百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

【石井一男】さんの【女神】と【椎名麟三】さんの【美しい女】

2011-11-17 14:25:09 | 日記
 【三ノ宮】で新たに思い付いたことと申しますは、帰りは、姫路までは【山陽電鉄】で帰ってみようということでありました。高校時代、春・夏・冬の休みの折には必ず 日本酒で有名な【灘】の、もう大昔に店じまいされておられるのですが、阪神電車【石屋川】駅近くにありました【摂陽漬け】という奈良漬け屋さんへ 住み込みでバイトさせてもらっていた関係で、もう何回となく三ノ宮から姫路へ移動しているのでありますが、その手段は全て JR でありましたから、【山陽電鉄】には一度も乗ったことのないのです。

ではなぜ故 そういう気分になったうかと申しますと、

この産経新聞記事を目にしたことが切っ掛けで、
                 
この本を読みまして、で これに甚く感銘を受けまして、時代は変わっているのですが その昔、作者である【椎名麟三】さんが 車掌さんとして さらには運転手さんとして 何度も何度も行き来された線路の上を通り、その沿線の風土や匂いを この肌で 実際に 嗅いでみたいと思ったからであります。

昭和30年【中央公論】に掲載され、翌年 芸術選奨文部大臣賞受賞という この【椎名麟三】さんの小説【美しい女】は、氏が 19歳のとき 兵庫-姫路間を走る関西電力の前身のひとつ【宇治川電気(株)電鉄部】、現【山陽電気鉄道(株)】に入社し、車掌を振出に、結婚を挟み 10数年後 念願の運転手となって、以後 47歳になろうとする現在(当時)に至るまでの、すなわち昭和4年~昭和33年頃までの 主人公「私」の ありのままの生き様が、

ということは、間に大東亜戦争があるのですが、氏に召集令状が来た折など、召集日前の5日間 絶食し、日に何度も銭湯に入り、当日朝には フラフラの状態となり さらにタバコ一本分煎じた水を飲み、検査で「即日帰郷」というご沙汰を得るといったことも書かれていたりしまして、地方の一鉄道会社に勤める人たちおよび主人公の息づかいが、あたかもモノクロの実写映画を見ているような感覚で、実に見事に描出されているのでありまして、愚生等の過ごした時代とは一世代強 35年ほども遡った時代の有様ながら、天皇観とかイデオロギーは別としまして、オイラは今まで読んだ どの小説よりも、遥かに身近に、それこそ 我が事であるかのように感じられた小説であったのです。

でタイトルに据えられている「美しい女」ですが、作者が憧れ抱く女性であるには違いないようなのですが、最後の最後まで出現することはなく、実際には「きみ」「克枝」「ひろ子」という、現実的な およそ「美しい女」とはほど遠い3人の女性が登場してくるのでありまして、結局のところ「美しい女」は、おりおりの局面で ふと 作者の意識の中に、さながら心象風景の如く登場して参りまして、それが 読んでいるオイラたちに 一服の清涼感とか上質感のようなものを与えているとともに、品性を保たたせしめるような効果を生み出しているように思え、で、そうですねぇ、「美しい女」とは 作者の生きる便(ヨスガ)であるのは間違いないと言えるのですが、その具体像はといいますと、作者はクリスチャンでしたから、それはマリア様だろうか?、否 そんな単純な図式ではなく、たぶん、【モネ】の 顔の造作が描かれていない、あたりの空気や空や大地や光に 風のように溶け込んでいる【日傘の女】という絵に描かれている女性のような感じなのではないだろうか、と そんなふうにオイラには思えてくるのであります。それと、

愚生は思います。「美しい女」は、男なら それがクッキリと具象化されないまでも、みんな持っているモノではないだろうかと。そうなんです。今回、三ノ宮に行ったとき、ふと思ったことはです。【石井一男】さんの描かれる【女神】像は、氏の【美しい女】ではないのだろうかと。そんな具合で 【椎名麟三】さんと【石井一男】さんが結びついたものですから、この際 間を取り持った【美しい女】の舞台となりました【山陽電鉄】さんの線路の上を 実際に ぜひ 通ってみたいと思ったのであります。

通ってみましたら 何のことはない 平凡な景色の連続でありまして、つい居眠りがついてしまったほどでありますが、今回 ネットを眺めてみますと、神戸市長田区の【山陽電鉄】さんの本社前には【椎名麟三】さんの文学碑が建っているとのことでして、またいつか 近いうちに 姫路の氏の旧居ともども 見に行けたらいいなぁ と思っている この頃であるのです。

で、皆様方に申し上げます。この小説【美しい女】は【椎名麟三】さんの代表作にして、これっしきゃ読んでいないのに よく言えるなぁと思うのですが、評論家の方々皆様が そのようにおっしゃられておりまして、まさに名作であります。特に近現代の どこにでもいそうな一市井の民の生き様を描いた小説の中では、間違いなく 出色の小説でなないだろうかと オイラには そう思えるのであります。同世代のどちら様でも お読みになられましたなら、若かりし折の会社生活のモロモロのことが、ふつふつと想い起こされてくること必定。どうですか皆様、残り少なくなりましたが 今年は生誕100年でもござりますぞ。  
コメント
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