ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

左翼の風が吹けば、柔道家がポストを得る。

2011-09-30 21:22:44 | 政治
「風が吹けば、桶屋が儲かる」・・・強い風が吹くと土ぼこりが舞い、それが目に入って視力を失う人が出る。昔の盲人の職といえば、三味線弾き。三味線の胴の素材は、猫の皮。従って盲人が増えれば、猫の数が減る。すると増えるのが、ネズミ。ネズミは桶などをかじる。そこで、桶の注文が増え、桶屋が儲かる・・・十返舎一九の『東海道中膝栗毛』などに登場した際には、「桶」でなく「箱」だったようですが、昔から使われる諺ですね。

まるでこの日本の諺のように大臣のポストを手に入れた人が、フランスにいます。もちろん、フランスですから、日本の諺のようには言わず、“l’effet papillon”とでも言うべきなのでしょうか。もとは英語の“butterfly effect”(バタフライ効果)。「ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスでトルネードを引き起こす」に由来しています。無視できるような小さな差が、やがては大きな差となる・・・カオス理論としてよく引用されます。日本の風吹けばとは、意味するところがちょっと違うような気もしますが、「カオス」ということで、細かい点は気にせず、フランス版「風吹けば」とさせてもらいましょう。

さて、25日の上院選挙で左派が第五共和制になって初めて多数派を占めました。しかし、接戦。10月1日に投票が行われる上院議長選挙では、中道を巻き込んだ合従連衡の結果次第では、右派が議長のポストを死守する可能性も残されています。そこで、上院選に当選した現職大臣が、さっそく辞任し、議長選で1票を投じることになりました。

大臣と国会議員の兼職が、三権分立の立場から禁止されているフランスでは、国会議員に当選した大臣は、辞任して議員職に専念するか、大臣のポストに留まり、議員にはならないか、判断することになります(ただし、国会議員と地方議員との兼職は認められており、例えば下院議員と地方議会議長、あるいは下院議員と市長などを兼任している国会議員は多くいます)。1票でも右派票が欲しい与党上院議員団としては、大臣職を投げ出して、一日も早く上院議員になってほしい。そうした上院の願いを聞き届けた大臣が、さっそく一人出ました。

その大臣のポストは当然、補充される。そこで、お鉢が回ってきた幸運な人は、ダヴィッド・ドゥイエ(David Douillet)。さて、ドゥイエとは誰で、その就任の背景は・・・26日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

26日、上院議員に当選後、辞任を申し出たシャンタル・ジュアノ(Chantal Jouanno)の後任として、在外フランス人担当大臣だったダヴィッド・ドゥイエがスポーツ大臣に任命された。同じく上院議員に当選した国防大臣のジェラール・ロンゲ(Gérard Longuet)は、大臣職に留まり、また、上院選で敗れた都市大臣のモーリス・ルロワ(Maurice Leroy)も大臣のポストに留まる。なお、ダヴィッド・ドゥイエが占めていたポストの後任は今後決めることになる。このように、大統領府が発表した。

「首相からの申し出に従い、大統領はシャンタル・ジュアノをスポーツ大臣の職から解くことにした。大統領は、その後任にダヴィッド・ドゥイエを指名した」というのが、大統領府が公表した短いコミュニケの内容だ。26日朝、フィヨン(François Fillon)首相と会談した後、2010年11月からスポーツ大臣の職にあったシャンタル・ジュアノは、上院と選挙区であるパリに全力を傾けるため大臣職を辞すると述べていた。一方、ロレーヌ地域圏ムーズ県(la Meuse)から上院議員に当選したジェラール・ロンゲは、内閣に残りたいという気持ちを繰り返し述べている。

