耳の老化を食い止める方法としてクラシック音楽も
ニューポストセブン より 230728
元気に自立して過ごせる期間を「健康寿命」というが、その“延伸”に欠かせないのが「耳」の健康だ。耳の老化を防ぐには、そのメカニズムを知ることが重要だ。川越耳科学クリニック院長の坂田英明医師が言う。
(【坂田英明医師監修】正常、軽度から重度まで5段階で分かる、あなたの聞こえレベル診断チャート)
「耳の内部にある『有毛細胞(音の振動を電気信号に変えて脳に伝える役割を持つ細胞)』は、感知した音を神経を通して脳に伝えるマイクのような役割の細胞です。
85デシベル以上(街頭騒音レベル)の大きな音に曝されると有毛細胞は傷ついてしまい、難聴につながります。
例えばドライヤーは100デシベル以上(地下鉄車内レベル)になるので、長時間使うことで耳に大きなダメージを与えます。長年、生活音に曝されているだけでも耳の老化を進行させる危険性があるのです」
有毛細胞へダメージを与えるタイプの「音」があるわけだが、反対に耳を鍛えられるタイプの「音」もあるという。
⚫︎高音域は避ける
「耳にいい音を聞くことで、老化を抑えられる可能性があります。具体的には、クラシック音楽を取り入れるのがいいでしょう」
そう話すのは、京都精華大学教授で音響心理学を専門とする小松正史氏だ。
「人間の耳は加齢とともに2万ヘルツ程度の高い周波数の音から聞こえにくくなっていきます。ヘルツとは、音源が1秒間に揺れる回数(振動周波数)の単位で、高い音ほど値が大きくなります。2万ヘルツの音は、有毛細胞を1秒間に2万回震えさせて酷使するということで、耳によくない。
シンバルがジャンジャン鳴るような高音域のハードロックなどは有毛細胞をすり減らしてしまうのです」
人間の耳の可聴範囲は20~2万ヘルツ程度だが、50代ぐらいから8000ヘルツ以上の音が聞こえにくくなってくるとされ、高音域が強調され耳が痛くなるような音楽は歳を重ねるほど避けたほうがいいという。
それらとは対照的なものとして小松氏が勧めるのはクラシック音楽。とりわけドビュッシー作曲『月の光』がいいという。
「ゆったりとした曲調で心を落ちつかせて有毛細胞にも優しい。さらに重要なのは音楽としての複雑さを備えているところです。
オーケストラはバイオリンやビオラ、管楽器、打楽器など多数の音を組み合わせながら、様々な音色がひとつの演奏をかたちづくります。オーケストラを聴く際に、各楽器のパートを聴き分ける『音の分離』を意識すると耳を鍛えることにつながるのです。
他には、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』も複雑で、耳を鍛えられると考えられます」(小松氏)
音楽をただ漫然と耳にするのではなく、「能動的に聴くことが重要だ」と小松氏は指摘する。
⚫︎音の細部に集中する
さらに、耳を鍛える音楽鑑賞のポイントを小松氏が解説する。
「音の分離ができたら、メロディ、音の強弱、速さ、音色などの移り変わりに意識を集中させてみましょう。
“耳がいい”とは、自分が聞きたい音を瞬時に知覚できることを指します。例えば、遠くで自分の名前を呼ばれた時に、周囲の音が騒がしかったとしてもどこから聞こえる声なのか、音の方向が大体わかるような状態です。
カメラのズームレンズのように、聞きたい音に焦点を合わせられるようになると“耳がいい”状態と言えるのです。
それを目指すには、『音の分離』で楽器のパートごとの音を意識することと、全体の音楽の流れに注意して変化を追いかけることを交互に繰り返す。結果として耳が鍛えられると考えます」(小松氏)
音楽の細部にまで耳を澄ませることが重要というわけだ。前出の坂田医師も言う。
「有毛細胞を再生することはできないので、まずは健康に保つことが前提ですが、難聴が進んでしまっても聞き取りのトレーニングをすることで耳の老化を防ぐことは不可能ではありません。
『聴覚リハビリ』といい、推奨しているのが3~4人での『井戸端会議』です。音の強弱、高低、抑揚を意識して聞き分けることで脳が刺激され、加齢性難聴の進行を抑えたり、耳の聞こえの改善が望めます」
意識的に音と向き合う姿勢が必要になってくる。
※週刊ポスト2023年8月4日号