ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

ベルヴィルから上海へ・・・目指すべき桃源郷は替わるのか?

2011-09-01 22:43:11 | 社会
不法滞在外国人の国外退去に力を入れているサルコジ政権。年間の目標数字まで策定しています。年初に辞任したオルトフー(Brice Hortefeux)前内相は、今年の目標を28,000人に設定。しかし、後任のゲアン(Claude Guéant)内相はその目標を上回る3万人を国境の外に追い出そうとしています。

こうした不法滞在外国人の国外退去を進めるにあたって、数年前、ある政策が採用されました。フランス滞在が一定期間以上になり、子どもがフランスの学校に通っているなどの条件をクリアする不法滞在の家族には、申請すれば正規の滞在許可証を発行しよう、というものです。一見寛大な施策に見えますが、正規の滞在許可証を餌に、不法滞在者をあぶり出すつもりなのではないか、とも危惧されていました。そして、申請日・・・

多くの不法移民が書類を手に長い行列を作りました。当初、一般的には、申請するのはマグレブ系やサハラ以南のアフリカ系が多いのではないかと思われていましたが、実際に並んでいたのは、アジア系が圧倒的でした。特に、中国人。

それだけ中国からの不法移民が多いということです。働き場所は、例えば、中国レストラン。ここなら、不法滞在で給与が安くても、まだまし。不法滞在者を大量に雇う工場となると、まるで、21世紀の奴隷状態。桃源郷、“Eldorado”を目指してやってきたつもりが、悲惨な状況に追いやられてしまっている人も多いようです。

もちろん、正規の滞在許可証を持って正面玄関から入って来る中国人留学生も多くいます。中には、労働ビザや長期滞在許可を取得して、正々堂々とフランスで暮らしている中国人も枚挙にいとまがありません。大都市はもちろんですが、地方のちょっとした町にも、駅の近くに必ず中国人経営の中華レストランがあります。また、2000年にノーベル文学賞を受賞した高行健(Gao Xingjian:代表作は“La Montagne de l’âme”)、ゴンクール賞(Prix Goncourt)を受賞した山颯(Shan Sa:“La Joueuse de go”、“Porte de la paix célestre”など)、フェミナ賞(Prix Fémina)を受賞している戴思傑(Dai Sijie:“Balzac et la Petite Tailleuse chinoise”、“Le Complexe de D”など)といった文化的な成功を収めている中国出身の作家もいます。

片や、不法滞在で悲惨な境遇にあえぐ中国人。一方、フランスの暮らしを満喫し、あるいはフランスに貢献している中国人。両者が織りなす光と影・・・

その光と影を映画で描きだそうとしている台湾出身の女性映画監督がいます。映画の舞台は、パリの20区、ベルヴィル(Belleville)。エディット・ピアフ(Edith Piaf)やモーリス・シュヴァリエ(Maurice Chevalier)が生まれ育ち、30年代から60年代にかけては、写真家のウィリー・ロニス(Willy Ronis)がレンズに収めた街です。そして、今日、中国系を中心に移民が多く住んでいます。

さて、その映画はどのような作品で、その製作を見守る中国系の人々の反応は・・・8月23日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

8月17日、ベルヴィルで、その街に住む多くの中国人たちが、カメラの前でしっかりと抱き合っている若いアジア人カップルの周りを取り囲んでいた。彼らは、演技を、移動カメラのレールを、大道具を、不思議そうに眺めている。しかし、彼らはストーリーや登場人物はすでに知っている。それは彼ら自身のストーリーだからだ。その物語を台湾出身の女性監督Show-Chun Lee(李秀群)が自身初の長編作品として映画化しようとしているのだ。作品名は、“Shangahaï-Belleville”(上海・ベルヴィル)。

台湾出身のShow-Chun Leeは現在41歳。1991年にフランスへやってきて、Nord県Tourcoing市にある国立現代美術スタジオ“La Fresnoy”で学び、その後、Tsai Ming-liang(蔡明亮:『愛情萬歳』や『Hole-洞』で有名な台湾の映画監督)やLarrieu兄弟(“Les derniers jours du monde”などでお馴染みのArnaudとJean-Marieの兄弟)の下でアシスタントとして働いた。独立してからは、ドキュメンタリーを多く手掛けているが、不法移民や現代の奴隷に関する作品が多い。そして今、中国人不法滞在者のストーリーを物語ろうとしている。演じるのはプロの俳優でなく、より良い人生を求めてやってきた桃源郷・ベルヴィルの交差点で彼らの人生がすれ違うのを目撃する実際の中国人移民たちだ。

