小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(12/1.12/2)

2018-12-04 15:26:09 | クラシック音楽
ミュンヘン・フィルのサントリーホールでの来日公演を二日間聴いた。一日目はブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』『マーラー交響曲第1番《巨人》』二日目はプロコフィエフ『ピアノ協奏曲第3番』ブルックナー『交響曲第9番(ノーヴァク版)』。指揮は2015年から音楽監督を務めるワレリー・ゲルギエフでこの組み合わせでは二度目の来日となる。
二日間ともピアニストのユジャ・ワンが登場したが、卓越したソロだった。一日目のブラームスでは長尺のコンチェルトの中で作曲家のさまざまな内省的な声を聴かせ、二日目のプロコフィエフはつむじ風のような速さだった。コスチュームは二日間ともゴージャスで、ひざから下がシースルーのイブニングドレスと、水着のようなミニドレスで、どちらも輝くゴールド。こうした一見「挑発的」に見える毎回の登場の仕方も、自分を譲らない強い生き方が感じられて頼もしい。何より、演奏には深い洞察と研究の跡が感じられた。
ブラームスの饒舌さは、なぜこれだけ言うことがたくさんあるのに作曲家がピアノ協奏曲をたった2曲しか…それも長いブランクを経て…書かなかったのか不思議に思われた。孤独の中でのたくさんの感情、秘められた本心、書斎の壁一面の膨大な書籍がブラームスに与えた霊感を思った。ピアニストは、遺された遺書=譜面から、生きた人間の男の言葉として解き放たれなかった言葉を掬い取り、ところどころ怒りを込めて鍵盤を叩き、ところどころ水の中に沈められた船のような静けさをピアニシモで表した。一楽章のラストで、解読不可能な宇宙語のようなパッセージを聴かせたが、あれはどういうテクニックなのだろう? ドアを隔てて聴こえてくるような「面」的なピアニシモも新しく聴く表現だった。

「女ごときがブラームスの2番を弾くなんて」とかつて言われていた…と中村紘子さんのインタビューで読んだ記憶がある。そういうことを言われていた時代があったのだ.アルプスの岩山のように壮麗・壮大で深遠な曲なので、まな板の上で野菜を切っている女の手では弾かせたくない、という古い偏見があったのかも知れない。ユジャ・ワンのピアノは男性的で、誰よりも強靭なフォルテシモで、先日のウィーン・フィルのラン・ランのモーツァルトが羽根のように軽くフェミニンだったのと対称的だ。メカニックは恐ろしいほど高水準で少しのミスもないが、彼女の真の目的は「ブラームスはこう考えた」ということを伝えることだった。ピアニストの孤独な準備の時間に、作曲家の魂が語りかけてくる瞬間があったはずだ。

 オーケストラには悲観的でロマンティックな色彩感があり、聴いていると芯から温まるような感触があった。クラシック愛好者たちの間で伝説となっている90年代のチェリビダッケとの2回の来日公演を私は聴いていない。その当時の楽員はどれだけ残っているのか。ゲルギエフはこのオーケストラと好相性で、ハートの部分で引き寄せ合って「呼ばれた」のだと感じた。ゲルギエフもまた、優しい人物だ。ここ数年、以前のギラついたところがなくなり、神聖で透明な音楽を奏でるようになった。ブラームスではピアノの蓋に隠れてゲルギエフの姿がほとんど見えなかったが、ソリストの意志を尊重し、オケから献身的なサウンドを引き出した。コンマスは一度見たら忘れられない風貌だが…この人がまた最高に良かった。ユジャもコンマスを信頼しきっていて、アンコールもコンマスに「弾いていい? 弾くよ」というサインを出してから弾いていた。家族のようなやり取りに見えた。

