ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

「シラクとド・ヴィルパンが受け取った、アフリカからの闇資金」疑惑。

2011-09-12 22:02:29 | 政治
ジャック・シラク(Jacques Chirac)とドミニク・ド・ヴィルパン(Dominique de Villepin)対ニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)の構図を象徴するかのようなクリアストリーム事件(Affaire Clearstream:発端は、ルクセンブルクの銀行・クリアストリームにフランス政財界の要人が、資金洗浄用の隠し口座を持っているとされた疑惑。後に公開されたニコラ・サルコジの名も含む口座リストが、実は偽造されたものであることが判明。この事件を利用して、ド・ヴィルパンとジャック・シラクがサルコジ追い落としをはかったのではないかという嫌疑をかけられました。一審ではド・ヴィルパンに対し無罪判決が出されましたが、検察側が控訴しています)の控訴審判決が14日に出されるのを前に、新たな疑惑がフランス・マスコミを賑わせています。

「アフリカの国々から、ジャック・シラク宛てに毎年かなりの資金が送られていた。その運び屋役を自分も一部担った」、という告発が、ド・ヴィルパンの元側近からなされました。

パリ市長、首相、大統領とフランス政治の中枢に長年君臨していたジャック・シラクだけに、疑惑もいくつか指摘されています。身近なところでは、日本に隠し口座がある! 確か東京スター銀行(旧東京相和銀行)にあるのではないかと言われていました。また、公判の始まった、市長時代の職員架空雇用疑惑では、大統領経験者として初めて刑事被告人になっています。

そうした、まるで輝かしいキャリアの勲章でもあるかのような「疑惑」に、新たな1ページが加えられようとしています。アフリカ諸国からの闇資金提供疑惑・・・11日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

シラク前大統領は、弁護士のロベール・ブルジ(Robert Bourgi)を名誉棄損で訴えることにした。ブルジ弁護士は、シラク前大統領とド・ヴィルパン前首相をアフリカから闇資金を受け取っていたとして非難している。「今日の話し合いの結果、シラク前大統領は、名誉棄損で訴えてほしいと私に依頼した」と、11日の午後、ジャック・シラクの弁護人であるヴェイユ(Veil)弁護士が明言した。

ドミニク・ド・ヴィルパンも同じく、11日の夜、テレビ局・France2のニュース番組で、ロベール・ブルジを訴えることにすると語った。ド・ヴィルパンによれば、ブルジ弁護士の非難はやたらと深刻で、スキャンダラス、詳細に語られているが、どれも出来の悪い推理小説のようなものだそうだ。

ブルジ弁護士の非難は、11日発行の週刊紙“le Journal du Dimanche”(JDD)の記事に出ており、ロベール・ブルジは、かれ自身、数年にわたって、アフリカ諸国の首脳から託された、紙幣が詰まったアタッシュケースを大統領府(l’Elysée)に運んでいたと、詳細を語っている。同じく11日、ブルジ弁護士はラジオ局・RTLの番組で、記事の内容を認めた上で、法廷で証言する用意があるとも述べている。さらには、テレビ局・TF1の夜8時のニュースでも、同じ見解を語っている。

ロベール・ブルジの語っている闇資金については、14日に出版されるピエール・ペアン(Pierre Péan:ミッテラン元大統領とユダヤ人を一斉検挙し強制収容所へ送ったパリ警察事務局長・ブスケとの親密な関係を暴き、ベストセラーとなった“Une jeunesse française-François Mitterrand, 1934-1947”などで有名な、追跡調査に基づく著作を得意とするジャーナリスト、仏語ではun journaliste d’investigation)の作品“La République des mallettes”(アタッシュケースの共和国)の中でも裏付けられている。

