「どれくらい運動すれば健康にいいか」論争、ついに決着…!科学的に示された「年代ごとに求められる運動量」
現代ビジネス より 樋口 満(早稲田大学名誉教授)
【】どれくらい運動すれば体にいいか…科学的にわかった「年代別に必要な運動量」
ミドル~シニア層の日本人にとって、真に有効な健康習慣とは?
あなたの「老化時計」の進み方を大きく変える、「食事」「運動」「ライフスタイル」について、最新研究の成果から解説。
「健康の常識」をアップデートする新連載!
本記事は、『健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」』(樋口 満・著)を一部抜粋・再編集したものです。
結局,どのくらい運動すればいい?
先の記事(細胞内のミトコンドリアが減少し、やがて死の危険も…運動不足の「本当の怖さ」)で、運動不足の怖さについてお伝えしました。ただ、「それでは一体どのくらい運動すればいいんだ?」と疑問に思われた方もいるかもしれません。
そこで、信頼できるガイドラインをひとつご紹介しましょう。
身体活動・運動分野の取り組みを推進するために、最新の科学的知見を取り入れて厚生労働省が作成した、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」です。
図「身体活動の概念図」は、身体活動の種類を示しています。日常生活において、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する骨格筋の収縮によって生み出されるすべての活動を総じて「身体活動」といい、それは「生活活動」と「運動」に大きく分けられます。
身体活動の概念図(厚生労働省:健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023)
「生活活動」は日常生活における家事・労働・通学などに伴う活動です。一方,「運動」にはスポーツやフィットネスなど,体力の維持・増進を目的として,計画的・定期的に行われるさまざまな活動が含まれます。
また、「座位行動」とは、座位や臥位の状態で行われるすべての覚醒中の行動です。たとえば、デスクワークや、座ったり寝ころんだ状態でテレビやスマートフォンを見ることなどが含まれます。
⚫︎科学的に推奨される「運動量の基準」
さまざまな身体活動は,その強度をもとにして区分されています。イスに座って安静にしている状態でのエネルギー代謝量を「1メッツ」として,それぞれの身体活動におけるエネルギー代謝量で強度を表します。
たとえば、日常生活で、普通に歩くとき(普通歩行)の強度は「3メッツ」、速く歩くとき(速歩)の強度は「4メッツ」というように表します。さらに、運動としてジョギングやスイミングをするときの強度は「6メッツ」などと表します。
なお、座位行動は「エネルギー消費が1・5メッツ未満の行動」と定義されています。
日常の身体活動はさまざまな強度で一定時間持続して行われますので、「身体活動強度」と「継続時間」を掛け合わせて「身体活動量」が求められます。
たとえば、3メッツの普通歩行を1時間行えば、3メッツ・時となり、6メッツでジョギングを30分間(1/2時間)しても、3メッツ・時となります。
この「メッツ・時」を単位として、日常の身体活動量と死亡率や生活習慣病との関連について、これまでに国内外で多くの研究が行われてきたのです。
身体活動・運動の推奨事項一覧(厚生労働省:健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023)
図「身体活動・運動の推奨事項一覧」では、身体活動・運動の推奨事項を対象者別に一覧にして示しています。
成人の具体的な目標としては、強度が3メッツ以上の有酸素性の身体活動を、週当たりで23メッツ・時以上行うことが推奨されています。
イメージとしては、普通歩行を1日に60分以上行う程度(1日約8000歩のペースに相当)です。
死亡率と身体活動量とのあいだには,顕著な関連が認められています。
総死亡、および心血管疾患発症の相対リスクと筋力トレーニング(筋トレ)の実施とのあいだにも明らかな関連が認められていますし、総死亡リスクに対して、筋トレと有酸素性身体活動の組み合わせが効果的であることも明らかになっています。
これらのエビデンスを根拠として、「息が弾み汗をかく程度のトレーニング」ないしは「筋トレ」を週に2~3回行うことも推奨されています。
なお、座位行動(座りっぱなし)の時間が長くなりすぎないように注意すべきであるということも記載されています。
⚫︎シニアに最適な運動量は?
高齢者には、週に15メッツ・時に相当する歩数が推奨されています。これは1日40分の歩行(約6000歩)に相当します。
一概に高齢者といっても、65~74歳の前期高齢者にくらべて、75歳以上の後期高齢者では、1日に6000歩以上歩いている人々の割合はかなり低下します。
さらに、85歳以上では極めて低く、推奨レベルの維持がとても困難になっています。
また、国内において、筋トレを実施している人の割合は9~29%であり、年齢別にみると若年者で多く、年齢が上がるとその割合は減少し、60歳以上ではほぼ10%程度と非常に低くなっています。
筋トレと有酸素性の身体活動の組み合わせによって死亡リスクが低減することは、さまざまな研究から明らかです。
シニアには、歩行に代表される有酸素運動に加えて、筋トレやバランス運動を取り入れることが推奨されています。
ここで大切なのは、「筋力トレーニング」といっても、バーベルやダンベルなどを使った筋トレでなく、自分の体重(自重)を使って筋トレを行っても効果はあるということです。
さらに、ダンスやラジオ体操など、多様な動きを行う「マルチコンポーネント運動」を週に3回程度行うことも推奨されています。
なお、女性はミドルからシニアへの移行期に、閉経というライフイベントによる筋量・骨量の顕著な低下がみられ、サルコペニア(加齢に伴う筋量の減少と筋力の低下)や骨粗鬆症などによってロコモに陥るリスクが高くなります。
そのため、シニア層では、女性は男性よりもなお一層、ロコモを予防することに注意を払う必要があるでしょう。
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本連載では、スポーツ科学の第一人者が、「健康長寿の秘訣」をエビデンスに基づいてお伝えしていく。