二度のオリンピック・チャンピオン(1996年のアトランタと2000年のシドニー)、四度の世界王者(93年、95年、97年。95年は95kgc超級と無差別級で優勝)という輝かしい経歴の柔道家、ダヴィッド・ドゥイエは、2009年にイヴリヌ県(Yvelines)から下院議員に当選し(与党・UMP所属)、今年6月に在外フランス人担当大臣として入閣を果たした。ルーアン出身、42歳のドゥイエの政界における出世は異例に早い。何しろ、UMPの執行部に加わったのは、わずか2年前でしかないのだから。オリンピックで2個の金メダルを取って引退したドゥイエは、(テレビ局Canal+のスポーツ・コンサルティングなど)メディアでの活躍で人気を博した。パリ市議選への立候補を依頼されたが、2001年、2008年ともに辞退し、代わりにユネスコの親善大使となった。

しかし、ドゥイエは頻繁に論争の的にもなった。2000年に出版した自伝“l’âme du conquérant”(勝者の魂)の中に書いたいくつかの表現、特に「私は女性を蔑視していると言われるが、男はみんなそうだ、オカマを除いては」(On dit que je suis misogyne. Mais tous les homes le sont. Sauf les tapettes.)という文章が、大スキャンダルとなった。

ドゥイエはまた、裁判での敗北も経験している。2000年、彼が大株主だった旅行代理店の倒産に関し、取り調べを受けた。この事件では、2002年、ジャック・シラクが大統領に再選された際の恩赦で助けられた。スポーツ界にもその恩恵が広げられたからだ。2008年には、彼が税金逃れをしていると非難した情報サイトを名誉棄損で訴えたが、その申請は却下されてしまった。

25日の上院議員選挙の結果、左派が177議席を占め、過半数を2議席上回った(定数が348議席なので、多数派になるには175議席必要になります)。大統領選挙まであと7カ月、この上院での敗北はサルコジ陣営に厳粛な警鐘となって響いた。26日朝、農相のブリューノ・ルメール(Bruno Le Maire)は、与党にとって真摯に受け止めるべき警告だと語った。

10月1日に上院議長選挙が行われることになっているが、議員の多数派は左派になったとはいえ、議長選の帰趨はまだ定まっていない。接戦になると言われる議長選に向けて、現職議長のジェラール・ラルシェール(Gérard Larcher)は、上院選に立候補した3人の閣僚(上記の、シャンタル・ジュアノ、ジェラール・ロンゲ、モーリス・ルロワ)に、もし当選したなら、議長選に投票するため、閣僚を辞職するよう依頼していたほどだ。

・・・ということで、接戦の上院議長戦を制するために、上院議員に当選した閣僚に間髪をいれず辞任をし、投票に加わるよう頼んでいた与党・UMPの上院議員団。それだけ、左派の勢いに押されているということなのでしょう。下院(国民議会)の議決が優先するので、政局にすぐに大きな影響が出ることはないだろうと言われていますが、上院の議長まで左派に握られてしまえば、政策決定が遅れたりといった影響も出てくることでしょう。そして、何よりも、大統領選への心理的影響が大きそうです。

こうした状況のお陰とも言えるように、柔道の元世界チャンピオンが大臣の椅子に座ることになりました。しかし、スポーツ大臣ですから、適任と言えば、適任ですね。しかも、このドゥイエ氏、2000年シドニー・オリンピックの100kg超級決勝では疑惑の判定で日本の篠原選手を下して優勝しています。何かを持っているのでしょうね。

そう言えば、日本でもスポーツ庁が平成25年度に新設される予定になっているようです。誰が長官に就任するのでしょうか。設立時の政権与党がどこになるかにもよりますが、オリンピックに出場した元アスリートなら、民主党では柔道の谷亮子、自民党にはスケートの橋本聖子、レスリングの馳浩、そしてクレー射撃の麻生太郎がいます。民主党には、プロゴルファーの父親もいますが・・・儲ける桶屋は誰になるのでしょうか。しかし、その前に、スポーツ庁が本当に設立されるのかどうか、これはブックメーカーの賭けの対象になってしまうような気がしなくもないのですが。さて、どうなりますか。