ジャック・シラクとアフリカの首脳たちとの仲立ちを務めたジャック・フォカール(Jacques Foccart:フランスと旧植民地を中心としたアフリカ諸国との関係強化を図る“Françafrique”を提唱した中心人物)の後任であったブルジ弁護士は、JDDとの長いインタビューの中で、「ジャック・フォカールは30年にわたって、アフリカの首脳たちとジャック・シラクとの間の資金の引き渡しの任にあたっていた。私も、数回、パリ市庁舎にいるジャック・シラクにアタッシュケースを届けたことがある」と、説明している。

さらに続けて、「長年にわたってドミンク・ド・ヴィルパンとは一緒に働いてきた。親愛の情を持つ友人同士のような関係だったが、2005年末、彼は突然私を追い払ったのだ。ド・ヴィルパンは、サッス(Denis Sassou-Nguesso:1979年から1992年までと1997年以降、コンゴ共和国大統領)やボンゴ(Omar Bongo:1967年から2009年まで、ガボン共和国大統領)など、アフリカからの資金は、どうもきな臭い。もう止めにする。予審判事に追及されるようなことになれば、良い結果は期待できないぞ、と私に語っていた」とも、述べている(余計なことはしゃべらない方がいいぞ、ということですね)。

引き渡した資金の金額については、「500万フラン(約7,950万円:1ユーロ=6.55957フラン)以下ということはなかった。1,500万フランにまで達していたかもしれない。ド・ヴィルパンの前で、初めて資金を引き渡したことをよく覚えている。1995年のことで、ザイールのモブツ大統領(Mobutu Sese Seko:1965年から1997年まで、現在のコンゴ民主共和国大統領)からのものだった。私は1,000万フランを運び、それをジャック・フォカールがジャック・シラクに渡しに行った。ただし、総額については、分からない。私の知る限り、帳簿はなかった。年間数千万フランだったと思う。選挙の年はその額も増えた」と、語っている。

ド・ヴィルパンは、今回の非難はクリアストリーム事件と関係があると見えるようだ(控訴審での判決に影響するよう、大統領府がこのタイミングでしゃべらせた、と見ているようです)。その控訴審の判決は14日に出されることになっている。パリ控訴院は、ニコラ・サルコジに嫌疑をかけたこの事件において、ド・ヴィルパンの無罪を再確認するか、一転有罪にするかを判断するのだが、その決定は大統領選まで7カ月となった今、ド・ヴィルパンの政治家としての将来に決定的な影響を与えることになる。

「ロベール・ブルジの非難はくだらない話に過ぎず、そのうち消えてしまうようなものだ。1993年以降、私はジャック・シラクによって示された政治家としてのモラルを実現すべく、モラルに反するようなこととの戦いに精力を傾けてきた」と、ド・ヴィルパンはJDDの質問に答えたが、ブルジの非難に大統領府からの一撃を見ている。ドミニク・ド・ヴィルパンは、9日、ラジオ局・RTLの番組で、ピエール・ペアンの最新作を、空想の産物だと決めつけている。その作品は、ド・ヴィルパンの友人(Alexandre Djouhri)に焦点を当てた作品で、その友人を“Prince des ténèbres”(闇の王子)と呼んでいる。

・・・ということで、ジャック・シラクとアフリカの関係。かなり親密でした。ですから、ニコラ・サルコジが大統領に就任した直後は、アメリカにばかりすり寄って、アフリカ諸国との関係を軽視し過ぎだという批判もあったほどです。しかし、今回の疑惑が本当なら、シラク前大統領がアフリカの首脳たちと親密だったのも頷けますね。

旧植民地を中心に、アフリカ諸国へさまざまな援助を行う。しかし、その多くが現地の支配層の手に残り、その一部がフランスに、特に一部の政治家の手に還元される・・・こうしたお金の動きは、実は世界中で見られるのかもしれません。日本でも、東南アジアなどいくつかの国々との間で、ときどき疑惑が浮かんでは消えています。

政治家の錬金術、考えることは国の違いを問わないのかもしれません。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする