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小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

東京春祭 子どものためのワーグナー《パルジファル》

2025-04-02 21:06:57 | オペラ
東京・春・音楽祭恒例の「子どものためのワーグナー」、今年の『パルジファル』は2023年に上演されたものの再演出版となるが、前回は観ていなかったか記憶が飛んでいるかで、感触としては初めての鑑賞。リヒャルト・ワーグナーの曾孫で演出家のカタリーナ・ワーグナーが演出する子供向けの舞台(バイロイト音楽祭との提携)だが、先日演奏会形式で観た5時間の『パルジファル』が、休憩なし約85分ではこんなふうに再編集されてしまうのか…と大笑いしつつ大いに感動しながら観た。
会場の三井住友銀行東館ライジングスクエアでは、冷たい雨の中集まった子供と父兄たちが座布団が敷かれた階段状の席に座っている。上演が始まる前に、オリジナルの楽劇には登場しない緑の髪の魔法使い~助演の渡部みかさんが、客席の子供たちと色々打ち合わせをする。ハーブを差し出す役の子が二人選ばれ、パルジファルに危機が迫ったシーンではみんなで「ゆだんをしてはならない!」とコールする約束がなされた。

衣裳も装置も中世風に作ってあるため、ヴィジュアルからとても入っていきやすい。奥の席が詰まっていたので子供たちと一緒に前方席で鑑賞してしまったが、山下浩司さんのグルネマンツの温かい声が、稽古場でも聴いたことのない近い距離から飛んできて、有難くて胸が熱くなった。日本語の芝居はわかりやすく、子供向けのギャグなど満載だが、ドイツ語の歌唱シーンでは歌手たちはプロの本気を出し合う。アムフォルタス近藤圭さんは胸にかすり傷のような傷跡を受けた巻き毛の王様で、父王ティトゥレル(狩野賢一さん)から失態を叱られてしょんぼりし、ゴムボールが入った浴槽にねそべって傷を癒そうとする。聖杯をめぐるアムフォルタスの状況説明も簡潔かつぶっ飛んでいるが、難解さを排した演出は見るもの聴くものすべてが刺激的で面白く、パンク(ハードロック)ヘアのクンドリ田崎直美さんと黒塗りロングヘアのクリングゾル後藤春馬さんはマクベス夫人とマクベスといった悪役カップルの仕上がり。眉毛と唇が暗闇の中で蛍光色に浮かび上がる面白いメイクをしていた。

伊藤達人さんの降板で急遽代役を演じることになったパルジファル片寄純也さんは、二期会の上演でも何度も素晴らしいパルジファルを演じたテノール。カタリーナ版ではパルジファルであると同時に、ジークフリートやローエングリンの属性も併せ持ち、『魔笛』のタミーノのようでもあった。子供たちのヒーローとして戦い、クリングゾルの魔法の乙女たち(花の乙女たち)の誘惑~おもちゃやダーツやさくらんぼのケーキ~に負けそうになると、緑の魔女の導きで「ゆだんしてはならない!」というコールが沸き起こる。子供たちもパルジファルと一緒に戦っているのだ。
乙女たちは誘惑されないパルジファルにぷんぷん怒り、パンクな花魁のようなクンドリがいよいよ現れると、田崎さんの豊かな美声が朗々と空間を埋め尽くす。「わたしはあなたのお・かーさんを知ってるのよ。クラブで知り合ったの」「さくらんぼのケーキを作ってきてくれたわ」と日本語の台詞もたくさん語り、すぐにドイツ語の歌唱に戻るのだが、実に楽しそうに演じられていた。田崎さんは今や日本のワーグナー上演に欠かせないヒロインで、今まで舞台で観たイゾルデやゼンタ、亞門版クンドリなどを思い出し、ロックな姿でも美声はそのままなので有難すぎて涙が止まらなかった。パルジファルに飛びついて「むむむむむ~~~」とキスするシーンは刺激的。覚醒したバルジファルに怒ってクンドリが突き飛ばすシーンでの「すごい力だ!」というパルジファルの台詞が可笑しすぎた。

音は聞こえど姿は見えぬ…東京春祭オーケストラの豪華で物語るサウンドが、先日のN響に全く劣らないデラックスな名演で、近い距離で聴いていたせいかワーグナーの聖なる音風呂に浸かっているような心地がした。ゴングの音も楽劇の神聖さを引き立て、視覚的にも大きな鐘が装置の中にしつらえてあった。人間は崇高なものと面白いものが同時に脳に飛び込んでくると、パニックを起こしてしまうのかも知れない。カタリーナの破壊的なギャグ仕立ての『パルジファル』は、真面目な上演では流すことのない発作的な涙を誘発してきた。クリングゾルもアムフォルタスも常軌を逸したキャラクターで、歌手たちはサイケデリックな存在に次元上昇していて、これを見たワーグナーおたくが「由々しい」なんて言うのを絶対に許したくない気分になった。パルジファルは破壊され、楽しい劇になり、ラストでは敵対する登場人物が「ええじゃないか音頭」とばかりに抱き合って和解する。涙だけでなく鼻水も決壊した。2025年の正しい『パルジファル』だった。

しょんぼりと首をもたげていたコーデュロイのクッションの花々は生き返り、光がさして、アムフォルタスは「もう痛くなくなった!」と快癒を喜ぶすごい楽劇。カーテンコールにカタリーナが出てくるのを楽しみにしていたが、もう帰国してしまったのだろう。新国での『フィデリオ』は賛否両論だったが、あれも卓越した演出で、細部まで強い理念で埋め尽くされていた。演出家は嫌われる覚悟ですべてを変えてしまう権利をもつ。演出嫌いのマエストロ・ヤノフスキ―の完璧な楽劇の後で、この涅槃的なカタリーナの世界を味わえたことは有難かった。二つのパルジファルをこのように上演することの、その全体の豊かさに眩暈を感じ、子供たちとともにたくさんの拍手を送った。4/5.4/6にも上演あり。










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