マーラー巨人は、優美で甘美で「これぞクラシックの中のクラシック」と呼びたい音楽だった。マーラーに対してこういう言葉を使うのは痴呆のようだが…この曲が精神的に深く「癒される曲」だと思ったのだ。30代半ばの天才指揮者マーラーが、歴々たる天才の仕事に敬意を表しながら「その先にあるシンフォニー」として書いた野心作だが、そこに実に正直に自分の性格やエキセントリックな歪みを投影しているのが面白い。何度も聴いたこの曲を、「マーラーの素朴な自画像」と感じられたのは初めてだ。マーラーには男性という性のカテゴリーには収まらない、どうしようもない優しさもあったと思う。病弱な弟を看病して、最期を看取った。消えゆく命に対する、母性のような悲しみも経験していた。他者としての女性とはうまくいかず、そのせいで早死にしたが、最初の交響曲には既に幸福が成就していた。
指揮台なしの素手のゲルギエフは、とても無防備な存在に見えた。無防備であればあるほど、表現は創造的になるのかもしれない。一生懸命な少年の背中に見えた。ミュンヘン・フィルの人たちも、信頼のおける顔をしている。音楽の鳴り方が一途で、レスポンスも誠実で、メンバー一人一人の素晴らしい人柄が想像できた。先日のメータ指揮で聞いたバイエルンの人たちとも雰囲気が似ているが、もっと庶民的な印象もある。このマーラーを始めて聞いた10代の若者にも、何か大きな霊感を与えられる演奏だったと思う。

こうした心からの演奏を与えてくれるオーケストラには、言葉よりも握手とか抱擁とかを返したくなる。面白いことに、今年の秋に聴いたドレスデン、ウィーン、バイエルン、ロシアのサンクトペテルブルク・フィルにも同じことを思った。言葉で切り刻む余地のない、幸福の極み、人生の痛みの極みの音楽で、それを分解して「血の通わない」感想を述べるのは自分の役割でないと思った。
ゲルギエフは、ある意味『エビータ』のエヴァ・ペロンのような一面もある人で、沈没寸前のマリインスキー劇場を建て直し、雇用を作り、芸術家たちの生命をつないだ。人間は衣食住ありきで、それは否定しようがない。ゲルギエフには高度な知性と強い意志があり、使命感をもって大勢の命を救った。今より若い頃の強靭なスタミナが「暑苦しく」感じられたことがないわけではなかったが、今の彼は絵の中の聖人のように見える。とりまく空気が穏やかで、白い光のようなものをまとっている。

二日目のユジャ・ワンのプロコ3番は「WOW!」の連続だった。とにかくスピーディで、鍵盤を叩くピアニストの手の動きが見たこともないものだった。ここでもユジャは一気にことの本質に到達していた。プロコフィエフの沸騰する知性が、生きた時代のさまざまな不幸と不公平を見抜いていたこと、国家や「生きること」に巨大なフラストレーションを感じ、同時に果てしない愛を感じていたこと…プロコフィエフがどんなに「大地とつながっていたい人間」であったかは、伝記を読めばわかる。個人的に、先日サンクトペテルブルク・フィルで聴いた『イワン雷帝』もヒントになった。
ユジャ・ワンのエスプレッソのような演奏、本質をわしづかみにして、物理的なリスクを最大限に追いながらも成功させる意志の強さには「WOW!」の一言だった。一楽章は10分くらいで弾き切ったが、ゲルギエフとコンマスはよく支えて、オーケストラも素晴らしい運命共同体だった。

二日間のコンサートでは、4人の作曲家の4つの人生を見た。ゲルギエフとユジャとオーケストラには4人の生身の人間の、ありのままの生きざまを聴かせてもらった。芸術家だけが近づくことのできる「本質」が、シンプルで愛情に溢れた形で客席に届けられた。
ブルックナー9番は、信仰の中で英雄になることを夢見ていた孤独なブルックナーの「そのようにしか生きられない」最期の苦しみが、美しいオーケストラの音で表されていた。子守歌のようで鎮魂歌のようでもある。空腹のときに与えられる温かい食べ物や、寒さから守ってくれる毛布を思い出した。作曲家は全人類の霊的成長のために、知性を総動員して音楽を書くが、そこに貴重な「自己」という概念を介在させないと、表現にはならないのである。「自分がこんなふうなのは、自分では選べなかった」という諦観とプライド、肉体とともにいた時間が作曲家の遺書には描き込まれている。
個性というのは、そういう意味でも「ローカル・ルール」なのだが、最近はローカル・ルールほど豊かなものはないと思う。ミュンヘン・フィルの素朴な雰囲気も、ユジャの「ペコリ」も、ゲルギエフの手のひらぶるぶるも、別人にはなれないことの証で、そこに一番凄いことが潜んでいるように思えた。

































最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。