本の新聞はいまや、世界の情勢から完全に取り残されている。部数が激減している最大の理由は、肝心な情報を読者に伝えていないからだ。空白が続くウイルス起源報道は、その象徴である。これが、どうやら「最後のダメ押し」になるのではないか。少なくとも、私は価値ある情報を求めて、いまさら日本の新聞を読むつもりはない。
以上は、新聞の問題だ。だが、「日本最大のシンクタンク」でもある霞が関も似たような状態だとしたら、日本が陥ってしまった情報落差は、とてつもなく深い。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」はどこへやら。はるか彼方に消え去ってしまったようだ。