ストーリーは・・・最近国を出て、今では違法操業を行う工場で働く不法移民のZhouは、イギリスへ渡るときに見失ってしまった妻のGinを探し求めている。彼は、クロアチア出身の中国人に出会い、一緒にGinの悲劇的な人生を辿っていく。彼女は英仏海峡を渡る際に死んでしまっていたのだ。Zhouは孤独の淵に沈みこみ、「クロアチア」は中国発見の旅に出かけようとする。「未来の宝庫である中国は、今や多くのヨーロッパ人が憧れる国になっている」。時代は急展開を遂げている。「成長の止まったヨーロッパから凄まじい成長を遂げる中国へ、桃源郷を指し示す羅針盤の針は向きを変えてしまった」。

“Shangahaï-Belleville”は、国を捨てパリへ移り住んだ中国人たち(la diaspora chinoise de Paris)を描く初めての長編映画の一つだ。メディアによってしばしば伝えられるイメージとは異なり、Show-Chun Leeの中国へ向ける眼差しは繊細で慎ましやかなものだ。彼女の詩情は登場人物たちの人生を見下すことはない。「1997年以来、フランス社会に住む中国人不法滞在者たちの人生をフィルムに収めてきたが、今日では、もはや彼らの懐に入り込むことができない。怖いからだ。というのも、彼らは私の掛け替えのない友人になってしまったからだ。フィクションという形を取っているのは、映画人である自分の仕事として受け入れ、非人間的な彼らの人生を変貌させ、それを詩と魔法の中の移し替え、他の人々に語りかける現代の神話とするためだ」と、彼女は説明している。

映画のストーリーは、彼女が撮りためてきた多くのフィルムに基づいている。しかし、映画は、陰鬱とした社会的な言葉の中に埋没しているわけではない。「“Shangahaï-Belleville”は、たいへん幻想的な美によって覆われている」と、チーフ・カメラマンであるThierry Arbogastは言っている。ブライアン・デ・パルマやラリュー兄弟と一緒に働いてきたArbogastは、「この映画は一般大衆向けの作品であり、ぜひ多くの人に観てほしいと思っている」と語っている。

“Shangahaï-Belleville”はアクション映画、特に香港映画の特徴を取り入れているが、「それは、この映画のメイン・ターゲットがアジア人コミュニティだからだ。もちろん、その他の社会の人々にもぜひ観てほしいが」と、この映画のプロデューサー・Juliette Grandmontは語っている。彼女が所属している“Clandestine Films”は、ベルヴィルの真ん中にオフィスを構える長編映画の新しい製作会社で、「今までにない新しいストーリーを提示してくれる監督との仕事を希求している」会社だそうだ。

撮影は7月に始まっているが、国立映画センター(CNC:Centre national du cinéma)の予算前払い制度が適応されたお陰で170万ユーロ(約1億8,700万円)の製作費になっている。企画の段階で、この映画はすでにカンヌ映画祭や他の共同製作マーケットで申し出を受けており、ヒットする兆候だと言える。

撮影は9月末までパリで行われ、最後に上海で2日間フィルムを回し、クランクアップする。「ポスプロを来年4月に終え、来年秋に50から100ほどの映画館で封切られることになる」と、フランス国内の配給を担当する配給会社・“Happiness Distribution”のIsabelle Dubarは予想している。フランス以外でも、ヨーロッパの全ての国とアジアの大部分の国で上映されるようだ。アジアの国々は、桃源郷神話の存在する場所が替わったことに魅入られるに違いない。

・・・ということで、フランスで不法移民として苦労する中国人たち。一方彼らの祖国は、急激な経済成長を遂げ、今や世界2位の経済大国。経済的に、政治的に、軍事的に、その存在感を高めています。もはや、身を賭して外国に移民していく必要はないのではないか。桃源郷は、今や自国にある。まさに、青い鳥! 幸せは自分の足元にあった! なにしろ、ヨーロッパ人までが、中国に憧れているのだから。

ここで、思い出すのが、パリ滞在時に観たある映画。タイトルはすっかり忘れてしまったのですが、時は21世紀中ごろ、ヨーロッパは経済が行き詰まり、失業者が街にあふれている。一方、地中海の南では、アフリカ合衆国が誕生し、地下資源を活用し、わが世の春を謳歌している。ヨーロッパの人々は、より良い人生を求めて、なんとかアフリカへ渡ろうと、アフリカ諸国の駐仏大使館の前にビザを求めて長蛇の列を作る。しかし、ビザが発給されるのはごくわずか。そこで違法な手段を使ってでも渡ろうとする。無事辿り着けても、不法滞在で、まともな職はない。取り締まりにびくびくしながら暮らすことになる・・・まるで、今のヨーロッパとアフリカが立場を逆転してしまったような映画でした。確か、フランス・コートジボワールなどの合作だったと思います。

時代はめぐる・・・世界の中心は西周りに進み、アメリカの西海岸で止まっている、いつ太平洋を渡り、どこへ向うのか。ジャック・アタリ(Jacques Attali)が語っていましたが、ついに、世界の中心は中国に居を構えるのでしょうか。そうはならないというメディア報道もありますが、さて、どうなるのでしょうか。その時、日本は・・・
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